Moon Soldiers 第1章

第6話 ある日のオーブ


 キラがプラントに旅立って、一週間が過ぎた。
 一人暮らしとなったラクスだが、それなりに楽しく暮らしている。
 歌を歌い、本を読み、プラントにはない本物の自然を感じて。
 時には、マルキオ導師の元を訪れ、子供達と過ごしたり。
 カリダと共に、ショッピングを楽しんだり。
 そして、いまはキラがよく座っていた窓際に置かれた椅子に座って、潮騒の音を楽しんでいた。
「「キラ〜〜〜〜〜ッ♪」」
 その声が聞こえた瞬間、ラクス・クラインの静寂な午後の一時は終わりを告げた。
 バタンという大きな音を立てて開いたドアから現れたのは、ここオーブの代表首長であるカガリ・ユラ・アスハと元婚約者であるアスラン・ザラだ。
「カガリ様、人の家に断りもなく立ち入るのはよろしくありませんわ」
「あ、すまない。でも、早くキラに会いたくてな」
「そういう問題ではありませんわ。アスラン、貴方がついていらっしゃるのですから、もう少し、きちんとさせてくださいな」
「あいにく私の仕事はカガリのSPであって、教育係ではありませんので。それに、今日は午後から非番です」
「あら、そうなんですの? でも、カガリ様についていらしたじゃありませんか」
「たまたま行き先が同じだっただけです」
 ラクスとアスランがそんなやりとりをしている間に、カガリは奥へ入ってキラの部屋をノックする。
「おーいキラ、私だ。お前の姉さんだぞ? 今日はもう予定はないから、一緒にどこか行かないか? そうだ、海洋公園でイルカのショーでも見よう! キラ、そういうの好きだろ?」
 それを聞いたアスランも慌ててキラの部屋へ向かう。
「カガリ、何を言うんだ! 代表首長たる君が、事前連絡もなしに行ってみろ! 街中がパニックになる」
 カガリを叱りつけ、一つ深呼吸すると、今度は優しい声でキラの部屋へ向かって話しかける。
「キラ、俺だよ? キラの好きなチョコレートケーキを買ってきたんだ。一緒に食べよう? それに、夕食にロールキャベツを作ってあげようと思って、材料も買ってきた。この前会った時、キラ、また痩せたみたいだったからな。たまには、自動調理器が作ったもんじゃないものを食べた方がいい。教えてあげるから、一緒に作ろう?」
「アスラン、お前、餌で釣ろうとは、卑怯だぞ!」
「はぁ? 何を言ってるんだ。人の家に訪問するのに、手みやげは常識だろう?」
 常識を語るなら、アポイントもなしに押し掛けるのはどうかと思うラクスであったが、二人の言い争いに巻き込まれるつもりはないので、口を閉ざしたままでいる。
「キラ、私と一緒に出かけよう! な?」
「何を言う、カガリ。キラは俺と一緒にお茶して、ロールキャベツを作るんだ! そうだろ、キラ?」
 依然として、キラの部屋のドアが開くこともなければ、声すら聞こえてこない。
「キラ、どうした具合でも悪いのか?」
「ひょっとして、倒れてるんじゃ……。キラは身体が弱いから……」
「もし、手遅れにでもなったら大変だ。よし、入るぞ!」
 二人は、せーのっ!と声を揃えて、ドアに体当たりをかます。
(そんなことをしなくても、鍵などかけておりませんのに……)
 ノブを捻るだけで、ラクスですら開けられるドアを、二人はものの見事にブチ破ってくれた。
(修理代はオーブ政府に請求すればよろしいのかしら……?)
 そんなラクスの心中を知らず、二人はキラの部屋に入り、キラがいないことを知ると、ラクスの元へ駆け寄ってきた。
「ラクス、キラをどこに隠したのです?」
「隠してなどおりませんわ。出かけているだけです」
 ちょっとプラントまで……とは、もちろん言わない。
「出かけているって……、いつ帰るんです?」
「そう言えば、聞いてませんでしたわね……。しばらく戻れない、とは言ってましたけど……」
「なんだと!? ラクス、通信を借りるぞ」
 カガリはラクスの返事を待たず、通信機に手を伸ばす。
「ラクス、貴女がいながらなぜ? キラに何かあったら、どうするんです?」
「アスラン。大丈夫ですわ、キラは」
「何を根拠に……」
「アスラン!」
 さらにラクスを問い詰めようとしたアスランを、カガリの言葉が遮った。
「渡航局のデータを調べてもらった。キラが国外に出た形跡はない」
「そうか。なら、まだオーブにいるな。よし、港と空港は封鎖しろ。出国ゲートでチェックするんだ。俺たちはキラが行きそうなところをしらみつぶしに当たる」
 カガリは再び渡航局へ通信を繋ぎ、アスランが言ったように指示を出す。
「お二人とも、なぜキラを探すのですか?」
「「決まってる。一緒に暮らそう、と説得するんだ」」
 それだけのために、ここまで……とは、ラクスは思わない。やると決めたらもっと大胆なことをするラクスには、そんなことは過りもしない。
 ただ、本当のことを教えてあげる気にもなれなかった。
「キラが望んでいないのに?」
「「そんなことはない。キラは照れているだけだ!」」
 ―――キラは私の実の妹なんだから。
 ―――本当の兄弟以上にずっと一緒だったのだから。
 二人とも、キラが自分を選ぶと信じて疑わない。
「キラはすでにイザーク様を選んでますのに……」
「「何か言ったか、ラクス?」」
「いいえ」
「「ならいい。邪魔したな、ラクス」」
 二人は先を争うようにして、出て行った。
 後には、アスランが持ってきたチョコレートケーキとロールキャベツの材料が残された。
「ちょうどよかったですわ♪ こちらのケーキは、後で私が頂きますわ。こちらの食材は……カリダ様にお願いするしか、ありませんわね。カリダ様のロールキャベツは本当に美味しいのですもの、私もまた頂いてみたいですし♪」
 ラクスはケーキを冷蔵庫にしまうと、通信機でヤマト家に連絡を入れた。






 千客万来というのだろうか。
 アスランが持ってきたケーキを食べようとしていたところに、来客を告げるインターフォンが鳴った。
「よぉ、歌姫。ご機嫌麗しくお過ごしですかな?」
 アンドリュー・バルトフェルド。『砂漠の虎』という異名を持つザフトの名将であったが、ラクスに加担し、いまはラクス同様、このオーブで隠遁生活を送っている。
 ドアを開けて、招き入れようとすれば、彼には連れがいた。
「お久しぶりね、ラクスさん。突然、お邪魔してゴメンナサイ」
 マリュー・ラミアス。連合軍の士官で、アークエンジェルの艦長であったが、アラスカでの連合のやり方に憤慨し、艦ごと軍を抜け、ラクス達と共に戦った仲間である。脱走兵の時効はないため、現在はマリア・ベルニスという偽名を使ってモルゲンレーテで働いている。
「おいでいただいて、嬉しいですわ。いまは、私一人ですから、少し退屈しておりましたの。それに、このチョコレートケーキ。一人で食べるには量が多すぎますでしょ?」
 ラクスは手にしていたケーキの箱を二人に見せた。
「確かに一人じゃ食いきれんな。だが、少年がいるだろ?」
「バルトフェルド隊長、キラは女の子ですわよ?」
「あ〜、わかっちゃいるが、ずーっとそう呼んできたからなぁ〜。いまさらなんて呼べばいいんだ?」
「『キラ』でよろしいじゃありませんか」
 二人のやりとりに、マリューがクスクスと笑い声をあげる。
「仕方ないですわ。私も、まさかキラ君が女の子だったなんて、アラスカで再会するまで、知らなかったんですもの」
 キラは男の子としてヘリオポリスで生活していた。
 ちょっとした手違いだったのだが、キラはあえてそれをそのままにしていたのだ。
 両親もそれを黙認した。
 オーブが中立国とはいえ、年々悪化するナチュラルとコーディネーターの対立に懸念を感じていたからだ。
 女の子としては高い身長、ちょっと低めのアルトヴォイス。
 誰もがキラを男の子と信じて疑わなかった。
 それなりに成長した胸元は、プロテクターで隠した。
 アークエンジェルに乗ってからは、その方が都合がよかったから、なおさらだった。
 たった一人のコーディネーターで、しかも女の子となれば、どういう事態になるか目に見えているから。
 ところが、瀕死の傷を受けて、プラントに連れて行かれたあと、ラクスにプロテクターを取られてしまった。
 オペレーション・スピットブレイクが発動され、アラスカに戻ることにした時にも、返しては貰えなかった。
 キラは仕方なく、そのままの姿で再会することとなり、みんなを驚愕させたのだった。
「初めて会った時、やたらと綺麗な少年だとは思ったんだけどなぁ〜」
「私もよ。コーディネーターと聞いて、納得しちゃうぐらいにね」
「で、少年……じゃなかった、キラはどうしたんだ?」
「キラはあそこですわ」
 ラクスは窓の外、雲一つない空を指さす。
 肉眼では見えないけれど、その方向にはプラントが浮かんでいるハズで。
「あの坊ちゃんトコか?」
 バルトフェルドの言う『坊ちゃん』とは、もちろんイザークのことである。
「それもありますけど……。キラは、ザフトに入るために行ったのですわ」
「ザフトに!?」
 驚愕の声を上げたのは、マリューだ。
 ムリもない。戦時中、アスランに誘われても断り続けたキラが、最後まで自分の道を貫き通したキラが、ザフトに入るなど考えられなかったのだ。
「はい。キラは私のために……」
「何があった?」
「お話しなくてはなりませんわね。いま、紅茶を入れて参ります。長い話になりますので……」
「あ、いや。ちょっと待った! 俺がいれるから、コーヒーにしてくれ」
 バルトフェルドのコーヒー好きを承知している二人は、すんなりと頷いた。
 コーヒーとチョコレートケーキを口にしながら、ラクスはいままでのことを話した。
「そう。それでキラ君は、ザフトに……」
「で、歌姫はどうするんだい?」
「いまはまだ、何がどうという訳ではありません。でも、このまま何事もなく済むとも思えません。いずれ、私達も動かねばならない時が来るでしょう。その時のための準備は必要ですわ」
「では、俺達も動きますか」
「そうね。しなくてはいけないことが山のようにあるわ」
 話が一段落したところで、またもやインターフォンが来客を知らせた。
 やってきたのはカリダだった。
 バルトフェルドとマリューも、カリダが作ったロールキャベツの相伴に預かり、4人でテーブルを囲む。
「そう言えば、今日、アスラン君とカガリさんが来ました。『キラが来ませんでしたか?』と聞かれて……」
「なんとお答えになりましたの?」
「今日は来てない、とだけ。そうしたら、また、飛び出していかれました」
 嘘は言っていない。
 だが、本当のことも言っていなかった。
「あのお二人も困りましたわねぇ……」
 ラクスは深い溜息をつく。
 あの二人が嫌いだとか、そういう理由でキラから遠ざけているわけではない。
 キラを大切に思っていることは、ラクスだとて充分承知している。
 ただ、自分がキラを思ってしていることを、キラも望んでいると信じている。
 例えばカガリ。
 彼女は、実の妹なのだから、一緒に住むのが当然だと思っている。
 そして、ゆくゆくは、公式に自分の双子の妹として、オーブの姫という地位につけてやることが、キラの幸せに繋がると信じている。
 アスランは、もっと厄介だった。
 彼の場合、キラを討ったことが、彼自身の傷になっている。
 無事に生き延びて、再び出会えたキラに、今度こそ守ると誓っている。
 それだけならよかったのだ。
 彼のキラに対する認識は、離れ離れになってしまった13歳で止まっている。
 離れていた3年間に、キラとて成長している。
 特に、この戦争に巻き込まれてからのキラは、その華奢な身体には重すぎるほどの運命を背負ってしまった。
 それでも、苦しみや哀しみの渦の中で、キラはいろんなことを感じ、考え、立ち上がり、自分の道を見つけた。
 だが、アスランはそれを認められない。囲い込んで、愛情だけを注ぎ、苦しみからは遠ざけようとする。
『俺が面倒を見てあげなきゃ、何も出来ない』キラは、もういないというのに。
 いまのキラは、儚げで控えめに見えても、芯は強く、誰よりも強い信念を持って生きている。
 そんなキラがまっすぐな性格のイザークと惹かれ合うのも、自然なことだとラクスには思えた。
「ラクスさん、カガリさんとアスラン君には言ってないの?」
「えぇ。いまのお二人は、キラの想いを潰してしまいますから。お二人にもお願いしますわ。キラがプラントにいることは、くれぐれも内密にお願いします」
「……わかったわ」
「アイツらに騒がれると、こっちの準備もやりにくくなるな。特に、カガリ代表にはな」
「ですわね」
 食事が済むと、カリダは家に帰って行ったが、バルトフェルドとマリューはラクスと酒を酌み交わしながら、今後のことを話し合い、オーブの夜は更けていった。






 アスランとカガリは、未だキラを探して、オーブ中を駆けずり回っていた。
「キラーッ、どこにいるんだぁ〜! アァッ、もう日付けが変わる……」
「なんでこれだけ探しても見つからないんだッ! ここはやはり軍を動かして……」
「バカか、お前は! そんなことをしたら、余計にキラが出て来れなくなるだろうがッ!」
 二人は知らない。
 すでにキラの手によって、すでに記録が改竄されていることを―――。






キラがいなくなった後のオーブはこんなカンジ。
アスカガじゃありません。二人とも過保護すぎて対立してます。ちなみに、いずれアンチカガリな内容になります。
アスランはどうなるんだろ……?
ラクス達はアスランが嫌いなわけじゃありません。自称キラの保護者な現状から卒業して欲しいだけなんです。
次回よりは第2章。アカデミーからジュール隊入隊までの話となります。


第5話 INDEX 第2章第1話