Moon Soldiers 第4章

第3話 宇宙(そら)へ


  オーブ沖の海底。温暖な海流が流れ込み、色とりどりの珊瑚礁が複雑な形を作り、鮮やかな魚達がその間を泳ぎ回る様は、最後の楽園とも言える光景だった。
 その美しい楽園の一角に無粋とも言える鉄の塊が息を殺すように潜んでいた。
 その鉄塊こそ、元地球連合軍の不沈艦アークエンジェル。いままた、多くの民間人を乗せて、新たな航海へと旅立ったばかりだった。
「カリダさん」
「あら、艦長さん♪」
 カリダ・ヤマトは声をかけられて振り向くと、このアークエンジェルを束ねるマリュー・ラミアス艦長が立っていた。その柔らかな微笑みは、まるで軍人だったことを感じさせない。
「アークエンジェルの居心地はどうですか? 何か困ったことは?」
「居心地は……思った以上に快適ですわ。困ったことも、ありません」
「なら、いいんですが……」
 カリダは、アークエンジェルに乗るにあたって、この女性艦長から相談を受けていた。
 かつて、同じように民間人を乗せていた時、自分達にも余裕がなく、そのせいでキラを傷付けてしまった。今度は同じ轍を踏まないようにしたいと。
「大丈夫ですよ。未来への不安がない訳ではないでしょうけど、皆さん、現状を楽しんでいらっしゃいますから。ラミアスさんも、少し肩の力を抜いてくださいね」
 逆に心配されてしまったマリューは、苦笑するしかなかった。
 その時、腕に付けている携帯端末がピーと鳴った。
『おーい、艦長さん。スマンが至急ブリッジに戻って来てくれ』
 アンドリュー・バルトフェルドの声が小さなスピーカーから流れると、マリューは短く答え、カリダに向き直る。
「すみませんが、これで」
 一礼して、マリューは駆け戻って行く。
「何があったのかしらね……」
 その背中を見ながら、カリダは一抹の不安に駆られた。






「何があったの!?」
 先ほどカリダに対していたのとは全く違う軍人の顔になって、マリューはブリッジに駆け込むとメンバーに問いかける。
「ザフトが……オーブに侵攻しています」
 マリューの問いかけに応えたのは、ピンク色の髪をした少女、ラクス・クラインである。
 ラクス・クラインと初めて出会ったのは、まだマリューが連合軍に籍を置いていた時だ。
 その時には、のほほんとした掴み所のない深窓のご令嬢という印象しかなかった。だが、再会した彼女は、戦艦を率い、先陣に立ち、自らの理念を貫いた。もう一人の少女、キラ・ヤマトと共に……。
 彼女たちに出会わなければ、今の自分はなかった……と、マリューは思う。
 自分より遥かに若い彼女たちに、自分は教えられたのだと、いまは素直にそう思える。
「そう……ザフトが……」
 残念ながら、オーブは行き着くところまで行ってしまった。
 失った獅子の偉大さを改めて痛感させられる。
 そして、獅子の子は、まだ獅子にはなっていなかった。
「カガリさんには悪いけど、私たちには何も出来ないわね……」
 今のオーブを助けることは出来ない。今のオーブは、コーディネーターを必要とはしていないから。
 だからといって、ザフトに組することも出来ない。
 何より、いま、アークエンジェルには、これと言った戦力がない。キラの不在ももちろんだが、それだけならば、バルトフェルドが居る。
 しかし、パイロットが居るにしても、乗るモビルスーツもモビルアーマーもないのだ。
 ザフトもオーブもモビルスーツを繰り出してきている以上、戦艦の砲撃だけで介入することは出来ない。民間人を乗せているのだから……。
「問題は、このことを皆さんに伝えるかどうかよね……」
「そうだなぁ〜」
 伝えれば、祖国を守って欲しいという願いは、必ずや上がるだろう。だが、その願いは聞き入れられない。
 しかしながら、全てが終わってから話したのでは、どうして話してくれなかったのかと、クレームがつく可能性が高い。
「ラクスさん、どう思われます?」
「そうですわね……。やはり、お話した方が良いと思います。後で結果だけを聞かされても納得できるものではないでしょう。ご自分の目で見て、オーブの行く末をご覧にならなければ……」
「決まりだな」
 バルトフェルドは艦内にアナウンスをかけるためのスイッチをオンにした。






 一方、オーブ行政府では、戦火を避けるように地下室で閣議が行われていた。
「最早……これまでか……」
 急拵えで備えられたモニターには、あちこちの被災状況が映し出されている。
 軍事国家として名を馳せたオーブがなす術もなく、太刀打ちできないでいるのだった。
 雁首を並べた首長たちも、何もできずにただカガリが何かを言い出すのを待っているという有様だ。
 インパルスの圧倒的な強さには、オーブの戦力などとても叶うものではない。それなのに、インパルスだけではなく、2機のザク、そして……自分の代わりにプラントへ行ったはずの人物を思わせる真紅の機体までがオーブの前に立ちはだかる。
「こんな時に、キラが居てくれたら……」
 キラのフリーダムならば、いやフリーダムでなくてもいい。キラさえ居てくれれば、インパルスになど引けを取らないのに。
(キラは……どうして、私の前から消えてしまったんだろう……?)
 ことがここまで至って、なぜキラが自分の前から姿を消してしまったのかを、漸くカガリは考え始めた。
 自分に残された最後の肉親。だから、キラを大切にしたかった。自分の持てる力を使って、何不自由なく……キラにも同等のものを与えようと思った。そして、二人で力を合わせれば、何でもできると思っていた。
 だが、キラは小さなオーブという国の中でも外れにあたる場所で、ラクスと共に暮らすことを望んだ。自分ではなく、ヤマト夫妻とでもなく……。
(そうか……キラには私一人ではなかったんだ……)
 自分には、もうキラしかいないと思っていたが、キラにとってはそうではない。義理とはいえ、16年間実の親子と信じて育ってきた両親が居る。
 自分だって、あの写真に写っていた見知らぬ女性を母だと思ってはいない。自分にとって両親は、アスハの両親だけだ。
(私がしてきたことは、私の我が侭でしかなかったんだな……)
 カガリが考えたことは、キラの考えとは違う。確かに、キラは地位や権力など欲してはいない。だからといって、オーブを愛していないわけでもない。キラはキラなりに、オーブのことを考えている。カガリがウズミが残してくれたものを、当然として受け止めているにも関わらず、アスハとは縁のないキラを血縁ということで政治に引き入れようとした。そのことで自分の存在そのものがオーブを危うくさせることを考えて、カガリとは一線を引いた関係を保ってきたのだ。
(キラの思いなど考えもせずに私は……)
 幼なじみだというアスランと争うようにキラへ執着した。キラは、どちらを選ぶこともなく、ラクスを選んだ。
 キラは一体、どんな気持ちで居たのだろうか?
 いや、キラだけではない。
 あの機体のパイロットだという少年は、元はオーブの人間だったという。その胸に、どんな思いを抱いて、いま祖国に銃を向けているのだろう?
 いま、この戦火の中で、オーブの民はどんな思いを抱えて、不安な時を過ごしているのだろう?
(結局……私は私の思いを押し付けてきたに過ぎない……。姉としても、施政者としても……)
 これでは、キラが愛想を尽かして見捨ててしまっても、無理はない。カガリは漸くそう思うことが出来た。
「外交チャンネルを開け!」
「カガリ様!?」
「オーブを開放する」
「なんですと!?」
「セイランを逃がしてしまった。ジブリールは未だ見つからない。これでは、いくら我々に敵対の意思はないと主張しても、聞き入れては貰えないだろう。ならば、降伏を申し入れるしかない。これ以上、オーブを焼かないためにも、ザフトに国土を開放し、ザフトの手でジブリールを探し出して貰うしか……。もう、それしかないんだ……」
「カガリ様……」
 居並ぶ首長たちに、更なる妙案があるわけでもない。
 可及的速やかに、オーブ開放の準備が整えられた。
 カガリは一人会見場に臨むと、大きく深呼吸をして回線を繋いだ。
「私は、オーブ首長国連邦代表首長、カガリ・ユラ・アスハだ。我々は、ザフトに対し、敵対する意思はない。だが、それを認められぬというのであれば、我々は国土を開放し、ザフトの上陸を認める。セイランだろうが、ジブリールだろうが、好きなように探すといい。私の身柄を拘束するというならば、甘んじて受け入れよう。だが、オーブの民に罪はない。彼らへは一切手を出さないで欲しい。この通りだ……」
 カガリは深々と頭を下げた。施政者として、稚拙な外交である。だが、仕方がない。カガリは父のような手腕を持ち合わせてはいないのだ。真摯に訴えることしか、いまは出来なかった。






 

「なんなんでしょう……? あれが代表首長のすることなんでしょうかねぇ〜?」
 ザフトの戦艦、ミネルバでは副官のアーサー・トラインが、呆れたような声を上げた。だが、艦長であるタリア・グラディスは、それに同意を示さなかった。
 随分と稚拙な外交である。だが、首長の心根が伝わってはくる。
「あなたよりはマシよ、アーサー」
 タリアはそう呟くと、オペレーターにモビルスーツの帰艦を命じた。
『艦長、あんな代表の言うことなんか無視しちゃっていいんじゃないっすか?』
 帰艦命令を不満に思うシンが、いつものごとく不満を口にする。
「シン、間違えないで。あなたの復讐をしてるんじゃないわ、戦争をしてるのよ」
『………………わかりました』
 納得はしていない、という感情も露に、シンは機体を反転させる。
 そのときだった。インパルスの横を、一台のシャトルがすり抜けていった。
(シャトル……? こんな時に? 誰が乗ってるんだ?)
 カガリ・ユラ・アスハでないことはわかっている。シンが憎むアスハの娘は、未だモニターの中でオーブの開放と停戦を訴え続けているのだから。
『シン、あのシャトルを撃て! あれだッ! あれにジブリールが乗っている!』
 響いた声は同僚であるレイの声だ。レイのザクも、ビームライフルをシャトルに向けて放っている。だが、大気圏内では地に足を付けてしか闘えないザクのビームは、どんどん離れていくシャトルには到底届かない。
 あれに……ジブリールが乗っている?
 シンは漸く自分の使命を思い出したかのように、シャトルを追いかける。
 だが、大気圏を突破しようとしているシャトルとの距離はどんどん離されていくばかりだ。
「くっそぉ〜、墜ちろ!」
 シンはやけくそのようにビームを放つが、シャトルは射程から遠ざかり、やがて宇宙の彼方へと消えていった。
『シン……もういいわ。戻りなさい』
 艦長の命令が聞こえてくると、シンは悔しそうに唇を噛んだ。
 






 

ザフトはオーブ軍基地を占領し、統治下に置くが、それ以上の侵略は行なわず、モルゲンレーテと兵器の破壊だけを行なった。
 そして、マスドライバーを占拠すると、次々に宇宙へと上がっていく。ミネルバもまた、ジブリールを追い、宇宙へと帰還することになった。
 






 

  アークエンジェルの中では、一連の戦闘を見た民間人たちが、言葉もなく項垂れていた。
「さて……我々はどうするかねぇ〜?」
 アンドリュー・バルトフェルドが、暢気な口調でマリューに問いかける。だが、マリューは答えを持ち合わせてはいなかった。
 それを助けるように口を開いたのは、またしてもラクス・クラインである。
「私たちも参りましょう」
「参りましょうって……どこへ?」
「宇宙です」
「宇宙へ……?」
「はい。ここでこうしていても仕方ありません。それに、私たちが戦うべき相手は、宇宙にいますから。そして、私たちの心強い味方も……」
 ラクス・クラインの胸中にいるのは、マリューが思い浮かべた人物に相違ないだろう。
 誰よりも強く、誰よりも優しい少女の姿。
「わかりました」
 マリューは再び民間人たちに説明するために、立ち上がるのだった。






 

  その頃、宇宙では……。
『こちら、キラ・ヤマト。ヴォルテール、応答願います』
「こちらヴォルテール。キラ、どうした?」
 恋人の不穏気な口調に首を傾げながら、隊長であるイザークが応じた。
『隊長、巨大なちくわが転がってます』
「は?」
 キラの訳のわからない説明に、イザークは眉間に皺を寄せた。
「なんだって?」
『だから、ここに巨大な鉄のちくわが転がってるのぉ〜』
「キラ、何が言いたいのかさっぱりわからんぞ?」
『だから、ち・く・わ!』
 東アジアの端っこにあった国ニッポン。ヤマトのルーツがあるその国で、魚のすり身を使った練り物の一つであるその名称をイザークは知っていた。
 だが、いまなぜ、その名称が出てくるのか、さっぱりわからない。
「キラ。もう少し、わかりやすく説明しろ」
『だからね。細長くて、真ん中に空洞がある物体が転がってるんだってば!』
(なるほど……。それで『ちくわ』か……)
「で、その『ちくわ』がどうしたって?」
『大きさ的にはコロニーなんだけど……どうも、人が住んでるってカンジがしなくって……。廃棄コロニーだと思うんだけど、調べてもいい?』
「わかった。十分に注意するように。ニコルたちも応援に向かわせる」
 イザークはそう言うと、アマルフィ隊の出動を命じた。
(こんな宙域にコロニーだと? いったい、どういうことだ……?)
 不審な物体に首を傾げながら、イザークはキラの報告を待つ。
 ディアッカは、ルソーのブリッジで、そのやりとりを聞きながら苦笑した。
(アイツも変わったよなぁ〜。前は、自分で乗りださねぇと気が済まなかったクセに……。それもこれも、姫のおかげ……ってか?)
 数刻後、痺れを切らしたイザークが自ら乗り出していくことになるとは思いもせず……そして、自分もそれに巻き込まれることになろうとは考えもよらず、ディアッカはのんびりとブリッジの椅子に身を沈めるのだった。







超お久しぶりな更新です。
でも、キラの出番、これだけです…。
この展開がないと、AAが宇宙に行けないんで……。
次回はアレが出て来る予定なんですが……。
更新はいつになるやら……。


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