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この話はパラレルな設定となっています。
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深夜になって、新一と快斗は自宅へと戻ってきた。
タクシーを降り、門扉を開けようとしたところで、側に停まっていた車から二人の男が降りてきて声を掛けてきた。
「失礼ですが、工藤新一さんは?」
「僕ですが?」
新一は見知らぬ顔の男達を胡乱げに見返した。
地味なスーツは、どうみても業界の関係者ではなさそうだ。
かといって、ビジネスマンでもなければ、ましてやゴシップ誌の記者やレポーターの類でもない。
新一の不審そうな顔に気付いたように二人の男は内ポケットから身分証明書を取り出した。
「私は東京地検特捜部の横溝です」
「同じく山村です。お疲れのところ申し訳ないのですが、少々お時間を頂戴できないでしょうか?」
チラと快斗の顔を見ると、快斗は小さく頷いた。
「……わかりました。どうぞ」
新一は二人を家の中へと招き入れた。






「それで、検察の方々がどういったご用でしょうか?」
リビングで二人の捜査官に向き合いながら、新一は尋ねた。
快斗は直接関係者ではないから、と遠慮がちにダイニングでスケッチブックを広げている。
「実は、本日、工藤優作氏が特別背任罪容疑で逮捕されました。つきましては、ご子息でもあり、『KUDO』の元・常務取締役でもあるあなたにお伺いしたいことがありまして……」
横溝と名乗った捜査官が静かに、けれどはっきりと新一に告げた。
快斗も顔を上げて新一の方を見た。
特別背任罪とは、商法第486条に定められたもので、企業で特定の地位にあるものが、自分や第3者の利益を図る目的、または会社に損害を与える目的で、任務に背き、会社の財産上の損害を与えた好意を罰する規定のことである。
「父が……。そうですか……」
新一はゆっくりと目を伏せた。
パーティー会場に現われた有希子の姿が思い出される。
デザイナーとしても成功した有希子だが、元は女優であるから話術は巧みだし人目を惹く華やかな容姿も『KUDO』のスポークスマンとしてはうってつけの人材だった。
その有希子がいつになく取り乱し、ここがどこなのかも忘れたように泣き喚く姿。
あの場には、有希子を直接知るものが何人もいただろうに、そんなことにも気が回らないほどに。
(母さんのあの取り乱しようは、そういうことか……)
だからといって新一は理由も聞かずに冷たく追い返したことを後悔はしていなかった。
「もう少し、詳しく事情を説明してもらえませんか?僕は退社してからの『KUDO』のことは余り知りませんので」
新一の言葉に、二人の捜査官の方が目を見合わせた。
「わかりました」
山村という捜査官が、手帳を見ながら話し始めた。

大阪でのファッション・モール・プロジェクトに関して、優作は『ユニオン』という会社を設立していた。
だが、『ユニオン』は優作の独断先行で設立されたもので『KUDO』の取締役会の承認を得ていない、つまり『KUDO』の取締役達は白鳥を始め誰一人として、この会社の存
在を知らなかったのだ。
ところが、白鳥の社長就任とともに監査が行われ、この『ユニオン』に多額の資金が流出していることが発覚。
調べてみると、『ユニオン』は所謂ペーパー・カンパニーで実体はなく、優作個人の手に金が落ちるようになっていることがわかった。
白鳥を始めとした取締役陣は昨日東京検察庁にこれを告発、優作の逮捕となった。

「経緯はわかりました。ですが、僕がお役に立てることはあまりないかもしれませんね。僕が知ってるのは、僕がまだ『KUDO』にいた時のことだけですから」
「構いません」
新一は、二人の質問に答えるようにして、新一の知る限りのことを話した。
が、捜査官達にとって大した収穫もなく、ほどなく二人は帰っていった。






玄関まで二人を見送った新一がリビングに戻ると、快斗がいつものように水割りを用意していた。
新一はポスンと快斗の横に座りこむ。
「新一、何考えてる?」
黙って差し出されるグラスを受け取り、口をつける。
ソレはいつもよりほんの少し濃い目に作られていた。
幼い頃に両親を亡くした快斗には、いま新一がどんな想いでいるのかはわからなかった。
ましてや、新一にしてみれば、愛を求め、与えられず、自分から親子の絆を断ち切った父親である。
その父親の逮捕に接した新一の心情を計ることなどできなかった。
快斗にできることは、ただ新一の傍にいることだけ。
「快斗……」
トンと肩に重みが加わる。
快斗は、肩に乗った新一の頭に手を伸ばし、柔らかな髪を梳き上げた。
「なに……?」
「俺、変かも……。なんか、ワクワクしてる」
「ワクワク……?」
思ってもみなかった新一の気持ちに快斗は首を傾げた。
「あぁ。罪を償ったところで、もう『KUDO』にだってアノヒトが戻る場所なんてないだろうさ。けど、父さんはこんなことで潰れるような人じゃねー、って思うんだ。いつかきっと、どん底からでも這い上がってきて、『KUDO』を……、そして俺を脅かすような何かをしてくれる……。そんな気がする……」
快斗は声もなく微笑んだ。
確かにそうだ。
工藤優作という男が、これで終わるわけはない。
快斗にもそれはすんなりと納得できるものがあった。
そして、それを楽しみにしている新一に、快斗は微笑まずにはいられなかった。
「やっぱり、変……か?」
微笑んでいるだけの快斗の顔を覗き込むようにして、新一は尋ねた。
「変じゃないさ。アノヒトが這い上がってきたら、新一は迎え撃つつもりなんだろう?」
「あぁ……」
「そん時も、新一の傍には俺がいるから……」
新一は快斗の顔をじっと見つめた。
この世でたった一人の自分の『家族』の顔を。
「サンキュ……、快斗」
新一は快斗の首筋に腕を絡めて、口づけを送ると、耳許で囁いた。
「ベッド……、行こうぜ」
そう言って微笑んだ新一の顔は幸せに満ちていた。





















一夜明けて、新一はいつもより30分早く家を出た。
昨日のショーは確かに成功したが、それがビジネスに繋がらなければなんにもならない。
新一としてはやはり気になることだから、快斗を起こさず一足先に家を出たのだ。
事務所へ来てみると、すでに秘書が電話に出ている。
「はい、ありがとうございます。では、月曜日の3時に。お待ちしてます」
電話の相手に頭を下げ、受話器を置く。
「………おはよう」
「おはようございます」
するとまた、電話が鳴った。
「ひょっとして、ずっと鳴りっぱなし?」
「そうですよ〜!もぉ、助けてくださいよ〜、社長!朝一番からずっとなんですから!」
と言いながらも、にこやかに電話に出る。
給湯室の方を見れば、確かに、いつもなら入れてあるはずのコーヒーも、まだ入っていない。
(嬉しい悲鳴……だな)
新一は嬉しそうにそう呟いて、自分でコーヒーを入れた。

携帯で宮野に連絡を取り、今日はこちらで交代で電話を受けてもらうことにした。
一応、新一も電話に出ようともしたのだが、秘書に「社長が軽々しく電話に出たら、
足許見られます!」と止められたのだ。
それに新一には、電話が一つ鳴る度に新一には来客の予定が詰まっていく。
社員3人の『REDコーポレーション』の慌ただしい一日が始まろうとしていた。






何組目かの来客が帰ると、秘書が近づいてきて耳打ちをした。
「先程からお待ちの方がいらっしゃるんですが……」
と言うからにはアポなしの客なのだろう。
それでも優秀な秘書である彼女が断らないで待たせているということは、そうできない客なのだろう。
「誰?」
新一が確認すると、秘書はさらに声を潜めて言った。
「蘭さんと服部平次さんです。5分でもいいからお話したいと」
「わかった。ちょうど話もあったんだ。次は……田内さんだったね?」
「はい」
「お見えになったら、ちょっとお待たせして」
「わかりました」
秘書が頷くと、新一はパーテーションで仕切られた打ち合わせ用のスペースへと足を向けた。

「悪い。随分待たせたな」
新一が声をかけると、蘭が慌てて立ち上がった。
「ごめんね新一。忙しいのに急に来たりして……」
「商売繁昌やな。羨ましいこっちゃ」
「おかげさまでな。で、またなんかあったのか?」
この二人が前にここへ来たのは、服部がなんとかして『KUDO』を辞める方法はないかと相談に来た時だった。
「今日はね、お礼とお別れの挨拶に来たの」
「お別れ……?」
「せや。今日の夕方の新幹線で大阪へ行くんや」
「そっか……。頑張れよ」
何かが起きたわけではないとわかって、新一はホッとした。
なにしろこの忙しさだ。
いままでのように、時間を割いてはいられない。
「そうだ」
新一はふと思いついて、ちょいちょいと服部に耳を寄せるように言った。
服部は何事かと思いながらも、身を乗り出した。
「父さんが特別背任罪で逮捕されたの知ってるか?」
「な、なんやてっ!?」
元々声の大きな服部を窘めるように、新一は口許に人差し指をあてた。
秘書や宮野の耳に入ってもいっこうに問題ないが、大声でする話題でもない。
新一は声を潜めて、昨夜捜査員から聞いたことを話した。
「やっぱり知らなかったんだな。昨夜、家に東京地検の捜査員が来た。お前のところにも行くかもしれないから、一応耳に入れとく」
「お、俺はなんも知らんで!」
服部はうろたえて、声をひっくり返して、小声で叫ぶ。
蘭も縋るように新一を見ている。
「心配すんな。関わってないなら、そのことをきちんと言え。変な隠し事はかえって疑われるぞ?あと、連絡がつくように大阪の連絡先をきちんと残して置いたほうがいい」
「大家さんとかには言ってあるけど?」
「それならいい。あ、俺にも一応教えてくれ」
蘭が手帳を破り、服部がそこに実家の住所を書いていく。
こころなしか、ペンを握る手が震えている。
「こ、これでええか?」
「あぁ。じゃあ、ゆっくりできなくてわりぃけどこれで……」
新一は、もらったメモを手帳に挟んで立ち上がった。
「元気でやれよ?」
「お店、出す時にはプロデュースしてくれるよね?」
「まかせとけ!」
「黒羽と一緒に遊びに来いや?」
新一はクスッと笑うと、客人を待たせて応接室へと再び入っていった。





















次から次へと訪れる来客をなんとかこなし、新一はぐったりとしながら椅子に沈み込んだ。
窓の外はとっぷりと日が暮れ、鮮やかなネオンに彩られている。
「社長、明日もスケジュールぎっしりですから、頼みますよ?」
皮肉めいたことを言いながら、秘書がコーヒーを新一の前に置いた。
新一が何杯目になるかわからないコーヒーに口をつけながら秘書から明日の予定を聞いていると、カチャリと事務所のドアが開いた。
「新一〜、お疲れ〜!メシ、行こうよ〜!」
のんびりとした口調で快斗が事務所へと入ってきた。
「お前、暢気でいいな……」
新一は呆れたように呟きながら、コキコキと首を鳴らした。
「そうだ。一緒に行こうぜ?」
と、新一は秘書と宮のに声をかけた。
「え?よろしいんですか?」
新一と快斗の関係が単なる友人ではないことに、聞かずとも気付いている秘書は驚くように確認した。
「今日一日大変なところを乗り切ったし、明日からもよろしくってことで……さ?快斗、お前もアトリエのスタッフたちを呼べよ?ショーの打ち上げもしてねーんだしさ。どうせ、ほったらかして来たんだろ?」
「……………」
図星を指された快斗には何も言う言葉がなかった。
携帯で近くのアジアン・レストランに予約を入れる新一を横目で睨みながら、快斗もアトリエに連絡を入れる。
電話をしてみれば、アトリエはまだ誰一人帰ることなく、仕事をしていたが、皆仕事を明日にして駆け付けてくるようだ。
「お前なぁ〜、皆一生懸命やってくれてるんだから、ちっとは労ってあげろよなぁ〜」
「わかってるって!」
「よし。じゃあ、今夜はお前のために頑張ってる俺も含めてお前の奢り!」
「え〜〜〜〜〜っ!?」
ざっと20人分の食費が幾らになるのか……。
考えるのが怖い快斗であった。

事務所の灯りを消して鍵をかけたところで、新一の携帯電話が鳴った。
「工藤君?」
聡明そうなアルトヴォイスは、快斗の同級生だった女性弁護士・紅子のものだ。
「聞いたわ。昨夜は大変だったようね」
何を、とは言わない。
けれど、新一には優作の一件を言っているのだということはすぐにわかる。
やはり職業柄、情報は早いようだ。
新一が苦笑だけを返すと、紅子も新一を無視して言いたいことだけを言う。
「いままでの判例からいけば、執行猶予3年ってとこかしら。阿笠弁護士がつくようだから、もう少し短くなるかもしれないわね」
『KUDO』の顧問弁護士でもあり、優作の旧友でもある温厚そうな顔をした弁護士は優作側につくことになったということを新一は紅子の口から知った。
「貴方も黒羽君も法廷で証言することがあるでしょうから、そのときには相談してちょうだい。格安でアドバイスして差し上げるわ」
「……そりゃ、どーも」
人が悪い快斗の元・クラスメートは新一に対しても遠慮がない。
新一が苦笑しながら短く答える。
「じゃあ、黒羽君にもよろしく伝えてちょうだい」
そう言い残して、電話は切れた。
「誰から?」
エレベーターで待っていた快斗が聞いてくる。
秘書と宮野は先に行っているらしい。
「小泉さん。父さんのこと聞いて、電話くれたらしい。俺達が証言台に上がる時は格安でアドバイスしてくれるってさ」
「………紅子らしいな」
「さぁ、行こうぜ?待たせると女どもはうるせーし」
チンと音がして開いた光の扉に、二人は消えていった。











「せんせ〜!工藤さ〜ん!こっちですぅ〜!」
「遅いですよぉ〜!何やってたんですか!」
「勝手に始めてま〜す♪」
アトリエのスタッフ達と新一の秘書と宮野はそれぞれグラスを手にしている。
「せんせ〜の奢りなんですよね?バンバン注文しときましたから〜」
「あのなぁ〜」
「いいじゃねーか。打ち上げなんだからさ」
「さ、先生と工藤さんも」
ビールの瓶を差し出されて、新一がグラスを手にしながら開いていた椅子に腰掛ける。
「ま、いっか……」
隣に座っていたアトリエのスタッフにお酌されて、新一が楽しそうに笑っているのを見て、快斗も新一の横に座った。
「先生、乾杯の音頭取ってくださいよぉ〜」
「オッケ。んじゃ、『Kaito Kuroba』と『RED コーポレーション』の未来にかんぱ〜い!」
幾つものグラスが突き出された。






Fin

長い間、お付き合いありがとうございました。
皆様のおかげで無事完結することができましたこと、心より感謝します。
そして、優作さんの行末に関して相談にのってくれたS様、
日々、励ましと感想をメールしてくれたM様、
ありがとうございました。

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