Moon Soldiers 第2章

第6話 ジュール隊入隊


辞令

キラ・ヤマト殿
 上記の者、月方面艦隊所属ジュール隊配属とする。

ザフト最高司令官 ジェームス・シンプソン






 今日、キラはアカデミーを卒業した。
 支給されたばかりの軍服を纏い、教官から手渡された辞令書を手に、ザフト軍本部を訪れる。
「じゃあね、キラ。私はグリーンヒルズ隊だから、あっちのエレベーターなの」
 一緒にここまでやってきたティナが、名残惜しそうに手を振る。
「そっか……、なかなか会えなくなるね」
 ティナが配属されたグリーンヒルズ隊は、プラント守備隊――つまりは艦を持たない、基地所属のMS部隊――の一つである。
 自宅から通えるため、基地所属を希望する者は多い。アカデミー同期の半数がそうだったとも聞いている。
 どうやら、上官となる婚約者はその事実を聞いて憤慨しているらしい。
 辞令と共に渡された書類に、そう書かれたディアッカのメモが付いていた。
「キラも物好きってゆーか、恐れを知らないってゆーか……。よりによってジュール隊を希望するなんて、いくら知り合いとはいえ、無謀よぉ〜」
 ティナは、キラとイザークの本当の関係を知らない。
 だから、キラは「ハハハ」と乾いた笑いを返しただけだった。
 実は同期でジュール隊を希望したのは、キラ一人しかいなかった。
 原因はイザークにある。
 アカデミーで未だ不動の総合2位の成績を叩き出した伝説のパイロット。先のヤキン戦では、連合の新型2機を撃墜し、勝ち残った英雄。眉目秀麗なザフト最年少の隊長。
 これだけなら、希望者は続出しただろう。
 だが……。
 本人もパイロットだけあって、パイロットには特に厳しい、とか。プライドがセンターシャフトよりも高く、短気な性格だ、とか。
 そんな話もまことしやかに噂された。
 あながち間違ってないから否定できない……と、その時キラが思ったことは、内緒にするつもりだ。
 ジュール隊希望者が多くなったら、僕が入れなくなっちゃうかも……という、要らぬ懸念を抱いて、あえて否定しなかったのもある。
 もっとも、噂になったのは、イザークだけに限ったことではない。
 どの隊にどんな人がいて、どんな雰囲気なのかとか。どこの勤務がラクだとか。どの隊に可愛いオペレーターがいるだとか。
 重要事項から、どーでもいいようなことまで、あらゆる伝手を使って手に入れた情報が、交換されたのだ。
 結局、本当の軍を知らないアカデミー生は、そんな噂を元に希望を出して行くしかなかったのだ。
「じゃあね! プラントに戻って来たら、会おうね♪」
「うん。元気でね、キラ」
 ちょうど来たエレベーターにキラは乗り、ティナに向かって手を振った。





 無機質な金属のドアの前に立ち、インターフォンを押す。
『誰だ?』
 よく知った声が、無愛想に返ってくる。
「ジュール隊配属となりましたキラ・ヤマトです。着任のご挨拶に伺いました」
 そう答えると、静かにドアが開いた。
 一歩進んで部屋に入り敬礼をするキラに、イザークが優しい微笑みを返す。
「キラ・ヤマト、着任を許可する」
 お決まりの言葉をかけた後、イザークは立ち上がって、キラの傍へやってきた。
「隊ちょ……んッ!」
 何かと尋ねるよりも早く、唇が重ねられた。
「二人だけの時は、名前で呼んでくれ」
「イザーク……」
 互いに見つめあい、再び唇を重ねあう。
「その後……ちゃんと寝れたか?」
「うん」
 小さく囁くような答えだが、キラの表情に変化はない。
 本当にちゃんと眠れていたようで、イザークはホッと胸を撫で下ろした。
「心配した。一緒に居てやれないからな」
「うん」
 キラは嬉しそうにイザークに身体を預けた。
 だが、恋人たちの時間はそう長くは続かなかった。
「おい、イザーク……っと」
 ディアッカの登場に、二人は慌てて離れた。
 ディアッカは大して気にも止めず、持ってきた資料をイザークに渡すと、キラに話しかけた。
「紅が似合うな、キラ。聞いたぜ〜、MSと情報処理でアスランの記録を塗り替えたんだって?」
「な……なんで知ってるの!?」
 キラだとて、つい先程卒業式で知らされたのだ。
 あとで報告しようと思っていたのに、まさかすでに知っているとは思ってもいなかった。
 キラに答えをくれたのは、イザークだった。
「馬鹿者、部下の成績を知らなくて上官が務まるか」
 イザークはデスクへ戻ると、引き出しから紙を一枚取り出した。
「MSと情報処理は当然のこととして、射撃とナイフもなかなか頑張ったな」
 それはアカデミーから送られてきた、キラの成績表であった。
 主要5種目のうち、MSと情報処理は歴代記録を塗り替えた。ナイフや射撃、爆薬処理でも、同期内順位でも全てトップ3、歴代トップ10は逃したものの、ピッタリと上位につけている。
 工学原理、基礎体力も同様。
 紅の資格、文句なしである。
 正直、未だ戦争の夢に魘されることのあるキラが、ここまで実技で好成績を残すとは思わなかった。
「戦術論が多少悪いが、まぁ良しとしよう」
 理論通りに戦術を組んで、勝てる戦争などないことぐらい、イザークはわかっている。
 むしろ、理論など無視した戦術にこそ、勝機は生まれる。
 ラクス・クラインがそうであったし、キラもすでにそういう実績を持っている。
「しかし……だ」
 イザークは、ジロリと愛する少女へ厳しい目を向けた。
「なんなんだ、この軍規の成績の悪さはッ!」
 うひゃぁ、とキラは首を竦めた。
「軍規は軍人の基本だぞ!」
 婚約者と言えど、そう叱り付けるイザークは、まさしく軍人の鏡である。
「まぁまぁ。初っ端から、そんなにキリキリすんなって。キラでそれじゃあ、後から来る奴はどうなんだよ……」
 と、隊長を窘める副長は、悪い見本の典型と言われていた。
「ディアッカ、貴様はそんなこと言える立場か? 早速、貴様のデスクをシホ・ハーネンフースにチェックさせるか?」
 見事に薮にいる蛇を突いたディアッカは、うろたえた。
「わ〜〜〜〜〜ッ、それはカンベンしてくれ!」
 だが、イザークはデスクの端末でシホを呼び出し、ディアッカのデスクの抜き打ちチェックを命じた。
 ディアッカは真っ青になって、部屋を飛び出して行った。
 キラはキョトンとしながら、ディアッカの背中を見送った。
「フン、呆れた奴だ……。が……」
 イザークはキラの手を掴み、再び腕の中に華奢な身体を抱きしめる。
「イザーク!?」
「ようやく邪魔者がいなくなったからな」
 隊長が就業中にそんなことでいいのだろうか? たったいま、軍規がどうと言っていたのに?
 久しぶりに会うのだから、少しぐらい、二人だけの時間を過ごしたいと思っても、いいことにしておこう。
 僅かな時間、僅かな触れ合いだが、二人にとっては幸せな一時だった。






「よっしゃあ、ミーティング始めるぞ〜」
 という、ディアッカの軽い第一声で、ジュール隊の全員が一同に顔を合わせる大ミーティングが始まった。
「俺はディアッカ・エルスマン、ここの副長だ。よろしくな♪ で、あっちでふんぞり返ってるのが隊長のイザーク・ジュール。見ため怖そうだけど、取って食いやしねぇから、安心しろよ〜」
 重厚さなどカケラもない挨拶に、イザークがギロリと睨みつけるが、ディアッカはそれを軽く流した。
「じゃ、ルーキーの紹介からいこうか。呼ばれた奴は立つように。キラ・ヤマト」
 一番後ろの席に座っていたキラは立ち上がり、敬礼を返す。
「紅が示すように、パイロットだ。かわいいからってちょっかい出すと、ヒドい目にあうぞ〜」
 イザークに……という言葉は、ディアッカの心の中だけで。
 何も知らない隊員たちは、キラの外見の柔らかさに「ありえない」と思っているのか、クスクスと笑いを漏らした。
 ジュール隊のルーキーは全部で5人。
 紅はキラ一人で、後は緑だ。うち3人は男性で整備士だった。
 最後の一人は女性である。
「マユ・アスカ。ここじゃ、最年少だな。CICを担当してもらう」
 マユは立ち上がってビシッと敬礼を決めたが、まだ、あどけなさの残る仕種が微笑ましい。
「以上で、ルーキーの紹介は終わり。んじゃ、次、隊長どうぞ〜」
 イザークにその場を譲り、自分はその横で、モニターの操作をした。
「旗艦ルソーに加えヴォルテールも預かることとなった。そのため、新人だけではなく、異動してきたものも多い。隊の編成も大幅に変更した」
 ディアッカに編成表をモニターに映し出させると、イザークは凛とした声で説明を始めた。
 まずは二つの艦の艦長が紹介される。続いて、ブリッジのメンバー。そしてパイロット、整備士、軍医、料理人など、全てのメンバーが二つに振り分けられていく。
 マユはヴォルテールに乗艦が決まった。
 イザークは旗艦ルソーに、ディアッカがヴォルテールに乗艦するという。

 そこまで言っても、紅を纏う6人の名前はまだ呼ばれていなかった。
「彼らは他のパイロットとは特別編成とする。二つのチームに分け、3機のMSで一個小隊となる。ニコル・アマルフィ、カイン・バウザー、ケント・クロノスで1チーム。小隊長はニコル。乗艦はルソーとし、リックが専任CICになる。
「「「「はい」」」」
 紅の3人とCICのリックが敬礼でもって、隊長命令を拝受する。
「キラ・ヤマト、シホ・ハーネンフース、リサ・ジョーンズで1チーム。CICはマユ・アスカが担当する。小隊長は……」
 イザークは言葉を切って、自分が預かる隊員達を見回した。
 そして、恋人を最後に見つめた。
「キラ・ヤマトだ」
 ざわめきが起きる。
 無理もない。誰もが、シホ・ハーネンフースが小隊長となると思っていただろう。
 シホは先の戦争の時から、ジュール隊にいるし、その実力は皆も知っている。
 一方、キラはアカデミーを出たばかりの新兵だ。
「隊長!」
 声を上げたのはシホだった。
「なんだ、シホ」
「承服できません。キラはアカデミーを卒業したばかりです! 何を基準として彼女を小隊長とされるのかお聞かせください」
「私も納得できません」
 同様にリサからも、不満の声が上がる。
「基準は実力と資質だ。一番、隊の真価が発揮できる」
 イザークは、二人の不満をそれだけで退ける。
「俺から言うことはこれだけだ。―――キラ」
「はい」
 イザークの呼びかけに、キラは敬礼で応える。
 だが、その声に、いつもの元気も力もない。
 キラだとて困惑しているのだ。
「シホとリサを納得させろ。それが小隊長としての初任務だ」
「……はい」
「それぞれの艦での部屋割り、今後の予定などは端末に送信する。明後日には、巡視・訓練のため出航する。それまでに準備を済ませておくように。以上、解散」
 イザークが部屋を出て行こうとするのに、ディアッカが続く。
 他の隊員達も、キラ達を気にはしながらも、ゾロゾロと部屋を出ていった。

 執務室へ戻る途中、ディアッカは小声でイザークに聞いた。
「お〜い、姫、大丈夫か?」
 キラが小隊長となることに、ディアッカは反対しなかった。むしろ、その案を聞いた時から賛成している。
 なにしろ、キラはクルーゼ隊4人を一人で相手どって、一歩も引けを取らなかったのだ。
 オーブでのアスランとのコンビネーションも、ディアッカは見ている。
 キラの前歴を知っているからこその話だ。だが、シホとリサはキラを知らない。
 それは、後から追ってきたニコルも同様だった。
「イザーク! あんな言い方ではキラがかわいそうです」
 だが、イザークはディアッカとニコルのようには思わなかった。
「心配ない」
 イザークは足を止めることなく執務室へと向かっていた。






 ミーティングルームにキラ達3人だけが残された。 
「誤解がないように言っておくが、キラが新兵であることを問題にしている訳ではない。小隊長となれば、命を預かる身だ。だから、ジュール隊長が言う通りの実力と資質が私たちより上だと言うなら、私はキラを認める」
 自分がなりたいから言っているわけではない。自分にこそ、その資質があると思うほど自惚れているわけでもない。
 だが、アカデミーを卒業したばかりの者に、いきなり自分の命を預けろと言われても、納得できないのだ。
「リサさんも同じ?」
「まぁね」
 リサは、実戦経験がない。アカデミーを卒業する少し前に停戦となった。
 だから、小隊長となるなら、唯一実戦経験を持つシホだと思っていた。
 キラもまた困惑から抜け出ていなかった。キラには、誰かと一緒に戦うという経験があまりない。
 強いて言えるのは、アスランがアークエンジェルに来てからだが、あれはアスランだったから出来たことだと思うのだ。
 もちろん、アカデミーでそういう訓練は受けているのだが。
「正直に言うよ? 僕も二人のことを知らない。この中で誰が小隊長に相応しいかなんてわからない。僕が相応しいのかどうかも……」
 シホは何かを考えていた。
 そして、徐に立ち上がった。
「シホさん?」
「シミュレーションの許可を貰いに行ってくる。実際に自分の目で確かめるのが一番だろう?」
「シホさん……」
「シホでいい。仲間なんだからな」
 そう言って微笑んだシホに続いてキラも立ち上がり、リサもそれに続いた。
 イザークはあっさりと許可を出したが、別の隊が訓練中のため、あいにくマシンが空いていなかった。
 翌日にシミュレーションをすることにして、少女達を解散させる。
 執務室に、再び一人になると、ディアッカとニコルを呼び出した。
「何かあったんですか?」
「姫はどうした?」
 呼ばれた二人は執務室に入るなり尋ねてくる。
「ニコル、明日0900にアマルフィ隊を召集しておけ。それと二人に協力して欲しい」
「ちゃんと説明していただかないと、了承できませんよ、ジュール隊長」
「な〜んかやらかそうって顔なのはわかるんだけどな」
 ディアッカとニコルは、ニヤリと笑う。
 だが、そんな二人もイザークの計画を聞いて、唖然とした。
「おいおい、一気にそこまで進めちまって大丈夫なのか?」
「心配いらん」
「やっぱ姫のこととなると違うねぇ〜」
 いままでの一直線で直球勝負なイザークからは考えられない成長ぶりだと、ディアッカは呆れるように笑った。






やっとジュール隊に……。
この話では、ジュール隊はファーストネームで呼び合ってます。なので、イザークも「ハーネンフース」ではなく、「シホ」と。
ただし、イザークは「隊長」、ディアッカは「副長」。
あと、オリキャラが多数登場してます。紅パイロットの面々は今後もそれなりに出てくる予定です。
ジュール隊の旗艦って、いったいどっちなのかよくわかりません。
調べてても、「ルソー」を旗艦としているものもあれば、「ヴォルテール」を旗艦としてるのもあって……。
いちおう、この話のこの時点では「ルソー」を旗艦としました。
「ヴォルテール」も「ボルテール」と表記されてるものもありますが、公式がどっちであろうと、
当サイトでは、「ヴォルテール」で統一します。
「ルソー」も「ヴォルテール」も、フランスの思想家の名前ですが、スペルは「Voltaire」なので、
「ボ」ではなく「ヴォ」がカタカナ表記には適しているので。


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