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この話はパラレルな設定となっています。
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「どういうこっちゃ!あれやったらまるで見合いやんか!」
料亭で不可思議な会合があった翌日、服部は会長室へと怒鳴り込んだ。
しかしながら優作は悠然としながら宣った。
「みたい、ではなく見合いなのだよ?先方も君のことが気に入ったらしい」
服部は唖然とした。
優作は蘭のことを知っている。
にも関わらず、自分に見合いをさせたというのだ。
「蘭を内縁の妻では外聞が悪い言うて、婚約者ゆうことにしたんはアンタやんか!どないなことか説明したってや?」
服部は冷ややかに優作に詰め寄った。
「いやね、蘭君は素晴らしい女性だとは思うが、なにしろ新一の妻だった人だからねぇ。婚約は破棄して貰うよ?いやなに、本当に別れる必要はないんだ。愛人……てことでね。もちろん蘭君にもそれなりの援助はさせてもらうよ。それに飛鳥グループと姻戚ということになればいろいろとメリットがあるんだよ。なぁに、心配はいらない。先方も承知なことだからね。いや、ここだけの話、あのお嬢さんも訳アリでね。嫁には出せないと困っていらしたのだよ。言わば、ギブ&テイクというところさ」
その口に何を塗ったらこんなにもまわるのか、というほど優作は饒舌だった。
だが、その内容ときたら、服部の怒りを増幅させるようなものだった。
「アンタ……ッ!何考えとんのやっ!そんなん俺が、ハイそうですか、言うて聞くわけないやろっ!?」
「それでも聞いてもらうよ、服部君。これは『KUDO』の……、ひいては私達の未来の為なんだからね?」
服部はギリギリと歯ぎしりした。
まるで会話が通じない。
何を言っても、この男には通じないのだ。
服部はキッと優作を睨みつけると、踵を返して会長室を出た。
まるで逃げ出すように―――。






(どないしたらええんや……、俺は。どないしたら……)
服部は頭を掻きむしるようにして抱え込んだ。
(俺はただ蘭ちゃんを幸福にしとうだけなんや……)
蘭を幸福にするためには、新一が蘭に与えていたもの全てを与えてやるべきだ、と服部は思っていた。
そして、新一が与えなかった愛情を与えて、初めて蘭は幸福になれるのだと。
(どこでや……。どこで間違うたんや……。なんで、こないなことに……)
服部は蘭の笑顔を思い浮かべた。
屈託のない明るい笑顔を……。
(あん笑顔があれば、俺はええんや。蘭ちゃんの笑顔があれば、俺は幸福や……。地位も、名声も、金もいらん……)
服部はふと思いあたった。
(蘭ちゃんも……、そう……なんか……?)
自分は蘭の幸福のためと言いながらも、結局は自分のことしか考えてはいなかったのではないかと……。
新一と張り合うことが、『H2』を快斗のブランド以上に育てることが、蘭の幸福になるのだろうか?
(ちゃうんや……。蘭ちゃんは、そないなこと望んでへん……ハズや……)
蘭が望んでいたのはただ一つ。
(そや、愛されることや……)
服部はバンッと音を立てて立ち上がると、行き先も言わずに出ていった。






服部は蘭の元へとひた走った。
もどかしい思いで地下鉄に乗ると、少し冷静になり自分がなにをしなければならないかを一生懸命考えた。
(『KUDO』なんぞ辞めたる!あん男にえぇようにされるんはまっぴらや!それやったら、丸裸になってもえぇから、蘭ちゃんとホンマの幸福のために苦労するほうがえぇ!)
原宿に着くと、いまやかろうじて蘭が一人で切り盛りしてる『H2』へと向かった。
「蘭ちゃんっ!」
「服部君!?どうしたの?仕事は?」
「話があるんや。大事な話が!」
移り気な高校生を相手にした店は、いまや閑古鳥が鳴いている。
一度ケチのついたブランドに客が戻ることはないのだ。
服部は店を閉めると、奥の事務所で蘭と向かいあった。
「あんな……とりあえずなんも言わんで聞いて欲しいんや……」
服部は蘭に全てを話した。
『KUDO』の社長になったいきさつ。
そして、昨日騙し討ちのように見合いをさせられて。
優作に怒鳴り込んだけど軽くあしらわれて。
ここへ来るまでの間、何を考えていたのかまで。
「なぁ、俺と大阪に行かんか?大阪でやり直そ?蘭ちゃんには苦労かけるかもしれんけどな……」
「……」
「蘭ちゃん?」
蘭は泣いていた。
「ありがとう……、すごく、嬉しい……。心配だったの。最近の服部君、なんか人が変わっちゃったみたいで……」
「蘭ちゃん……、すまんかったな……」
やはり自分が間違っていたのだ、と服部は深く反省した。
「ねぇ、服部君……。大阪に行くのは賛成なんだけど……」
「けど、なんや?」
「『KUDO』の方はどうなるの?」
「それなんや……」
服部は弱っていた。
なにしろ優作は服部の言うことなどまるっきり聞いちゃいないのだ。
辞める、という明確な意思はあっても、またしても訳のわからないことを言われていいようにされるのが目に見えている。
かといって、これと言った打開策があるわけでもなかった。
「あのさ……、服部君イヤかもしれないけど……」
「なんや?うまい方法があるんやったら、なんでも言うてや?」
「うん……、あのね……」
蘭は歯切れ悪く口篭もる。
「……新一に相談してみない?」
蘭のこの言葉には、服部も黙り込んでしまった。
確かに、あの優作に唯一対抗できそうなのは、息子として27年間付き合ってきた新一しかいないかもしれない。
「そやな……」
自分の中の蟠りはまだ消えてしまったわけではない。
あの時の屈辱を忘れてしまったわけではない。
けれど、いまなら少しだけ違った目線で見ることができそうな気がした。
自分の隣りに蘭がいる限り……。


























その頃、新一の事務所には哀が訪れていた。
新一が、約束をすっぽかしてしまったことを何度も頭を下げて謝るので、哀は恐縮していた。
「それでなんだが、哀ちゃんに担当をつけようと思うんだ」
「担当……」
「あぁ、もちろん俺もプロデュースは続けるんだけどさ。日々の打ち合わせとか、相談なんてのはその担当者にしてもらうことになると思う」
「…………」
哀は返事を躊躇った。
というのも、哀は自分が極度の人見知りだという自覚があった。
余り他人と話したことがないために、何を話せばいいのかわからない。
学校でも数少ない友人以外とは、ほとんど口をきいたことがない。
新一も哀の戸惑いを察知していた。
「大丈夫だろ。まんざら初対面ってわけでもねーし。今日、来てくれてるから紹介するよ」
なんと新一の秘書は昨夜のうちに、その人物を口説き落とし、今朝事務所に連れて来ていた。
その人物は、彼女なら……と思えるような人物だったので、新一は一も二もなく了承した。
なにしろ、元・部下なわけだから、彼女のスキルはよくわかっている。
僅かの間だったが、『EYE』プロジェクトのメンバーでもあったし、面倒見がよく頼れるお姉さんタイプの彼女なら、哀の担当にピッタリだろう。
「哀ちゃんの担当をしてもらうことになる。宮野君だ」
「あらためまして、宮野明美です」
哀もあっ……と呟いて、慌てて立ち上がり頭をさげた。
「灰原哀です。よろしくお願いします」
哀も彼女を覚えていた。
大人に囲まれて、緊張していた哀を気遣ってくれた彼女を。
亡くなった姉のように優しくしてくれた彼女を。
「宮野はまだ『KUDO』に籍があるから、本格的に動くのは1ヶ月先になるけど、個人的にどんどん連絡を取り合ってくれて構わないから」
「哀ちゃん、携帯持ってるかしら?」
「あ、はい」
早速、携帯の番号を交し合う二人にホッと息をついたところに、新一の携帯が鳴った。
「ちょっと、失礼」
席を外して携帯に出た。
「はい」
『新一?私……』
「蘭?また、なんかあったのか?」
ここのところ蘭が連絡を取ってくることが多い。
それだけ、彼女の周りが動いているということなのだ。
『うん、ちょっと相談したいことがあるの。長くなりそうだから会って話がしたいんだけど……』
「わかった。いま、ちょっと立てこんでるから……。そうだな、6時ごろでいいか?」
『6時ね……。じゃあ、あとで……』
新一は、携帯を切ると、顎に手を当てて考え込んだ。
(なんなんだ……?蘭の相談ってのは……)
蘭の様子がいままでとどこか違うのだ。
電話では話せない、と言いながらもその口調にはどことなく明るいものが含まれている。
(ま、あとでわかるか……)
新一は手にしていた携帯で、蘭と話があるから先に家に帰るよう、快斗へとメールを打った。








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