Moon Soldiers 第4章
第1話 戦争の裏側
「キラ、聞きたいことがある」
ディアッカ達によって作られた続き扉から入ってきたイザークは、らしくもなく遠慮がちにキラに声をかけた。
「なに?」
「セイランというのは、どういう人物だ?」
数時間前、哨戒任務のためステーションを離れて航行中のジュール隊にもカガリとユウナ・ロマ・セイランとの結婚が報じられた。
中立を謳うオーブの――それも愛するキラの姉である――現代表首長の結婚となれば、日頃はゴシップなどに興味を示さないイザークだとて、気にかかる。
だが、イザークはセイランなる人物も知らなかった。一応、ディアッカにも聞いたのだが「知らねェなぁ〜」としか答えは返ってこなかった。
それならば、とイザークはキラのところへとやって来たのだった。
「セイラン? カガリと結婚したユウナ・ロマ・セイランのこと? それとも、宰相のウナト・エマ・セイランのこと?」
その言葉で、イザークはセイラン家が首長家の一つで、しかも宰相として実権を握っているのだと知った。
「……両方だ」
イザークは少し悩んで、そう答えた。知りたかったのは、結婚相手の方であったが、それが首長家の人間であるならば、家全体のことを知っておいた方がいいと判断したからだ。
「なら、マユにも居てもらいたいたい。僕も良く知らないから……」
「わかった」
イザークはマユを隊長室へ呼び出すと、キラを連れて隊長室へと戻った。
程なくして、マユが現れる。しかし、なぜだか保護者顔したニコルとディアッカまでが付いて来た。
「貴様らを呼んだ覚えはない」
「いいじゃないですか。話はオーブのことでしょう? 僕にだってわかることが、あるかもしれませんよ?」
「俺にだって聞く権利はあるっしょ? 少なくとも、イザークよか、オーブのことは知ってるぜ」
確かに。ニコルは救出されてからプラントに戻るまで、オーブで暮らしていたのだし、ディアッカはアークエンジェルから釈放された後、オーブを守って戦った。
ミリアリアとかいう恋人未満な相手のことも、気になるのだろう。
「いいだろう。だが、ルソーは?」
ニコルばかりかディアッカまでがここに居るということは、万一の場合の指揮系統が乱れるということでもある。
「大丈夫っしょ、艦長だって居るんだし。そのために訓練してんだからさぁ〜」
「……………」
ディアッカの言うことにも一理あるため、イザークは言葉に詰まった。
「じゃあ、お茶入れるよ」
キラはクスッと笑うと、立ち上がって紅茶の用意を始めた。
料理は未だ満足に出来ないが、紅茶だけはかなり美味しく淹れられるようになった。
お菓子作りが趣味だというリサが作ったフルーツケーキを切り分け、ほのぼのとしたお茶会ムードが漂うが、これから話される内容は、決して明るいものではなかった。
「まずは、オーブという国の仕組みからお話します」
マユが話の口火を切る。
キラは、オーブで幼年教育を受けていない。だから、自国のことにも関わらず、オーブの歴史や伝統、国の仕組みや成り立ちには疎かった。
「オーブには5つの首長国とそれを治める五大氏族がいます。代表首長は、この五大氏族から選ばれます。政治も、五大氏族による合議制です」
プラントに来た頃は、まだ幼さの残る喋り方だったマユだが、随分と成長した。
身内みたいなものとはいえ、上官相手に臆することなく、説明する。
むしろ、キラの方が幼く見えることもあるやもしれないぐらいだ。
「代表首長は世襲ではなく、この合議によって決められるのですが、アスハ家は5首長家の中でも、一番大きく、代表首長はアスハ家が務めることが当たり前になっていたようです」
「では、セイラン家というのも、五大氏族なのだな?」
確認するように尋ねたイザークだったが、マユの答えは否だった。
「え? でも、僕がカガリに行政府へ連れて行かれた時、セイランは居たよ?」
親子揃って……と、キラは口にする。
マユの話からすれば、セイランに閣議に参加する資格はない。だが、キラは閣議の場にセイランがいたと言う。
「どういうことだ?」
重ねて問うイザークに、マユも困ったように話す。
「私もよくは知らないんですが……セイランは前の戦争でウズミ様が亡くなった後、急に出てきたんです」
「わかる範囲でいい。詳しく話してくれ」
イザークの求めに応じて、マユが話し始めた内容は、キラやディアッカを沈痛な面持ちにさせた。
ウズミがマスドライバーとモルゲンレーテ社を破壊したことにより、連合軍のオーブ制圧は免れた。
だが、オーブが受けた痛手は生半可なものではなかった。
五首長家の中には、戦争で断絶してしまった家もあり、新たなリーダーを必要とするようになっていた。
そんな時、復興のリーダーとして頭角を現したのが、ウナト・エマ・セイランだった。
セイラン家は五大氏族ではなかったものの、それなりに伝統ある家柄である。アスハの片腕として代々仕えてきた家系であり、代々アスハの当主が重用してきた。ウズミがユウナをカガリの婚約者として選んだのも、それゆえだろう。
だが、マユはそこまでのことを知らなかったから、この場でそれが語られることはなかった。
「恐らくセイラン家は……先の戦争で失われた氏族に成り代わって、代表入りされたのではないかと……。あと、これは、あくまで噂なんですが……ウナト・エマ・セイランは反コーディネーターなのではないかと言われてます。というのも、セイランは復興に際して、コーディネーターを差別していたようなんです」
マルキオ導師の館で暮らしていたマユは、幾人もの大人が、不満を訴えに来ていたのを聞いていた。
それまでのセイランがどうであったのかはわからないが、セイランが政治の表舞台に出て来た途端、コーディネーターへの風当たりは強くなったのだ。
マルキオ導師は、その事態を打開してくれる訳ではないが、何かしらの言葉を与えていたのだろう。皆、心を落ち着かせた顔で帰って行った。
「その噂は、僕も耳にしたことがあります。仮設住宅への入居もナチュラル優先だったとか……」
ニコルがそう口にした。
ヤマト夫妻は、そういう噂話を仕入れて来ては、よくニコルに話してくれていたのだ。
「セイランは要注意人物……ということだな」
「……………どうして?」
それだけでは収まらないのがキラである。
「なんで、カガリはそんな人と……」
鬱陶しいほどに自分を甘やかすカガリが伴侶としたのが、ウズミが守りカガリが引き継いだオーブの理念に反する人なのだろうか?
「オーブのことはよくわからないが、ラクス嬢やアークエンジェルなら、何か知っているんじゃないか?」
プラントの歌姫と言われ、エターナルを率いて陣頭に立ち、先の戦争を終わらせた立役者でありながら、パトリック・ザラに着せられた国家反逆の罪でプラントから姿を消し、親友のキラと共にオーブで隠遁生活を送っていたラクス・クライン。彼女の卓越したカリスマ性と世の中を見通す眼力には、イザークも一目置いていた。
「なんとかして、ラクス嬢とコンタクトを取りたいところだが……」
マルキオ導師の家が破壊され、アークエンジェルに避難したというところまでは調べがついている。だが、デュランダル議長に手の内を知られないためには、おいそれとコンタクトを取るわけにもいかない。
「僕が……」
正規のルートではなく、裏のルートを使ってのコンタクトを計ろうと、キラが提案しかけた時、隊長室のコールが鳴った。
「どうした?」
通話ボタンを押して、コールの理由を尋ねる。
すると、ブリッジのクルーから、慌てた声が飛び出した。
『隊長! 議長の緊急声明ですッ!』
「緊急声明!?」
イザークは訝しげに眉を顰めた。オーブ代表首長の婚姻程度で緊急声明を出すとは思えない。
何かもっと……とてつもない事態が起きているのだろう。
「イザーク……」
キラが不安そうにイザークの名を呼ぶ。キラも同じ事を思っているのだろう。ディアッカやニコルも、いつになく険しい表情になっている。
『そちらのモニターに回します』
イザークの答えがなかったから、クルーが気をきかせて言った。だが、イザークは
「待て。ブリーフィングルームへ移る。手の空いている者は、全員ブリーフィングルームへ来るように伝えろ」
『了解』
「キラ、行くぞ。自分の目で、耳で確かめろ」
「……うん」
キラは差し出されたイザークの手を取った。
いまにも崩れ落ちそうなキラの身体を支えながら、ブリーフィングルームへと急ぎ向かう。その後ろにディアッカやニコル、そしてマユが続く。
彼らはまだ知らなかった。事態はもっと深刻な方へと進んでしまっていたことを……。
イザーク達がブリーフィングルームに着いた時には、すでにデュランダル議長の演説は始まっていた。
『……オーブが大西洋連邦と同盟を締結したことは、誠に遺憾であり……』
「オーブが大西洋連邦と同盟!?」
いきなり耳に入ってきた言葉に、キラは大きく目を瞠った。
「どういうこと……ッ!?」
キラはイザークを見上げたが、そのイザークも険しい顔をして、モニターに映る最高評議会議長の姿を凝視していた。
その間にも、デュランダル議長の舌は滑らかに言葉を紡ぐ。
『プラント最高評議会としては、これを重く受け止めるしかない。かつて、オーブはウズミ・ナラ・アスハの掲げた理念の元、独自の道を歩んで来た。そのために、ナチュラルとの共存を望む彼の国には多くの同胞が夢を託した。しかしながら、その夢は破られた。彼の血を引くカガリ・ユラ・アスハの手によって』
「そんな……」
イザークは青ざめていくキラの肩を抱く気遣いを見せながらも、一言一句聞き漏らすことのないように、スピーカーから流れる声に耳を傾ける。
『いま、カーペンタリア基地には、多くの同胞が救いの手を求めてきている』
モニターにカーペンタリア軍港に着けられた貨物船から、大勢の人々が降りて来る映像が映し出された。
『これは我々コーディネーターに対する裏切りである』
ヴォルテールの艦内は静まりかえっていた。誰もがモニターを凝視している。
そんな彼らの胸中にあるものは、オーブに対する憎しみではない。
多くのクライン派で構成されたジュール隊では、ナチュラルに対する侮蔑や憎悪を抱いている者は少ない。
一部にそういう人間がいたのは確かだが、ナチュラルの何が悪いのかなど考えたこともなく、ただなんとなくそう刷り込まれてきたに過ぎなかった。
そして、周囲に流されていただけの芯のない感情は、強い芯を持つクライン派の間で自然淘汰されていった。
だから、いま彼らの胸中にあるのは「また戦争になるのか?」という不安だけだった。
『さらに捨てておけない事実がある』
映像が切り替わって、モニターにはキラにも見覚えがあるオロファトの町並みが映った。
字幕スーパーからすると、報道番組の一部らしい。
『これは、先頃オーブ国内で放送されたニュース映像の一部である。我々が注目したのはニュースの内容ではない。この部分だ』
映像が静止し、そのバックの風景にズームインする。
「あ……」
不鮮明な映像ではあるが、そこに映る人物がわかるものにはわかったようだ。
『この映像に映る人物……彼こそが、我々コーディネーターを苦しめる元凶、ブルーコスモスの現盟主、ロード・ジブリールである』
その言葉に映像だけではわからなかった者達もザワザワと騒ぎ出す。
『評議会が調査したところ、彼の乗る車に付けられた紋章は、先頃、カガリ・ユラ・アスハと結婚したセイラン家のものと判明した。つまり、セイラン家はブルーコスモスと深く結びついている……ということである。そのセイラン家から婿を迎えた現首長も然り』
「違う……そんなこと……ない……」
デュランダル議長の言葉を否定するキラの声に力はない。
カガリを疑っているわけではないのは、イザークにもわかっている。
ただ、余りにも重い……そして大きな事実に激しくショックを受けているのだ。
『最早、オーブはかつてのオーブではない。そして、忘れてはならないことは、オーブは巨大な軍需国家であるということだ。中立を守るため。その大義名分のために作られてきた数多の兵器。これらが全て連合軍に流れることは時間の問題である』
ゴクリと息を飲む音が響いたような気がした。誰もが固唾を呑んで、議長の言葉を待つ。
『我々評議会は、この事態に未曾有の決断に踏み切ることにした。積極的自衛権を発動し、オーブを総攻撃する』
「オーブを……総攻撃……」
キラの身体がその場に崩れ落ちた。
「ん……ここ…は……?」
キラは一瞬どこに居るのかわからなかった。
すでに見慣れた天井が、ヴォルテールのものだと気付くまでにはそれほど時間はかからなかった。
「気付いたか?」
声のする方を見れば、煌めく銀髪が揺れていた。
「イザーク……。そっか、僕……」
倒れたのだと、ようやく自覚した。オーブ総攻撃の報を聞いて。
ガバリと身体を起こしかけたキラを、イザークがそっと押し返した。
「もう少し横になっていろ」
「でも……」
居てもたってもいられないのだ。
オーブに居るのは双子の姉カガリ・ユラ・アスハだけに限らない。親友にして盟友ラクス・クライン。ラクスと共にオーブで潜伏中のバルトフェルド。アークエンジェルの艦長マリュー・ラミアス。ミリアリアやカレッジの友人達。そして、キラの育ての親であるヤマト夫妻。他にも大勢居る。
遠く宇宙に居ても、キラには失うことの出来ない人ばかりだ。
「カガリのバカ……。どうしよう……どうしたらいい、イザーク……?」
そう言われても、イザークにも黙ってキラの肩を抱きしめてやることぐらいしか出来なかった。
キラの気持ちはよくわかる。今すぐにでも、地球に降り、オーブを守るために戦いたい……という気持ちが。
婚約者としてならば、キラの気持ちがわかるからこそ、オーブへと行かせてやりたい。
だが、それを認めることは出来ない。ザフトの隊長として……。攻めるのはザフト。守るのは、いまや地球連合の一部となったオーブなのだから。
「済まない……キラ。俺は、また何もしてやれない……。何もさせてもやれない」
イザークの苦渋に満ちた声に、キラも力なく首を振る。
「ゴメン、イザーク……わかってる……わかってるから……」
キラは不安に震える身体を抱きしめて欲しいと、イザークに身体を擦り寄せた。
キラがラクスの身を案じて、半狂乱になったのは、つい先日のこと。
だか、今回は何とか持ちこたえている。恐らくは、オーブが大西洋連邦と条約を結んだ時から、いずれこういう事態が起きるだろうと、覚悟はしていたのだろう。ただ、余りにも早い事態に、イザークも心を傷めていた。
「キラ……」
キラの細い身体を抱き締めながら、イザークは思う。この部隊が地球にいなかったことだけが救いであると。自分の手でオーブを攻めずに済むことだけが救いであると。
「作戦開始はいつ……?」
「あと2時間程だ」
「ヴォルテールのモニターから映像、見れる?」
「あぁ、こちらにも作戦が発動されなければ」
恐らく、宇宙での作戦はない。
ヘリオポリス消失以後、オーブはコロニーを建設していない。もちろん、再建の動きはあったのだが、本国の復興が優先されたのと、宇宙コロニーに反対する動きがあったため、未だ着工にも至っていない。
大西洋連邦やユーラシアのコロニーや連合軍の月面基地などはあるが、今のところそれらしい動きは報告されていない。
「見るのか?」
イザークが気遣わしげにキラの髪を撫でる。
「うん……自分の目で見ておきたい」
「辛くはないのか?」
「辛いよ……辛いけど、僕は見なくっちゃ……。カガリに会った時、殴ってやるんだから……」
「わかった……俺が傍に居る……」
「ありがとう……イザーク」
イザークが居てくれる。それだけで、どんなことになろうとも、受け止められる……と思えたキラだった。
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