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この話はパラレルな設定となっています。
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「おじゃま〜♪」
と、快斗が新一の事務所にやってきたのは、ちょうどティータイムにしようかと、新一の秘書が席を立ったときだった。
「はい、これお土産。いっしょに食べよ?」
とケーキの箱を手渡す。
「あ、レアチーズケーキが新一の分ね?で、チョコレートケーキとフランボワーズが俺のだから」
お土産といいながらしっかり自分の分を、それも2つも買ってきている快斗に新一は呆れた。
「お前、ここへ何しに来たんだよ。まだ仕事中だろ?」
昼下がり、快斗のアトリエではスタッフ達が慌しく、場合によっては昼食も取らずに働いている。
それなのに、ここへ油を売りに来るようでは、そのうちにスタッフ達からクレームがつくのではないかと心配しながら新一は言った。
「大丈夫。ちゃんとここに来るって言ってきたし、ちゃんと仕事で来てるんだから」
「仕事?」
「そ。紅子から電話があってさ、ならここで話をしようってことにしたんだ」
紅子からというなら、あの件に関することなのだろう。
「もう、結果出たのか?」
快斗と紅子が揃って『KUDO』を訪れたのは、昨日のことだ。
随分と早い反応に、新一ですら驚いた。
「さぁ?紅子は新一にも話したいことがあるって言ってただけだから。で、ここにしたんだけどマズかった?」
「マズいってことはねぇけど……」
「ヨカッタ♪」
「で?紅子さん、いつごろ来るって?」
「ん、5時ごろかな?」
「5時……?」
新一の眉がピクリとつり上がる。
時計はいままだ3時を回ったところ。
新一は快斗を睨みつけながらある場所へ電話をかけた。
ある場所とは―――、快斗のアトリエである。
新一は快斗の秘書に確認を入れてるのであった。
秘書が承知してるとわかったので、冷たい視線からだけは解放された快斗はエグエグと嘆いた。
「俺ってそんなに信用ない?」
「ないな。なにせ前科があるし……」
あっさりと新一は切り返した。
なにせ丸2日、連絡もせずに新一と甘〜い時間を過ごしていたこともあったのだから。
まぁ、あの時は新一も切羽詰まった精神状態でそんなことに気が回る余裕すらなく、同罪といえば同罪なのだが……。
信用ないと言われ、すっかり拗ねてしまっていた快斗も2個のケーキをペロリとたいらげた頃には、すっかり上機嫌になっていた。





















とっぷり陽も暮れたころ、紅子が新一の事務所へやってきた。
「お、紅子!」
「お待たせしたわね。早速だけど、阿笠弁護士から連絡が来たわ。黒羽君の申し入れを全面的に受け入れてくれるそうよ」
「やったね!」
と素直に喜ぶ快斗に対し、新一はなにやら考え込んでいた。
「随分とあっけないな。それに全面的にだなんて、普通じゃない」
「私もそう思うわ」
快斗は新一と紅子の顔を交互に見つめた。
「つまり、何かウラがあるってこと?」
新一に向かって問い掛ける。
「……だな」
「どんなウラ?」
今度は紅子の方に問い掛ける。
「それを検討したくて、工藤君の事務所を指定させてもらったのよ」
「阿笠弁護士は何か?」
「いいえ」
新一は秘書の方をチラリと見た。
彼女は心得たように、携帯を手にするとドアの外へと出て行った。
『KUDO』を退職して数ヶ月の新一よりは、退職して日が浅い彼女の方が何かと情報を得やすい立場にいる。
「何かわかったか?」
戻ってきた彼女に新一が声を掛ける。
「えぇ…それが、断片的なことしか」
「どんなこと?」
「今朝、緊急役員会が行われたそうですが、15分ほどで終わったそうです。その後、どの役員も部長クラスを呼んでいたそうです」
「他には?」
「お昼前に服部平次氏が社長に面会に来られたとか」
「服部が?」
「はい。どんなお話をされたかまではわかりませんが」
「まぁ、察しはついてるから。他には?」
「いえ、特にありません」
「そっか。じゃあ、1週間ほど様子を探ってもらえるか?」
「わかりました」
新一は目を伏せ、顎に手を当ててしばらく考え込んでいた。
快斗も紅子もじっと新一が口を開くのを待っている。
すると、新一がクスッと嘲るような失笑を洩らした。
「新一?」
「相変わらず、目先の欲に目が眩んでるらしいな」
「どういうことだか説明してもらえるかしら?」
『KUDO』の内部事情には明るくない紅子が説明を求めた。
デスクの向こう側では秘書もじっと新一の話を待っている。
「つまり、快斗のブランド『MOON』は稼ぎ頭でもあるが、金喰い虫でもあるんですよ。たった一つのブランドに年間何十億という予算が付いている。『MOON』との契約が破綻すればその予算が宙に浮くわけです。彼らはそれを狙っているわけですよ」
「なるほどね」
「まぁ、それだけではないだろうけど。『MOON』には俺が関わり過ぎていたから」
「あの……、よろしいでしょうか?」
遠慮がちに秘書が口を挟む。
新一が無言で促すと、秘書はゆっくりと喋り始めた。
「常務……いえ、社長の退社後、ライセンス事業を引き継いだのは白鳥専務です。それで、よく零してらっしゃいました。『どいつもこいつも常務の時は…としか言わない!』って。おそらくは外の方よりも社内の方々に……」
「白鳥専務としては厄介払いができて一石二鳥ということか」
「はい」
いずれにしても……、と紅子が安心したようにソファの背に凭れかかり不敵な笑みを浮かべる。
「私たちに害を成すようなウラはなさそうね」
「自滅の道を一歩踏み進んだってことだな」
「んで、俺は晴れて新一と契約できる〜vvv」
快斗の能天気なセリフに皆が爆笑した。
「ところで、服部はそこへどう絡んでるワケ?」
笑いながら快斗は尋ねた。
「アイツはこの件とは直接関係はない」
「ふ〜ん?」
この場では言いにくいことなのだろうと察した快斗はそれ以上何も聞かなかった。
「じゃ、祝杯だ〜!紅子も行けるだろ?」
「おいおい、お前仕事は?」
新一は早々からここを訪れていた快斗を咎める。
「本日は終了!うちのスタッフも労ってやんなきゃ!」
携帯を見せてウインクをする快斗に苦笑しながらも、そういうことならと新一も納得した。
新一は頭の中でざっとメンバーを数えると、近くの店のパーティールームを予約を入れた。





















時同じ頃、仕事を終えた白馬は青子の病室を訪れた。
「失礼します」
と声をかけドアを開けた瞬間、授乳中の姿が目に入り、白馬は慌ててドアを閉めた。
「し、失礼しました!」
所在なげに廊下に立っていると、ベビーワゴンを囲む家族の姿が目に入った。
パジャマ姿の女性とその夫らしい男性。
さらに、それぞれの両親らしい年配の夫婦が二組。
嬉しそうに赤ん坊の顔を覗きこんでは、笑っている。
白馬は青子が不憫に思われた。
(青子さんには、あんな風に祝ってくれる家族がいない……)
快斗には一応病院名を伝えてはあるが、来ないだろう。
快斗の両親はすでに亡くなっている。
青子には両親がいるが、快斗と離婚したことに腹を立て、ここへ来ようとはしなかった。
母親はそれでも一人娘の身を案じていたが、父親の手前、見舞いに訪れることはできなかった。
何度か足を運んだ白馬の手を握り、「娘を頼みます」と涙を流すだけだったのだ。
「白馬君?いいよ、もう入って?」
病室から青子の声がして、白馬は慌てて潤んだ目を拭うと、ドアを開けた。
「青子さん……」
白馬は一度目を閉じると、大きく深呼吸した。
青子はきょとんとして子供を抱きながら首を傾げた。
「青子さん!ぼ、僕をこの子の父親にさせてください!」
青子はびっくりしたように目を見開いた。
「僕が青子さんを幸福にします!ですからその……」
白馬はもう一度深呼吸をした。
「青子さんのことがずっと好きでした。まだ黒羽君と結婚する前から。青子さんは黒羽君しか見ていなかったから、ご存知ないでしょうが……」
白馬はベッドに近寄ると、青子の手に自分の手を添えて跪ずいた。
「結婚してください」
「でも……」
困惑したように青子が言う。
「でも?」
「青子、バツイチだし……」
「知ってます」
「子持ちだし……」
「それも知ってます」
「他にも素敵な人いるのに……」
「僕は青子さんが好きなんですよ?」
「なんで?」
「なんで……って……」
理屈ではない。
理屈で片付けられるなら、青子が快斗と結婚した時に諦めてしまっていただろう。
彼女が人の妻になろうとも、その人の子を宿そうとも、諦められなかった想いなのだ。
けれど、返す言葉が見つからなくて、白馬は言い淀んだ。
「ありがとう、白馬君。でも、青子、白馬君が好きかどうかわかんないよ。青子、頭悪いから……」
「お返事はすぐでなくてもいいですよ。でも、できれば退院までに決めていただけるといいんですが」
「なんで?」
「その子を僕の実の娘として届けたいんです」
「白馬君………」
青子の目からポロリと涙が零れ落ちた。
快斗と離婚してから……、いやそれよりもずっと前から、青子は一人で頑張ってきたのだ。
誰にも頼らず。
誰にも頼れず。
その緊張の糸が切れたのだろう。
「青子さん、しっかりしてください。僕がいますから。ほら赤ちゃんがつられて泣いてますよ?」
フギャアフギャアと泣き始めた赤ん坊を、青子は涙をボロボロと零しながらあやし続けた。





















「ふ〜、ただいまぁ〜」
皆で祝杯をあげ、さらにもう一軒飲みに行って、快斗と新一は麻布の家へと戻ってきた。
「どうする?二人でもう一度飲み直すか?」
「ん〜、今夜はもういいやぁ……。それより、新一、話したいことがあるんだけど?」
「なんだよ、改まって」
快斗は居住まいを正して、きちんと新一に向き直っていた。
「新しい『Kaito Kuroba』の始まりを記念して、ショーをやりたいんだ」
さんざん飲んだと言うのに、まったく顔に出ていない快斗は、まっすぐに新一の顔を見た。
新一も、快斗の表情が余りにも真剣だったので、酔いもどこかへいってしまった。
「どんなショーをやりたいんだ?」
「それなんだけど……」
快斗はちょっと口籠った。
「なんだ、はっきり言えよ?」
「新一が戻る前に考えていたことなんだ。新一へのメッセージとしてショーをやるって。『KUDO』の不渡りとかあって、結局それっきりになったまま新一に会えちゃったし……」
新一は無言だった。
けれども新一の中では、何がなんでもそのショーを実現させたいと思った。
快斗が自分に向けたメッセージをいまからでも受け取りたかったのだ。
「スタッフとテーマを絞ってたんだけどね……。俺から出したテーマは『結婚』か『家族』だったんだ」
快斗がそのショーに乗せたかった真意が新一にはわかった。
だが……。
「快斗、そのテーマは却下だ」
「なんで?」
「『結婚』はマリエだけを作ればいいってもんじゃない。結婚は女だけじゃできねぇんだからな。けど、快斗にはまだレディース・ブランドしかないだろ?」
快斗は小さく頷く。
「ましてや『家族』なんてテーマは、さらにその先。『結婚』の延長上にあるものだ。従ってお前がまずやらなきゃならないのは……」
「メンズ・ブランド!」
「そうだ」
それならば。
快斗にあるのはたった一つだった。
「「まずは『SIN』を立ち上げる」」
二人は声を揃えてそう言うと、笑い出した。
「快斗、やらせてくれ。俺に。お前が俺をイメージして作ったブランドを、俺が売り出してやる」
「バカだな……。新一以外の誰がいるってゆーんだよ……」
快斗が『氷の炎』と呼んだ新一のやる気に満ちた瞳を優しく見つめる。
絡まった視線はいつしか甘いものへと変わり、どちらからともなく口づけ合った。








相変わらず甘々な二人です……。多分、ラストまでこのままかと。

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