Moon Soldiers 第3章

第7話 天使の箱舟


 オーブに衝撃が走った。
「オーブ政府は、大西洋連邦との同盟に調印すると発表いたしました。『他国を侵略しない。他国の侵略を許さない。そして、他国の争いに介入しない』という、ウズミ・ナラ・アスハ元代表の理念は、その幕を閉じることになります。オーブ政府は、オーブとオーブの民を戦火から守るための苦渋の決断であると発表しています」
 アークエンジェルのブリッジで、ラクス・クラインはこのニュースを見た。
「案外役に立たないんだな、じゃじゃ馬姫は」
「そんなにはっきりと言うものではありませんわ、バルトフェルド隊長」
 やんわりとした言葉であっても、その視線は怒りを湛え、内容は辛辣である。
 ミネルバが出航した時から、こうなることはわかっていた。
「オーブは大騒ぎになりますわね」
「俺達も動かなきゃならん時が来たようだな……」
「えぇ」
 のんびりとお茶を飲む二人を余所に、マリュー・ラミアスは忙しなく動き回っている。
 彼らは、この期に及んで、「どうすればいいんだ」などとオロオロするような愚か者ではない。
 キラがプラントに向かったその日から、あらゆる事態を想定して準備を推し進めてある。
 いま、マリューが忙しいのは、いつでもアークエンジェルを発進できるように、最終チェックを行なっているからだ。
 ノイマンやマードックなど、市井に身を隠していた者たちも、続々とアークエンジェルへ戻ってきている。
 バルトフェルドが口を出すよりも、この艦のことを知る彼らに任せておくほうが早いし安心なのだ。
「では、歌姫。我々も参りましょうか」






 すでに、マルキオ導師の元には、救いを求める者が集まっていた。
「何が中立だ! 何がオーブの民だ! 政府の言う民に、我々コーディネーターは含まれていないじゃないか!」
「大西洋連邦がブルーコスモスと繋がりがあることぐらい、私達だって知ってるわ!」
「マルキオ様、私達にどこへ行けと言うのでしょう? 私はナチュラルですが、妻はコーディネーターなのです。プラントにも地球にも二人でいられる場所がないんです」
「プラントに行くにしても、どうやって行けと言うんだ? 定期シャトルはずっと運休してるんだ!」
 口々に不安を吐き出す彼らを、マルキオ導師は片手を挙げて静かにさせた。
「プラント行きを望みますか?」
 大半の者が、それぞれの言葉で意思を露にする。
「貴方達はカーペンタリアのザフト基地を目指しなさい。あちらには私が連絡します。だが、カーペンタリアまでの移動の手段までは……」
「それなら私が」
 一人の男が手を挙げる。
「私は船会社をやってます。プラントは無理ですが、カーペンタリアなら!」
「では、貴方にお願いしましょう。事は急を要します。政府に知られてはなりません。どうぞ、館の中でお話ください」
 マルキオが招くように扉を開けると、人々は館の中に入っていった。
 だが、まだ多くの者がその場に残っていた。
「マルキオ様、私達は……」
「わかっています。私について来てください」






 マルキオが導いた先は小さな洞窟だった。
 が、それは入口だけで、中には広いスペースがある。
「ラミアスさん、皆さんをお連れしました」
 マルキオの呼びかけに、一人の女性が姿を現した。
「皆さん、私はこの度のオーブ政府の決断に失望した一人です。もし、皆さんが私達と同じ未来を望むなら、私達に力を貸してください。私達も貴方方の力となります」
「貴方方は一体……?」
「申し遅れました。アークエンジェル艦長、マリュー・ラミアスです」
 その言葉で、暗い洞窟内に照明が燈される。
 洞窟だと思っていたところは、実は隠しドックで、マリュー・ラミアスと名乗った女性の背後に白い戦艦があった。
 アークエンジェルの名を知らずとも、その戦艦を知ってる者は案外多く、いまもあちらこちらで息を飲む音がしていた。
「私はナチュラルですが、この艦にはコーディネーターもいます。私達はナチュラルとコーディネーターという境目を持たず共に生きることのできる未来を願う同志です。貴方方が同じ未来を願うなら、私達は喜んで迎えます」
 集まっていた人々は、希望の光を見出だし顔を上げた。
「ただし、この閉鎖された空間の中で、生活していくに当って、この艦の中に自分の居場所を探していただきたい」
 ざわめきが起きる。
 無理もない。
「自分の居場所って言われても……、私は教師ですし……」
「まぁ、それは素敵ですわ♪」
 男の呟きに喜びの声を上げたのは、ピンクの髪の少女だった。
「こんにちは、私はラクス・クラインです。ここには小さな子供達がいます。ぜひ、子供達のお勉強を見てあげてください」
「は、はい」
 ラクスに手を取られ、ニッコリと微笑まれ、男は顔を赤らめて頷いた。
「皆様も難しく考えることはないのです。このアークエンジェルで暮らすために、皆様が少しずつ力を貸してくださればよろしいのですわ」
「あのぉ〜、まだよくわからないんですが……?」
 疑問符を飛ばす人々に、またマリューが答えた。
「この船は正規の軍艦ではありませんから、いろんなところで人手が足りてないのです。戦闘をしろ、というわけではありません。それは私たちがします」
 過去の過ちを繰り返すつもりはない。二人目のキラを作ってはいけない。
 民間人へも、ただ手を差し伸べるのではなく、彼ら自身に差し伸べた手を取るか、決めてもらわなくてはならない。
 こういう事態になるとわかった時に、心密かにそう決めていた。
「この艦は安全な場所へあなた方を運ぶ訳ではありません。行く先もありません。世界に平和が訪れない限り、新たな居場所を求めて果てのない旅をするしかないのです。我々は、ただそれを待っているつもりはありません。戦争を終わらせに行くつもりです。ですから、この先、連合軍あるいはザフト軍と……ことと次第によっては、オーブ軍と戦闘となることもあるでしょう」
 マリューの言葉にざわめきは一層激しくなった。
 戦争から逃れるのではなく、戦争のど真ん中へと向かうのである。
 多勢に無勢。味方となるものは、すでに居ない。
「私たちの命の保証は……?」
 一人の男が尋ねた。
 マリューは、苦しげに首を横に振った。
「残念ながら。それでも、私たちに皆さんの命を預けてくださいますか?」
 集まった人々は、顔を見合わせ困惑していた。
 人々の顔に躊躇いの色が浮かぶ。
 すると、横から躊躇いがちにマリューに声をかけた女性がいた。
「ラミアスさん、私にも一言言わせてもらえますか?」
 マリューは、力強く頷いて、その女性に場所を譲った。
「皆さん……私は、カリダ・ヤマトと申します。皆さんの気持ちはお察しいたします。ですが、このままオーブに居ることも、もはや不可能となってしまいました。ウズミ様が命を賭けて守られた理念を、オーブは捨ててしまった。それでは、私達はどうすればいいのでしょう?」
 カリダの声は静かに響く。集まった人々の心に染み入るように。
「私も、皆さんと同じで、戦争のことなど何も知らない、一人の主婦です。戦場へ出て行って、私などが役に立つことなど、何もないでしょう。それでも、私に出来ることがあるのなら、ラミアスさんたちのお手伝いをさせていただこうと、この船に乗る決意をしました。私たちが、再び幸せな世界に住めることを願って……」
 カリダの後ろで、マリューは密かに涙した。
 かつて、最愛の息子を戦場へと放り出してしまった自分に、寄せてくれる信頼に。
 また、カリダの言葉は集まった人々にも、決意を与えた。
「このままオーブに留まったところで、命の補償はないんだ……。明日にでも、ブルーコスモスが乗り込んでくるかもしれない」
「いや、オーブにだって、コーディネーターをよく思わないヤツらはいる。そいつらが、この勢いに乗じてコーディネーター狩りをするかもしれないぞ?」
「そうだな。そんなことに怯えて暮らすぐらいなら、俺はこの人達に賭ける方を選ぶ」
「私もだわ」
「俺も」
「私もよ!」
「艦長さん、お願いします」
「私たちも連れてってください」
「何をすればいいか、私たちも考えます!」
「皆さん……ありがとう」
 マリューは深々と頭を下げた。
「楽しくなりそうですわね」
「あぁ。楽しくなきゃ、やってられんよ。戦争なんてもんはな……」
 ラクスとバルトフェルドが、幾分ズレた感想を囁きあう。
「既に時間はありません。先程、オノゴロに停泊していたザフト艦・ミネルバが出航しました。ですが、おそらく、領海のすぐ外には、連合軍が待機しているでしょう。」
「そんな……」
「じゃあ、どうやって外に……?」
「さっきのカーペンタリアに向かうって連中だって、危ないんじゃないか?」
 決意はしたものの、早速訪れた危機に、皆浮き足立った。
 それにはマルキオ導師が応じた。
「彼らの安全は私が守ります」
「アークエンジェルは大丈夫です。ミネルバが連合軍と交戦している間がチャンスなのです。猶予は1時間しかありません。1時間後には出航いたします。どうしても必要なものだけを持って、またここへいらしてください」






 それから1時間後、何十人という民間人がアークエンジェルへ乗り込んだ。
 僅かな身の回りのものだけを持って。
「潜航用意。アークエンジェル発進します」
 秘密ドックから、大天使という名の箱舟が出て行く。
 人々の祈りを乗せて―――。







最後はちょっと短かめですが、これで第3章終了です。
本編とは全然違いますが、これもやりたかったことの一つ。
ちょっと思い立って、急遽タイトル変更。


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