
アナウンスを合図に、会場内の照明が落とされる。
仕込まれたスピーカーから音楽が流れる。
この日のために新一が選んだ曲は、15年ぐらい前に流行ったブリティッシュ・ポップス。
ペット・ショップ・ボーイズの『哀しみの天使』だった。
静かなイントロに合わせて、ステージの正面に当てられたピンスポットがその光の輪を広げていく。
その光の中に浮き上がる『SIN』のロゴ。
それは特別にデザインされたものではなく、快斗のスケッチブックに書きなぐられた文字をそのまま起こしたものだった。
客席からゴクリと唾を飲む音が聞こえてきそうなほど、皆がステージに注目していた。
ジャーンという大きな音とともに曲調が変わると、今度は目が眩みそうなほどの光のシャワー。
そして日本語と英語とフランス語でショーのオープニングが告げられた。
ボーカルが流れ、モデルが次々と現れると、客席からホォーッと感嘆の溜息が聞こえた。
快斗は舞台袖で、新一は調整室でそれを聞き「よしっ!」と拳を握った。
このショーだけは絶対に失敗できない。
新一と快斗の未来を賭けたショーなのだ。
「シーン変わるぞ?スタンバイできてるな?」
インカムに向かって新一が言うと、ステージスタッフ達から、一斉にOKの返事が返ってきた。曲が変わるたびに、登場するモデルの着ている服も趣が変わる。
ビジネススーツ、カジュアル、フォーマル……。
日常のあらゆるシーンを網羅するファッションが、ステージの上を動き回る。
調整室のガラス越しにステージを見ていた新一は、ショーの成功を確信していた。「さ、次はフィナーレだぞ?最後まで気ぃ抜くなよ?」
威勢のいい返事が戻ってくると、調整室の扉が開いた。
「工藤さん!」
入ってきたのは快斗の秘書だった。
「なに?」
「黒羽が、工藤さんを呼んできて欲しいと……」
「なんかトラブったのか?」
ショーの終わりはもうすぐなのに、ここへきて何かあったのでは大変だと、新一は腰を浮かせた。
「とにかく、いらしていただけますか?」
「すぐ行く!」
業務用の通路を通って、新一は快斗の秘書と共にステージ袖へ向かった。
「こちらです」
と言われた場所には、大勢のスタッフがいた。
「どうした、快斗?何があった?」
息せき切って新一は問い質す。
が、快斗はニヤニヤ笑っている。
「じゃ、みんな。よろしくね〜」
と暢気な声で言うと、その場を去ってしまった。
「おい!快斗!」
新一が快斗の背中に向かって叫ぶものの、快斗はヒラヒラと手を振りながら、「あとでね〜」と言うだけだった。
「じゃ、工藤さん。時間がありませんから」
スタッフの一人に強引に椅子に座らせられる。
何がなんだか訳がわからぬままの新一を余所に、スタッフの一人が化粧水を染み込ませたコットンで新一の顔を拭き、ドーランを塗る。
「すごいわ〜、ほんとスベスベ!」
別のスタッフがブラシで髪を梳かし、カーラーを巻き付ける。
「髪もサラサラツヤツヤ!」
(この二人、快斗が用意したヘアメイクのスタッフだっけ……)
と心の中で思うものの、なぜ自分がこんなことをされているのかわからぬままだった。
ヘアメイクが終わると、今度は別のスタッフが新一の服を脱がし始めた。
「ちょっ!」
さすがに新一が慌てて叫ぶ。
「ちょっとの間じっとしててください。針がささるといけませんから」
そのスタッフは新一の服を脱がすと、別の服を着せ始めた。
クリーム色に同色の刺繍を施したタキシード。
リボンタイも、サッシュも同色で、ダイヤモンドをあしらったプラチナのカフスとタイ留めが、その美しさをさらに引き立てている。
「すっご〜い!さすがは黒羽先生!こんなに細い腰なのに、ジャストフィットですよ?直しいらないじゃないですか!」
感激したようにそのスタッフが叫ぶ。
鏡に写った新一は光り輝くようだった。
(なんか自分じゃねーみてぇ……)
わずか5分の間に、ここまで変身させることができるとは。
さすがとしかいいようがなかった。
「もうすぐ出番だけど、用意できた〜?」
快斗が顔を覗かせる。
「「「はい、いつでもオッケーです!」」」
「おい、快斗!どーゆーことか説明しろ!」
「すてきだろ?俺のとお揃いvvv」
そういえば、快斗も先ほどとは違って真紅のタキシードを着ている。
「ほら、フィナーレにデザイナーが登場するじゃん。そこにね、新一を俺がエスコートするの」
「なにぃ〜〜〜!!!」
「ほら、時間だよ!」
快斗に腕を引かれて、ステージの方へ連れていかれる。
「こんな段取りにねーことしたら、ステージがメチャメチャだろーが!」
「大丈夫!ステージディレクターはうちの秘書がちゃ〜んとやってるから!」
そう言われて、新一はここで取り外したインカムから快斗の秘書の声が僅かに聞こえているのに気付いた。
「……よーするに、俺をのけ者にして、スタッフと打ち合わせ済みってことか」
諦めたように溜息をついて、新一は快斗とともにステージへと向かった。
ショーに続いて、別のバンケット・ホールでパーティーが行われる。
プレスや業界関係者、デパートやファッションビルなどの流通関係者、芸能関係者などで華やかに盛り上がる。
快斗も新一も人の輪に囲まれていた。
「いやぁ〜、素晴らしいショーでした」
「ぜひ、うちのデパートに出店させていただきたいですな」
「明日にでも担当者からご連絡させてもらいます」
「うちの雑誌で特集を組ませてください!」
月並みな称賛の言葉にも、二人は笑顔を絶やさずに相手をする。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
二人のいる場所には、次から次へと集まっていく。
「それにしても、工藤さん。『KUDO』を退社されてどうされてるかと思ってましたが、華々しい再デビューですな」
「ほんとに。『KUDO』もいまはねぇ……。かえって良かったんじゃありませんこと?」
事情を知らないもの人々に、新一はニッコリと微笑だけを返す。
「工藤さんのことですから、もう次に何かあるんじゃありません?」
そう聞いてきたのは、いつぞや服部に出くわした時に服部をもてなしていた女性編集長だった。
「さすがは鈴木編集長!わかりますか?ぜひ編集長に紹介したい人がいるんですよ」
そう言ってニヤッと笑うと、新一は辺りを見回すと哀を見つけて手招いた。
実は新一はチャンスはいつ訪れるかわからないから、と哀をパーティーに出席させ、担当者である宮野とともに新一の近くにいるようにさせておいた。
女傑とも呼ばれる鈴木編集長は苦笑しながら、「工藤さんの罠にかかっちゃったわ」と近くにいる人々におどけたように言った。
ワインレッドのシンプルなドレスに身を包んだ哀が近寄ってくると、新一は哀の手を掴んで引き寄せた。
「編集長、今度うちでプロデュースする灰原哀です。ぜひ、よろしくお願いします」
「灰原です。よろしくお願いします」
簡単に自己紹介をして、哀は頭を下げる。
「あら、お若いのねぇ〜。おいくつ?」
「17歳です」
周囲にどよめきが起こる。
新一はニッコリして、鈴木女史に、ひいてはそこにいる全ての人にアピールした。
「いかがです?鈴木編集長、現役高校生が高校生の服をデザインするんです。もちろん、そのセンスは僕と黒羽氏が保証しますよ。彼女は黒羽氏の秘蔵っ子ですからね」
「わかりましたよ。もう、工藤さんには敵いません。ぜひ、詳しくお話をうかがわせていただきますわ」
「えぇ、ぜひよろしくお願いしますよ!」
話題が一段落したところで、新一はさりげなくその輪から離れ、また別の一団のところへ挨拶にいく。
すると宮野が鈴木女史に近寄って、名刺を差し出す。
その様子を快斗は自分を取り巻く人の輪の間から見ては、心の中で毒づいた。
(新一ったら……。これは俺のためのパーティーじゃなかったのかよッ!)
あの新一が、これだけ業界関係者の集まるところで何も仕掛けないハズがないとは思っていたが、実際にその様子を目にしてしまうと、苦笑するしかなかった。そんなことが、この日パーティー会場で何度も行われていた。
パーティーは最高潮に盛り上がっている時だった。
突然にバンッ!という無粋な音を立てて、ドアが開かれる。
そこに立っている人物を現すのに、招かれざる客という言葉が相応しいのかもしれない。
「新ちゃんっ!どこにいるのっ?出てきてっ!優作が、優作が大変なのよぉ〜っ!」
その声に、会場の誰もが、声の主の方に注目した。
「おいっ!あれ、工藤有希子じゃないか?」
本日の主役の一人である工藤新一の実の母であり、『KUDO』の副社長でありメイン・デザイナーでもある有希子の顔を知らないものはこの場にはいない。
しかも有希子のいでたちは鮮やかなピンクのパンツ・スーツ。
元女優であり、現在でも新一ほどの子供がいるようには思えないその美貌とスタイルは健在であったから、それでも充分華やいで見える。
けれど、誰が見てもパーティーに出席するために現われたのでないことは一目瞭然である。
「こりゃ、面白い!」
「カメラだ!カメラよこせ!」
業界紙、経済紙の記者達が騒ぎ立てる。
昨日、『KUDO』で社長交代が行われたことなど、ここにいる記者ならば誰もが知っていることだ。
ゴシップを扱うような類の記者ではないが、それでも有希子と新一のツーショットを見逃すわけにはいかなかった。
「ちょっと失礼」
にこやかな笑みを見せて、新一は輪の中から抜け出て有希子の前に歩み出た。
「母さん、おひさしぶりですね」
新一は笑って手を差し出した。
しかし、有希子はその手を無視して新一に取り縋った。
「新ちゃん、大変なの!優作が……。新ちゃん、なんとかして?お願いよぉ〜!」
「とにかく、ここでは話もできませんから。こちらへ」
取り乱して泣き喚く有希子をこのままにしておくこともできずに、新一は有希子の肩を抱いて部屋の外へ促した。
「母さん」
一歩パーティー会場の外に出た新一は、有希子に冷たく呼び掛けた。
「父さんに何があったのか知らないが、はっきり言って迷惑だ。今日は俺にとっても大切な日なんだ。帰ってくれ」
「そんな……!母さん達を見捨てるの?」
涙で目を真っ赤にしながら新一を見上げる有希子を、新一は冷めた気持ちでしか見つめられなかった。
「母さん、前にも言ったけどさ……。俺が母さんを必要としてるときに、母さんは一度だって居てくれたことなんかなかったじゃないか。母さんだけじゃない父さんもだ。俺が母さん達を見捨てるんじゃない。先に母さん達が俺を捨てたんだよ」
それだけ言うと、新一はくるりと踵を返して、再びパーティーの席へと戻っていった。
呆然とした表情で有希子は目の前で閉じられた扉を見つめ、その場に泣き崩れた。
やがて、有希子は力なく立ち上がり、トボトボとその場を後にした。
新一がパーティー会場に戻れば、有希子の登場など皆忘れたかのように盛り上がっている。
見れば、快斗がひな壇の上でマイクを握っていた。
おそらくは新一のために、客の気を引いてくれていたのだろう。
快斗は何をしていても華がある。
(モテるはずだよなぁ……)
かつて途切れることがないほど女との浮名を流した男だ。
ふと、一緒に暮らすようになってから、快斗が女遊びをしていないことに思い当たる。
(あの、バカ……)
愛されてるのだと自覚して、新一は一人顔を赤らめた。
ふと、ひな壇の上の快斗と目が合い、ウインクされる。
新一はさらに赤くなりそうな顔を、酒でごまかすために渡されたワインを一気に飲み干した。
PET SHOP BOYSの『哀しみの天使』は名曲です〜!一時期車の中でこればっかり聞いてました。 ちなみに原題は『It's a sin』です。ね、ピッタリでしょ? ここの快斗はマジシャンじゃないから、ひな壇に立ってしてたのはビンゴ大会ってとこでしょうかね。 BACK RED-INDEX NEXT