Moon Soldiers 第3章
第3話 ミネルバ
「アスランが……? なんで?」
宇宙ステーションの官舎で、イザークから、キラは思いがけない人物の名を聞いた。
ミネルバから支援に出て来たMSの一つにアスランが乗っていたと。
「詳しい話が聞ける状況ではなかったからな。だが、先日のMS奪取事件、あの時、オーブ代表がアーモリーワンに居たらしい」
「カガリが!?」
血の繋がった双子の姉ではあるが、一般人として育ったキラとは違い、カガリはオーブの獅子の娘として育った。
そして、いまや亡きウズミ・ナラ・アスハの跡を継ぎ、政治の中枢を担っている。
そういった環境には巻き込まれたくなくて、同居を望む彼女を退けてきた。
実際には、キラは「同居はしない」と言っただけで、退けたのはラクスなのだが。
戦時中に、キラの周りはガラリと変わり過ぎて、心を休ませる時間が欲しかったのだ。
カガリやアスラン、両親とさえ暮らさずに、ラクスと二人で過ごした時間は、本当にキラを癒してくれた。
何も言わず、何も聞かず、ただキラが必要としているものだけを与えてくれた。
だから、キラはラクスを大切にし、今度はラクスに返す番だと思い、いまここにいるのだ。
「どうした?」
穏やかな微笑みを浮かべたキラを訝しそうに眺めた。
キラが微笑むような話ではないはずだから。
「ラクスはどうしてるかな、って思って」
そういうことか、とイザークは納得した。
「えっと……、どこまで聞いたんだっけ?」
「アーモリーワンにオーブ代表が居た、というとこまでだ」
「あ、そうだった。カガリがいるならアスランが居ても不思議じゃないね」
アスランはカガリのSPとして働くことにしたのだから。
「それで? 二人は?」
「ミネルバは破砕を続行しながら、地球へと降下した。そのまま、オーブへ寄港するだろう。アスランもミネルバに戻ったはずだ。
イザークはアスランがザクに搭乗したまま降下したことを知らなかったのだ。
「アスランに、僕がいる事、言ったの?」
「いや。そんな暇もなかったしな。それに、キラはまだ知られたくないのだろう?」
イザークの言う通りだった。
会いたくない訳ではないが、会えばキラがここに居ることを咎めるだろうし、連れ帰ろうとするだろう。
カガリにいたっては、何を仕出かすかわからない。
代表首長という立場を利用し、「キラを返せ!」と議長に直談判しかねないのだ。
そんな事になったら、キラがプラントへ来たことも、イザークやラクス達があれこれ画策してくれたことも、意味がなくなる。
いまはまだ、ようやくギルバート・デュランダルの裏が見え始めたばかりなのだ。
「キラ、その議長のことだが……」
イザークが躊躇うように言葉を切った。
珍しい、とキラは思う。
イザークが躊躇う事など、余りないことだったから。
「カナーバ女史の事を調べていた時に、思ったことがある。議長は再び戦争を始めようとしてるんじゃないだろうか?」
「え?」
キラは驚きに目を瞠いた。
「新造艦ミネルバ、強奪されたMS、さらにもう一機開発されたインパルス。どれも議長が指示したものだ」
そのことは、カナーバから送られてきたディスクでキラも知っている。
だが、イザークの懸念はその先にあった。
「今回のユニウスセブン落下は、ザラ派の手によるものだ」
キラは驚きの余り、声も出せなかった。
ディアッカ達が何者かの襲撃を受けたことは知っていたが、MSを降りて作業をしていたキラには、その人物の素性まではわからなかったのだ。
「どういう……こと!?」
「さぁな。いま、わかるのは、連合は間違いなく何かしら行動を起こす。それを議長は期待していたんじゃないだろうか?」
「じゃあ……、これも議長の指示だって言うの?」
議長が、多くの同胞が眠る場所を汚し、プラントを危機に陥れる。
議長が清廉潔白な人物だとは思わないが、そこまで堕ちているとは、正直思いたくなかった。
「キラ、それを調べて欲しい」
先程見せた躊躇いは、事の重大さ故か、それとも犯罪行為をキラにさせてしまうことか。おそらく両方なのだろう。
「やるよ、僕」
キラに躊躇いはない。
そのためにここにいるのだから。
自分には、それしかできないのだから。
「このことはまだ、ディアッカにも言ってない。キラもそのつもりでいて欲しい」
「わかった」
キラは愛用のパソコンを起動させると、一つ深呼吸をして、キーボードを叩き始めた。
二人は言葉もなく、座っていた。
信じたくはなかった。議長がユニウスセブンを落下させたなど。
決定的な証拠は見つからなかった。
だが……。
デリートされた3人のデータ。
あまりにも早過ぎる対処が、逆にそれが議長の手によるものだと、言っている。
「どうするの?」
キラが重苦しい沈黙を破って口を開いた時、ドアが開いた。
「キラ〜、イザーク見なかったか……って、なんだ、ここにいたのか」
「なんだ?」
「ちょうどいいや、キラも一緒に見てくれ」
ディアッカは1枚のデータディスクをひらひらさせた。
「なんだ?」
「グラディス隊の隊員データ」
ディアッカは多くを語らず、キラにディスクを渡した。
キラも何も聞かずに、それをパソコンにセットする。
「ディアッカ、ファイルが2つあるけど?」
「先に青いヤツな」
ディアッカに言われるように、ファイルを開いていく。
ディアッカが乗り出してきて、モニターを指差しながら、指示する。
やがて、一つのデータが金髪の少年の画像とともにモニターに映し出された。
「レイ・ザ・バレル。リサと同期のアカデミートップだ。ブレイズザクファントムに乗ってる。両親はなく、議長が後見人になっている」
イザークも身を乗り出し、モニターを見つめた。
「コイツは……」
「ん? なんだ、知ってんのか?」
「カナーバ邸荒らしを指揮していた少年だ」
マーチン・ダコスタから借りた写真をディアッカに渡しながら、イザークは言った。
ディアッカはそれを受け取ると、モニターに映る顔と見比べた。
「ふ〜ん、なるほどねぇ〜。あ、キラ、もう一つのファイル開いて?」
赤い方のファイルを開く。
それは、アイリーン・カナーバから送られたディスクにあった議長の身辺調査報告書の一部だった。
「ディアッカ、これ……」
キラにとってはあまり見たくないものだ。
イザークは、キラの肩を優しく抱きながら、ディアッカを睨みつける。
「必要なとこしかないから、安心しろって。ほら、ここ」
ディアッカが指差した場所には、タリア・グラディスという名前があった。
隊員データに戻し、タリア・グラディスのデータを開く。
「タリア・グラディス。隊長であり、ミネルバの艦長も兼任してる。あっちのファイルによると、議長の別れた恋人だ」
確かに、隊員の人選に関しては、隊長にかなり権限はある。
でなければ、キラを自分の隊に入れることも難しかっただろう。
だが、この人事には、何かひっかかるものがあるイザークだった。
「もう一つ。議長と関連はないんだけどな……」
今度はディアッカがパソコンに手を伸ばし、自分で操作して、あるファイルを開く。
「シン・アスカ。インパルスのパイロットだ。コイツもリサと同期だな。アカデミーの成績はあんまよくねーけど、一応、紅着てる。それはどーでもいいんだが……マユが探してる『お兄ちゃん』ってコイツのことじゃねー?」
キラはハッとなって、モニターをジーッと見つめた。
「……似ているような気もするけど」
「本人に確かめてもらうのが一番だろうな」
「そうなんだけどねぇ〜」
ディアッカの何か含んだようなものの言い方に、キラは首を傾げた。
それに答えたのはイザークだった。
「いままでのことからみても、どうやらミネルバは議長の息がかなり強くかかっている。ソイツがマユの兄だとしても、議長派の人間である可能性も高いのだぞ?」
「あ……」
カナーバの死、ユニウスセブンの落下、それだけでも許しがたい行為である。
いまはまだ息を潜めて、見守るしかないのだけれど、いずれデュランダル議長と相対することになるのは必至だ。
そして、マユの兄がそれに加担していないとは、言い切れないのだ。
血を分けた兄と妹が戦うことになるのかもしれない。
アスランと戦うのですら、あんなに辛かったのだ。本当に血を分けた兄妹なら、どれほどのことなのだろうか。
「僕はマユに話した方がいいと思う。僕だったら、知って戦うのはつらいけど、戦ったあとで知るのは、もっとつらいと思うから」
「……キラ」
イザークには、哀しげな笑みを浮かべて笑うキラの気持ちが理解できた。
キラは兄妹同然に育ったアスランと戦った。キラは、相手がアスランだということを知っていたが故に悩み苦しんだ。
だが、それをアスランと知らずに戦っていたら……?
そのつらさはキラ以上に理解できる。
いまは誰よりも大切なキラと殺し合いをしていたのだから。
「そうだな。ディアッカ、マユとニコルを……いや、みんなを俺の部屋に集合させろ。他にも話をすることがあるからな」
「りょーかい」
二本の指だけで敬礼のようにして、ディアッカはみんなを呼びに行った。
隊長室のミーティング用の部屋に、アマルフィ隊とヤマト隊、そしてマユが集まった。
「急に集まってもらってすまないが、伝えておきたいことがある。キラを受け入れた貴様らだけにしか伝えられない極秘事項だ。例のユニウスセブン落下の件だが……どうやらギルバート・デュランダル議長の自作自演だと思われる」
キラ以外のメンバーは、ディアッカも含めて言葉を失っていた。
まさかトップに立つものが、そんなことをするとは誰も思っていなかったのだ。
「決定的な証拠はない。状況的なものばかりだ。もちろん公式発表などされるわけがない。実行犯である、ザラ派の人間――すでに死亡しているがな――に罪を擦り付けて終わりだろう」
「何を考えてるんだ、議長はッ!」
カインが拳を握り締めて言った。
「あそこには多くの同胞が眠っていたのにッ!」
「このまま見過ごすんですか?」
みんなが口々に憤りを露にしていく。
「みんなの気持ちはよくわかる。俺だって、同じ気持ちだ。だが、いま事を荒立てても、潰されるのがオチだ。それに、連合の出方もわからんうちに、内部分裂などしてる場合でもない」
確かにイザークの言う通りである。
「で、どーすんの?」
いつものようにディアッカが、結論へ向けて話を持って行く。
本当によくできたコンビだと、キラは思っていた。
「まずは、足元から固めていく。貴様らが俺達の意見に賛同してくれるのはわかったが、他の奴らまでがそうとは限らん。なにしろ相手は評議会議長だ。いつか同胞と戦わねばならなくなるんだぞ?」
再び全員が黙り込んだ。
「それでも俺達についてきてくれるようにしなくてはならない」
黙り込んだまま、みんながコクンと頷く。
「心配するな、味方はいる。本国には、いまなお堅い結束を結んでいるクライン派がいる。そして、地球には、かつてキラと共に戦った仲間がいる」
キラが力強く頷くのを見て、みんなも頷き返す。
「そして議長の味方を見極めなくてはならない」
「議長の味方……とは?」
「相手は議長ですからね。ただ命令に従っている人と、議長の考えを知って行動してる人とを見極めていく必要があるんですよ」
シホの疑問に、ニコルが答えた。
「そうだ。あの新造艦ミネルバには議長と関わりの深い人間が乗艦していることがわかっている。一人は艦長であるタリア・グラディス。彼女は議長の昔の恋人だ」
驚くような様子はない。そういうこともあるだろう、ぐらいの感じなのだろう。
「リサ、貴様も知ってる人物もいる」
いきなり名前を呼ばれたリサは、ドキリとしながらも誰のことだろう……と考えながらイザークの言葉を待った。
「レイ・ザ・バレル。彼の後見役が議長だ」
リサは、レイのことを思い出していた。
成績はトップだったが、どことなく見下したような態度が気になって、親しくはしなかった。
だが、そんな彼と親しくするものもいた。
(そういえば、あの二人も……)
「隊長、ミネルバにはもう二人同期がいるんですが、彼らも関係者なんですか?」
「直接的な関係は確認されていない。マユ」
いきなり呼ばれたマユは驚いて顔をあげた。
「マユに確認してもらいたいものがある。これを見て欲しい」
イザークが手元のパネルを操作すると、モニターにシン・アスカの写真が映し出された。
「おにいちゃん!」
イザーク、ディアッカ、キラの3人は、「やっぱり」と呟き、ニコルはまじまじとモニターを見つめ、他のメンバーは首を傾げている。
リサだけは、何かを思い出しているようだった。
「マユ、彼もミネルバに乗っている。あのインパルスのパイロットだ」
「マユ……」
ニコルがマユを気遣って、肩にそっと手を置いた。
「マユ、私は親しくしてた訳じゃないけど、同期なら誰でも知ってることだから……」
リサが神妙な面持ちで話し始めた。
「シン・アスカは、オーブを憎んでいる。オーブの理念が家族を殺した、と言っていた」
マユは呆然として「お兄ちゃん……」と呟き、キラは唇を噛み締めて心の痛みに堪えていた。
ニコルとイザークは、そんな二人の肩を抱く。
ディアッカにしてみれば、ハァ〜?という感じだ。
あの時、オーブが理念を捨てたら、どうなっていたか。
そんな事もわからず、ザフトで何をしようというのか……。
「って、おい! ミネルバにはカガリが乗ってるんじゃないか!」
「イザーク!」
キラも心配そうにイザークを振り返る。
血の繋がった姉なのだから、当然だ。
「心配するな、キラ。カガリはいまや国家元首だ。ザフトの戦艦で何かあれば、外交問題になる。さすがに周囲が止めるだろう。あの男もいるしな」
「そうだね……。でも、一悶着ありそうだよね。カガリは喧嘩っぱやいから」
イザークとディアッカは苦笑したが、マユは心配そうにモニターの中の兄を見た。
その頃、オーブのオノゴロ島にミネルバが入港していた。
「ザフトの最新鋭艦ミネルバか。姫もまた面倒なもので帰国される」
「仕方ありませんよ、父上。カガリだってよもやこんなことになるとは思ってもいなかったでしょうし。国家元首を送り届けてくれた船を冷たくあしらうわけにもいきませんよ。いまは」
「あぁ、いまはな……」
ウナトは小さく答えると、ユウナの方をちらりと見た。
「それよりもわかってるんだろうな?」
「もちろん。カガリのことは僕に任せて」
そう言って、ユウナはお転婆姫を盛大に出迎えるため、一歩歩みだした。
予告したタイトルと違います。なんだか、書いてるうちに「違うぞ?」って感じたので。 よく聞かれるのですが、マユとシンの再会はかな〜り後の方になります。 第2話 INDEX 第4話