Moon Soldiers 第3章
第1話 運命の兆し
キラは自室で、パソコンに向かっていた。真剣な表情で、キーボードを叩き続ける。
だが、その手をふいに掴まれた。
「イザーク!」
「何をしてたんだ?」
キラはバツが悪そうに、顔を反らした。
「まったく、お前は……」
イザークは、溜息をつくと、キラの手を離した。
「またハッキングをしてたのだろう?」
「……………」
沈黙は肯定である。
「お前の腕は知ってるからな。そして、不本意ではあっても、それに頼らなきゃならない事もある」
キラはハッとして、イザークを見た。
「俺に隠れてやるな。する時は俺に言え」
「それは……上官の許可を取れってこと?」
「いや、婚約者としてだ。言ったはずだ、共犯になってやるとな」
頬に唇が触れ、キラの身体はパソコンに向き直される。
「イザーク……?」
キラが様子を窺うようにイザークを見れば、イザークは憮然としながらも頷いた。
「何を調べていたんだ?」
相変わらず見事なキーボード捌きを見ながら、話し掛けた。
「例のディスクにあったMSと戦艦の事……」
「……そうか」
イザークも気にはなっていた。
ザフトのデータベースにはない4機のMSと1隻の戦艦。まだ、ロールアウトしていなくても、それに携わる者が居る以上、普通なら何かしら情報が流れるものだ。
だが、あれらに関しては何も話が流れて来ないのだ。
「何かわかったか?」
「ううん。何か手掛かりがないかと思って、いま議長の方から洗ってるとこ」
カタカタカタカタとキーボードを叩く音だけが響く。
イザークはキラの横で、じっとモニターを見つめていた。
「ん?」
「どうした?」
「ここ見て?」
ほっそりとしたキラの指がモニターを指し示す。
それは、デュランダル議長のスケジュールだった。
「アーモリーワン……?」
他のスケジュールには、どこで何をするのか詳しく書かれているのに、これだけがただアーモリーワンとしか書かれていない。
「たしかアーモリーワンって、新しいプラントだったよね?」
「あぁ。大規模なザフトの工廟がある。まだ、行った事はないがな」
そこで新造艦が造られているのは、もう間違いないだろう。
おそらくは、同じディスクにあったあのMSもそこで造られているのだろう。
「キラ、アーモリーワンの工廟について調べられるか?」
「やってみる」
キラは再びキーボードを叩く。
稼動している以上、そこを管理するシステムがある。
「議長のスケジュールは、進水式のためみたいだね」
「どこの隊に配備される?」
「えーと、艦長はタリア・グラディス……女の人みたいだね」
「グラディス? 知らんな」
停戦後、新たな隊が多く新設された。一同に会す機会も多くはなく、勇名を残しているもの以外は、顔も名前も知らない事が多い。
「まぁ、それがわかれば、後はこちらでも調べられる。そろそろ引け」
「うん……ん? なんで……?」
「何があった?」
まさかとは思うが、ハッキングを逆探知されたのかとイザークは焦る。
「あのMSがあるんだ……」
「不思議じゃないだろう。同じディスクに入ってたのだから、並行して開発され……」
「そっちじゃない。ユーリ様が言ってた……お蔵入りになったっていうMSの方!」
「なんだと!?」
イザークも立ち上がって、モニターを覗き込む。
「とっくに完成されてるのに、配備もされていないのか? キラ、新造艦の配備リストは?」
「ちょっと待って……あった!」
リストをスクロールしながら、MSを探す。
「Gが1機にザクが2機……これだけか?」
「……どういう事!?」
考えたところで、答えは出ない。
「キラ、これ以上は止めておけ。グラディス隊の事は、俺の方で調べておく」
「……わかった」
キラは痕跡を残さないよう細心の注意を払って、ハッキングを終了させた。
その頃、デュランダルは、アーモリーワンをオーブの姫とともに歩いていた。
彼女はただ一人、アレックス・ディノという少年だけを、護衛として連れていた。
もっとも、それが本当の名ではないことは承知している。
だが、そちらはまだ動き出す時ではない。まだ時が熟しきっていないことを、デュランダルは充分理解していた。
もちろん、いずれは掌中に収めるつもりではあるし、そのための布石は打ってある。
「いまだにこの案件に対する、貴国の明確なご返答がいただけないということは、やはり複雑な案件なのか?」
嫌みを言っているつもりなのだろうが、デュランダルは微笑みだけを返す。
そうすれば、オーブの姫は、熱くなって語気を荒くした。
「我が国は、再三再四、かのオーブ戦の折に流出した、我が国の技術と人的資源のそちらでの軍事利用を止めていただきたいと申し入れている」
言葉は丁寧だが、じゃじゃ馬姫は所詮じゃじゃ馬。駆け引きのなんたるかを、彼女は未だ知らない。
デュランダルは内心ほくそ笑んでいた。
まだまだ甘いのだ、この姫は。ウズミ・ナラ・アスハが国と共に散ってくれて、本当によかった……とも。
このじゃじゃ馬姫だからこそ、自分の計画は成功するのだから。
「姫の要求は主体が間違っていると、私は思うのだが。彼らは自分の意思でプラントにいるのだからね。あぁ、ちょうどいい。シン」
デュランダルは、そこを通りかかった紅い軍服を纏った少年を呼び止めた。
少年は議長に対し、怪訝な顔をしながらも敬礼を返す。
「シン・アスカ。彼もオーブからの避難民の一人ですよ、姫」
シンと呼ばれた少年は、「姫?」と首を傾げながらカガリを見た。
「シン。こちらはオーブのカガリ・ユラ・アスハ代表だ」
途端に少年の瞳に憎しみの火が灯る。
「代表は『オーブ戦の折りに流出した技術と人的資源の軍事利用を即刻中止し返還しろ』と私に言うために、はるばるこんな所までおいでになったのだよ」
デュランダル議長の言葉には、カガリに対する痛烈な刺が含まれていたが、シンにはもっと気掛かりな言葉があった。
「人的資源の軍事利用の中止と返還……でありますか?」
技術はともかく人的資源とは何のことだろうか、とシンは首を捻る。
「シン、君のような人の事だよ。代表は我々が君達を資源として軍事利用しているとおっしゃってるのだ」
デュランダルは少年を煽るような説明を付け加える。
思惑通り、シンという少年がキレた。
「ふざけんなッ! 人的資源だ? 俺達は石油や木材じゃないッ! フン、中立とか言ったって、やっぱナチュラルの国だよな。結局コーディネーターを、道具にしか見てないんじゃないかッ! プラント政府は、俺達を資源になんてしていない。俺は自分の意思でザフトに入ったんだ」
隣に議長がいることも忘れ、シンはカガリに罵声を飛ばした。
デュランダルも別段それを咎めるわけでもなく、シンに言った。
「呼び止めて、すまなかったな、シン。仕事に戻ってくれ」
ポンと肩を叩かれて、ようやく我に返ったシンは議長に敬礼すると、走り去った。
「おわかりになりましたか、姫?」
何も言えず、悔しそうに唇を噛み締めるカガリを、デュランダルは冷ややかな笑みを浮かべながら見つめていた。
ザフト軍事ステーション。前の大戦で失われたボアズ要塞の変わりに建設された巨大なちくわ型のコロニーである。
入口となる港は、その円筒の内側にあり、すぐに司令本部へと繋がる。そこを中心に、隊長たちの執務室、ミーティングルーム、射撃訓練室などがある。
外に出ると、演習用のフィールドがあり、そこを過ぎれば居住区となる官舎が立ち並ぶ。
ジュール隊にも、官舎一棟が割り当てられ、キラ達もそこへ入った。
官舎といっても、ホテルのようなものだ。
一般兵にはツインルーム、紅にはデラックスシングル、副長と艦長にはジュニアスイート、そして隊長にはスイート並みの部屋が与えられる。
清掃、クリーニングなどは、専門の業者が入っており、兵士たちに負担がかかることはない。
また、商業区となっている区画もあり、日用品などを販売する店もあれば、飲食店やエステティックサロン、マッサージなど、ありとあらゆる店舗が立ち並ぶ。
軍事基地とはいえ、ここには一つのプラントに匹敵するほどの人口がいるのだ。
これらの店や業者は、入札で出店権利を購入している。
散歩と称したショッピングを兼ねて、キラはシホ達と商業区を歩いていた。
「あ、あのドレス、素敵〜!」
「ドレスなんて、基地のどこで着るの?」
商業区であっても、ステーション内では軍服の着用が義務付けられている。
「そっか、キラは知らないわよね。司令部主催のパーティーがあることもあるんだって」
リサも話に聞いただけで、実際に出席したことはない。
「そうなの?」
「そういう楽しみがないと、長期逗留の兵士たちの士気が続かないだろう? ましてや、いまは平時だからな……」
そういえば、アークエンジェルの中でも、それに近いことはあった。
『楽しみがなけりゃ、戦争なんてやってらんねーだろ?』と言ったのは、いまは亡き人。
辛いことも多かったあの時期、少しでもキラの……そしてみんなの気を紛らわせるつもりだったのだろう。
ちょっと遠い目をするキラに気付いているのか、いないのか。シホは彼女独特の静かな笑みを浮かべて言った。
「キラもドレスの一枚ぐらい用意しておいた方がいい。ジュール隊長に色目を使おうとする輩は多いのだからな」
「へ? なッ……!」
「そうよねぇ〜。なんてったって、ザフト最年少の隊長だし、ジュール家は名門だしね」
シホもリサも、蟠りなくキラを受け入れてくれて、こうして仲良くなることもできたのだけれど、こうしてからかうのは勘弁して欲しいと願うキラだった。
「あ! 隊長発見!」
「おまけもいるけどな」
リサが指差す方を見れば、確かにイザークとディアッカの姿があった。
揺れる銀髪と白い隊長服を見事に着こなし優雅に歩く姿は、同じような姿の集団にあっても、かなり目立つ。
キラがイザークに見惚れていると、リサがキラの手を取り、走り出した。
「隊長〜♪」
「ちょっ! リサ!」
キラはリサに引きずられながら、一緒に二人のところへ辿り着く。シホもクスクス笑いながら、二人の後に付いて来ていた。
「楽しんでるか?」
イザークはキラ達を見ながら、気さくに応じる。
「はい」
少し前まで、イザークは雲の上の人のように感じられていたリサだったが、キラが来てからというもの、とても人間味が感じられていた。
シホやカイン達も、そう感じているらしい。
「ならいい。今のうちだ。充分に楽しんでおけ」
イザークの言葉に引っ掛かるものを感じたシホが尋ねる。
「何か……ありそうなのですか?」
キラだけは、その内容を知っている。
だが、イザークは平然とした顔で言った。
「そうではない。明日からは訓練だからな。みっちりシゴいてやるから、覚悟しておくんだな」
「う……」
一番経験の浅いリサは、短く呻いた。
そのやりとりがおかしくて、キラはクスリと笑う。
「キラ、笑ってる場合じゃないぞ〜。苦手なナイフ戦、イザークがみっちりシゴくってさ」
ディアッカの言葉に、イザークを見れば、意地悪そうな笑みを浮かべていた。
「……ガンバリマス」
アカデミーでの成績は悪くなかったが、それは同期の中でのこと。
MSではイザークにも勝るキラだが、ナイフでは紅の中で一番弱かった。
「ところで、隊長達も自由行動ですか?」
「あぁ」
「やっとデスクワークから解放されたんだよね〜」
「じゃあ……」
シホとリサが顔を見合わせ、ドンッとキラの背中を押した。
「わっ!」
よろけたキラの身体をイザークが受け止める。
「いまだけなんですから、デートを楽しんでください」
「キラのドレス、見立ててあげてくださいね〜♪」
渋るイザークに、ディアッカがクスクス笑いながらいった。
「行ってこいよ、イザーク。俺はてきとーに見て回るからさ」
「副長には私達がお付き合いします」
シホがニッコリと笑って言う。
普段、あんまり表情を見せないシホの笑顔に、ディアッカの背筋に冷たい物が流れる。
「え゛?」
ディアッカの陽に焼けた顔が、心なしか青い。
「副長を野放しにしておくと、ジュール隊の品位に関わりますから」
「おい、シホ! そりゃいくらなんでも言い過ぎだろ〜?」
「事実です」
「副長は私達じゃ不満なんですかぁ〜?」
「滅相もない!」
ディアッカの抵抗も空しく、二人に引きずられて行った。
後に残された二人は呆然としながら、三人を見送った。
「よかったの?」
「かまわん。俺もアイツとより、キラと歩く方がいいからな」
ディアッカは全然よくない、ということは意識にない。
庇ってやる気も、さらさらなかった。
「すごいんだね、ザフトの基地って……」
と言っても、キラは連合の基地だって知らない。
結局、月基地にも行かなかったし、アルテミス要塞では、こんな自由はなかったから。
「ここは今のザフトじゃ一番規模が大きいからな。シホ達が言っていたドレスとは何のことだ?」
「基地でパーティーがあることもあるから、ドレスの用意ぐらいしとけって……」
「……なるほどな」
男は礼装用の軍服があるから、キラのドレスまで気がまわっていなかったのは、明らかに自分のミスだ。
イザークはキラの手を掴むと、歩き出した。
「イザーク!?」
「ドレスを買いに行くぞ。ここには母上の店もあることだしな」
その日の内に、商業区を紅服の手を取りながら歩く麗しの隊長の姿は、すっかり基地内の噂となっていた。
購入したものは官舎に届けるように依頼して、店を出たところで、イザークの携帯端末がなった。
取り出して、その小さなモニターを見たイザークは顔を顰めた。
「なにか……あったの?」
「わからん。司令部より緊急召集だ。悪いが、先に行く。キラは官舎に戻っていてくれ」
それだけを言い置いて、銀髪を揺らしながら駆け出していく恋人の後姿を、キラはとてつもなく不安な面持ちで見送るのだった。
戻ってきたイザークは、苛ついた表情をしていた。
「何があったの?」
「アーモリーワンが所属不明の部隊に襲撃された」
「アーモリーワンが!?」
イザークは仕入れてきた詳細な情報をキラに伝えた。
「襲撃者は3名。倉庫に置かれていたMSを奪取。グラディス隊が応戦したが、それを振り切って逃走。アーモリーワンは半壊した」
「ッ……」
キラの記憶を刺激する言葉が、イザークの口から齎された。
「似てるね、ヘリオポリスの時に……」
「……………」
その呟きはイザークの心にも痛みを与える。
あの作戦さえなければ、キラは何も知らずに笑っていられたのだ。
キラを愛しているからこそ、その事がイザークの心にもしこりを残す。
だが、そうでなければ、こうして出会うこともなかっただろう。
イザークは、キラを抱きしめることしか出来なかった。
キラにも、イザークの気持ちは伝わっていた。だから、自分を包んでくれる身体を抱き返した。
「そうじゃないよ、イザーク。ヘリオポリスのことは、もういいんだ。僕が気になるのは、もっと別のこと……」
「どういう意味だ?」
キラは哀しそうな目で微笑んだ。
「その前に教えて? 奪取されたMSって……?」
「あぁ、あれだ。例のディスクの……」
ガイア、アビス、カオス。開発されたまま放置された3機のMS。
「そっか……」
「キラ」
「カナーバさんの事件、あれはラクスを乗せたシャトルが襲われた時に似てるでしょう?」
「あぁ」
そのことには、イザークも気付いていた。
同じユニウスセブンの追悼慰霊団を乗せたシャトルが2年も立て続けに襲われるなど、考えられない。
「今回のことも、ヘリオポリスの件に似てる」
「あぁ」
「こう考えることも出来るんじゃないかな。同じ人物が、この前の戦争にヒントを得て、考えたことなんじゃないかって……」
キラの考えは、ある意味突飛だとも言える。
だが、イザーク達には、それなりにそれを裏付けるモノがあるのだ。
アイリーン・カナーバに託された4枚のディスク。
それに残されていたMSが奪取されたのだ。
しかも、キラのハッキングによって、そのMSはロールアウトしているにも関わらず、そのまま配備もされずに放置されていたのだ。
「つまり、デュランダル議長は、奪取させるためにあのMSの開発を再開させた、ということか……?」
「……………」
キラは何も答えなかったが、それがイザークの言葉を肯定していた。
あれには、こんな裏があったのだ。
「くっそぉ……ッ!」
イザークは忌々しそうに机を叩いた。
「カナーバ女史がヒントをくれたというのに、何も出来なかった……」
キラも悔しそうに唇を噛んだ。
「襲撃者って……誰だろ?」
デュランダルと通じているのか、それとも踊らされているのか。
襲撃者が誰だかわからないことには、判断のしようがない。
「さぁな。ザフトでもまだ確認が取れていない。だが……」
アーモリーワンの外では、母艦と思しき戦艦も確認された、と聞いている。
「戦艦!?」
「あぁ。それがザフト製でないことだけは確かだ。連合か……あるいはオーブか……宇宙海賊やジャンク屋の線も考えられるな……」
「オーブはそんなことしないッ!」
確かにいまのは失言だと、イザークは素直に認めた。いまでもオーブは中立国である。しかも、現代表はキラの実の姉であるのだから。
「キラ……悪かった」
イザークは、もう一度キラを抱きしめて、柔らかな髪に軽くキスを落とす。
だが、キラには話していないが、一部の首長に妙な動きがあると、ダコスタ経由で入って来た報告もある。
その一部首長の暴走という可能性も捨てきれない以上、オーブといえど、除外はできないのだ。
キラはイザークの腕の中で、じっと考えていた。
(いったい何がしたいんだ……こんな手の混んだことまでして……。あの人はいったい何を企んでいる……?)
どれだけ考えても、答えなど出るはずもなかった。
DESTINY編に突入しました。一応本編の流れに沿ってますが、 黒タヌキさん(&生意気小僧)とじゃじゃ馬姫の会見が本編と違うように、あれこれ微妙に違ってきます。 『人的資源』という言葉は、政治用語としては正しいのかもしれませんが、 会社からそう言われたら、ムカついて辞表書くかもしれません(笑)。 しかし、エロスマン副長……。どうやら、シホちゃんが天敵なようです(笑)。 隊長とは正反対で、まったく敬われてませんね。パイロットとしての腕は認められてるんですけどね……。 第2章第9話 INDEX 第2話