
指定した時間にやってきた蘭を出迎えた新一は、蘭の後ろに佇む人影に驚いた。
「服部……」
「……工藤」
ぶつかり合う複雑な色をした視線の間に、蘭が割り込む。
「私が服部君に言ったの。新一に相談して診ようって。だから新一、話を聞いて?」
「蘭……」
新一は蘭の話がただごとではないと感じた。
僅かな間考えて、新一は秘書に外出して戻らないと告げた。
「新一……?」
「場所を変えよう。ここで聞く話じゃなさそうだしな」
新一は二人を連れて外に出ると、タクシーを拾った。
「新一……、ここ……?」
蘭はタクシーが停まったところに驚いた。
そこはかつて、自分が新一と住んでた家だったから。
「売れたって聞いたけど……?」
「あぁ、売れたよ」
新一は蘭達を振り返ることなく、そう言ってポーチを上がっていく。
「なら……、どうして?」
クスッと笑いながら、新一は真実を教える。
「俺も知らなかったんだけどさ、ここを買ったのは快斗だったんだ」
新一はどうぞと二人を招き入れる。
蘭はなんとも言いようのない心境で新一の後に続いた。
が、中に入るとガラリと雰囲気が変わっていて、蘭は知らない家に来たような気になった。
「適当に座っててくれ。いまコーヒーでもいれるから」
キッチンへ向かう新一の後ろ姿が、とても部屋に溶け込んでいて、蘭は思わず微笑んだ。
(ヨカッタ、新一は幸福なんだね……)
「どないしたん?」
「うん、負けてられないな、って思って……」
蘭の笑みを見咎めて尋ねる服部に、蘭はそう答えた。
「新一が幸福そうだから。私達も負けないぐらい幸福になろうね?」
「……せやな」
服部は蘭の笑顔に見惚れた。
こんな時だというのに、未来を信じる力強い笑顔に。
(せや、工藤につまらん意地はっとる場合やない。蘭ちゃんの為や。どないなことかてできるわ)
複雑な思いを抱いたままここへ来てしまっていた服部だが、いまそれを捨てて、新一に頭を下げる決意をした。
「なるほどね……」
黙って蘭と服部から話を聞いていた新一は、おおよその経緯を聞いて頭を抱えた。
一度は婚約者とした蘭を切り捨て、服部に見合いをさせるなど、やり方が無茶苦茶だ。
「で?お前はどうしたいんだ?」
新一は服部を正面から見据えて問い掛けた。
「どうしたいもなんも、俺は蘭ちゃんとしか結婚せぇへん。せやけど、あん男に何を言うてもアカンのや。まるで言葉が通じてへん。まるで宇宙人と話してるみたいや……」
「……………」
新一は先日優作が押しかけてきたときのことを思い出した。
あの時もそうだった。
自分の夢だけを語り、人の話に耳を傾けようとは最後までしなかった。
新一が何も言わないので、服部は言葉を続けた。
「俺はもういやや。正直『KUDO』なんてもうどうでもえぇねん。蘭ちゃんと二人でやり直そ思うとるんや」
「やり直す?」
「せや、『H2』ももうアカン。潔う店畳んで、大阪で一からやり直そ思うとる」
服部はそう言いながら、蘭の顔を見た。
蘭もまた、服部の顔を見てにっこりと微笑んだ。
それを見た新一は、蘭もまたそれを望んでいるのだということを理解した。
「二人がそれでいいなら、俺が口を出すことじゃないさ。けど、父さんがそれを黙って許すとは思えない。それに、例えどういう経緯があったにせよ、お前は社長だ。下手をすれば、やり直すどころじゃなくなるぜ?いったい、どうするつもりだ?」
「新一」
蘭が始めて口を挟んだ。
「それを新一に相談したいの。私達、どうすればいい?どうすれば、お義父様から逃れられる?どうすれば、服部君は『KUDO』と縁が切れる?」
けれど、新一はじっと二人を見据え、腕を組んだままだ。
「新一!」
焦る蘭は新一に詰め寄る。
新一は蘭を目で制し、服部に向き直る。
決して、意地を張ってるわけではない。
自分の元へ来る。
それだけでも、服部には充分抵抗があったことだろう。
もし、自分が服部の立場だったら。
決して、一度は憎んだ相手を頼ることなど出来ないであろう。
血の繋がりがあるからこそ、なおさらに───。
だからこそ、服部の言葉を新一は聞きたかった。
服部もそれを察したように椅子から立ち上がったかと思うと、床に跪いて頭を下げた。
「工藤、頼む。力を貸して欲しいんや。蘭ちゃんを幸せにしたいんや!頼む……。工藤、お願いや……」
「………服部、頭をあげろ」
そこまでは新一だとて望んでなどいなかった。
欲しい言葉は貰った。
それで充分だ。
服部はゆっくりと顔を上げた。
新一は穏やかな笑みを称えていた。
「父さんが相手だからな。一つ間違うとどうにもならなくなる。慎重にしないとな……」
「新一!ありがとう!」
「工藤……、おおきに……」
その時、リビングのドアが開いた。
「ただいま〜。新一、お客さん……っと、蘭ちゃん……。それに服部……」
顔を覗かせた快斗が蘭達の姿を認めて、思わず息を飲んだ。
なにしろ新一に因縁のある二人だ。
また、何かあったのかと、快斗が気にするのも無理はない。
「あ、おかえり。悪い、断りなく連れてきちまって」
と、振り返って言う新一の顔は何やら楽し気で。
快斗はホッと胸を撫で下ろした。
「いいって、ここは新一の家でもあるんだからさ。で、お二人さん、ついでだから一緒にメシ食わねぇ?」
「え?えぇ……」
「せ、せやな……」
ニッコリと笑って勧める快斗に、蘭も服部も、呆気に取られて思わず頷いてしまった。
なんとなく成りゆきで4人で食卓を囲み、和やかな一時を過ごした後、2人は帰っていった。
「まさか、こんな風に一緒にメシ食う日が来るとは思ってもみなかったな……」
いつものように2人きりのくつろいだ時間を過ごしながら、新一はポツリと呟いた。
快斗は、そんな新一の隣でスケッチブックを広げている。
「で、何がそんなに楽しいのさ?」
新一に話し掛けながらも、手は忙しなく紙の上に線を描いていく。
「そんなに楽しそうか?」
「そう見えるけど?」
「そっか……。そうかもな……」
新一は、クスッと笑って2人との話の一部始終を快斗に話した。
「……なるほどね。で、新一は2人に協力することにしたんだ」
「まぁな……。今度こそ、父さんに思い知らせてやるさ」
不敵な笑みを浮かべる新一を見ながら快斗は思う。
どんな形にせよ、追い付き追い越そうとする存在があることが羨ましいと。
けれど、それを口にしても仕方がない。
「新一」
「ん?」
「服部に協力するのもいいけどさぁ〜、俺のショーの事も忘れないでよ?」
「バ〜ロ、当たり前だろ」
そう言いながら新一はスケッチブックを覗き込んだ。
「コラッ!まだ見ちゃダメだってば!」
快斗はスケッチブックを隠すようにして身を捩る。
「いいじゃねーか、どうせ後で見るんだからさ」
「そーだけど、なんか書いてる途中のラブレター覗き込まれてるみたいでヤダ」
毎日、一枚ずつ描き溜めているこのデザイン画は、新一への想いを形にしたものだから。
快斗にとっては、ラブレターそのものなのだ。
「………バーロ」
新一は小さく呟いて、コーヒーのカップに手を伸ばした。
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