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この話はパラレルな設定となっています。
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優作が服部を訪ねた数日後、銀座にある『KUDO』を訪れた一組の男と女がいた。
男は均整のとれた身体に似合うピッタリめの黒いスーツにえんじ色のシャツを合わせている。
黒いサングラスをかけているため顔はよくわからないが、相当に整った顔立ちであるのは間違いないだろう。
女は真紅の薔薇を思わせるようなツーピースで、長い黒髪が印象的な美人だった。
襟元には不似合いな気もする向日葵と天秤を意匠化したバッチが付けられている。
このバッチは、例え服のイメージを損なおうとも彼女の身分を示すものであるから外すわけにはいかなかったのだ。
この二人の迫力ある存在感に、『KUDO』のエントランスにいた人々は思わず道を開けた。
周囲の視線などお構いなしに二人は真っ直ぐに受付へと進むと、社長への面会を申し込んだ。
「工藤社長に。黒羽快斗とその弁護士が来たと伝えてくださる?」
「は……はいっ!」
静かではあるが凄みのある紅子の迫力に、可哀相な受付嬢はいまにも泣きだしそうだった。




二人が通された社長室には、優作の他に阿笠弁護士が待っていた。
表向きは友好的に握手を交わし、勧められたソファへ身を静めた。
「早速ですが……」
紅子が長い足を組み替えて話を切り出した。
「黒羽快斗は『KUDO』との契約の解除を申し入れます」
紅子は有無を言わせぬぐらい鋭い口調で告げた。
「……………」
優作は何も言わない。
代わって阿笠弁護士が口を開いた。
「何を言うとるんじゃね?まだ契約は残ってるじゃろう?」
「えぇ、ですからそれを解除したい、と申し上げてるんですわ」
「ならば違約金じやが……」
「違約金を支払わねばならない義務はありませんわ」
「なんじゃと?」
親子、いや祖父と孫ほどに歳の離れた二人の間にバチバチと火花が散る。
「今回の契約解除申し入れは契約書第12条第3項に基づくものですから」
紅子は余裕の笑みを浮かべて、淡々と契約解除の理由を述べていった。
紅子の話が途切れると、初めて優作が口を開いた。
「……いいだろう」
「優作君!?な、なにを言いだすんじゃね。君は現状を理解しとるのか?」
「いいじゃありませんか、阿笠弁護士。ライセンスの一つぐらい失ったところでたいしたことはありませんよ」
「しかしじゃのう……」
『MOON』はいまの『KUDO』を支えているドル箱といっても過言ではない。
けれど優作にとっては、それは新一が残したものであり自社ブランドのライバルだった。
しかも『MOON』は収入も多いが金もかかる両刃の剣のようなものだ。
優作はこの機会に金食い虫を始末できるなら、と思っていた。
だが阿笠は、それ以上に『MOON』が齎す利益の大きさに目をつけていたのだ。
「と、とにかくじゃな、ここで結論を出す訳にもいかんじゃろ。取締役会にも諮らねばならんしのう」
阿笠は時間を稼ぐためにもそう提案した。
「よろしいですわ。明日、お返事を伺いにまいります」
紅子は快斗を促して、その場を後にした。




「にしても貴方一言も話さないじゃない」
帰りのタクシーの中で紅子は咎めるように言った。
「新一がそうしてろって言ってたんだよ。俺が喋ると感情に走って足元掬われるからってさ」
快斗は少し拗ねたように車の外を流れる、景色に目をやった。
「それもそうね」
紅子はシートに深く身を沈めると、目を閉じた。

賽は投げられたのだ。
後は、相手の出方を待つしかない。
本当の戦いはこれからなのだ。

























服部はここ数日の間、ずっと考えていた。
(『KUDO』と手を組む?何考えとんのや、あの男は……。せやけど……。もし手を組んだら……?)
店を増やすことも、生産ロットをあげることもたやすくなる。
それは服部にとって夢のようなことだった。
だが、そのために憎むことでここまできた優作と手を組むのが果たしていいのか。
服部にはわからなかった。
(せやけど黒羽はそないにしていまのとこまで昇りつめたんや……)
自分を捨てた優作。
母を侮辱し、蘭を掻っ攫っていった新一。
日本のトップ・デザイナーに成り上がりつつある黒羽快斗。
服部は自分の敵が誰であるのか見失っていた。
「服部君、コーヒー飲まない?」
ひょいと蘭が顔をのぞかせ、手にしている2つのマグカップを持ち上げる。
「おおきに。ほな、こっち来いや」
「うん」
蘭は小さなテーブルの上にカップを置くと、服部に寄り添うように座った。
服部は右手で蘭を抱き寄せ、左手でカップを持って口をつけた。
愛しい蘭の存在を右手で確認する。
強く抱き寄せられて、カップの中のコーヒーが波打つ。
「あっ……、服部君危ないよ?」
服部は自分のカップをテーブルに置くと、蘭の手からもカップを取り上げてテーブルへ置いた。
「好きや……」
服部は蘭の唇に自分のそれを重ねた。
「んっ……」
蘭の口から甘い吐息が洩れると、服部は蘭の身体をそのまま床へと押し倒した。
蘭を抱きながら服部は思った。
(蘭ちゃんは、俺が必ず幸福にしたる……。蘭ちゃんを幸福にするんは工藤やのうて俺や!そんためやったらなんでもしたるわ……)
自分の腕の中で愛される悦びに浸る蘭を見て、服部は一つの決心をした。

























ピンポーンとスイートピーの花束を抱えた男がインターフォンを鳴らしている。
「青子さん?」
何度かインターフォンを押しているのに返事がないのを不審に思い、白馬はドアノブに手をかけた。
(開いてる……)
出かけているのでないのなら、なぜ返事をしてもらえないのか。
白馬は嫌な予感がして、ドアを開けた。
「青子さん?青子さん!」
キッチンで蹲っている青子を見つけると、白馬は血相を変えて飛び込んだ。
「青子さん?どうしたんですか?」
「わかんない……、お腹が……」
臨月を迎えた妊婦のことなど白馬は何もわからない。
だが、普通じゃない青子の様子に白馬はうろたえることなく言った。
「とにかくお医者様へ行きましょう。お腹の赤ちゃんが心配です」
停めてあった車に青子を乗せ、白馬はいつもの産婦人科へと急いだ。




青子はすぐに診察室へと通された。
「お父さんでらっしゃいますか?」
看護婦に声をかけられた白馬は、「違う」と言おうとして考えた。
以前、快斗に言われたことを。

『お前が赤ん坊の父親になればいいじゃねーか。お前、青子に惚れてるんだろ?』

あの時は、なんて無責任なことをと思ったが、快斗の言うとおり白馬は青子が好きだった。
青子が快斗と結婚するよりも前から。
家庭を、青子を顧みない快斗をひたすら待ちつづける青子を見ても、諦められなかった。
ただ、ひたすら彼女の幸せを願い、おせっかいとはわかっていても、週に何度となく青子の様子を見にいっては
快斗に家に帰るように訴えた。
けれども、青子は快斗と正式に離婚した。
これから先、赤ん坊と二人で生きていく青子のことを思うと落ち着いてはいられない。
彼女の支えとなり、赤ん坊の父親になれたら……と白馬は本気で考えていた。
だから。
「はい、僕が子どもの父親です」
看護婦に向かって、白馬ははっきりと答えた。
「先生がお話があるそうです。こちらへ」
白馬は看護婦のあとについて、診察室へと入っていった。




「破水していますね。すぐに入院してもらいます」
医師は表情のない顔でそう白馬に告げた。
「え?」
「もうすぐ生まれますよ」
看護婦が白馬の背中を叩きながらそう言った。
だが、医師の話はまだ終わりではなかった。
「ただ、逆子なんです」
「逆子?」
「はい。通常、赤ん坊は頭を下にしているのですが、中森さんの場合、足が下にきてしまってるんです。ですから場合によっては帝王切開の可能性もありますので、ご主人には先にお知らせしておきます」
「わかりました。あの……、無事に生まれるでしょうか?」
「最善を尽くします。では、受付で入院手続と入院に必要なものを説明してもらってください」
白馬は再び看護婦のあとに付いて診察室を出た。
ふと、受付ロビーで公衆電話が目に入った。
(黒羽君に知らせたほうがいいのだろうか……?)
受付で呼ばれるまでの時間、白馬はずっと公衆電話の前に立って考えていた。
子どもの父親は間違いなく、黒羽快斗だ。
けれど、本人は「父親にはなれない」といって、青子と離婚もした。
知らせる必要はないのかもしれない。
けれど……。
「中森さん」
受付から呼ばれて、白馬はその場を離れた。

























その夜遅くに、快斗の携帯が鳴った。
ディスプレイには公衆電話と出ている。
「誰?」
誰だかわからない相手に、快斗は機嫌悪そうに電話に出た。
『黒羽君、僕です』
「白馬かよ、なんだ?」
『赤ちゃん、生まれました』
「………そっか」
『2600グラムの女の子です』
自分の血を分けている子だと思っても、何も感慨は浮かばない。
「おめでとう……、ってお前から伝えてくれ」
『はい……。黒羽君、僕は父親になれるでしょうか?』
白馬が不安げな声をして尋ねるのが、なんだかおかしい。
「あぁ、お前ならきっといい父親になれるさ」
『そうですか……』
「白馬、青子のこと、よろしくな?」
『はい。じゃあ……』
静かに電話を切ると、新一が隣で快斗を見ていた。
「青子さん、生まれたのか?」
「あぁ、女の子だってさ」
快斗は新一の身体を抱き寄せた。
「お前、後悔しないか?」
「なにをさ」
「俺を選んだこと」
「するわけないじゃん!俺は新一がいいんだから」
新一の身体を組み伏せて、快斗はその唇を貪った。
「新一、してもいい?」
「フン、すっかりその気のクセに……」
押し当てられた快斗の身体は、もう熱を持ち始めていた。
新一は快斗の首に手を回し、官能的なキスを送った。








三人三様の愛のかたち。

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