君とある未来


 南太平洋に浮かぶ島国・オーブ。
 中立を謳うこの国は、コーディネーターを拒否しない地球唯一の国家である。
 アスラン・ザラ―――ここではアレックス・ディノと名乗っているが―――は、アスハの邸宅でパソコンを前に固まっていた。
『愛してるよ、アスラン』
 プラントにいるキラから送られてきたメールのこの一文に、目が釘づけになっている。
 何かの間違いじゃないかと、何度も見直したぐらいだ。
 確かにキラ・ヤマトはアスランの恋人だ。
 けれど、こんなことメールに書いてきたことはない。書くような性格でもない。
 おかげで肝心の内容が頭からぶっ飛んでしまった。
『ラクスがお茶にしようと言ってきたから』
 この部分に目が再び向いたのは、固まってから30分も過ぎてからだった。
「ラクスの仕業か……」
 ようやく真相がわかったところで、アスランは穏やかな笑みを浮かべキーボードに手を伸ばした。
『愛してる、キラ。今度はラクスの代弁じゃなくて、お前の声で聞きたい』
 男同士という自分達の想いを一番応援してくれるのは、ラクスだ。
(お前が羨ましいよ、キラ。それに引き換えこっちは……)
「うっわぁ〜、恥ずかしいメール打ってんな、お前」
 心の中でぼやいたら、突然背後でその元凶の声がした。
「カガリ、人のメールを勝手に覗くな! 通信法違反だぞ!」
 送信ボタンを押すと、アスランはカガリに文句をつける。
「こんな場所でやってるお前が悪い。それにここは私の家だ」
「だからって何をしてもいいわけじゃない!」
 ハァ〜ッとアスランは大きな溜息をついた。
(ホントにキラと双子なのか? 全然違うじゃないか……)
 この一年、毎日感じたことである。
 カガリ・ユラ・アスハ。これでも現在のオーブ代表で、キラの双子の(自称)姉。
 アスランは表向き、このじゃじゃ馬姫のSP兼教育係となっている。
 かつてはキサカがこの任を務めていたが、カガリの代表就任とともに補佐官となったため、アスランがその任に就くことになったのだ。
 アスランの本当の目的はオーブの動向を探ることにある。
 それはカガリも知らないことだ。
 スパイ行為と言ってしまえば、否定はできない。
 だが、これは誰かの命令でしていることではない。
 キラとともにある未来のために、アスランが個人的にしていることだった。
「アスラン、これからすぐプラントに行く。お前も一緒だ。支度しろ」
「これから? ずいぶん急だな」
「大使館から連絡があった。新たなる条約締結に向けて会談を申し入れたら、明日、アーモリーワンでなら、との回答を貰った」
「わかった。他の同行者は?」
 たとえ建前でも、アスランはSPだ。
 カガリの身の安全を確保しなくてはならないから、同行者を知る必要がある。
 それにカガリにはまだオーブ代表でいてもらわなければならない。
「お前だけだ。後はプラントにいる外交員が3名だけだ」
「たったそれだけ? 少な過ぎる!」
「非公式だからな。それに、ゾロゾロとくっついてるのは嫌いなんだ」
「そういう問題じゃない!」
「いちいちうるさい! 時間がないんだ。早くしろ!」
「……わかった。それから、俺はいまアスラン・ザラじゃない。アレックス・ディノだ。ちゃんとそう呼べよ?」
「……スマン。つい……」
 アスランは今日何度目になるかわからない溜息をついて、その場を後にした。






『大気圏脱出。シャトル内の重力値を調整します』
 シャトルの窓の向こうに、月が見える。
(キラ……、任務なんて放り出して、お前のところに行きたいよ……)
 ついつい溜息を漏らしてしまう。
 アスランは、カガリが嫌いな訳ではない。
 真剣に、そして懸命に考え、取り組んでいるのはわかっている。
 けれど、あまりにも詰めが甘い。
 いや、物事をなんでも都合のいいように捕えようとするのだ。
 それがカガリの原動力になっているのはわかっている。
 だが施政者としては、それではいけない。
 常に最悪の状況を想定しなければならないことぐらい、初歩中の初歩だろう。
 視野の狭さも気になる。
 周囲がみんな自分と同じように見て感じて考えると思っているのではないか?と思うことがある。
 世界が自分中心に回っているとまではいかないが、周りが見えていない。
 世間知らずで甘えん坊のワガママ、じゃじゃ馬姫。
 それがアスランのカガリに対する評価だった。
 だが、時として、アスランもハッとするような真理をついてくることもある。
 理念だけはしっかりとあるのだ。
 だが、それだけでは政は治らない。
 それにカガリが気付かなければ、いつかオーブは崩壊する。
 アスランはキラから教えて貰った言葉を思い出す。
『想いだけでも、力だけでも』
 キラはラクスから教えて貰ったと言っていた。
(やはりラクスが最強だな……)
 自分もキラも彼女には頭が上がらない。
 お嬢様育ちなのに、誰よりも強い芯を持っている。
 ラクスを見習えとは言わないが、せめてもう少し聞く耳を持って欲しいと願うアスランだった。






 ザフトの新造艦ミネルバの一室で、アスランはイライラしながらベッドに身を投げた。
 アーモリーワンにあったのは、この新造艦だけではなかった。
 カオス。
 ガイア。
 アビス。
 そして―――インパルス。
 オーブからの亡命者だという少年が乗っていた4機目のG。
 奪取したのが何者なのかということも気になるが、プラントがそんなものまで作っていたということがショックだった。
『争いがなくならないから、力が必要となるのです』
 議長の言葉がアスランの頭の中で、何度もリフレインする。
 その言葉を聞いた時、来なければいいと思っていた未来が、ひっそりと忍びよってくる気配を感じた。
(にしても、アイツらは何者なんだろうか……?)
 アスランは目にした3機のMSの動きを思い出す。
 MSはコーディネーターにしか動かせない、という常識はもはや過去のものだ。
 いまは地球軍にはダガー、オーブ軍にはアストレイというMSが全面配備されている。
 だが、それはキラが開発したナチュラル用のOSがあってこそ。
 ザフトの機体には、当然コーディネーター用のOSが載せられている。
 新兵とはいえ、曲がりなりにも紅を着るパイロット達をいとも簡単に蹴散らした。
 だからといって、あれが地球軍の仕業ではないとは言い切れない。
 アスランは知っているから。前の戦争で戦った、カラミティ、レイダー、フォビドゥンの3機を。
(コーディネーター……? いや、強化型ナチュラルの仕業か……? まだ、結論を出すにはデータが足りないな……)
 カガリとアスランは、結局ミネルバに乗艦することになってしまった。
 ミネルバは、あの3機を取り返すため母艦を追うことにしたようだから、情報を得る機会はいくらでもありそうだった。
「だがなぁ……」
 アスランは深い溜息をついた。
 不用意にカガリがアスランを本名で呼んだために、自分の正体をクルーに知られてしまった。
 それに関しては、目を瞑ってもいい。
 そうでなくても、デュランダル議長にはバレていたようだから。
 アスラン・ザラという人間を、戦争を終結に導いた『ヤキンの英雄』として認識しているのなら、悪いことにはならないようだ。
 それよりも、だ。
 怒りを滲ませた赤い瞳の少年の顔が浮かぶ。
『綺麗事はアスハのお家芸』
 シン・アスカはそう言っていた。
 オーブが理念を貫き通したため、家族が死んだとシンは思っている。
 だが、彼はオーブにどうして欲しかったのだろう。
 あの時、オーブを攻めたのはザフトではない。
 地球連合だ。
 理念を貫かなければ、オーブは連合の属国となっていただろう。
 そうしたら、コーディネーターである彼は、彼の家族は、オーブに住むコーディネーター達はどうなっていただろうか?
 オーブの支配権が連合あるいはブルーコスモスに委ねられて、それでもオーブで平穏に暮らしていけるのか?
 彼はそこまで考えて、オーブを恨んでいるのか?
 プラントに渡って、ザフトに入隊して。
 今度は、自分が誰かの家族を殺すのだ、ということを考えたことがあるのか?
 考えていないからこそ、シンは何かにつけて、カガリに食ってかかる。
 彼にとってはカガリ=オーブであるから、何をやっても気にいらないのだろう。
 そしてまた、カガリもシンを納得させられるだけのものを持たない。

 結局、苛立った気分が治まるどころか、ますます激しくなっていく。
 理由はわかっている。
 自分を唯一癒してくれる存在―――キラを感じることができないからだ。
 こんなに長くオーブを離れる予定じゃなかったから、パソコンも何もない。あったとしても、連絡するのは無理だろうが。
 それでも、いままでのメールやフォトデータを見ているだけでも、アスランは疲れるばかりの日常から解放されていたのだ。
「キラ……」
 最愛の人の名を呟く。
 目を閉じれば、瞼の裏に彼の姿が浮かぶ。
 さらなる火種が、あの悲劇の場所で起きようとしていることなど、いまのアスランが知る由もなかった。







この話の冒頭で「オーブは、中立を謳い、コーディネーターを拒否しない地球唯一の国家」と書いていることに対し、
『中立国家はオーブだけではない』というご指摘をいただきましたので、捕捉させていただきます。
スカンジナビア王国、赤道連合は中立ですが、国力が弱いため、コーディネーターを受け入れてはいない、
という意味合いで書いてます。実際にどれほどの国力があるのかは、わかりませんが……。
誤解を招いたのは、りゅうの文章力が弱いからです。申し訳ありません。
また、この話に限らず、当サイトの話は、あくまでも二次創作パラレルですので、
必ずしも公式通りの設定となっていない場合があります。