Moon Soldiers 第3章

第5話 開かれる戦火


『プラント最高評議会は委員全員の賛同により、国防委員会より提出の案件を了承する。しかし、これはあくまで積極的自衛権の行使だということを決して忘れないでいただきたい。感情を暴走させ、過度に戦火を拡大してしまったら、先の大戦の繰り返しです。いま、再び手に取るその銃を、今度こそ全ての戦いを終わらせるためのものとならんことを、切に願います』






 ヴォルテールとルソーは、宇宙ステーションを離れ、一路本国へと向かっていた。
 評議会が『積極的自衛権の行使』を発表したのは、たかだか数時間前。本当なら、編成の見直し、先の戦闘におけるダメージの修理と補給で慌しい時だ。
「休暇……ですか? こんな時に……?」
 それなのに、最前線となるステーションを離れ、休暇を取れとは、評議会はいったい何を考えているのだろうか?
 皆が疑問に思うのも当然のことだった。
「隊長と俺に別任務が下ったんだとさ。その任務っちゅうのが何なのかは、本国に行ってからだと。ま、休暇と言っても、僅か一日のことだ。ハメ外しすぎて、出航に遅れるなよ?」
 ディアッカの緊張のかけらもない言葉に、ジュール隊のメンバーも笑い出した。
 たった一日でも、久しぶりの本国である。
 隊員たちの頭の中は、何をして過ごすかでいっぱいになっていた。






 プラントへ戻り、評議会へと出頭してみれば、呼び出しは評議会ではなくデュランダル議長個人によるものだった。
「俺たちが疑念を持ってるってことがバレたんじゃね〜の?」
「……それは、ないと思うが」
 いまはまだその時ではない。
 デュランダルが本性を表した時には、それに従うつもりなどサラサラない。
 だが、現段階で彼を糾弾できるほどの証拠などなく、それこそ何も成すことなく自滅させられるだけだ。
 まだ、ジュール隊の本意など、気取られるわけにはいかないのだった。
 警戒しながらも、議長の執務室に出頭すれば、任務とは『オーブ要人の警護及び監視』とのことだった。
 だが、デュランダル議長は、あの食えない微笑を浮かべ、こう言った。
「なに、要人と言っても堅苦しいものではないよ。君たちもよく知っている人物だからね」
 渡された資料を見て、二人は絶句した。
 そこに記された名前は聞いた事もないものではあったけれど、そこに写る顔は間違いなくアスラン・ザラのものだった。
「彼は外出許可を求めて来ている。オーブ特使という身分で来ている彼を、一人で外出させるわけには行かないのだよ」
 デュランダル議長の命となれば、イザーク達に拒否権などないも同然だった。
 アスランが滞在するホテルへと移動するエアカーの中、イザークは苛立った様子を見せる。
「しかしなぁ〜、なんだってこんな時期にアイツがやって来るかねぇ〜?」
 オーブの特使というだけなら、何もアスランでなくても……というよりは、アスランが来る方が問題だろう。
 アスラン自身がどうというのではなく、アスランがパトリック・ザラの息子であるからだ。
 アスランにしても自覚があるからこそ、アレックス・ディノなんていう名前で入国しているのだろう。
 まぁ、ユニウスセブン破砕作戦に出てきたということは、その素性がデュランダル議長には知られているに違いない。でなければ、他国の民間人に操縦できるからといってMSを貸すようなザフトではない。キラがストライクに乗ったのとは、訳が違うのだ。
「外出の目的はわからんが、プラントへ来た目的はキラだろうな。確信か、単なる推測か……。どちらとも言えんな」
「あ〜、やっぱ? で、そのキラはどーしてんだ?」
「軍本部へ行くと言っていた。アカデミーの同期に会うらしい」
「一応、アイツが来ていること言っておいた方がよくね? ニアミスしちまったら、大変だぜ?」
 キラの意向も確認しなくてはならないが、プラントにいることまでは話してしまっても差し支えないだろう。
 だが、会ってしまえば、無理矢理にでもオーブへ連れ帰ろうとするだろう。
 それを心配して、ディアッカはイザークにそう勧めるのだった。
「そうだな……。俺はキラに連絡を入れるから、貴様はニコルに連絡しておけ」
「了解♪」
 二人は携帯端末を取り出した。






 キラはザフト軍本部に来ていた。
「ティナ! 久しぶり〜」
 ロビーのソファに座って話を始める。二人とも執務室なんてものはないので、ここか食堂ぐらいしか話ができる場所はない。
「キラ! どう? ジュール隊長に絞られて泣いてるんじゃないの? アンタ、軍規はボロボロだったし〜」
 歩く軍規と言われている隊長の元、軍規の成績だけは決して誉められたものではなかったキラがやっていけるとはティナには思えなかった。
 キラも初日のことを思い出して、苦笑しながら答える。
「大丈夫だよ。ってゆーか、ティナこそ、僕とこんなところにいて大丈夫?」
 軍本部は、評議会の発表を受け、慌しく動いている。
「いま忙しいのは整備や補給部隊の人たちよ。パイロットなんて、戦闘がなければそれほど忙しくないのは、キラだってよく知ってるでしょ?」
「そうなの?」
 キラは納得しかねて首を傾げた。
 ジュール隊のパイロットは忙しい。細部に渡る整備には専門の整備士があたるが、原則、パイロットもそれに付き合う。休息も取らなくてはならないから、一部始終ではないが、最終的な調整は自分でするのが当然だった。 
 なにしろ、自分の命を預ける機体なのだから。
 アークエンジェルでもそうだったから、それが当然だと思っていたが、どうもそうではないらしい。
 本来、ザフトは完全分業制で、パイロットはMSの整備に関わらない。
 考えてみれば、アークエンジェルでは人手不足の上、ナチュラルには不可能といわれたMSのOSを構築したのがキラだった。つまり、キラがやらなければ何もできない状態だったのだ。
 キラは知らないことだが、ジュール隊がそうなったのは、ディアッカのせいである。
 先の戦争で三隻同盟に組したディアッカは、いままでしたこともなかった整備に付き合うことになった。
 だが、整備士たちとコミュニケーションを取ることによって、より機体が扱いやすくなることを知った。
 例えそれが、ナチュラルの……連合流のやり方であっても、いいと認めたところは取り入れていく。
 それが、ディアッカの持論であった。
 もっとも、ディアッカも知らなかった。それが人手不足のアークエンジェルでのみ行われていたということを。
「なに〜? ジュール隊じゃ違うの〜?」
「うん」
「え〜ッ!? 信じらんな〜い! やっぱ私、ジュール隊に志願しなくてよかった〜」
 そんなものだろうか?
 イザークにこの話をしたら、きっと「本部のヤツらはだらけすぎだ!」と、怒り出すだろうと思うと、なんだか可笑しくなった。
「ちょっと、キラ! 何笑ってんのよ!」
「な、なんでもないよ」
「あやし〜」
 ティナはキラを睨みつけるが、その目も笑っている。
 そして、ひとしきり笑いあったあと、深い溜息をついた。
「にしても、まさかこんなことになるなんてね……」
 ティナがしんみりとした口調で言う。
 停戦を迎えて、まだ1年をすぎたばかり。
 こんなにも早く、また戦争になるとは思っていなかったのだ。
 そんな重苦しい空気を打ち壊すように、けたたましい音量でキラの携帯端末がコールを告げる。
「はい。ヤマト……あ、イザーク! どうしたの? え、アスランが!? うん、それはいいけど……。いつまでも、ごまかせないだろうし……。……そう、わかった」
 イザークからの連絡に手短に応えると、端末を切る。
 そんなキラをティナが意味ありげな笑みを浮かべてみていた。
「なに〜、呼び出し〜?」
「違うよ。迎えに来るまで本部から出るなって」
「ふ〜ん……じゃあ、徹底的に問い詰められるわね」
「な…なに?」
 ティナがニヤニヤ笑いながら迫ってくるのに、キラは思わずたじろいだ。
「“イザーク”って、ジュール隊長のことよね? アカデミーで知り合いみたいなこと言ってたけど、名前で呼んでるってことは、ど〜ゆ〜関係なのかなぁ〜? か・な・り親密そうよねぇ〜? しかも、隊長自ら迎え? ふ〜ん」
 シマッタと、いまさらながら口を押さえるキラの腕を掴んで、ティナは立ち上がった。
「ほら、食堂行くわよ? 今日はず〜っと本部にいるんでしょ? 時間はたっぷりあるもんね♪」
「ティ……ティナ、仕事は〜?」
「へーきへーき、言ったでしょ? いまはヒマなの!」
 キラはズルズルと引っ張られながら、食堂へと向かう事になった。






 戦死した同朋の墓が並ぶ『英霊の丘』は、アプリリウス・テンにあった。
 オーブ特使アレックス・ディノと名乗るアスランに同行する形で、イザークとディアッカは、かつての同僚たちの墓を訪れた。
 彼らのことを忘れたことなどなかったが、考えてみれば、いままで墓参りに来たことはなかった。
 アスランが何を思って彼らに頭を垂れるのかなど、どうでもいいが、イザークはイザークの思いで、彼らに語りかける。
(許せ、ミゲル。貴様の仇は取ってやれなくなった。怨みたいなら、俺を怨むといい。アイツに何かしようとしたら、俺が貴様を祟ってやる)
 生者が死者を祟るなんて話は聞いたこともないが、心の声にツッコミを入れる者はない。
 少し場所を移動して、今度はラスティの墓に頭を垂れる。
(キラが……俺の婚約者が貴様に会いたいと言っていた。今度、連れて来るから、会ってやってくれ)
 穏やかな笑みを浮かべているイザークに、ディアッカはイザークが何を思いながら、祈っているのかわかって苦笑した。
 そしてまた、自分もかつての同僚に語りかける。
(驚いただろ? まるで別人だもんな……お前らが知ってるイザークとはさ。俺だってビックリだぜ。アイツが、まさかストライクのパイロットに惚れるなんてな……。けど、すげぇ可愛いコなんだぜ? イザークにはもったいねーぐらいにさ。いいカンジだろ? まぁ、相変わらずのところもあるけどな。おかげで俺は苦労が尽きないってもんよ……)
 3人揃って、彼らに敬礼をし、その場を離れる。
 霊園の外に向かおうとするイザークに、アスランが声をかけて引き止めた。
「おい、まだニコルの墓が……」
「つべこべ言わずに来い」
 何も説明することなく、イザークは歩いていく。
 アスランは「相変わらずだな……」と呟いて、イザークの後を追った。






 イザークはアプリリウスワンに戻り、アスランが滞在するホテルへと向かった。
 ホテルに入ると、ラウンジの奥まった一角に席を取った。
 それまでの間、イザークは何も言わなかった。
「おい、イザーク! どういうつもりだ?」
「いいからコーヒーでも飲んでろ」
 そう言って、注文も聞かずに勝手にオーダーを入れる。
 ディアッカもイザークの隣に座るので、アスランも仕方なく、彼らに向き合うようにして座った。
 すぐに運ばれてきたコーヒーを飲みながら、イザークが話し出すのを待っていた。
「お待たせしたようですね」
 その声にアスランはゆるゆると振り返った。
 見覚えのある若草色の髪がアスランの目に入った。
「ニコ……ル!?」
「お久しぶりですね、アスラン」
「そんなはずは……。だって……ニコルは……」
 居るはずのない人が居る。
「死んでませんよ? 助けてくれた人が居るんです。でも、動けるようになったのは、戦争が終わってからだったので。いまは軍に戻って、イザークの下にいますよ」
 ニコルは詳しいことを何も言わなかった。誰が助けたとも、どこに居たとも、どうやってプラントに帰ってきたのかも。
 言えば、キラのことに触れずには居られないからだ。
 アスランも、何も聞かず、ニコルが生きていたことを喜んでいた。
 久しぶりの再会に、いままでになく和やかな時を過ごす。
 だが、話題は自然と世界情勢を憂うものとなっていく。
「積極的自衛権の行使!? やはりザフトも動くのか?」
「仕方なかろう。核まで撃たれては……。それで何もしないという訳にはいかん。また戦争になる」
「そんな……戦争だなんて……」
「で、貴様は? 何をやっているんだ、こんなところで? オーブはどう動く?」
「まだ……わからない……」
 アスランは、ただただ驚くばかりだった。
 かつての同僚達は、そんなアスランを、ただじっと見ていた。
「貴様、何のためにプラントへ来た? オーブ代表の名代なのだろう?」
「俺は……」
 アスランはそれっきり黙り込んでしまった。
 いままでのイザークならば、ここで「黙ってないでなんとか言えッ!」と詰め寄るところだが、キラを得てからのイザークはホントに変わった。
 内心のイライラは抑えられないものの、根気よくアスランのだんまりに付き合っている。
 だが、アスランがようやくもらした言葉は、ある意味予期していたものだった。
「……イザーク、キラを知らないか?」
 イザークではなく、ディアッカがそれに応える。
「キラ? どうかしたのか?」
「キラがいなくなった。オーブ中を探したんだ。でもいないんだ。後はプラントぐらいしか……」
「貴様……まさか、そのためにプラントへ来たのか?」
「……あぁ」
「馬鹿か、貴様は……。いまがどういう状況だかわかってるのか? 大体、貴様はオーブの特使だろう? 特使としての使命はどうしたッ!」
「カガリは……連合の挑発に乗ることなどなく、平和維持に務めて欲しい……そう、議長に伝えてくれと……」
 イザークは眉を思いきり顰め、ディアッカはあんぐりと口を開け、ニコルはただ絶句していた。
 もはや、状況はそんな生易しいものではない。
 オーブの代表ともあろうものが、そんな中途半端な状況認識で、国が治まるのか疑問に思う。
(俺は……こんなヤツをライバルだと思ってきたのか……?)
 すっかり腑抜けになったアスランに、イザークは幻滅する。
(おいおい……。オーブは大丈夫なのかよッ!)
 想い人をオーブに残しているディアッカは気が気でならない。
「キラを探すことよりも、他にやることがあるんじゃないのか?」
「お前はキラが心配じゃないのかッ? そうか……やっぱり、キラはお前のところに居るんだな。キラを返せっ!」
(これは……確かにラクス嬢の言う通りですね……)
 あえて傍観していたニコルも、アスランの異常なまでの過保護ぶりに呆れるばかりだった。
「いい加減にしろ、アスラン・ザラッ! いつまでもキラキラうるさいぞッ! いまのキラはお前が知っていたころのキラじゃない。しっかりとした信念を持って行動する大人なんだ。いつまでも過去に捕われず、現実を見ろッ!」
 そう言われて、素直に聞くアスランではない。
 射殺すような視線で、イザークを睨みつける。
 イザークの方も、そんなアスランに気遣うことなく、言葉を叩き付ける。
「よく考えろ。いま、何をしなくちゃいけないのかを……な」
 イザークは立ち上がって、その場を後にする。
 ディアッカとニコルも、その後に続いた。
 アスランは、かつての同僚たちの背中を見ながら、昏い思いを募らせていた。
(力があれば……キラを取り戻せるのに……)
 アスランの脳裏に、先日、デュランダル議長に見せられた真紅のモビルスーツの姿が浮かんだ。







長らくお待たせしてしまいました。そして、またしても長いです。
これでも、アスランのキラに対する気持ちは恋愛感情じゃありませんよ〜。
ただ、キラと面と向き合っていないので、次の一歩に踏み出せないんです。
もっとも、アスランの方が聞く耳持ってないんですけどね。
次回は、オーブがメインのお話です。


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