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この話はパラレルな設定となっています。
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『SIN』のショーをいよいよ明日に控えたその日。
銀座の『KUDO』本社では、緊急取締役会が召集された。
召集したのは現社長である服部平次。
出席者は、経営的なことにはノータッチな副社長の有希子を除いた全員。
もちろん現在では会長職に就いた優作も出席していた。
「では、これより緊急取締役会を始めます」
議事進行を担当する総務担当取締役より、開会の言葉が述べられる。
「本日の議題ですが、服部社長よりお願いします」
促されて、服部が立ち上がる。
「皆さんに集まってもろたんは、自分・服部平次が代表取締役社長を辞任し、白鳥専務にその任を引き継ぐゆうことを承認いただくためです」
抑えてはいるが、抜けきらない大阪弁のイントネーションが役員会議室に響き渡る。
室内はシーンと静まりかえっていたが、優作がそれを打ち破った。
「なっ!どういうことだ、服部君!私はそんなことは認めていない!絶対に認めないぞ!」
服部を傀儡とするつもりだったからこそ、優作は強引に服部を社長に据えたのだ。
白鳥が社長になったら、そうもいかない。
白鳥が優秀であることは認めてはいるが、この出世欲も自己顕示欲も強い男が、大人しく自分の傀儡でいるわけがないのだ。
だからこそ、新一を呼び戻すことができなかった時、白鳥ではなく、その存在を道端の雑草ぐらいにしか思っていなかった服部を社長に据えたのだから。
いまの優作は、まさに飼い犬に手を噛まれた状態であった。
総務担当取締役は、喚きたてる優作をなけなしの勇気を振り絞って無視した。
「で、で、で、では、ただいま社長から出されました案件に関しまして、ご、ご賛同の方はご起立ください……」
まず白鳥がガタンと音を立てて、立ち上がった。
それにつられるようにして、その場にいた全ての取締役が立ち上がった。
優作は呆然としながら、その様子を見ていた。
最後に議事を担当していた総務担当取締役が立ち上がって言った。
「さ、賛成8票、反対1票、不投票1票。取締役会規約に基づき、本案は承認されました」
「むっ、無効だ!私は認めない!この取締役会は無効だ!本案は議事録から削除するんだ!」
書記として、唯一役員の肩書きを持たずに出席していた秘書課長に向かって、優作は怒鳴り散らした。
「そ、そ、そ、それでは…、緊急取締役会をへ、へ、へ、閉会いたしますっ!」
服部が机の上に置かれていた資料を持って、役員会議室から出て行く。
それに白鳥が続く。
他の役員も、優作に呼び止められることのないよう、そそくさとその場を後にした。
誰もいなくなった役員会議室で、優作だけが呆然と一番奥まった窓際の椅子に座り込んでいた。

『KUDO』の社史に残る取締役会は、こうして5分で閉会した。
すべて新一の書いたシナリオ通りに―――。





















新一はプリンセスホテルにいた。
ここの一番大きなバンケットホール『クリスタル』で、明日ショーが行われる。
いまはステージの建てこみの真っ最中で、新一は細部に渡る指示を出していた。
「ちょっと失礼」
スーツの胸ポケットで震える携帯電話に気付いて、話していたホテルの営業マンに声をかける。
廊下に出て、通話ボタンを押した。
『新一?私よ』
相手は蘭だった。
「どうした?」
聞かずとも用件はわかった。
蘭の声が、悲痛なものではなく、喜びに跳ねていたから。
『いま、服部君から連絡があったの。取締役会で、服部君の辞任と白鳥さんの社長就任が可決されたって!』
「そっか。よかったな、蘭」
予想通りの言葉に、新一は感慨もなくお祝いの言葉を述べた。
新一にとっては当然の結果である。
あの父親ならともかく、無能な取締役達を動かすのはさほど難しいことではなかったから。
(『KUDO』にいる時は思い通り動かすの結構大変だったのに、破滅へ導くのはあっけねーなんて……。張り合いねーなぁ)
新一は、蘭に聞こえないように苦笑した。
『新一のおかげだって、服部君もすごく感謝してたよ?』
「俺じゃねーよ。服部が頑張ったからだろ?」
半分は本音だが、半分は社交辞令だ。
確かに服部は予想以上に白鳥や他の役員相手に上手に立ち回っていた。
けれど、それは新一の策があってこそ。
そう自負できるぐらいのことはしたと思う。
それに、新一が手を貸したのは服部のためではない。
蘭のため……という要素はなきにしもあらずだが、それだけが目的ではなかった。
一つは『KUDO』の社長に白鳥を据えること。
白鳥は決して無能ではないが、自己能力を過信しすぎている。
平時なら立派に会社を盛り立てることができる器だろう。
だが、それでなくても不況のご時世。
そんな最中に、傾きかけた『KUDO』を再生させるだけの力は白鳥にはないと、新一は見ていた。
『KUDO』が倒産に追い込まれるのは、最早時間の問題だろう。
そして、もう一つ。
新一には目的があった。
『ねぇ新一、服部君がね……?』
「ん?」
蘭の声に、あれこれと巡らせていた思考を中断して、新一は相槌をうった。
『再スタートを切ったら、ぜひ新一にプロデュースしてもらいたいって』
この言葉には、さすがの新一も独り、目をパチクリとさせていた。
同じ男の血が流れる義兄弟。
一人は本妻の子として育ちながらも、華々しい脚光を浴びながらも、両親の愛を感じることなく育ってきた。
もう一人は認知すらしてもらえず、けれども義理の父親に恵まれ、惜しみない愛情を注がれて育った。
立場こそ違えど、同じ業界で仕事をするようにもなった。
そして、一人の女性を巡って憎しみを燃やした。
まるで運命の悪戯のように。
新一と服部の関係は敵だったはずだ。
それなのに……。
新一は蘭と離婚し、『KUDO』も辞めて、快斗と生きる道を選んだ。
服部は蘭と婚約したが、『H2』を失い、生まれ故郷の大阪で再スタートを切る。
気が付けば敵同士という関係は消え、友好的なものなろうとしている。
「クスッ、連絡がくるのを楽しみにしてるよ」
新一は、スタッフが慌しく駆け回るバンケット・ロビーの片隅で楽しげに微笑んだ。





















快斗と新一は明日のショーのために、プリンセスホテルのスウィートルームに部屋を取った。
深夜になってから、ようやく部屋に戻ってきた二人は身体を寄せ合いながらベッドに横たわっていた。
さすがに明日のことがあるから、セックスは控えていたが。
そうしながら、新一は蘭からの電話の内容を快斗に聞かせた。
「へぇ〜、5分でねぇ……」
「ま、その辺は大したことじゃないさ」
優作に真っ向から仕掛けるのはキツイものがあるから、白鳥を落とす方向で策を練った。
白鳥を始め、他の役員達もイエス・マンではあったが、『KUDO』でのキャリアが全くない服部が社長に就任したことは快く思っていなかった。
新一は、そこを突いたのだ。
面白いように皆、新一の掌で踊ってくれた。
あの白鳥までもが。
優作一人を落とすより、取締役陣7人を落とすほうが遥にラクだったのは確かだ。
最も、白鳥が落ちた時点で、白鳥が率先して他の役員を説得して回ったのだが。
新一はこれからの『KUDO』の行末を楽しみにしながら、ほくそえんでいた。
「で?それだけじゃないんだろ?」
新一があれこれ企んでるようだと気付いていた快斗は、いまこそその新一の計画の全貌を話してもらおうと、ニヤニヤしながら聞いた。
「まーな。服部の店、あるだろ?」
原宿にある『H2』を訪れたことはなかったが、快斗はウンウンと頷いた。
「あそこを哀の店にするんだ」
新一はニヤリと笑って呟いた。
あの店は服部の所有ではなく、賃貸であったからすでに不動産屋とも話をつけていた。
新一が、積極的に服部が大阪に行けるようにと手伝っていたのには、そんなウラがあったのかと快斗は呆然と新一を見た。
「原宿はさぁ、もう飽和状態なんだよ。新しくビル建てる場所探したり、土地を買収したりすると時間も金もかかるだろ?テナントもいっぱいいっぱいだしな。けど、高校生相手にするなら、やっぱり原宿っていう場所は譲れねぇし。あそこが一番手っ取り早かったんだよ」
場所もいいしな、と楽しげに新一は語る。
もちろん二人は新一が裏でそんなことをしているとは知らない。
不動産屋とスムーズに話がついてよかった、と思うぐらいだろう。
「ったく……」
快斗は溜息をつくことしかできなかった。
新一が味方でヨカッタ、とつくづく思いながら。
「そういやさ……」
新一は身体を起こして、寝そべったままの快斗を見下ろす。
「服部が再スタートのプロデュースを俺にして欲しいんだと」
クククッ、と新一は言いながら笑う。
「は?」
と狐につままれたような顔をしたあと、快斗はアハハと笑い出した。
「騙されてるよなぁ〜、アイツも……」
あんなに憎んでいたはずの新一を、そこまで信用するほど魅せられてしまったのだ。
この天賦の商才に。
「引き受ける……んだろ?」
快斗は新一の身体を引き寄せて、口づけを送る。
「あぁ」
新一は短く答えて、その口づけに応えるように、甘い吐息を洩らした。







某老舗百貨店のクーデター劇(←古ッ!)を彷佛とさせ……たかったんですが、いかがでしょう?
次回はいよいよ『SIN』発表のショーです。

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