Moon Soldiers 第1章
第5話 白亜の館
軍本部でディアッカとも別れ、キラはイザークのエアカーで移動をする。
「イザーク、僕の滞在先ってどこになるの?」
まだ、プラントのことはよく解らないから、迷子にならないようなとこだといいけど、とキラは思う。
「家だ」
「へ? 家って……誰の?」
「俺の家だ。なぜ他の奴にお前を預けなければならん?」
「え〜〜〜〜〜〜っ! 聞いてないよ、僕!」
耳を劈くようなキラの叫び声に、イザークはエアカーを路肩に寄せて停めた。
「キラ、俺のところに来るのは嫌か?」
「そうじゃないけど……」
口ごもるキラに、イザークは顔を寄せる。
「けど、なんだ?」
そんなに顔を寄せないで欲しい。綺麗な顔に、白い隊長服が似合い過ぎて、胸がドキドキしてしまうから。
「……だって僕は……」
本当なら、傍に居ることすら許されない『裏切り者のコーディネーター』なのに……。
イザークは柳眉を寄せて、溜息をついた。
「また、それか。あの時は、お前の気持ちを受け入れた。だから2度は聞かない。いま、こうしてプラントにいるのは、キラの意志だろう?」
「……うん。でも……」
「今度はなんだ?」
「お母さん、いるんだよね?」
イザークの母親のことは、ラクスからも、ディアッカからも、そしてニコルからも聞いていた。
エザリア・ジュール。パトリック・ザラと並ぶ、強硬派の議員。だが、停戦後は政界からの引退を余儀なくされた。
現在は、評議員となる前から経営していた、アパレルやジュエリー、エステサロンなどファッションと美容関連の会社をいくつも経営している実業家である。
戦争責任として、向こう10年間、年収の50%を戦争被害者のための基金に寄付することが義務づけられているが、それでもまだ優雅な生活を送れるほどの手腕である。
「だから、母上のことなら心配はいらない。お前のことは全て話した。出生のことも含めてな」
キラの肩がビクンと揺れる。
「その上で、お前の滞在を歓迎すると言っているのだ」
そう言われても、それは本心ではないかもしれない、とキラは思う。
「まだ、不安か?」
「……うん」
「俺が守ると言っても?」
「イザーク……」
イザークはさらに顔を寄せて、キラの唇に自分のそれを重ねた。
「ンッ……、」
深い口づけで、キラの頑な心を溶かすように。
「愛してる、キラ。必ず俺がお前を守る。だから、俺のところに来てくれ」
「イザーク……」
真摯な眼差しにキラの気持ちが揺れる。
まだ、不安が消えたわけではないけれど、イザークと共にいたい気持ちに嘘はない。
だから、キラは小さく頷く。
すると、イザークは再び唇を重ねる。
「イザーク、行かないの……?」
また決心が鈍らないうちに、と思うが、イザークは離してくれない。
「ようやく会えたのに、ずっと邪魔者がいたんだ。もう少し、こうしていたい……」
「……うん」
キラは肩の力を抜くと、イザークに身体を預けた。
ジュール邸は高台にある高級住宅街に建つ、緑に囲まれた美しい白亜の館だった。
「すごい……綺麗……」
キラはクライン邸も素敵なところだったと記憶しているが、ジュール邸の方が素敵だと思う。
「さぁ、キラ」
「……うん」
イザークに促されると、キラは小さく深呼吸をしてからイザークが差し伸べた手を取った。
「ただいま戻りました」
イザークの声に、一人の女性が奥から出てくる。
「おかえりなさい、イザーク。こちらがキラさんね。初めまして、イザークの母のエザリアです」
白いシャツに黒のロングタイトというシックなスタイルが、キラに緊張感を与える。
「キラ・ヤマトです。あ、あの……このたびは、ご迷惑をおかけして……」
「いいえ。迷惑だったら、この子が何と言おうとお断りしてるわ」
「母上!」
「疲れたでしょう? こちらでゆっくりお話でもしましょう?」
エザリアは、イザークを無視してキラの手を取り、リビングへと連れていった。
そこにはすでにアフタヌーンティーの用意がされていて、キラは示されるままに、そこへ座る。
「イザーク。そんなところに立ってないで、貴方もお座りなさいな」
「……………」
母が何をしようとしているのかわからないが、イザークも言われたままにキラの隣に座る。
「キラさん、貴方のお部屋はイザークの隣に用意しました。必要だと思われるものは、こちらで用意しておきましたけど、足りないものがあったら、遠慮なく言ってちょうだい」
イザークにそっくりな笑顔で笑いかけられて、キラはすっかり恐縮してしまう。
「そんな……、そこまでしてもらう資格、僕にはないのに……」
「キラッ!」
悲観的な言葉がキラの口から出ると、イザークが制止するようにキラの名を強く呼ぶ。
「それは、貴女が連合にいたこと? プラントに敵対していたこと? ストライクのパイロットだったこと? 同朋を手にかけてしまったこと? それとも、イザークの顔に傷を負わせてしまったことかしら?」
エザリアは穏やかな笑みを消して、鋭い顔でキラに問い掛ける。
「母上っ!」
イザークも黙ってはいられず、抗議するように母を呼ぶが、エザリアは視線でそれを制し、キラを見据えた。
引退したとはいえ、評議員にまでなった女性だけのことはある、誤魔化しを許さない顔つきだった。
キラは身を小さくして、蚊の鳴くような声で答える。
「……全部です」
「キラッ!」
「イザーク、貴方は少し黙っていなさい。私がキラさんとお話しているのですよ? キラさん、貴女、後悔してるの? 自分がしたことは間違いだった、そう思っているのかしら?」
「いいえ。その……最初は成り行きでしたけど、自分で決めたことですから、後悔はしていません。貴女方……プラントから見たら、間違った選択かもしれませんが、僕はそうは思ってないし、後悔もしていません」
ジュール家に置いてもらえなくても仕方がない。その時はとりあえずホテルでも手配してもらおう、と覚悟を決めて、本心を言う。自分の信念だけは、絶対に誤魔化したくなかったから。
けれど、エザリアは先程のような穏やかな微笑みを浮かべて言った。
「それでいいのよ、キラさん。最初にイザークから貴女のことを聞いた時には、確かに複雑な思いがしたわ。なぜ、そんな子をイザークは選んだのかしら、とも思ったわ。だから、わざと挑発するようなことを言ってみたのよ。ごめんなさいね、嫌な思いをさせてしまって」
「……いいえ、そんな。僕の方こそ、生意気なことを……」
「私も停戦後には、いろいろと考えたのよ。貴女やラクス・クラインが何をしようとしていたのか、私達の何が間違っていたのか、をね。いまは、イザークが貴女を選んだこと、そして貴女もイザークを選んでくれたことを嬉しく思っているわ」
「エザリア様……」
「貴女達がいなければ、プラントは再び核――それも自分達の作った――によって、再び多くの命を失っていたでしょう。だから、堂々としていていいのよ。ただ、そう思わない者もいるのは、事実だわ。シーゲルとパトリックがそうだったように、プラントも一枚岩ではないの」
その言葉を聞いて、キラが何か考え込んでいる。
そして、答えを求めるように、キラはイザークを見る。
イザークは黙って、キラの手を握る。
キラが何をしようとしてるかは、わかる。
キラがプラントへ来る――ザフトに入る――理由を話してはいないが、母ならば必ずキラの力となるだろう。
「あの、エザリア様。デュランダル議長は、どのような方なのでしょうか?」
「さぁ。彼は停戦まで評議員ですらなかったから、面識がないのよ」
「では、彼がクラインの後継者だと言うのは?」
「それもわからないわ。私はシーゲルとは対極にいたから、誰がクライン派なのかも知らないのよ」
知っていたら、ラクス・クラインを行かせることにはならなかっただろう、とエザリアは言う。
「議長がどうかしたの?」
「ラクスは新議長のことを知らないと言ってました。顔も見たこともない後継者なんて考えられない、とも。プラントに何かが起こってるのではないかと、心配しています。だから、議長が何を考えているのか、何をしようとしてるのかが知りたいんです」
「それが、プラントへ来た理由?」
「はい。彼の考えがよりよい未来に繋がるものなら、それでいいんです。でも、そうでなかったら……」
「……………イザーク、貴方は知っていたの?」
「はい、母上」
キラを力づけるように手を握り、しっかりと自分を見据える息子を逞しく思う。
「わかりました。私もできるかぎりの力を貸しましょう。そうね、シーゲルと懇意であったアイリーンなら、何か知っているかもしれないわね。折を見て、連絡してみましょう」
アイリーン・カナーバ元議長代理。ユニウス条約を締結した彼女の名は、キラも知っている。
「エザリア様……」
キラがペコリと頭を下げると、エザリアはニッコリ微笑んだ。
「ここがキラの部屋だ」
屋敷の中をイザークに案内してもらい、最後にキラに与えられた部屋に入る。
「広すぎるよ……」
ラクスと過ごした家で使っていた部屋の倍はある。
ラクスが送った荷物は、まだ届いていなくて、ガランとした感じが際立っていた。
「バスルームは別にあるが、シャワーだけなら部屋でも使える」
キラは唖然としながら、イザークの話を聞いていた。
感覚が違いすぎる。ラクスの家もそうだったが、ジュール家は輪をかけて凄いと思う。
(ホントに僕なんかでいいのかな……)
今日、何度否定されても、キラは不安で仕方なかった。
クローゼットを開けてみれば、充分過ぎるほどの服が入っていた。
「母上の会社のものだ。お前に似合いそうなものを俺が選んだ。気に入ってもらえたか?」
確かに、キラが好むシンプルなデザインのものばかりだ。
私服姿は今日が始めてだったのに、キラの好みをわかってくれているのが嬉しい。
だが……。
「スカートしかないの……?」
着慣れないスカートに、キラは難色を示す。
「問題ないだろう? アカデミーでは制服だ。ここにいる時ぐらい、そういう格好をしてろ」
「イザークぅ〜」
キラは涙目で訴えるが、イザークは笑っているだけで、聞き入れてはくれなかった。
キラが、ラクスに諮られたと気付いたのは、翌日届いた荷物が愛用のノートパソコンただ一つだけだった時の事だった。
「……イザーク」
「なんだ?」
「あのさ、……」
「まだ不安なのか?」
母上はちゃんと受け入れてくれただろうが、というイザークの言葉にキラは首を振る。
「そうじゃなくって……、あの……パソコン、貸してもらえる?」
僕のパソコン、まだ届いてないから。
イザークはマジマジとキラの顔を見た。
「別に構わんが、何をするつもりなのか教えてくれ」
単にラクスにメールを送りたいだけなら、こんな歯切れの悪い言い方はしないだろう。
「えっと……その……、ちょっとオーブの……ね、記録を……」
そこまで聞けば、すべてを聞く必要はなかった。
ハッキングでオーブにあるキラのデータを改竄しよう、というのだろう。
それを簡単にやってのける腕を持っていることは知っている。
今回、プラントへ来るきっかけとなった議長のデータですら、プラントのホストに侵入して探し出したというのだから。
だが……。
「キラ、ハッキングは犯罪行為だとわかって言ってるんだな?」
「イザークに迷惑はかけない。足跡残したりしないし……」
「そういう問題じゃないッ!」
イザークの一喝にキラは首を竦めた。
だが、イザークは諦めたように深い溜息をつくと、キラの手を掴んだ。
「イザーク……?」
「どうせ俺が拒んだところで、お前のパソコンが届けば同じことだ。せめて、俺の目の前でやれ。共犯になってやる」
イザークはそう言って、キラを連れて部屋を出た。
「う、わぁ〜」
イザークの部屋に入って、キラは感嘆の声を上げた。
真っ先に目に入る壁一面を埋め尽くすほどの本。
「スゴイ……。これ何の本?」
「ほとんどが民俗学関連だな。後は歴史書とか……」
「民俗学?」
「古代の神話や伝承とか文明に関する学問だ」
「イザークって、そういうのに興味があったんだ」
「おかしいか?」
「ううん。ただ、どっちかって言うと、政治とか経済の方に興味があるんだと思った」
「興味がないとは言わない。平和になったら、そちらに進むことになるだろうしな」
本当に平和になった世界で、軍人として生きるつもりはない。
だからいま、まだ混沌としている世界をなんとかしようと願って、従軍しているのだ。
その時が来たら、母の事業を継ぐか、評議員になるかするだろう。
「これは趣味だ。研究者になるつもりはないな」
「……そうなんだ」
イザークは、きちんと自分の未来を見つめている。
キラはまだ、そこまで考える余裕はない。
ただ平和だけを願って、ここにいる。
落ち込んだ様子のキラの頭を、イザークはコツンと叩いた。
「キラ、焦ることはない。その時が来たら考えればいいことだ。だが、……」
イザークは少し視線を反らし、小さな声で言う。
「キラが願う未来の中でも、キラの隣にいるのが俺であって欲しい……」
言葉を受けたキラも真っ赤になって俯いた。
「あ、あの、えーと、そ、そう……民俗学のこと、もっと話して?」
キラは話題を反らそうとして、そう言った。
「それはいいが……、その前に、キラ。用事を済ませろ」
指差したパソコンを見て、キラは「あ……」と声を上げた。
どうやら、すっかり忘れていたらしい。
でも、言わなければよかった、とは思わない。
キラには言わないが、イザークは噂の腕前を自分の目で確かめてみたいという衝動に駆られていたのだ。
キラはパソコンに向かうと、目にも止まらぬ速さでキーボードを叩く。
モニターには、数式や言語が次々現れては消えて行く。
(なんなんだ、この速さは……)
イザークは唖然とした。
自分だとて、情報処理は決して苦手分野ではない。
アカデミーでも成績は2番だった。
ちなみに1番は、あのムカつく男、アスラン・ザラだ。
だが、いま、目の前に現れる文字の羅列は、自分の理解を超えている。
必要がないからしたことはないが、おそらく自分にはプラントのホストにハッキングなどできないだろう。
そんなことを平然とやってのけるのは、目の前の愛しい人。
考えるよりも速く、指が動く。
(キラ以上の腕を持つものなど、ザフトにだっているものか……。こういうこと、なのか……? 最高のコーディネーターというのは……)
まるっきり訓練など受けずに、MSを乗りこなし、ザフトの紅を4人も相手して、一歩も引けを取らなかったキラ。
プラントの粋を集めて作られたホストに、技術大国と言われるオーブのホストに、難なく入り込んでしまうキラ。
アカデミーに入れば、いまはまだ開花していない才能が目を覚ますやも知れぬ。
イザークにはただキラを見つめることしか出来なかった。
「よしッ! 終わったよ、イザーク♪」
キラが声をかけても、イザークから反応が返ってこない。
「イザーク?」
「あ、あぁ。終わったのか」
「うん。さ、続き聞かせ……」
キラは最後まで、言葉を紡ぐことが出来なかった。
イザークの唇に塞がれて。イザークの腕の中には、キラの身体がある。
とてつもない才能を秘めた身体。
過酷すぎる運命を背負わされた、愛しい人の小さな身体。
(守ってみせる……、俺が、必ず……)
イザークはキラの身体を一層激しく抱きしめるのだった。
旅立ち編終了。次回からは新章プラント編となります。 が! その前に、おまけ。キラがいなくなった後のオーブです。 第4話 INDEX 第6話