Moon Soldiers 第2章

第2話 つかのまの休日


 キラはジュール邸の前で困惑していた。
 アカデミーに入って2ヵ月。初めての休暇で、このアプリリウスに戻って来たのだ。
(う〜、なんて言って入ればいいんだろ……。『お邪魔します』ってのも変だし……『ただいま』ってのは……)
 厚かましい気がしてならない。
「何をやってるんだ、お前は」
 背後から声がしてキラは振り返る。
「イザーク」
「ほら、さっさと入れ。でないと、俺が入れないだろう?」
 イザークはキラの背中を押しながら、中へ入った。
「どうせまた、くだらんことを考えていたんだろ?」
「……………」
 その沈黙は肯定を意味してしまう。
 キラにとってはくだらない事ではなかったが、イザークに言える事ではなかった。
「まったく、お前は……」
「……ゴメン」
「謝ることなどない!」
 イザークはキラを抱き寄せ、優しく髪を撫でる。
「もっと自信を持っていいんだ、キラ。それとも何か? 自信が持てないのは、俺の愛が足りないせいか?」
「え?……アッ……」
 イザークはさらに強くキラを抱きしめ、深く口づける。
「貴方達……」
 エザリアの呆れた声と、ハァーという溜息が聞こえ、キラは慌ててイザークから離れた。
 だが、イザークの腕はキラを離さない。
「帰ってきた音がしたのに、ちっとも入って来ないと思ったら……。イザーク、私だってキラとお話したいのよ。後にしてちょうだい、そういうことは」
 問答無用でエザリアはキラを連れて行く。
 イザークも仕方がないかと諦めて、二人の後を追った。
 テラスでお茶を飲みながら、離れていたあいだの事を話す。
「どうだ、アカデミーは?」
「うん、なんとかこなして……るかな?」
 キラの優秀さは、イザークの耳に入っていた。
 こなしているなんてもんではない。キラは間違いなく紅を着るだろう。
「友達もできたよ。イザーク達みたいな感じじゃないけど……。ルームメイトのティナは、ちょっとミリィに似てるかな」
 楽しそうに話すキラの顔を見ながら、イザークはあることを考えていた。






 翌日、朝食の席でイザークがキラに言った。
「まだ、アプリリウスすら満足に案内してなかったな。今日は一緒に出掛けよう」
 キラより先にエザリアが反応した。
「ズルイわよ、イザークだけ。私だって、キラと出掛けたいのに……」
「母上」
 ジロリと息子に睨まれてエザリアは面白くなさそうにふて腐れた顔をする。
「はいはい。わかったわよ、お邪魔はしないわ。でも……」
 ふて腐れた顔から一遍、楽しげな顔に変わる。
「デートならおめかししなくっちゃね♪」
「え? あ、エザリア様?」
 食事もそこそこに、キラはズルズルと引きずられて行った。
 そして1時間後、キラはうっすらとメイクを施され、髪もふんわりとカールされ、エザリアが選んだらしい淡い紫色のワンピースと銀色のミュールという出で立ちで出て来た。
 まるで綿菓子のようだった。
 キラの私服といえば、プラントに来た日に見た、黒いジャケットとミニスカートだけだったイザークは、あまりの変身ぶりに言葉もなく見惚れていた。
「イザーク……?」
 不安そうなキラの声に、ようやく我に返ると、キラは泣きそうな顔をしていた。
「変……だよね、やっぱり。僕、着替えて来る」
「ま、待て!」
 踵を返して部屋に逆戻りしようとするキラを、イザークは慌てて捕まえた。
「着替えなくていい。よく似合ってる。すごく綺麗だ」
「いいよ、お世辞言わなくても」
「本当だ、キラ。第一、俺はお世辞など言える性格じゃない!」
 それはそれで威張って言う事ではないのだが、キラが機嫌を直してくれるなら、なんでもよかった。
「イザーク、本当?」
「あぁ。あんまり綺麗なんで見惚れてただけだ」
「そうよ、とっても可愛いわよ。イザークが無骨なのが悪いの。さぁ、行ってらっしゃい。でも、夕食は一緒にしましょう。イザーク、6時にバルザックにしましょう。予約を入れておくわ」
「わかりました」
「行ってきます、エザリア様」
 仲睦まじく出掛ける二人を見送ると、エザリアはなにやら意味ありげに微笑んだ。






「キラ、プラントで行きたいところはあるか?」
 あるといえば、ある。だが、それをイザークに言ってしまっていいものだろうか?
 躊躇うキラに、イザークは溜息をつきながら言った。
「お前がそういう顔をするということは、アスランに関係してると言うことだな……」
 ますます恐縮するキラをナビシートに押し込み、イザークはエアカーを発進させた。
「アイツとキラが幼なじみなのは事実だ。あのバカが邪魔に来るのでなければ、俺は気にしない」
「イザーク……」
「わかったなら、行きたい場所を言え」
「あのね……レノアさんのお墓に……」
 イザークはわかったとだけ言って、エアカーを走らせた。
 途中で花を買って、宇宙港から定期シャトルでユニウスセブン・メモリアルパークへと向かう。
 パークがあるのは、24万3721人の犠牲者を弔うに、新たに作られたコロニーである。
 人も暮らしてはいるが、それはごく僅かだ。
 見渡す限り続く墓碑に、キラは思わず息を飲んだ。
「これが全部ユニウスセブンの……?」
「あぁ」
 イザークも実際に自分の目でここを見たのは初めてで、その光景に言葉を無くしていた。
 プラント一基分の死者がいるのだから、相当な数だとは思っていたが、実際に目にすると言葉も出なかった。
「こんなにたくさんの中からレノアさんを探せるのかな……」
「それなら心配ない」
 イザークはキラの手を取り、管理事務所へと向かった。
 事務所の端末にレノア・ザラの名を入力すると、区画番号と場所が表示される。
「かなり離れているな。エアカーを借りよう」
 イザークは端末を操作して、手続きをした。
 レノアの墓は緩やかな斜面にあった。
 花を捧げ、キラは祈る。
 二度とこんな悲劇がないように……と。
 自分がプラントへ来た意味など、なければいい。
 それは、キラの心からの願いであった。
「僕ね……レノアさんに会ったんだ、ユニウスセブンで」
 それがアークエンジェルにいた時だということは、イザークも知っている。
 だからこそ、何も言わずにキラの話を聞いた。
「あんな寒くて寂しい場所に、この人達はまだいるんだよね……。いつか、みんなをここに……、この暖かくて優しい場所に眠らせてあげたい」
 イザークはキラの肩を抱き、優しく頭を撫でた。
「そうだな。俺も力になる。ディアッカやニコルも力になってくれるだろう」
「ありがとう、イザーク」
 二人はもう一度レノアの墓に祈りを捧げた。

「ねぇ、イザーク……」
 キラは神妙な顔でイザークに尋ねた。
 キラにはどうしても聞いておきたいことがあったのだ。
「なんだ?」
「ラスティ・マッケンジーさんのお墓はどこにあるの?」
「キラ!? どこで……その名前を?」
 イザークはキラがラスティの名前を知っていることに驚いた。
「アカデミーで……。その人とイザークとディアッカ、ニコル、そしてアスランの5人のことを教官が『伝説の5人』って呼んでたから。5人一緒にクルーゼ隊に配属されたって聞いた。初陣で亡くなったって……」
「……その通りだ」
「僕が……したの……?」
「キラッ!」
 イザークはそう叫ぶと、キラを抱き締めていた。
 ラスティの最後を、イザークは知らない。
 その時、キラがどういう状況だったのかも……。
 だが、どうであれ、イザークはそのことでもう負い目を感じて欲しくはなかったのだ。
「教えて、イザーク……」
 イザークはキラを抱き締めたまま、話し始めた。
「俺もどういう状況だったのか、詳しくは知らない。G奪取の途中で別行動となって、奴はアスランとともにモルゲンレーテに行って……………帰ってこなかった」
「……そう」
 キラがアスランに出会った時、すでにアスランは一人だった。
 では、あの銃撃戦の中で、命を失ったのかもしれない。
 だからといって、キラのしたことが消えたわけではない。
 いま、キラを抱き締めてくれるイザークの仲間に、銃を向けて来たことは確かなのだから……。
「気にするな、キラ。ニコルもキラを許した。奴らだとて、キラを知れば許してくれる。許さぬというなら、俺がぶん殴ってやる」
「イザーク……」
 無茶苦茶な言葉だが、それがイザークの優しさであることをキラは知っている。
「ありがとう……。いつか、ラスティさん達のお墓にも連れていってくれる?」
「キラ?」
 これだけ言ってもダメなのだろうか? と、イザークはキラを見下ろした。
「ちゃんと聞きたいんだ。こんな僕でもイザークの隣にいていいですか? って」
「そんなもの……。奴らがなんと言おうと、俺はキラを手放すつもりなどないぞ」
 イザークは一層きつくキラを抱きしめると、その柔らかい唇にキスを落とした。






 アプリリウスに戻り、イザークは市内をエアカーで走る。
「どこに向かってるの?」
「さぁな」
 イザークは楽しそうに笑うだけで、何も教えてはくれなかった。
 エザリアの言っていた時間には、まだかなり早い。
 だから、別の場所に向かっているのだと思うが、土地感のないキラにはさっぱりわからなかった。
 時折、窓の外を通り過ぎる建物を指差し、「あれが評議会ビルだ」とか「この図書館はいい蔵書が揃ってる」とか教えてくれる。
 やがて、着いた場所にキラは見覚えがあった。
「あれ? ここって……、エザリア様の会社……だよね?」
「来たこと、あるのか?」
「うん。アカデミーに入る前。エザリア様にあっちこっち連れ回されて……。あ、ちょっと、お手伝いもした」
「手伝い?」
「うん。情報の一元化がしたいって、ネットワークとシステムの構築することになったんだ」
「母上……」
 イザークの眉間に皺がよった。
「エザリア様は報酬をくれるって。僕はいらないって言ったんだけど、エザリア様がビジネスはビジネスとして、ちゃんとしなきゃダメって」
 キラの才能について聞いたエザリアが、息子の恋人をいいように使ってる訳ではないとわかったが、まだ何か企んでいる気がしてならない。
 そのイザークのカンは外れていなかったことを知るのは、かなり先のことだった。
「まぁいい。キラのやりたいようにしろ。だが、無理はするなよ?」
「わかってる」
「さて、俺が用があるのはここだ」
 イザークに腕を掴まれて入った店は、ジュエリーショップだった。
 その片隅にあるファッションリングのコーナーへ、キラを連れて行く。
「好きなものを選べ」
「へ?」
「これで俺の婚約者だという自覚と自信が持てるだろう?」
 イザークは意地悪い笑みを浮かべていたが、キラは俯いてしまった。
 自分の態度で、イザークに気を遣わせてしまった。傷つけてしまったのかもしれない……と。
「ごめんなさい、僕……」
 キラがそう言うと、すかさず拳が飛んできた。コツンと頭に優しく当てるだけだが。
「ったく、お前というヤツは……」
「でも……」
「つべこべ言わずに選べ。選べないなら、俺が選んでやる」
 キラは慌ててショーケースを覗いた。
 イザークのセンスを疑っているわけではないが、任せるとどんなものになるのかわからない。
 なにしろ価値観……というか金銭感覚が違いすぎるのだ。
 イザークの瞳は、そんなキラを優しく見つめていた。
 キラに足りないのは、愛されてる自覚や自信ではない。
 連合に荷担していた負い目を払拭することでもない。
 女として、いかにキラが魅力的であるか自覚することだ、とイザークは思う。
 それがないから、愛される理由がわからず、いつまでも遠慮しつづけるのだ。
 ごく最近まで、男として生活していたのだから、致しかたない部分もあるのだろうが、いい加減気付いて欲しいと願うイザークだった。
「決まったか?」
「……うん、一応」
「どれだ?」
 キラはショーケースの中を指差す。
 シンプルなプラチナのリングだが、波形を描くデザインと埋め込まれた小さなサファイアがアクセントになっていた。
 イザークは早速店員を呼んで、指輪を注文した。
 しばらくすると、店員がビロード張りのトレイを持ってやってきた。
 トレイの上には、キラが選んだリングが2つ乗っている。
 その小さい方をイザークは手に取り、キラの左手の薬指へと嵌めていく。
 キラは真っ赤になりながら、自分の指に嵌まっていく指輪を見ていた。
「ありがとう、イザーク……」
 いままで指輪に興味などなかったが、大好きな人から貰ったそれは、キラにとっても特別だった。
「ねぇ、もう一個のは……?」
「これか? これは……」
 イザークがもう一つの指輪を手に取り、キラの目の前に持ってくる。
「キラ、嵌めてくれるか?」
 よく見ればそれは、キラの指に嵌まったものと同じもので、サファイアの代わりにアメジストが埋め込まれていた。
「え、あの……ごめんなさい」
 本当なら、それはキラが用意するべきのものだ。
 だから『ごめんなさい』と言ったのだが。
「嵌めてはくれないのか……」
 イザークの声が硬くなった。
「え? あ、違うッ! そうじゃなくてッ!」
 イザークがトレイに指輪を戻そうとしているのを、キラは慌てて掴んだ。
「ごめんね、イザーク。僕、気付かなくて……。この分は僕が支払うから」
「気にするな。俺がキラと揃いで持っていたかっただけだ」
「でもッ!」
「いいから。俺の顔をたててくれ」
 そうまで言われてしまえば、キラもこれ以上は言えなかった。
「嵌めてくれるのか?」
「うん……」
 キラはイザークの手を取り、指輪を嵌めていった。
 次の瞬間、店員達から拍手がおこった。
 キラは恥ずかしさのあまり、両手に顔を埋めてしまった。
「イザーク様、これからもよろしくお願いしますわ」
 ニッコリと微笑みながら、店員がイザークに小さな紙袋を渡す。
「?」
 指輪は手元にあるのに、なぜ?とキラが頭を傾げる。
「あぁ、普段は嵌めておけないだろう? だから、チェーンネックレスを買ったんだ」
 アカデミーでも、軍でも、アクセサリーは禁止されている。
 だが、唯一ネックレスやペンダントの類だけは、許されていた。
 ドッグタグを下げるのだし、一つだけなら認められている。
 家族の写真を入れたロケットやお守りなどを規制できるほど、軍も非情ではなかった。
「さ、母上との約束に遅れないように急ぐぞ」
 先程、拍手で祝われてしまった二人は、逃げ出すように、店を後にした。






 エザリアが指定した『バルザック』という店で、二人は個室へと通された。
 すでにエザリアは席についていて、二人は向かい側の席に並んで座った。
 軽い食前酒の後、美味しい料理が次々運ばれてきて、楽しい一時を過ごす。
 そして、食後のコーヒーとデザートが運ばれてきた時だった。
「キラ」
 神妙な顔をして、イザークはキラを見つめていた。
「これを……受け取ってくれないか?」
 イザークが差し出したビロード張りの小さな箱には――何カラットあるのだろう――大きなダイヤモンドが、少し小さめなダイヤモンド2つと可愛らしくデザインされた指輪が鎮座していた。
「イザーク!? これ……何?」
「婚約指輪だ。キラと正式に婚約したい」
「え……」
 もう充分すぎるほどしてもらっているのに……。
 それでなくても、指輪ならさっき買ってもらったばかりだ。
 キラにはこれで充分だった。
 イザークの気持ちは、ちゃんと貰っている。
 だいたい、こんな豪華絢爛な指輪……いったい幾らするのだろう?
 それを考えると、キラは卒倒しそうだった。
「これでは不服だったか?」
「え?」
「キラが受け取ってくれないのは、この指輪では不服だからなのだろう? もっと大きなものがいいのか?」
「えぇッ?」
 キラは慌てて頭を振った。
「違うよッ!」
「じゃあ、俺に不服なのか?」
 キラはさっきよりも大きく頭を振る。
「イザークに不服なんて、あるわけないッ!」
 その言葉に、イザークは密かにホッと胸を撫で下ろした。
「なら、どうして受け取ってくれない?」
「だって……こんなスゴイ指輪、僕にはもったいないよ。さっき買ってもらった指輪で充分だし……」
「それとこれとは意味合いが違うだろうが」
「ほんとに、僕でいいの? だって……僕、何も出来ないよ」
 料理も、掃除も、洗濯も、みんな母親任せできてしまった。
 アークエンジェルの中では、食堂があったから料理はしなくて済んでたし、掃除や洗濯はミリィがあれこれと面倒を見てくれていた。
 ラクスとオーブで暮らしている間は、全部自動調理器と乾燥洗濯機に頼っていたし、掃除は全面的に業者に頼んでいた。
「ならば尚更だ。ジュール家に嫁げば、家事などしなくて済む!」
 そういう問題……なのだろうか?
 確かに、ジュール家には、家事一切を仕切っている人がいる。
 でも、それで本当にいいのだろうか?
 黙って……というか、ニヤニヤしながら二人の様子を見ていたエザリアが、ニッコリ微笑んで口を挟んだ。
「私も家事はできないわよ。前に一度、お料理をしてみたんだけど、キッチンが半壊してしまって……」
 余りにも凄すぎる
(半壊……って、母上……。いったい何を作るつもりだったんですか?)
 と、息子であるイザークですら思わないでもなかった。
 が、いまはそんなことはどーでもよくて。
「キラ、受け取ってくれるのか、くれないのか、どっちなんだ?」
「えっと、だから、その……」
 キラのことに関しては、少しは気が長く持てたはずのイザークも、この期に及んでハッキリしないキラに、つい声が荒げる。
「キラッ!」
「あのッ、よろしくお願いしますッ!」
 勢いでペコリと頭を下げるキラに、イザークは「よし」と頷くと、キラの手を取りその指輪を嵌めていった。
「オーブと行き来ができるようになったら、キラの両親に会いに行こう」
「……うん」
「おめでとう、イザーク。キラ、イザークをよろしくね?」
 エザリアはニッコリ微笑む。
「え、あの、僕こそ……よろしくお願いします」
 今度はエザリアに向かって、ペコリと頭を下げる。
「二人の未来に乾杯しましょう♪ でも、コーヒーじゃ様にならないわね……」
 エザリアは、ウェイターを呼んでさっさとシャンパンを頼む。
 テーブルの上では、忘れ去られたデザート皿のアイスクリームが、すっかり溶けてしまっていた。






イザークとキラ、正式に婚約……ということになりました。
二人のデートって、映画とかショッピングとかじゃなくて、穏やかな時間を二人で過ごす……って感じだと、
りゅうは思うんですけどねぇ。少なくとも、この話の二人は……。


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