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この話はパラレルな設定となっています。
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『KUDO』と『Kaito Kuroba』が正式に契約解除同意書に調印した翌日、経済紙に服部が『KUDO』の社長に就任したという記事が載った。

「ちょおっ!これ、なんなんや!こんな話聞いとらんで?」
新聞を握り締めて服部はいきり立つ。
「おいおい、いまさら何を……。君が一緒にやる、と言ったんだろう?」
悠然と構えた優作は、服部の言うことなど耳にも入っていないかのようだった。
「12時に記者会見をするから。ん〜、その格好では社長としての貫禄に欠けるなぁ。当社のブランドの中から、最高級のスーツを用意させよう」
ジーンズに皮ジャンという姿の服部を舐めるように見て、目配せで秘書に合図をして手配をさせる。
「な、なにを勝手なことぬかしとんのや!俺は社長なんてせぇへん!記者会見なんてお断りや!」
「無責任なことを言ってはいけないよ。これはすでに決定事項だし、社員全員が君に期待をしているんだ」
「せやから、社長になるやなんて言うてないわ!」
噛み合わない会話に服部はますます血が昇っていった。
それもそのはず。
確かに服部は社長になるなどと言ってはいないし、優作も社長をやって欲しいなどとは一言も言わなかったのだから。
全ては、優作の仕組んだことだ。
新一はよくも悪くも頭がキレる上に、優作のこういうやり方を良く知っていた。
だから、口車にも乗ってこず、扱いにくいことこの上なかった。
だが、服部の場合、実の子とはいえ、離れていた分優作のことをよく知らなかった。
その分、扱いやすく、御しやすかった。
(阿笠弁護士からこの子を社長に、と言われたときはどうかと思ったが、これはかえって良かったかもしれないな)
優作は内心笑みが溢れるのを堪えきれずにいた。
「新社長、お着替えのご用意ができましたので、こちらへお願いします」
美人秘書にそう言われてしまうと、服部も何も言えなくなってしまった。
服部は優作を睨みつけながら、部屋を出て行った。






記者会見は恙無く終わった。
そんな心積もりのなかった服部にはなんの用意もなかったが、優作が用意周到に準備した原稿を渡されてそれを、まるっきり棒読みで読んだ。
質疑応答の時には、「彼は緊張してるようですので」としらじらしくも言いながら優作が答えていった。
そして、その一部始終は翌日業界紙のトップを飾った。


























蘭は服部には内緒で再び新一に連絡を取った。
「どうしよう……、私どうしたらいいの?こんなこと……、社長夫人なんて、そんなもの望んでなかったのに……」
「蘭、いいから落ち着け」
新一は蘭を宥めるように、優しく言う。
無理もない。
前・常務夫人が離婚したかと思えば、新社長の婚約者―――さすがに内縁の妻とは紹介できず、優作がそういうことにしたらしい―――となったのだ。
まして、蘭は新一と結婚する前の一時期『KUDO』で働いていたことがある。
やっかみ半分の中傷もあるのだろう。
さらに、優作にとっては『息子の別れた妻』が『隠し子の婚約者』なのだ。
複雑な人間関係が、余計に蘭を動揺させている。
「落ち着けなんて……ムリよ」
「だからって、蘭が一人で興奮してたってどうにもならないだろ?とにかく、服部には服部なりの考えがあるんだろうから、服部を信じてやれ」
「考えって……どんな?」
「それを俺に聞くなよ」
「だって、服部君、なんにも話してくれなくて……」
「話してくれないなら、聞けばいいだろ?どうしたんだよ、蘭。お前らしくないじゃないか」
快斗と自分の関係を知った時の蘭は、涙を流してはいても、もっと毅然としていた。
後ろめたさに多くを語らなかった自分に根気良く話を聞きだそうとしていたのに。
その時のことが、まだあれから1年ちょっとしか経っていないのに、随分昔のことのように思えてくる。
「蘭、服部のことを信じてやれよ。俺が言えるのはそれだけだ」
優しい口調で、蘭を突き放す。
あの頃のような強さを取り戻して欲しいと思うから。






「蘭ちゃん、どうかしたの?」
電話を切るとともに深い溜息をついた新一に、快斗は尋ねた。
「あぁ、ちょっと精神的にまいってるみてぇだな」
「これのせい?」
新聞記事をパンパンと叩いて示す。
「あぁ。服部が何を考えてるのかさっぱりわからねぇよ」
傾きかけてる会社の社長になどなってどうするというのか。
最終的に詰め腹切らされるのが落ちだ。
いや、そのための人身御供として優作達に担ぎ出されたのか?
新一は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「しんいち……」
快斗が苦しそうに自分を見ているのに気付いて、新一は蘭のことを思考の外へ追いやった。
「それよりほら、デザイン画見せろよ」
快斗が差し出したデザイン画は日々描いていたために、ゆうに200枚を超える。
ずっしりとした重みのあるその束を受け取ると、新一はパッと見てはテーブルに置いていく。
全てのデザイン画を見終わったとき、新一の前には3つの山ができていた。
「あの〜、これってどういう基準で分けられてるワケ?」
「合格、補欠、不合格」
山の小さい順に指さしながら新一が言うと、さすがに快斗も黙ってはいなかった。
「不合格?俺のデザインになんか問題あるってワケ?」
半数ものデザイン画を不合格と言われたのでは、快斗のプライドに掛けて黙っているわけにはいかない。
噛み付くような勢いの快斗に、新一も自分の言い方が悪かったと慌てて謝った。
「ショーの服ってのは、店で売るのとは違うんだ。パリ・コレとか見ててもわかるだろ?街中じゃとても着れないようなシースルーとかの服がバンバン出てる」
うんうん、と快斗は頷く。
クチュリエには遠く及ばないにしても、快斗だとていまや5本の指には数えられる日本のデザイナーの一人だ。
パリ・コレは欠かさずチェックしている。
「だからって、度胆を抜くようなデザインならなんでもイイって訳じゃない。流行、季節、いろいろな要素があって、その上でステージで見栄えがする服。特殊な空間だからこそ……な」
そのぐらいは快斗にだってわかっている。
いま、新一に渡したデザイン画だとて、新一がいう条件を満たしているはずだ。
「で、一番重要なのは目的だ。なんのためのショーか。それを忘れると失敗するぞ?」
「ショーの目的……」
快斗は新一の言葉を反芻するように呟いた。
「そう、今回のショーの目的は?」
「メンズ・ブランド『SIN』を立ち上げる」
「なら、『SIN』のデザイン・コンセプトは?」
「新一をイメージした服、だけど……」
新一は首を横に振った。
「それじゃあダメだ。俺だけが着る服を出したって意味はない。商品として販売するんだから、もっと一般的なイメージを言ってみろ」
快斗はまるで6年前に戻ったような気がした。
『KUDO』のロビーで新一に出会って、デザイン画を見せて、新規事業として任されたばかりのライセンス・ブランドに抜擢された……。
あの時の緊張感が快斗の中に甦ってきた。
スゥーッと一つ深呼吸をすると、快斗は新一の蒼い瞳をまっすぐに睨み付けた。
「刃物のように鋭くて、氷のように冷たい……。けど、熱くて甘い、世の中の全てを魅入らせる罪な男」
クスッ、と新一は笑った。
「OK。で、その全てを満たしているのがコレだと俺は思うね」
一番小さい山を指さした。
確かに新一の言う通りだった。
どれも、新一をイメージしたものには違いないが、新一がいろいろあげた条件を全て兼ね備えているとは言い難いものも確かにあるのだ。
「他のだって、素晴らしいと思う。シーズン・コレクションなら充分通用する。でも、今回のショーにはこれぐらいのレベルのモノが欲しいんだ」
力強く輝く瞳に新一のショーに対する意気込みが窺われる。
新一にとっても、このショーはこれからのビジネスを大きく左右する正念場なのだ。
だからこそ、最高のショーにしたい。
自分のためにも。
そして、快斗のためにも。
「わかった……。で、あとどれぐらいの点数が必要?」
ショーを一つ作り上げるには、いま新一が合格としたものだけでは数が足りないのは快斗にもわかっている。
「これと同じぐらい……かな」
「あっさり言ってくれるね……」
快斗はハァーッと溜息を溢した。
けれど、出来ないとは思いたくない。
ショーをやりたいと言い出したのは自分なのだ。
新一には負けない。
快斗は身体中からエネルギーが迸るのを感じていた。
「やってやるよ。新一がグウの音もでないようなヤツを描いてやる。だからさ……」
新一を見ていた不敵な視線が、色めいた光を帯びる。
次の瞬間、新一はグイッと引き寄せられた。
「イメージが湧くように、新一を感じさせて?」
甘い囁きに一瞬目を瞠る。
「ば……ろ……」
新一はそう呟くと、自分から快斗の唇を貪った。








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