Moon Soldiers 第3章
第4話 偽りの歌姫
「カガリ、俺をプラントへ行かせてくれないか?」
カガリは、らしくもなく深々と頭を下げるアスランをまじまじと見た。
「プラント?」
アスラン一人をプラントへ行かせることぐらい、代表たるカガリには造作もない。だが、簡単に承諾できるものでもなかった。
「なんでだ?」
「キラは……プラントにいるんじゃないかと……」
「何を言ってる。渡航者記録にキラの名はなかったじゃないか。それに、プラント行きの定期シャトルは運行されてないぞ」
「そうだが……、キラならば、記録を書き換えることだってできる。シャトルだって……。何しろ、キラにはラクスがいるからな」
フリーダム奪取に手を貸したラクス。パトリック・ザラの追っ手をかわし、エターナルでプラントを飛び出したラクス。彼女ならば、キラ一人をプラントへ行かせることぐらい、簡単なことではないかと思う。
アスランのその考えは正しくもあり、また過小評価とも言える。
何しろラクスがプラントへ行かせたのは、キラ以外に後二人もいるのだから。
「考えられなくはないな……。だが、プラントのどこに……?」
考えるまでもなく答えは見つかった。
「あの銀髪かぁーッ!」
アスランは大きく頷く。
取り返さなくてはならない。大切な幼なじみを。あの気性の激しい同僚から……。
(アイツはキラを憎んでいたんだ。そんなヤツと恋愛だと!? そんなバカなことがあるか! キラは騙されてるんだ。早くしないと、キラがまた傷つく……)
イザークがアークエンジェルにいたのは、一週間にも満たない。
そんな短期間で、あのイザークが考えを変えるとは、アスランには思えなかった。
カガリはアスランとはまた別の考えから、キラを取り戻そうとしていた。
(キラの幸せは、必ず私が見つけてやる。それが、姉としての私の務めだ。たった二人きりの血を分けた姉妹なんだからな。断じて、どこの馬の骨とも知れない銀髪野郎などに、大切な妹を渡す訳にはいかないんだ……)
退いたとは言え、評議会議員だったエザリア・ジュールの愛息子をつかまえて、馬の骨とは随分だが、カガリにとっては誰でも同じだ。
カガリにとって重要なことは、血を分けた姉妹が力を合わせて生きていくことで、別々の道を行くなんてことは、あってはならないことだった。
アスランもカガリも、結局のところ、自分がどうしたいかしか考えて居らず、キラがそれを幸せと思うかなど、全く考えもしないのだった。
この場にラクスが居れば、容赦なく斬ってすてるところである。
だが、幸か不幸か、彼女は居らず、アスランとカガリはそれぞれの思惑で意見の一致を見たのだった。
「わかった。プラント行きを認めよう。だが、このご時世に一般人の渡航を許可する訳にもいかない。だから、お前に仕事をやる。オーブ代表カガリ・ユラ・アスハの特使として、プラントに連合の挑発に乗ることなどなく、平和維持に務めて欲しいと、デュランダル議長に伝えて欲しい」
アスランは短く「わかった」と答え、早速とばかりに、シャトルポートへと向かう。
キラの事が一番ではあるが、今の状況が気になることも事実。
だが、願ったはずの平和を壊すことに荷担してしまうことなど、この時の二人は思ってもいなかった。
ユニウスセブンの落下後、世界は緊張に包まれていた。
地球連合は、この事態に対し、どういう対応に出るのか。
プラントだけでなく、連合各国の市民も、そしてオーブも息をつめて、発表を待っていた。
そして、ようやく取り戻したはずの世界が崩れる時がきた。
全世界のメディアに、大西洋連邦大統領の姿が映し出される。
『これより私は、全世界のみなさんに、非常に重大かつ残念な事態をお伝えせねばなりません』
その第一声と同時にステーションでは、コンディション・レッドが発せられる。
ジュール隊のパイロット達も、パイロットスーツに身を包み、格納庫へと走る。
『……………が、未だ納得できる回答すら得られず、この未曾有のテロ行為を行った犯人グループを匿い続ける現プラント政権は、我々にとっては明らかな脅威であります』
「犯人グループは死んだって、政府が発表しただろーがッ!」
「引き渡せるものなら、引き渡してるってーの!」
「ってく、言いがかりもいいとこだゼ!」
ステーション中のスピーカーというスピーカーから聞こえる声に憤りながら、みんな手を忙しなく動かす。
キラは拳を握り締めて憤りに耐えていた。
ギルバート・デュランダルの書いたシナリオ通りにことが運んでいることを、ほとんどの者がまだ知らない。
それに気付いているのは、ほんの一握りの者だった。
ふと、リサが大きく深呼吸している姿が目に入った。
先日、ユニウスセブンにて、図らずも実戦することになったカインやケントと違い、リサにとってはこれが初めての実戦となるのだ。
ましてや、相手は数にものを言わせて、大群を送り込んでくる。
キラは初めてストライクに乗った時のことを思い出した。
「怖い?」
「怖くなんか……」
「いいんだよ、無理しなくて。それが普通なんだから」
「キラ……」
キラの言葉に、リサの身体から余計な力が抜けていった。
『……………よって、先の警告通り、地球連合各国は、本日午前0時をもって、武力によるこれの排除を行う事を、プラント現政権に対し、通告しました』
「結局はこうなるのかよ……やっぱり」
イザークもまた、議長の思惑を知りながら、何もできなかった自分に憤る。
「こちらシーラアンタレスワン、ジュール隊イザーク・ジュール、出るぞッ!」
スラッシュザクファントムが虚空に躍り出る。
夥しい数のMSが、向かってくる。
『全軍、極軌道からの敵軍を迎撃せよ! 奴らは核を持っている。一基たりともプラントを撃たせるな!』
「核攻撃隊? 極軌道からだと?」
二度ならず、三度までもプラントに向けて……。
「じゃあ、コイツら……全て囮かよッ!?」
イザークは機体を翻すと、極軌道へと進路を取った。
ジュール隊のパイロット達もまた、それに続く。
『目標射程まで距離90』
「くそぉーッ!」
スラッシュ・ザク・ファントムを全速で駆り、核ミサイルの迎撃へと向かう。
キラは、少しでもスピードが上がるように設定を変更しながら、イザークへと続く。
(フリーダムがあったら……もっとスピードが出せるのに……)
このブレイズザクファントムだとて、決して悪い機体ではない。だが、フリーダムと比べたら、パワーには雲泥の差がある。それに、フリーダムにはミーティア・ユニットがある。
「クソーッ、間に合わん!」
イザークの呟きが、キラにも届く。
「ダメ! 諦めないで!」
その時だった。
「あぁっ!?」
「あ、あぁっ?」
艦船首に見たこともないパーツを取り付けたナスカ級がその翼を開く。そして、そこから照射された何かが、核ミサイルを爆発させていく。
眩い閃光が収まった後、何もない空間がそこには広がっていた。
「何だ……? いったい何が……?」
イザークの呟きに答える者はなく、誰もが唖然としながら、虚空の闇を見つめていた。
戻って来たジュール隊のパイロット達は本部に集まっていた。時を同じくして、アスランがプラントにて、デュランダル議長と会談しているなどとは夢にも思わず―――。
「連合軍が放った核ミサイルは、ニュートロンスタンピーダーによって、すべて撃ち落された」
ニュートロンスタンピーダーは、核分裂反応を急速に促し、核ミサイルを暴発させる兵器である。
放たれたミサイルだけでなく、連合艦に備えられていたものまで暴発させた。
キラはその話を唇を噛み締めながら聞いていた。
「なんで……」
小さな呟きを、イザークは聞き逃さなかった。
その言葉は連合に向けられたものではない、と気付いた者はどれだけいるのか。
少なくとも、イザークはそれに気付いた。
核による攻撃があることすらも想定の範囲内だったのではないだろうか。あんなものまで用意していたのだから。
一つ残らず撃ち落せたからいい。だが、もしも撃ち漏らしがあったならば?
――ユニウスセブンの悲劇が、再び繰り返される。
僅かに、その肩が震えているし、顔色も良くない。
平和を求めていたはずの世界が、再び混迷に堕ちていくことに、哀しんでいるのか、それとも怖れているのか。
いずれにしても、キラにとっていい状況とは言えなかった。
「ニコル、ブリーフィングルームで待機していてくれ。シホ、キラについていてくれ」
「「はっ」」
シホは敬礼を返すと、キラの肩を抱いて、本部を出て行った。
イザークとて、一緒に居てやりたいのはやまやまだが、いまは隊長としてこの場を外すわけにはいかないのだ。
紅のパイロット達は、ブリーフィングルームに入った。
シホがキラを座らせると、リサがドリンクを差し出した。
「キラ、大丈夫か?」
「うん……。けど、どうなるんだろう、これから……」
このまま戦争となるのか。議長が望んだままに……。
「そうなる可能性は高いですね」
プラント市民達の中でも、核攻撃の事実を知らされて、徹底抗戦を唱えるものも出て来ることは目に見えている。
デュランダルが無理をせずとも、世論に後押しされる形で、開戦にもっていくことが容易になったのだ。
「そう……」
その時だった。
『皆様、落ち着いてください。私はラクス・クラインです』
え?
キラはハッとして、顔を上げた。
そんなはずはない。ラクスはいま、オーブにいる。
キラはいきおいよく立ち上がり、食い入るようにモニターを見た。
『みなさん、どうかお気持ちを静めて、私の話を聞いてください。このたびのユニウスセブンのこと。また、そこから派生した昨日の地球連合の宣戦布告。攻撃は実に哀しい出来事です。再び突然に核を撃たれ、驚き、憤る気持ちは、私もみなさんと同じです。ですが、どうかみなさん、いまはお気持ちを静めて下さい。怒りに駆られ、思いを叫べば、それはまた新たな戦いを呼ぶものとなります。最高評議会は最悪の事態を避けるため、いまも懸命の努力を続けています。ですから、どうかみなさん。常に平和を愛し、いまもよりよき道を模索しようとしている、皆さんの代表、最高評議会とデュランダル議長をどうか信じて、いまは落ち着いてください』
次第に、キラは険しい顔つきになり、その手は強く握られ、わなわなと震えている。
「どうした、キラ?」
「キラ……」
訳がわからないシホは首を傾げ、キラの心中を察したニコルが宥めるように肩に手を置いた。
「キラ、どうしたんだ?」
他のパイロット達も、キラの様子に首を傾げる。
「あれは、ラクスじゃない。確かに顔も声も同じだけど……。でも、あれはラクスじゃない」
「なんだって!?」
キラとニコル以外のパイロット達は騒然となった。
先の戦争を終結に導いたラクス・クラインの言葉だからこそ、皆が耳を傾けているのだ。
自分達だけではない。いま、プラント中の者が、モニターに映る少女をラクス・クラインと信じて、その言葉に耳を傾けているはずである。
「僕も断言します。あれは、ラクス・クラインではありません」
キラを援護するように、ニコルが言う。
「キラはオーブでラクス嬢と暮らしていました。そのキラがラクス嬢を見間違えるわけがありません。僕だって、本当のラクス嬢を知っていますしね。イザークやディアッカも同じことを言うに違いありません」
「じゃあ……あれは……?」
「さぁ、誰なんでしょう?」
そんな……と、一同は目を瞠る。
皆がモニターを改めて凝視する。どこからどう見てもラクス・クラインにしか見えない。
そんな彼らを見ながら、それだけ『ラクス・クライン』の存在は重いものなのだと、ニコルも実感する。
「どこの誰だか知りませんが……。本人がそう名乗り出たのか、それとも……誰かに仕立て上げられたのか……」
キラがハッとした様子で顔を上げた。
「行かなきゃ……オーブへ……ラクスが危ない!」
飛び出して行こうとするキラを、ニコルが慌てて取り押さえた。
「キラ、落ち着いて! 誰か、イザークを呼んで来てください!」
ニコルの切羽詰った声に、リサが慌てて飛び出し、他の者はキラを押さえる方に回る。
「離して! ラクスが……、ラクスが危険なんだ! 行かなきゃいけないんだッ!」
錯乱したように、キラがみんなの手を振り切ろうとするのを、賢明に押さえる。
この細い身体のどこにこんな力があるのか、と思うほど、それは4人がかりでも振り切られそうな力だった。
「キラッ!」
「お願いッ! 行かせてッ、オーブに行かせて! ラクスが……ラクスが殺されるッ!」
その言葉にキラを押さえつけていた4人の手が止まる。
「ラクス嬢が殺されるって!?」
「どういうことですか?」
4人の力が弱まったせいで、キラは拘束から抜け出て、廊下へと飛び出した。
だが、白い壁にぶち当たり、キラはそれ以上進む事ができなかった。
「キラ」
「イザーク……」
壁の正体がイザークだと認識した瞬間、キラは再び走りだした。
だが、イザークがその腕を取り、それ以上は進めない。
「行かせてッ! ラクスが……ッ!」
懇願するキラの頬にパシンッという音と共に熱い痛みが駆け抜けた。
「キラ、いい加減にしろッ! お前はもうザフトの一員なんだぞ? 勝手な行動は俺が許さん」
「ッ……ウワァァァァァッ―――!」
キラは泣きながら、その場に泣き崩れた。
仲間たちに囲まれながら、キラは項垂れていた。
さきほどまでの錯乱状態からは脱したものの、呆然としたままだ。
「何もできなかった……。僕はラクスのために……」
「馬鹿者。まだラクス嬢が殺されたと決まったわけではないぞ」
イザークはキラの前で腕を組み、仁王立ちして言う。
「でも……」
「オーブにはバルトフェルド隊長もいる。アークエンジェルの艦長もいるのだろう?」
「そうだけど……」
ナチュラルとはいえ、彼女とて訓練を受けた軍人だ。
イザークはキラの頭をコツンと叩いた。
「お前の悪いクセだ。何もかも一人で守れると思うな。仲間を信用する事も大事だ」
「……うん」
「先の映像は俺たちも見た。あれがラクス嬢でないことは、すぐにわかった」
未だ半信半疑だった他のパイロット達が、呆然としている。
「あれが何者なのかは別として、本物のラクス嬢の安否に関しては、いま、ディアッカが情報を集めている……あぁ、来たな」
ドアが開いて、ディアッカが入ってくる。
「お待たせ〜」
「遅いぞ、ディアッカ」
何をしても文句をつけてくる友人でもある上司を無視して、ディアッカはキラの髪をグシャグシャとかき回す。
「安心しろ、キラ。ラクス嬢は無事だとさ」
「ホント?」
「あぁ。確かにキラが思ったようなことはあったらしいがな……」
飄々としているディアッカすら、その顔を歪ませて言葉を吐き出した。
「なにが……あったの?」
ディアッカは報告書をイザークに渡すと、話を続けた。
「例のユニウスセブン落下の影響を受けて、キラがラクス嬢と住んでいた家は壊れちまったんだと。オーブでも避難命令が出てたから、ラクス嬢もシェルターに移動して、そっちの難は逃れた。んで、マルキオ導師のところに身を寄せてたそうなんだが……」
渡された報告書を見たイザークが顔を上げて言った。
「アッシュだと!? あれはロールアウトしたばかりの新型だろうがッ!」
イザークの言葉にキラは顔を蒼くさせる。
「ディアッカ、どういうこと!? 」
「数日前、ラクス嬢は襲撃された。マルキオ邸に侵入してきた賊はアッシュと思われるMSでラクス嬢がいた離れを全壊・炎上させた」
それには、周りで聞いていたパイロット達も息を飲んだ。
「なんてことを……」
「あそこには、小さな子供もいるのに……」
マルキオ邸の様子を知っているニコルも、顔を顰める。
「安心しなって。死傷者はゼロだと」
「ラクスは? ラクスはいまどうしてるの!?」
キラの縋るような瞳に、ディアッカはニヤリと笑みを返す。
「一番安心できる場所にいるってよ」
「安心できる場所……?」
「キラは知ってるんだろ? 導師の館の下に何があるのか」
「あ……」
キラの顔に安堵の色が浮かぶ。
「なんだ?」
イザークはキラとディアッカの顔を交互に見ながら尋ねた。
ディアッカもキラの言葉を待っている。
どうやら、ディアッカもそこに何があるのかまでは聞かされてないらしい。
「キラ、何があるんだ?」
「マルキオ様の館の下……。あそこには、アークエンジェルがあるんだ……」
元・地球連合軍、大西洋連邦所属艦アークエンジェル級1番艦アークエンジェル。
戦後、本来の軍籍に戻る事のできなかったアークエンジェルは、オーブへと入港した。だが、戻ってきたオーブは元のオーブではなかった。
カガリ・ユラ・アスハを代表首長に据えたものの、行政府はウズミ・ナラ・アスハが取った政策に否定的なものが主導権を握っていた。
カガリに行政府に連れていかれたときに、そのことを感じ取ったキラはラクスとマリュー・ラミアス達にそのことを話した。
何事もなければいい。だが、オーブが中立を翻すときがきたら……。
その危険を感じた4人――主として提案したのはラクスだが――は、アークエンジェルを隠すことを考えた。
マルキオ導師に話をして、本島からは離れた小島に居を構える導師の館の下に、秘密ドックを作り、そこにアークエンジェルを隠した。元々洞窟だったところを改造しただけだから、そんなに手は掛からなかった。
表向きは、地球連合軍の追及を受けないために解体されたことになっている。
「そのことを知っているのは?」
「僕とラクス、マリューさんとバルトフェルドさん。それから……」
マードック、ノイマン、チャンドラという主だったアークエンジェルのクルー。そして、ミリアリア。
「ん? あのお姫様やアスランは?」
そう訊いたのはディアッカだったが、イザークも同じ事を思った。
アスランはキラの幼馴染だ。カガリはアークエンジェルに縁が深いし、ディアッカやニコルは知らないようだが、キラの実の姉である。ある意味、キラに最も近しい二人だと言える。
「カガリはオーブの代表だから知らない方がいいと思って……。アスランには……」
言えなかった。
それでなくても、あの頃の……いや、いまでもアスランはキラをまるで腫れ物かガラス細工のように扱う。
そんなアスランにアークエンジェルを隠すことを伝えることは出来なかった。
いや、キラはそのつもりでいたのだが、ラクスがそれに難色を示した。
アスランにとって、アークエンジェルはキラと戦うことになった象徴のような存在であり、キラがアスランだけのキラでなくなってしまった場所だった。
アークエンジェルを隠すということは、それが必要となる日が来ることを予見していたとも言える。
「そうならないように、プラントへ来たはずだったんだけどね……」
キラの哀しそうな顔を見て、イザークは
「お前は、プラントへ来たことを……ザフトに入ったことを後悔しているか?」
キラは黙って首を振った。
ザフトに身を置いていても、キラは何も変わっていない。
世界がどのようになろうとも、アークエンジェルがキラの敵になることはない。
そもそも、ザフトに入ったのだって、プラントで起きようとしている事態を調べるためだ。何も確証が得られぬままに、こんなことになってはしまったが……。
「ならいい」
イザークはそれしか言わず、キラの髪を撫でた。
「キラ。一つ聞いてもいいですか?」
ラクス嬢の無事が確認され、キラが落ち着きを取り戻したのを見計らって、ニコルが口を開いた。
「なぜ、ラクス嬢が危険だと思われたのです?」
「だって……ラクスの身替わりが必要な人っていったら、議長しかいないんじゃない? あの人……『クラインの後継者』なんでしょう?」
そのキラの言葉に、みんながハッとなった。
そもそも、キラがプラントへやってきたのは、ラクスが「そんな後継者など知らない」と言ったことが発端である。
「だが、あの偽ラクス嬢は、戦争を回避させようとしている。おそらく、プラントじゃ、強攻的な世論はあの映像により抑えられたんじゃないか?」
それだけ『ラクス・クライン』という名は、プラント市民にとって意味のあるものだった。
「議長は戦争を始めようとしてる。そう考えたのは、俺の読み違いだったのか?」
「……わかんない」
そう決めつけてしまうのは、早計な気がした。
「けど、あのラクスを仕立てたのが議長でないとしたら、あのラクスにはどんな意味があるの? それに、こんなにみんなが動揺してるのに、なぜ議長は出て来ないの?」
みんな黙り込み、考え込んでしまう。だが、考えたところで、明快な答えは得られない。
「何か……僕たちのまだ知らない思惑があるんじゃないでしょうか?」
「どういう意味だ?」
「さぁ……」
ニコルは苦笑気味に首を傾げて続けた。
「単に思いつきでしかないんですが……。議長のかかれたシナリオでは、『戦争』は過程の一つにすぎないんじゃないでしょうか?」
「本当の目的は、その後にある……ってこと?」
「どうなんでしょ。僕も何か確証があって言ってる訳じゃないんで……」
重い空気が流れる。
デュランダル議長の真の目的とは―――? 新たな命題に皆、頭を悩ませることとなったのだ。
偽りのラクス・クラインの映像は、地球にも流された。
「ラクスさん、貴女も双子だったの?」
そう尋ねたのは、マリューである。マリューはラクスの素性をよくは知らない。
元評議会議長シーゲル・クラインの娘で、プラントの歌姫と呼ばれていたこと。そして『砂漠の虎』とまで呼ばれたバルトフェルドらを率いて、自ら陣頭に立ち、戦争を終わらせるための戦いに身を投じたこと。
それしか知らなかったし、それだけで充分であった。
「いいえ、マリューさん。私には姉妹はいませんわ。それに……あの人は自ら『ラクス・クライン』だと名乗りましたから」
「じゃあ……あれはいったい……?」
「歌姫の名を騙る、真っ赤な偽物……だな」
「なぜ、そんなこと……?」
「君にはわからないかもしれんが、プラントでは歌姫の名は大きな影響力を持つ。プラントじゃあ、いまごろ、すぐにでも戦争しようって世論は抑えられただろうなぁ」
バルトフェルドの言葉に、ラクスも「えぇ」と頷いた。
「どう考えればいいのかしらね……この事態を」
宇宙にいるキラ達同様、ラクスたちもまた頭を悩ませるのだった。
「なんで、ラクスが……プラントに……?」
カガリは呆然とモニターに映るピンク色の髪の少女を見つめていた。
カガリはキサカを呼び出すと、ラクスがキラと暮らしていた家に向かわせる。
繰り返し流されるラクス・クラインの映像を見ながら、カガリは黒い妄想に捕らわれていった。
(全て……ラクスが仕組んだこと……なのか? キラをプラントへ連れて行くために……)
向かわせたキサカからの連絡が入る。
その内容は黒い妄想を裏付けるかのようだった。
『家がありません! キラ様が暮らしてらした家はなくなってます』
ユニウスセブン落下の折に、海に飲みこまれたとは知らず、目の前の事実だけをキサカは報告する。
ラクスは数百メートル先にあるマルキオ導師の館に身を置いているとも思わずに。
その報告を聞いたカガリは拳を握り、わなわなと震わせると、受話器をデスクに叩きつける。
ラクスに謀られた……。
キラを自分達の前から隠し、アスランと自分がいない時を見計らって、キラをプラントへ連れ出したのだ。
そう思い込んで、怒りに身体を震わせる。
「キラァ――――ッ!」
自分の手の内から消えてしまった妹の名を呼び、カガリはデスクに拳を打ち付けた。
やり場のなくなった感情が歪んだ方向に進んでいくのを、カガリは自分でも気づかずにいた。
やたらと長くなってしまいました。 本編とは、ラクスの襲撃はもう少し後でしたが、都合上早まってます。 第3話 INDEX 第5話