Moon Soldiers 第1章
第1話 クラインの後継者
穏やかな海。その向こうにオレンジ色の夕陽が沈んでいく、美しいオーブの夕暮れ。
テラスに置かれたデッキチェアに座って、その光景を眺める少女がいた。
コズミック・イラ72。
ナチュラルとコーディネーターの間に起きた戦争が停戦を迎えて数ヵ月が過ぎた。
不幸な偶然から、そのど真ん中に押し出されてしまった16歳の少女=キラ・ヤマトは、その華奢な肩に、重過ぎる運命を背負い、戸惑い、戦い、悩み、失い、そして傷ついた。身も心も深く。
いまもなお、その傷は消えてはいない。
それでもゆっくりと、傷は塞がっている。守りたかった人達の愛に囲まれて。
「キラ、もう冷えてきますから、中へ入ってください」
ラクス・クラインがドアから顔を出して、キラに声をかける。
彼女は『プラントの歌姫』と呼ばれたアイドルである。
だが、ただのアイドルではない。
強いカリスマで人々を導くことのできる、強い少女だった。
もっともラクス本人に言わせると、キラを見習ったのだと言うけれど、キラはラクスの方が強いと思っていた。
ラクスが歌姫の立場を捨ててまで、このオーブで暮らしているのは、キラのためだと言う。
キラは何度も「自分は大丈夫だから、プラントに戻って」と言ったのだが、ラクスは聞き入れてくれなかった。
「キラ……」
「もうちょっと待って。この時間が一番きれいなんだ」
朱く燃える太陽が、広い海に包まれていく瞬間。
キラの好きなものの一つだ。
夕陽を浴びて朱く染まったキラの顔は、普段よりキラキラと輝いて見える。
「美しいですわね」
「うん」
ラクスはキラのことを言ったのだが、キラはそう受け取らなかったらしい。
あえて訂正せずに、ラクスは言った。
「この美しい光景も、キラが守ったものの一つですわ」
「僕……が?」
「はい」
ジェネシスは放たれてしまったが、キラが、みんなが地球を最悪の被害から救った。
それを口にはしなかったが、キラの心には響いたようだった。
「そっか……守れたものも、あったんだね……」
守れなかったものが多すぎて、守れたものが見えていなかったのかもしれない、とキラは思った。
少しだけ嬉しそうになる儚げな笑みが、ラクスを癒してくれる。
(もう少しだけ、キラを独占させてくださいませ)
ラクスは空を見上げて心の中で呟いた。暗い宇宙の向こうにいる、キラの想い人の姿を思い描いて。
オーブの浜辺も、すっかりと夕闇に包まれた。
「さぁ、中に入りましょう?」
「そうだね」
美しい少女達は、寄り添うようにして、暖かな家の中へと消えていった。
夕食後の一時、キラがパソコンに向かう隣で、ラクスはテレビを見ていた。
プラントでは流れることのない、ナチュラルの歌に耳を傾け、楽しそうにしていた。
だが、突然画面を走ったテロップに眉を顰る。
(どういうことなのでしょう、これは……?)
ふと、キラが振り返ったとき、ラクスはテレビを見てはいなかった。
左頬に手を当て、眉を顰め、何やら考えこんでいる。
(……どうしたんだろ?)
ラクスのこんな表情を見るのは久しぶりだった。
前に見たのはエターナルの中で。
困難な戦局をどうするかに、みんなが頭を悩ませているときだった。
「ラクス、どうかしたの?」
キラの声に、ラクスはハッと顔を上げて微笑んだ。
「なんでもありませんわ。ちょっとプラントにいるお友達のことを考えていただけですわ」
ラクスは咄嗟にそう言い訳した。
ごまかせたかどうかはわからないが、ごまかされて欲しかった。
キラの力を借りれば、ラクスの知りたいことなど、たちどころにわかるだろう。
だけど、そこに現れた事実はきっとキラに優しくない。
何もわかってはいないけど、それは確信めいた予感だった。
「だから、僕は大丈夫だって。プラントに戻った方がいいよ。ラクスの帰りを待っている人達がいっぱいいるんだから」
「キラは私がここにいると迷惑ですか?」
「迷惑じゃないよ。ラクスが居てくれて嬉しい。でも、僕がラクスを一人占めしちゃダメだよ。ラクスは歌姫なんだから」
「キラが迷惑でないのなら、私はここにいたいですわ」
そう言ってニッコリ微笑まれては、キラもそれ以上言えなかった。
ラクスが何も言わず、ただ傍にいてくれたから、キラは心の傷を癒やせたのだとわかっている。
これが幼なじみのアスランだったら、キラを傷つけるものを突き止め、排除しようとするだろう。
血の繋がった姉・カガリならば、あれこれ連れ回して、明るい気分にさせようとするだろう。
二人がキラを思ってしてくれるのはわかるが、それがいまのキラには重荷だった。
両親ならば……。もう、何も知らなかった頃には戻れない。言ってはいけないことを口にしてしまいそうで、一緒に暮らすのは気が重かった。
だからキラは、幼なじみからも、血を分けた姉からも、ここまで育ててくれた両親からも離れ、ラクスと二人で、マルキオ導師の住む島に暮らしているのだ。
「なら、いいけど。何かあったなら教えて? 僕もラクスの力になりたいんだ」
「ありがとう、キラ。でも、本当になんでもありませんのよ。お友達には、後でメールを差し上げてみますわ」
この話はもうおしまいと、ラクスはもう一度微笑んだ。
キラに言ったように、ラクスはパソコンに向かった。
メールソフトを開き、頭の中で考えていた内容を速やかに打ち込んでいく。
だが、相手はキラに話したような友人ではない。
プラントにいる頼もしい味方の一人、マーチン・ダコスタに宛ててだった。
『プラント最高評議会議長にクラインの後継者、ギルバート・デュランダル氏が選出』
先程見た議長選挙の結果を伝えるテロップには、確かにそう書かれていた。
(どういうことですの、これは? クラインの後継者だなんて……。私はデュランダルなんて方、存じませんのに……!)
静かな怒りを湛えて、ラクスはキーを打つ。
クライン派は、穏健派とイコールではない。
ナチュラルとの友好・共存を説き、相互の理解と繁栄を願う。
亡き父の考えに賛同を示し、激化するばかりの戦争の中、自分の身を削ってでも、プラントの未来のために動いた人々の集まりである。
終わらない戦争の中、パトリック・ザラが力をつけるに従って、彼等は地へ潜るようにして活動した。
それは今も変わらない。単に停戦することになっただけで、真に願う相互の理解と繁栄には、まだまだ先が長いと感じるからだ。
その中で『クラインの後継者』を名乗る男を、ラクスは不審に思う。
(単に票集めのためだとしても、許せませんわ……)
メールを打ち終えたラクスは、デュランダルの経歴を検索していく。
(公式発表されたプロフィールなんて、皆同じですわね……)
ラクスは大きく息を吸って、改めてパソコンに向かった。
が……。
Beeeee!
けたたましい警告音が鳴る。
「ラクス、どいて!」
「キラ!?」
キラはラクスを突き飛ばすようにしてどかせ、代わりにキーを打ち始める。
しばらくして、フーッと息をつき、手を止めた。
「ラクス、どこにハックしてたの?」
「……………」
ラクスは口を固く閉ざす。
キラならともかく、自分にはハッキングなんて無茶だとはわかっていた。
それでもキラには頼らず調べたかったのだ、あの男の過去を。
「ラクス」
静かだけれど、諭すようなキラの声に、ラクスは観念するしかなかった。
「あの……、プラントのマザーに……」
「プラント!? 無茶が過ぎるよ、ラクス。あそこに入り込むのは、僕だって大変なんだよ?」
「……………」
わかっているだけに、何も言えない。
「ラクス、何があったのか全部話して? 僕がやるから」
ラクスは首を横に振った。
キラにはさせたくなかったから、無茶を承知で自分でしたのだ。
失敗して、キラに助けられて、それでキラを頼ることにはしたくなかった。
「ラクス。僕のために一緒に居てくれて、ありがとう。すごく感謝してる。だからね、僕だって君の力になりたい」
「キラ……」
ラクスはキラに対する自分の気持ちを正直に打ち明けた。
「プラントで何かが起こっているような気がするのです。でも、キラにまた辛い思いをさせてしまうのではないかと……」
その言葉を聞いて、キラはネット配信のニュースをチェックする。
「ラクスが気になってるのは、これ?」
ラクスが見たのと同じ記事が示される。
「……はい」
「クラインの後継者かぁ。ラクスも知ってる人?」
「知りません。私が知らない後継者だなんて……考えられません……」
そういうことか、とキラは得心する。
「わかった。この男の経歴を調べればいいんだね?」
「キラ!」
ラクスが止める間もなく、キラはキーボードを叩く。
ラクスも仕方なく、ことの成り行きを見守った。
そして小一時間が経過した時、キラが大きく目を瞠いた。
「この人……あそこに……」
「キラ?」
キラの異変に、ラクスもモニターに流れる文字を追い掛ける。
キラのスピードに付いていくのは至難なことだった。
「そんな……だって……あそこに居た人は……」
「キラ! キラ! もう、止めてください!」
ますますおかしくなっていくキラの様子に、ラクスはそう叫んだ。
こうなる予感がしたから、キラには内緒にしておきたかったのだ。
「キラ……」
暗くなったモニターを前にして、キラは荒く肩で息をしている。
その細い肩に、ラクスはそっと触れた。
「大丈夫だから。僕は大丈夫」
ラクスの手に、自分の手を重ねる。
「何が……わかりましたの?」
それをいま聞くのは躊躇われたけど、聞かない訳にもいかなかった。
「彼は……ギルバート・デュランダルは、メンデルの研究員だった」
―――メンデル。
その名前に、ラクスも息を飲んだ。
「確か、バイオハザードがあって……生存者はいないと……」
「うん。僕が前に調べた時もそうだった。彼はあの事件の3日前に退職したことになってる。余りにも都合よくない? それに、この書類はいくつものロックで隠されてた。しかも、彼はメンデルに居たことを公表してない。何かある、と思うのが普通だよね」
キラの言葉に、ラクスは大きく頷く。
「彼がクラインの後継者を名乗る理由とか、目的とかはわからなかったけど、要注意人物に間違いなさそうだよね」
メンデルがキラにとって優しくない場所であることは、ラクスも知っている。
キラは淡々と話してはいるが、傷ついているに違いなかった。
「今夜は私と一緒に寝てくださいませんか?」
眠れそうになくて、とラクスはいうが、その言葉が自分のためであることに、キラは気付いていた。
二人で暮らし始めた頃、魘れる自分の手をずっと握っていてくれたから。
けれども、キラはそれを口にはせず、ニッコリ笑って頷いた。
互いを守るように寄り添う少女達。
だが、二人に穏やかな眠りは訪れず、固く手を繋いだまま、何も言わずに長い夜を過ごすのだった。
キラ、ラクスと寝てます。果てしなく百合くさいです(笑)。でも、イザキラ。INDEX 第2話