Moon Soldiers 第2章

第3話 動き出した事態


 キラの休暇は終わり、アカデミーへと戻ってしまった。
 イザークも、また、強化訓練のため、しばらく家を空けることになるという。
「退屈ねぇ〜」
 といっても、エザリアにはエザリアの仕事があるのだが、それとこれとは別問題なのだ。
 息子のことはどうでもいいのだが、キラがいないのが何よりもつまらないのだ。
 エザリアはことのほか、キラを気に入っていた。
 もう、何から何まで可愛らしい。 
「アイリーンにも、連絡しないといけないわね……」
 だが、慎重にことを運ばねばならない。


 停戦後、アイリーン・カナーバ議長代行を主とした暫定政府により、プラントの今後について、重要な2つの決定がなされた。
 現評議員の総辞職と新評議員の選出。さらに、評議員の中から新議長を選出すること。
 そして、戦争責任を問う軍事裁判を行うことだった。
 この軍事裁判は、プラントに新たな波紋を呼んだ。
 強行派に責任を求める者、全評議員に責任はあるとする者、死亡したパトリック・ザラ一人に責任があるとするもの。また、ザフト全体にまで、その対象を広げる者。評議員に責任を求めるなら、彼等を選出した民衆にも責任はあるとするもの。
 プラント中でああだこうだと議論が交わされていた。
 その混迷を極めた軍事裁判に、一人の男が証言台に立った。
 ギルバート・デュランダル。まだ若い遺伝子学者であり、新評議員として選出されたばかりの人物だった。
「我々は実に多くの同胞を失った。いままた、彼等の罪を問い、死を持って購うことを望めば、プラントに未来はありません。
 いま、我々がすべきことは、咎を責めることではない。プラントの未来を築くこと。そのために不要な命など一つとしてないのです」 
 彼の言葉にプラント中が感動した。
 そして、彼、ギルバート・デュランダルは圧倒的な勝利を持って新議長となった。

 彼のこの演説がなければ、エザリアも、そしてイザークもいまこうして生きてはいなかったかもしれない。
 だが……。
 イザークが伴侶として選んだ少女、キラ・ヤマト。
 彼女がもたらした、たった一つの言葉が、再びプラントが暗雲に包まれていることを教えてくれた。
 いままでの体勢を払拭し、新しいプラントを作るはずの新政府によって……。
 評議員であった頃のエザリアならば、鼻にもかけず捻り潰したであろう情報。
 だからこそ、いまのエザリアは、それを……キラ・ヤマトの言葉を信じた。


 もともと、アイリーンとエザリアは仲が良かったわけではないから、その二人がコンタクトを取っているということを、知られないほうがいいだろう。
 新生評議会としては、旧評議員が集まっているなどと知れば、政権の再奪取を企んでるなどと思われかねない。
 まぁ、それに近いものがあるのかもしれないのだが……。
「そうだわ♪」
 エザリアは妙案を思いついた。
「パーティーをすればいいのよ」
 息子と、その可愛らしい恋人は先日正式に婚約をした。
 そのお披露目ということにすればいいのだ。
 エザリアは鼻歌を歌いながら、当事者にも内緒で準備を進めることにした。

 だが、エザリアの目論見はうまくいかなかった。






「イザークッ! 大変だッ!」
 ディアッカが軍本部の執務室へ慌ただしく駆け込んでくる。
「騒々しいッ! もう少し静かにできんのか、貴様はッ!」
 どっちが騒々しいのか、と思いたくもなる声で怒鳴られるが、いまはそれどころではなかった。
「イザークだって、黙ってらんねぇって! これ、見てみ? テレビ・オン」
 執務室のテレビを勝手につけ、イザークに見せる。
『臨時ニュースをお伝えします。本日未明、ユニウス・セブン追悼式典のため、ユニウス・セブンへと向かっていたシャトルの行方が、突如途絶えました。現在、ザフト軍が周辺宙域の調査に向かっておりますが、まだ詳しいことはわかっておりません。また、このシャトルにはアイリーン・カナーバ元議長代行が団長として乗船しており、その安否が気づかわれます……』
「なんだと……?」
 クライン派の筆頭であったカナーバの死。
 母も、折を見て、キラに会わせるために連絡をしてみると言っていた。
 イザークは「何か裏がある」という気がしてならなかった。
「ディアッカ、いまプラントにいるクライン派を誰か知らないか?」
「あ〜? クライン派たって……」
 ディアッカは停戦間際にラクス・クラインらと共に戦ったとはいえ、主にいたのはアークエンジェルである。
 エターナルにいたのは、話し合いの時だけで、元々顔見知りだったものもいなかったし、特に交流することもなかった。
 知っているのは、バルトフェルド隊長ぐらいだが、彼はいまオーブにいる。
「ん? たしか……バルトフェルド隊長の副官だったヤツが、プラントにいたような……」
「名は? どういう人物だ?」
「えーっと、ダコスタ……そう、マーチン・ダコスタだ。クライン派の実動部隊の頭ってカンジで、ラクス嬢やバルトフェルド隊長に扱き使われてた。ザラ議長に拘束されたアスランを脱出させたのも、確かコイツの働きだって聞いたような……」
 そういえば、キラがプラントに来た時に、そんな名前を言っていたような気がする。
 それだけ、ラクス嬢も信頼していた人物だと考えられるだろう。
 バルトフェルド隊長の副官だったなら、それなりに優秀には違いない。しかも実動部隊を率いているならなおさらだ。
「ディアッカ、そいつと面識はあるか?」
「会っただけならイザークにだってあるぜ? 砂漠で……」
「それではダメだ」
 急進派だったエザリアの息子だということもある。
 それに、イザーク自身は、最後までザフトとして、あの戦場にいた。
 アークエンジェルにいた時に、顔を合わせたのかどうかもよくわからない。
 キラとのことも、相手が知っているのかわからないのだ。
「親しいってわけじゃねーけど、それなりに話はしたぜ? 紅着てたこともあるし、バスターがあったんだから、俺だってことぐらいは向こうもわかってるだろ」
「そうか。なら、ソイツと繋ぎを取ってくれ。会って、話がしたい。誰にも悟られるなよ?」
「ラジャー♪ って、俺、ソイツがいま、どこの隊にいるか知らねーぜ?」
 使えん奴だ、と言いたげに視線を動かし、イザークは端末を操作していく。
「軍本部勤務になってるな。開発局の資材部だ」
「資材部〜? そりゃ、また……」
 パッとしないところにいる、とディアッカは思う。
「仕方ないだろう。クライン派だということが知れているのだ。迂闊な部署にはおけんさ。最前線……というのも、いまはないしな」
 ディアッカは元々クライン派というわけでもなく、紅を剥奪されただけで済んだが、そのダコスタという人物がしたことは、それなりにザフトに混乱を与えている。
 クライン派がどうというよりは、そちらの方が問題だったのだろう。
「そうだな……。んじゃ、早速動きますか。急いだ方がいいんだろ?」
「あぁ、頼んだぞ」
「任せなさいって!」
 自信満々にディアッカは部屋を出て行った。
 飄々としていい加減なところもあるが、案外ディアッカはこういうことに向いている。
 今夜にでも朗報が聞けるだろう。
 イザークは、安心して執務に戻った。






 その日の夕方、イザークはディアッカとともに、住宅街の中にあるレストランへと来ていた。
 会いたいと言ったイザークにダコスタが指定した店だ。
「どういう店だか調べたか?」
「当然。こじんまりとした南仏家庭料理の店だ。常連客もいて、経営はまぁまぁってトコ? ちなみに、そこの息子はザフトだったけど、砂漠で亡くなっている」
「上等だ」
 その息子もクライン派だったのだろう。でなければ、指定する必要がない。
「お、この店だな」
 中は6卓だけの本当にこじんまりとした店だった。
 一番奥の壁際にある席に、案内され、ディアッカがメニューを見ながら注文をする。
 最初の料理が出て来たころ、隣の席に見たことのある顔が座った。
「お久しぶりですね、ジュールさんとは砂漠以来ですか。隊長になられたそうですね」
 ダコスタの方が年上ではあるが、イザークの方が格上であるため、改まった話し方である。
「あぁ」
 それだけ言うと、ダコスタは注文をし、黙り込む。
 イザークとディアッカも、食事をしながらたわいもない話をしていた。
 しばらくすると、ダコスタの方から話を切り出した。
「で、白服の隊長さんが俺に話とはなんなんです?」
「昼のニュースは知ってるな? あれを貴様達はどう思う?」
 別のテーブルから、ガタンと椅子を引く音がする。
(なるほどな……)
 ざっと店内を見回して、イザークは納得した。
 ダコスタがこの店を指定した理由が。
 いつのまにか、店内は満席になっていた。その全員がイザークを見ている。
 いま、この店にいるのは全員クライン派なのだろう。そのタイミングを待って、ダコスタは本題に入ったのだろう。
 はっきりとした言葉を言っていないのに、反応するのがその証拠だ。
 同じテーブルにつかなかったのも、外から見られて、珍しい顔合わせだと不審を抱かれないためだ。
(この様子じゃ外にも何人かいるな……)
「どう……とは?」
 ダコスタは、まだイザークを警戒しているようで、話に踏み込んではこない。
「まだ続報はないようだが、俺は何か裏があると思っている」
「裏……ですか?」
「あぁ。メディアがなんと伝えるかわからんが、おそらく事実とはかけ離れた物になるだろうな……」
「貴方は犯……何を知ってるんですか?」
「実行したのが誰か、ということなら知らない。だが指示したのは、十中八九デュランダル議長だ。確証はないがな」
 店内が一斉に息を飲んだ。
 無理もない。現職の最高評議会議長に喧嘩を売ろうとしているのだから。
「なぜ、そう思うんです?」
 ダコスタは慎重にイザークの意図を伺ってくる。
「ギルバート・デュランダルはシーゲル・クラインの意思を後継するものとして、一躍表舞台に出て来た。が、そんな事実はない。そうだろう?」
 ダコスタはまだ何も言わない。
「カナーバ女史ならば何か知っているだろうと思って、キラと会わせる算段をしていた。その矢先にこれだ」
「ちょっと待って下さい! キラって、キラ・ヤマトのことですか? なんで彼女が? 彼女はいま、ラクス様とオーブに……」
 これには、イザークもディアッカもびっくりした。ダコスタがキラがプラントにいることを知らないとは思っていなかったのだ。
「ラクス嬢から聞いてないのか? キラはラクス嬢の代わりに、議長の思惑を掴むため……場合によってはそれを阻止するため、ザフト入隊を希望した。いまはアカデミーにいる」
「俺やニコル、俺達の親もキラの味方だぜ?」
「え? え? ニコルって、ニコル・アマルフィのことですか? だって、彼は戦死したんじゃ……」
「生きてたんだよ、オーブでな。キラと一緒にこっちに来て、いまは俺と一緒でコイツの下さ」
 ダコスタという青年は、大きく溜息をついた。
「はぁ〜、隊長もラクス様も、どうしてそういう大事な事を知らせてくれないんだか……。そういう事なら、話は早いです。で、俺達に何をさせたいんです?」
 頭を切り替えたらしく、ダコスタは一気に話を進めた。
「カナーバ邸の様子を探って欲しい。俺のカンが正しければ、あちらも行動を起こし始める」
「俺達だけじゃ手が足らないんだよね〜」
 ジュール隊の隊員を使う訳には、まだいかないのだ。
「しかし、変わりましたね〜、ジュールさんは。砂漠でお会いした時とは、まるで別人ですよ」
 尊大な態度は相変わらずだが、とダコスタは思う。
 イザークにしても、相手がディアッカなら怒鳴りつけるところだが、ダコスタが相手ではそうもいかない。
 格下とはいえ、部下でもない年下の相手なのだ。
「そりゃやっぱ、姫のおかげでしょ」
「姫というのは、キラさんですか?」
「そうそう。コイツ、姫にベタ惚れだから。婚約までしちゃったしね」
「えぇーッ!?」
 いつの間にそんな事に……と呟くダコスタは、停戦後のアークエンジェルのことを全く知らなかったのだった。
「何かわかったら、俺のプライベートアドレスに連絡をくれ」
 イザークはメモを置くと、席を立ち、支払いを済ませて、店を出て行った。






 キラはアカデミーの食堂で、カナーバの死を知った。
(なんで……? 誰が……?)
 情報は少なく、真実が掴めない状態は、苛立ちだけが募る。
 いつもなら、パソコンを使い、非合法な情報収集をするのだが、パソコンの持ち込みは禁止されていたため、手元にない。
 あるのは、情報処理に使うパソコンだけだ。
(あれ、ネットワーク繋がってたよね……? なら、なんとかなるかな……)
 問題はいつやるか、だ。
 深夜に教室に忍び込むのは、かえって危険だろう。
 ならば、授業中に……。
 そこまで考えたところで、館内放送が流れた。
『キラ・ヤマト、通信室まで出頭せよ』
 考え事に没頭していたキラは全く気付かず、ティナに肘で小突かれて、ようやく我に返った。
「キラ、何やってんの。呼ばれてるわよ?」
「え? あ、僕行って来る。あと、よろしく!」
 慌てて席を立ったキラの背中に、ティナは声をかけた。
「通信室はロビーの横だからね! 迷子になっちゃダメよ〜」
「わかってるよ!」
 寮生活ももう3ヵ月。いくらなんでも、もう寮の中では迷子にならない。
 と、初日に迷子になったキラは思うのだった。
「キラ・ヤマト、出頭しました」
 モニターに向かって言うと、寮監が応じて来る。
『イザーク・ジュールより緊急通信だ。彼の希望により記録は残さないが、手短に済ませるように』
「イエッサー」
 敬礼を返すと、モニターにイザークの顔が映し出された。
「キラ、時間がないから用件だけを言う。カナーバ女史の件は聞いているだろうが、お前は何もするな」
「そんな……ッ!」
 そうキラが答えると、イザークは溜息をついた。
「やっぱり、だな……。またハッキングするつもりだったろう?」
「あ……」
 ずばり言い当てられて、キラは口を噤んだ。
「この通信を入れてよかった。全くパソコンもなしで、どうするつもりだったんだ?」
 正直に白状しろ、とイザークの視線が詰め寄る。
「情報処理室のを……」
「馬鹿者ッ!」
「ごめんなさいッ!」
「とにかく、この件は俺が動く。わかったな?」
「……はい」
 納得はできないけれど、イザークの言う通りにするしかなかった。
 キラの様子に、イザークはまた溜息をつく。
 こちらの動きを伝えておかなければ、まだ無茶をしそうなのだ。
「マーチン・ダコスタと接触した。この件は、あちらと連携する」
「ダコスタさんと?」
「あぁ。キラがプラントに居ることは知らなかったらしい。バルトフェルド隊長もラクス嬢も、何も知らせてくれなかったと嘆いていた」
「ハハハ……」
 3人の関係は相変わらずらしい、とキラは渇いた笑いを漏らす。
 その時、モニターの隅に、そろそろ通信を終了するよう、サインが出た。
「お前が戻って来た時にわかったことを教えてやる。メディアを鵜呑みにするなよ?」
「わかった」
 イザークがそう言うということは、やはり新政府が絡んでいるのだろう、とキラは思う。
「じゃあな、キラ。待っているから頑張るんだぞ」
「うん……。あの、イザーク!」
「なんだ?」
「気をつけて……」
「わかってる。キラ、愛してる」
 僕も、と応えようとしたところで、プツンと通信は途切れた。
 キラは暗くなったモニターに、呟いた。
「僕もだよ、イザーク。だから危ないことはしないで……」
 キラは胸元のリングをギュウッと握り締めた。






 数日後、イザークのプライベート回線にダコスタからのメールが届いた。
 見掛けはなんの変哲もない内容の暗号メールである。
 解析の結果、日時と場所が浮かび上がる。
 指定された場所は、廃墟となったビルだった。
「こんな場所ですみませんが、話が話ですから」
 あのイザーク・ジュールがこんな場所に来るなんて……と、ここを指定した当のダコスタでも信じられなかった。
「かまわん。で、何かわかったか?」
「はい。カナーバ邸は数日に渡って家捜しされてます」
 ダコスタが数枚の写真がパソコンのモニターに映し出された。
「こいつらが、実行犯か? 随分、若いな……」
 見たところ、15〜16歳の少年達ばかりだ。
「おそらく、見咎められた場合に、少年の悪戯で済ませようという魂胆でしょう」
「なるほど。それから?」
「彼らを指揮していたらしい人物がコレです」
 新たに1枚の写真が映し出される。
 その人物も、随分と若い。
「身許はわかってるのか?」
「まだです」
「そうか。この写真、借りても構わないか?」
「どうぞ。そちらは何かありましたか?」
「いまはまだ、パッとしないな。正規軍であの宙域にいた隊はない。ザフトの戦艦は全て航行管理局にチェックされているからな。正規軍でなければ、どうやってあの宙域まで行ったのか、そこを調べている最中だ」
「時間がかかりそうですね……」
「また、何かあったら連絡してくれ」
「わかりました」
 イザークは、踵を返し、そのビルから立ち去って行った。


 イザークは裏通りを考え込みながら歩いていた。
 もう一つ、気になることがあったのだ。
 それは、今回の状況が1年前のラクス嬢の時と酷似していること。
 何も知らない市民は、またしても連合の……ナチュラルの仕業かと思い込むのではないだろうか。
 ふと、イザークは思った。
「まさか……?」
 浮かんでしまった考えを払拭するように頭を振ったが、一度起きた疑念は消えてはくれなかった。 






 数日後、プラント政府からの発表により、追悼慰霊団のシャトル消失はエンジントラブルによる爆発事故であったことが発表された。
 
 そして、それ以後、なんら正式な発表は行われなかったのである。






ダコスタさん、登場。本編では、最終回まで会話のない二人ですが、この話では、こんな感じで。
心底意外そうでしたもんね、エターナルの方々。
そして、カナーバさんには申し訳ありませんが、こういうことになっていただきました。
種運命本編には、全く出てこなかったですが、どうなんでしょう?
『クラインの後継者』って、りゅうの思い過ごし?と思ってPHASE-1を見直したら、ちゃんと言ってますよね。
カナーバさんが認めるわけないと思うんですが……。すでに存在を抹消されてるとか???


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