Moon Soldiers 第1章
第2話 思い掛けない出会い
柔らかな朝の光が差し込んできて、キラはそっと起き上がる。
隣でラクスも同じように起き上がる。
「おはよう、ラクス」
「おはようございます、キラ」
お互いに一睡もしてないことが、まるわかりなほど、目が腫れている。
「先にシャワー使って?」
ラクスはコクリと頷き、部屋を出た。
キラは窓から、海を眺める。
一晩中、キラは考えていた。自分に何ができるか。自分は何をしたいのか。
そしてキラは決めた。
ラクスはきっと止めるだろう。泣かれるかもしれないし、怒られるかもしれない。
それでもキラは決めたのだ。
ラクスがどんなに反対をしようと、決めたことをやり通す、と。
(……キラ)
窓辺に佇むキラに、ラクスは声をかけるのを躊躇った。
どこか遠くを見るキラの姿に、ラクスは悟ってしまった。キラがなにかを決めたのだと。
ラクスは一瞬目を閉じると、笑顔を作って声をかけた。
「キラ、あなたもシャワーを浴びてきて下さいな。私は食事の仕度をいたしますわ」
「わかった。でも、自動調理機を壊さないでね?」
お嬢様育ちのラクスと女らしいことはしてこなかったキラが二人で暮らして行けるのも、この自動調理機のおかげである。
だが、この簡単便利な機械すら、ラクスは使ったことがなく、最初に使った時には、ものの見事にぶっ壊したのだ。
「まぁ、もうそんなことしませんわ」
クスクスと笑いあって、キラはシャワーを浴びるために部屋を出た。
ラクスはパソコンを立ち上げ、メールをチェックすると、少しホッとする。
昨夜、ダコスタに打ったメールの返信がきていたのだが、やはりプラント内のクライン派は皆、デュランダルに不信感を持ち、調査中とのことだった。シャワーを浴びて、リビングへと来たが、そこにはあるはずの食事も、ラクスの姿もなかった。
「キラ、こちらですわ♪」
声のした方を見れば、テラスのテーブルに朝食が並んでいる。
「たまにはこういうのも、いいでしょう?」
そういえば、とプラントのクライン邸で過ごした時のことを思い出す。
あの時もよく庭のテラスやサンルームでティータイムにしたし、気持ちがいいからとベッドまで外に出していた。
ラクスは陽の光や風を感じるのが好きなようだ。
それでもプラントでは、そよ吹く風も、柔らかな陽射しも、人工の物だ。
自分達が人工物(コーディネーター)だからこそナチュラル(自然)のままにある物に憧れるのかもしれない、とキラは思う。
まぁ、ラクスはコーディネーターの中でも飛び抜けてそういう物が好きだとは思うが。
「そうだね。せっかくのいいお天気だし」
穏やかに微笑んで、キラは白い椅子に座る。
爽やかな朝の光景は、嵐の前に訪れた最後の静寂であった。
- 「ラクス」
食後の紅茶を運んで来たラクスは、名を呼ばれて固まった。
できれば、キラの話を聞かずにいたいと思うが、キラはラクスの言葉を待たずに話を続けた。
「僕はプラントへ行く。ZAFTに入るよ」
キラの決意はラクスの想像を越えていた。
「ZAFTに!? なぜ!?」
プラントへ行く、とは言い出すと思っていた。
オーブに居ては、入ってくる情報にも限界がある。
デュランダルが議長に就任してしまうまで、彼の存在を知らなかったのが、いい証拠だ。
だが、ザフトに入る必要があるのだろうか?
それに……。
ようやく癒え始めたキラの心の傷。
完全に癒える前にキラを再び戦場に送るようなことは、ラクスには出来なかった。
「キラ!」
「大丈夫。ラクスの力になりたいんだ。それにね、これは僕自身のためでもあるんだ。彼はメンデルに居た。多分、僕のことにも関係してる。彼が何を企んでいるのか知らないけれど、僕は無関係じゃない……。そんな気がするんだ」
ラクスは必死に首を横に振る。
なおさらだ。なおさら、キラを行かせられない。
「ラクスの気持ちはわかってるけど。でも、もう決めたんだ」
キラが実は頑固な性格だと、ラクスは知っていた。
だから、どんなに自分が頼んでも、キラは一度決めたことを翻さないだろうと、わかってしまう。
「もう、決めたのですね」
「うん。あ、ラクスはオーブに居てね? まだ君が動かない方がいい」
キラに先手を取られてしまった。
ザフトに入隊するのは無理にしても、プラントには一緒に行くつもりだったのに。
「キラ、ひどいですわ……」
「ごめんね、ラクス。でも、君にお願いしたいことがあるんだ。」- 「なんですの?」
「父さんと母さん……両親と一緒に居て欲しいんだ」
血は繋がってないと知っても、やはりキラにとって大切な人達に変わりはない。
自分がザフトに入ることでまた心配させてしまうし、辛い思いもさせるかもしれない。
だから、信頼する人と一緒にいて欲しかった。
「私でよければ喜んで。でも、条件がありますわ」
ニッコリと微笑むラクスだが、彼女もただでは引かない性格だ。- 「条件?」
「はい♪ でも、いまは内緒です。プラントに行けばわかりますわ」
ラクスはただクスクスと笑うだけだった。
プラント行きを決めても、キラは全く変わらない生活を送っていた。
準備は全てラクスがしている。
「キラはプラントを知りませんでしょ? だから私に任せて下さい」
そう言われてしまうと、キラも従うしかない。
確かにプラントで知っているのは、クライン邸の庭だけ。
後は右も左もわからないのだから。
(でも、なんであんなに楽しそうなんだろ?)
ラクスは日々あれこれと忙しそうに動き回っている。
忙しいなら手伝うと言っても、全くさせてもらえなかった。
「ラクス、そろそろ行こうか?」
「え? あら、もうそんな時間ですの? まぁ、どうしましょう。まだ仕度してませんわ?」
「今のままで充分だよ?」
「でも、キラのご両親にお会いしますのに……」
まるで恋人の家にでも行くような気負い方のラクスに、かえってキラの方が困ってしまう。
例え少年のように見えても、キラは女の子だ。
ラクスもそれはわかっているし、キラにはちゃんと恋人がいる。
ただ、ラクスの心情としては、似たようなものだと思うのだ。
「いつものラクスがいいよ」
「キラがそう言うなら」
ラクスはくるりと回って、もう一度身なりを確認した。
キラはヤマト家のリビングで、何やら落ち着かない様子で座っていた。
「キラ?」
挙動不審なキラを、訝しげに見る。
「ん、ちょっと……ね」
いつでも帰ってきなさい、と言われていたのに、結局オーブを離れる決意をした今日まで来ることのなかったヤマトの家。
キラのための部屋も用意されていたのに、一度も使うことなく、離れようとしている。
「親不孝だよね、僕……」
「キラ。雛はいつか巣立つもの。親は、巣立つ雛の幸せを願っても不孝とは思いませんわ」
「そのお嬢さんの言う通りよ、キラ」
「母さん……」
ティーセットを運んで来たカリダがラクスに同意を示す。
「はじめまして、キラの母のカリダ・ヤマトです」
「ラクス・クラインです。よろしくお願いいたしますわ」
カリダはラクスを見つめ、はぁ〜っと溜息を漏らす。
「キラにも、ラクスさんみたいに育って欲しかったのに……。どうしてこんな男勝りに……」
「母さんッ!」
ラクスは母娘の語らいに、クスクスと笑う。
「ご心配には及びませんわ。キラはちゃんと恋もできる女の子ですもの」
「ラクスッ!」
双方からどんな発言が飛び出すかわからない。
キラは、先程までとは違う意味で、落ち着けなくなっていた。女同士の話は、多少の波乱を含みながらも、和やかに弾んでいた。
「ただいま。すまなかったな、キラ。遅くなってしまった」
「おかえり、父さん」
ラクスを紹介して、いよいよ本題を話す時がきた。
「父さん、母さん、僕はプラントに……ザフトに入ることにした」
「ザフト!?」
「ナチュラルがどうとか、コーディネーターがどうってことじゃない。ただ、ザフトに入らなきゃわからないこともあるってだけなんだ」
「でも、お前は……」
連合軍にいた。それは変えようもない事実だ。
「ご心配いりませんわ」
すかさずラクスが助け舟を出した。
「ザフトに地球連合のキラ・ヤマトのことは知られていません。また、連合の記録にもキラの名前は残っていません。キラを個人的に知っている人は、みんなキラの味方ですわ」
ザフトに知られていないことは、ダコスタに確認してもらった。
連合の方は、キラがハッキングして調べた。
本当は、記録を消すつもりでハッキングしたのだが、連合が率先して消したらしく、アークエンジェルやストライクの記録はあるのに、キラの名前はどこにもなかったのだ。
「ならばこれ以上私達が言うことはないよ。ただ、忘れないで欲しい。どこにいても、お前は私達の娘だということを」
「父さん、母さん、ごめんね。それから……ありがとう」
最後の方は涙声になっていた。
「ところでキラ。プラントへはどうやって行くんだ?」
停戦したとはいえ、プラントと自由に行き来ができるわけではない。
このオーブからでも、政府や貿易関係の便があるだけだ。
ラクスに任せっぱなしのキラは、それすらもわかってなくて、縋るようにラクスを見た。
「マルキオ様にお願いして、あちらに行かれる時、ご一緒させてもらえることになってますの」
ラクスの答えで、キラも初めてそれを知る。
「ラクスさん、もう一人お願いすることはできるだろうか?」
ハルマの言葉に驚いたのは、キラだった。
「父さん!?」
「あぁ。プラントへ返してやりたい子がいるんだが、私達の力じゃどうすることもできなくてね。勝手なお願いだとは思うが、ぜひともよろしく頼む」
深々と頭を下げるハルマに、ラクスも応えてあげたいとは思う。
だが、キラのプラント行きは秘密裏に行うこと。
相手も知らずに承諾する訳にはいかなかった。
「あの、その方はどんな方なのでしょう?」
「いま紹介するよ」
そう言って、ハルマは席を立った。
しばらくして戻ってきたハルマが連れてきたのは、同い年ぐらいの少年だった。
少年は部屋に入るなり、驚きの声を上げた。
「ラクス嬢!?」
「まぁ!」
ラクスも驚きを隠せなかった。
キラはキョトンとして「知ってるの?」と、ラクスに尋ねる。
「はい、彼は……」
声を弾ませていたラクスがふいに黙り込む。
彼が生きていて、ラクスとしては純粋にうれしい。
だが、彼の素性を伝えることは、キラの傷に繋がる。
それに彼は? そしてキラの両親は何をどれだけ知っているのだろう?
ラクスの戸惑いを察したのは、その少年だった。
「キラさんですね? はじめまして、僕はニコル・アマルフィ。ブリッツのパイロットでした」
少年の口から、衝撃的な言葉が飛び出した。GAT−X207ブリッツ。地球連合によって開発されたそのMSは、ヘリオポリスでザフトに奪取された機体の一つである。
キラにとっては、忘れることのできない機体でもある。
「ブリッツ……うそ……だって、あれは……」
小さく震えるキラの手を、ニコルは強く握りしめた。
「キラさん、落ち着いて。僕は貴女を恨んだりしてませんから!」
恐る恐るニコルの顔を見るキラに、ニコルはニッコリ微笑みかける。
「ハルマさんから、貴女のことを伺いました。貴女がストライクのパイロットだったことも。アスランのことも。キラさん、辛かったでしょう?」
キラはボロボロと涙を零して泣いた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
何度もそう繰り返して。
キラとニコルの様子を黙ってみていたヤマト夫妻だったが、ホッとしたように「じゃあ夕食にしましょう」と声をかけた。
キラの大好物であるロールキャベツが食卓に並ぶ。
「母さん、ありがとう。美味しいよ」
「フフッ、ありがとう。そう言えば、アスラン君も好きだったのよね、これ」
全員がアスランを知っているとわかって、自然話題はアスランのことになる。「ハ〜〜〜〜〜クション……クションッ」
「なんだ風邪か? コーディネーターってのは、風邪ひかないんじゃなかったのか? あぁ、コーディネーターはバカが風邪ひくのか!」
「そんな訳あるかぁっ!」
首長となったカガリのSPとして多忙な日々を送るアスランは、その日、原因不明のくしゃみに悩まされた。
翌日、ニコルはキラとラクスの家を訪れた。
ハルマの依頼は承諾したが、彼らの前でニコルに詳しい話をするのは憚られたからだ。
「あの〜、いろいろお話を聞く前にですね、ラクス嬢とキラさんがなんで一緒に住んでるのか教えてもらえないでしょうか? ってゆーか、あの後、何がどーなって、こういうことになってるのか、さっぱりわからないんですが……」
ニコルの申し出に二人は顔を見合わせて、再度ニコルに確認する。
ヤマト夫妻から聞いたことは、キラがヘリオポリスにいて、連合の戦艦ーーアークエンジェルに拾われ、そのままストライクのパイロットになったことと、アスランとは月の幼年学校で一緒で、兄妹(キラの言い分では『姉弟』だが)のように育ったと言うことだけだった。
「では、ニコル様は、その後の皆様のことやいまのプラントのことは全くご存じありませんのね?」
「えぇ」
「戦闘のことは、私もよく存じませんし……。キラ、お話できます?」
「うん、大丈夫だよ」
キラは、淡々とその後の話を始めた。
アスランと憎しみをぶつけあうようにして闘ったこと。
イージスは自爆し、ストライクも大破したこと。
マルキオ導師に助けられて、プラントのクライン邸で療養したこと。
オペレーション・スピットブレイクが発動されたけれど、目標がパナマではなくアラスカだと知ったこと。
ラクスにフリーダムを託され……というか、唆されて奪取し、アラスカに向かったこと。
アラスカ基地に、サイクロプスが仕掛けられていたこと。
アークエンジェルは脱走艦となり、オーブを頼ったこと。
オーブに連合が攻めてきたこと。
アスランやディアッカが協力してくれて、共闘することになったこと。
「ちょっ、ちょっと待って下さい。アスランはともかく、ディアッカがなぜ出てくるんですか?」
「あ、えっとね、僕も知らなかったんだけど、アークエンジェルの捕虜になってたんだって。でも、アークエンジェル自体が連合を抜けちゃったから、釈放になったんだけど、そのまま連合からオーブを守るために闘ってくれたんだ。あと、アスランは特務隊?とかになって、僕が持ってきちゃったフリーダムの奪還命令を受けてたんだけど、何を信じて闘えばいいのかわからなくなったって言ってた」
「アスランに関しては、私からも。ザラ議長――もう亡くなってしまいましたけど――が、クライン派の粛正を行ったのです。父も、ザラ議長の差し向けた者の手にかかって亡くなりました。それでも、私達は無意味な戦争の終結とナチュラルとの共存を訴え続けてきたのですが、結局、私自身も追われる身となって……」
「バルトフェルドさんと一緒にエターナルをかっぱらって来ちゃったんだよね? それから……」
地球軍はNジャマーキャンセラーを使った核でプラントを攻撃。
ザフト――というより、この時点ではもうザラ議長と言う方が合っているかもしれない――は、ジェネシスという巨大なガンマ線照射装置で応戦した。
「核? 連合は核に手を出したんですか?」
「残念ながらニコル様。先に核に手を出したのは、プラント……貴方のお父上ですわ」
「さっき言ったフリーダム、それからアスランが受領したジャスティス。この2機は、Nジャマーキャンセラーで動いてるんだ」
父・ユーリが開発局の責任者であることは、ニコルもわかっている。
「でしたら、なぜそのデータが連合に?」
「確信はないけど、多分……クルーゼ……だと思う」
「隊長が!?」
キラは黙って頷くだけだった。
後は混沌とした戦場の中、核を撃ち落とし続け、ジェネシスの発射を防ごうと立ち向かい、ザラ議長とムルタ・アズラエルの死を境に停戦へと動き出した。
「すごくかいつまんだ話になっちゃったけど、こんなとこかな?」
「そうですわね」
かいつまんで……というには長い話であったが、それだけいろいろなことがあったのだとニコルは知る。
「いままでのことは、大体わかりました。それじゃあ、これからのことを教えて下さい」
再びラクスとキラは話し始めた。
全てを聞き終わったころには、とっぷりと日が暮れていた。
「ザフトに入るのでしたら、近道は現地志願でしょうけど。キラさんなら、紅が狙えますから、アカデミーに入った方がいいかもしれませんね」
ニコルはザフトの仕組みなどを話してきかせた。
「紅はエリートの証なんです。アカデミー卒業時に10位以内の成績を修めないと紅を着ることは許されません。当然、緑を着る一般兵より権限も大きくなります。ちなみに艦隊を預かる隊長は白を着てます。議長に食い込みつもりでしたら、紅は必須でしょう」
「アスランやディアッカが着てたやつだね。ニコル君も紅?」
「はい。クルーゼ隊にはあと二人紅がいたんですが、一人はヘリオポリスで亡くなりました」
「最後の一人って、もしかしなくてもイザーク?」
「そうです……って、キラさん、イザークを知ってるんですか!?」
「イザーク様はキラの恋人なんですのよ♪」
「あ、ちょっと、ラクスっ!」
驚いた。いままでのどんな話よりも、ニコルは驚いた。
イザークと言えば、誰よりもストライクを討つことに執念を燃やしていた。
そのイザークが、ストライクのパイロットだったキラの恋人!?
ありえない。
そう、ニコルが思うのも無理はなかった。
「あ、あの、キラさん。イザークとはどこで知り合ったんですか?」
「え、あの……停戦直後に……アークエンジェルで……」
キラは真っ赤になりながらも、しどろもどろに話した。
ディアッカに紹介された、デュエルのパイロットのことを。
りゅうの趣味により、ニコル君生存。生きてて欲しかったキャラ第1位なんです。 ニコル君救出の話とイザキラ出会い話は、そのうち書きます。
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