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この話はパラレルな設定となっています。
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「いよいよ明日は退院ですね?」
その日、青子の病室を訪れた白馬はそう言った。
「うん、いろいろありがとうね、白馬君」
これから待ち構えているであろう苦労を微塵も感じさせずに、朗らかに笑いながら青子は言った。
その姿になんだか涙ぐんでしまいそうになって、白馬は下を向いた。
「青子さん……、この前の……」
「白馬君、あのね、青子お願いがあるの」
白馬が少し躊躇いがちにした言葉を、青子は遮った。
「な、なんでしょう?」
「この娘の名前、考えてくれない?」
「あお…こさん……?」
「子供の名前って、やっぱり父親がつけるもんでしょ?」
「あ、あ、あ、青子さん!それは、その……つまり……」
期待していいのか?としどろもどろになりながら、白馬が問いかける。
「青子、いっぱい考えたよ?白馬君のこと、愛してるとか…まだよくわかんないけど……。でも、一緒にいてくれるなら……、白馬君が青子でいいなら……」
青子は自分の正直な気持ちを語った。
「青子さん……」
白馬に異存などあるはずがない。
「僕は大丈夫です。いままでもずっとあなただけを見てきました。これからもずっと……」
白馬は青子の手に自分の手を添えた。
青子の腕の中では、産まれたばかりの赤ん坊が気持ちよさそうに眠っている。
「あの……、赤ちゃん抱いてみてもいいでしょうか?」
「もちろん!お父さんなんだもん!」
こわごわと赤ん坊を受け取る。
小さな身体は居心地が悪いのか、白馬の腕の中でムズがって泣き出した。
「あぁ、どうしましょう!」
「貸して、こうするのよ」
青子は、再び赤ん坊を腕に抱いた。
トントンと軽く小さな身体を叩きながら、赤ん坊をあやしていく。
「僕は父親と認めてもらえないのでしょうか……?」
「違うよ〜。おっかなびっくり抱っこしてるからだよ〜」
「そうだといいんですが……」
「ほら、お父さんですよ〜?」
青子が赤ん坊を白馬の前へと突き出すと、赤ん坊は安心したかのように、またスヤスヤとした寝息をたてた。

























連日、新一と快斗はお互いの事務所とアトリエを行ったり来たりしていた。
その日はショーの構成や招待者など事務的な話が多かったので、新一の事務所で打ち合わせしていた。
「これが決まらねーと、先に進まねーから決まるまでは帰れねーと思えよ?」
アトリエでの仕事を片付けた後、事務所にやって来た快斗を、新一は書類の束をドンと芽の前に置き、そんな言葉で出迎えた。
「ゲッ!勘弁してよ〜。俺、こういうの苦手なの知ってるでしょ〜?新一にぜ〜んぶ任せるって!」
アパレル業界はどんな職種であろうと、感性は重要だが、創る快斗と売る新一とでは、そのベクトルが向いている方向が違う。
だが、お互いの感性に100%の信頼をおいているからこそ、快斗は新一の決めたことに文句を言うつもりなど全くなかった。
「ダメだ。招待客に関しちゃ、俺がリストアップしたのに目を通すだけでいいから、ショーの構成ぐらい少しは考えろ!お前のショーなんだぞ?」
「う〜っ」
全くもってその通りなので、快斗は唸りながら書類に目を落とした。
新一は招待客リストに凄まじい勢いで印を付けていく。
時折何か考えこんでは1ページ付け終えると印の数を数えてページの片隅にその数字を書き込んでいく。
分厚い束の半分ほどを終えた頃、デスクの電話がなった。
「社長、灰原さんからですが」
最初に電話に出た秘書が、そう取り次いだ。
「はい」
新一は自分のデスクで電話に出る。
「え?昨日だっけ?ゴメン……」
新一が珍しくも頭を下げている。
その様子に、快斗も書類から新一へと視線を移した。
「ゴメン、本当に悪かった……。じゃあ、明日、こっちで……」
新一は電話を置くと、溜息をつきながら椅子に凭れかかった。
「どうしたの?哀だったんでしょ?」
「俺の失態。彼女との約束、すっかり忘れてた」
驚いたのは秘書のほうである。
新一のスケジュール管理は彼女の仕事であるからだ。
慌ててスケジュール帳をめくる彼女に、新一は再度謝った。
「それも俺のミス。君に伝えるのを忘れてたんだ。ったく、俺としたことが……」
頭を抱え込んでる新一の背後に、快斗は歩み寄る。
「ゴメン……」
「なんで、快斗が謝る?」
「だって、俺が全部新一に任せちゃうから、新一の負担が増えてるんじゃない?」
自宅でも仕事を傍らに置いて休もうとはしない新一を、快斗は心配してたのだ。
けれど、自分のブランドのこととはいえ、畑違いの仕事にただ見ているだけで今日まで来てしまった。
「俺にできることならどんどん言ってよ?」
「ん、サンキュ……」
とは言うものの、自分らしくない失態に新一の落ち込みようは激しかった。
そこへ、秘書が遠慮がちに口を挟んだ。
「差し出がましいようですが、この機会に灰原さんに担当をつけてはいかがでしょうか?」
「いや、彼女のデビューは俺が見るって約束だからさ……」
秘書の申し出に、新一は横に首を振った。
「ですが、何から何まで社長がやらずともいいと思いますわ。社長がいなくなられた『KUDO』で面倒を見るというのとは、違いますし。黒羽先生とは違って、彼女の場合、一から始められるわけですから、じっくりと話をされた方がよろしいかと思います。そのためにも、きちんとした担当者をつけて、最終的な判断を社長がなさればよろしいのではないでしょうか?」
「俺もそう思う」
快斗までが、秘書に同調した。
「確かに哀とそういう約束をしてたけどさ。けど、考えてみて?新一が哀との約束をすっぽかしたのは昨日なんだろ?」
新一は「あぁ」と小さく頷いた。
「それを今日になって連絡してきたってことはさ、アイツやっぱり俺に遠慮とかしてんだよ」
「どういうことだ?」
「哀はあの通りクールで俺たちとも物怖じせずに話するけど、変なとこで遠慮がちでサ。言っただろ?身内がいないって。多分、甘えるってことを知らないんだよ、哀は」
そうなのかもしれない、と新一は思った。
「う〜ん、けどなぁ……。すぐに適任者が見つかるかぁ〜?」
何しろ『Red コーポレーション』は社長と秘書の二人しかいない。
哀に担当者をつけるとなれば、誰かを引き抜いてくるしかないのだ。
「私に任せてもらってもよろしいでしょうか?」
「心当たりがあるのか?」
「はい」
手っ取り早く引き抜くならば『KUDO』から引っ張ってくるのが一番だ。
となれば、新一が口説くよりは彼女が口説いたほうが効果がある相手もいる。
彼女が考えているのは、そういう相手なのだろう。
「よし、じゃあ君に任せよう」
「ありがとうございます」

























一方、慣れない社長業に日々振り回されている服部は、優作にとある料亭へと連れられてきていた。
慇懃に構える和装の老人と振袖に身を包んだ楚々としたご令嬢が豪勢な膳を挟んで座っている。
「服部君、こちらは飛鳥グループの会長の飛鳥重信氏とお孫さんの美幸さんだ」
あの優作がペコペコしながら、二人を紹介する。
(なんなんや……?仕事や、言うとったけど、なんでこないな女がおるんや……?)
愛想笑いを浮かべながら、服部は勧められるままに酒を飲み、膳を突いた。
それが、優作の新たな罠とも知らずに……。








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