君とある未来


 長閑なプラントの昼下がりは、ディアッカからの通信で打ち切られた。
「キラ、ユニウス7が動き始めた。このままだと地球に落下するッ!」
「え? なんでそんな……」
「俺にもわからん。ジュール隊がこれから調査・破砕作業に出る。帰ってきたら詳しく話すから」
「わかった。気をつけて」
 安定軌道上にあるコロニーが、それを外れるなんてありえない。
「急いだ方がいいかも……」
 キラは再びパソコンに向かうと、物凄いスピードでキーボードを叩きだした。






 テレビで、ユニウス7落下のニュースを見たのは、その2日後だった。






 ディアッカとイザークがクライン邸にやって来たのは、それからさらに5日後のことだった。
「悪い、なかなか抜け出せなくて」
 ここへ来る時はいつも私服を着ていた二人が、今日は軍服のままだ。
 あんなことがあったのだから、軍も慌ただしくなっているのだろう。
「あ〜、どこから話しゃいいんだ?」
 ディアッカが途方にくれるのをイザークが引き取る。
「まずは結果だけを言う。ユニウス7の落下は、ザラ派の生き残りによるものだ」
「なっ……!」
「非常にマズイ事態だな」
「……そうだね」
 大西洋連邦を始めとする地球の人達にとってはザラ派だろうがなんだろうが、ザフトであることに代わりはないのだから。
「また……戦争になるのかな……」
 停戦からまだ1年と経っていないというのに。
 キラは沈痛な表情を浮かべて俯いた。
「あぁ、ユニウス7でアスランに会ったぞ」
「え?」
 キラの目が大きく瞠かれる。
「なんで……?」
「まぁ、会ったといってもヤツの顔を見たわけじゃない。キラ、ユニウス7より少し前、L4のアーモリーワンが地球軍に襲撃されたのを知ってるか?」
 キラは静かに首を振った。
 イザークは淡々と続ける。
「新型艦ミネルバの進水式が行われるはずだった前日のことだ。地球軍と思しきヤツラに襲われ、配備されるハズだった3体のMSが奪取された」
「……なんか似てるね。逆だけど」
 キラの言葉に、イザークはディアッカと顔を見合わせて苦笑した。
「確かにな……。俺達も後で知ったことだが、オーブのアスハ代表が会談のためにそこを訪れていたらしい。それ以上のことは、アスランに聞け」
 キラはイザークの言葉にどこか刺があるのに気付いた。
「イザーク、アスランと何かあったの?」
 だか、イザークはプイっと横を向いてしまって、何も答えてはくれない。
 ディアッカはクククッと笑って、その一部始終を話して聞かせた。
「いきなりアスランの声が聞こえた時はびっくりしたぜ」

『だがまだまだだ。もっと細かく砕かないと』
『アスラン!?』
『貴様ッ、こんなところで何をやっているッ!』
『そんなことはどうでもいい。今は作業を急ぐんだ!』
『わかっている!』
『相変わらずだな、イザーク』
『貴様もだ』

『イザークっ!』
『うるさいッ! いまは俺が隊長だッ! 命令するなッ! 民間人がぁーッ!』

「と、まぁこんな調子よ。ったく、間に挟まれる俺のことも考えて欲しいね」
 キラは目をパチパチさせた後、腹を抱えて笑い出した。
「笑うなッ!」
「いいなぁ〜。君達って、昔からそうだったの?」
 容易に二人の様子が想像できてしまって、キラは涙を流しながら笑った。
「前はもっと殺伐としてたゼ〜。イザークは何かにつけて張り合ってつっかかるし、アスランはアスランで何考えてんだか…ってとこ、あったからな。意見が合わないのなんて毎度のことで、いっつもニコルが……」
 しまった!という表情でディアッカは口をつぐんだ。
「二人が辛くないなら話してくれる? アスランは話してくれないから、その人のこと」
 ディアッカは助けを求めるようにイザークの顔を見た。
 イザークは内心では「このバカが!」と舌打ちしながらも、静かに話を継いだ。
「アイツはまだ15だった。ピアノが好きで、いつも楽譜を持ち歩いていた。アスランを慕っていて、何かにつけて揉める俺達の仲裁役だった」
「僕も話してみたかったな……その人と……」
「貴様ならきっといい友人になれただろう」
 だけど彼はもういない。
 この手が……自分のこの手が彼の未来を奪った。
「キラ、多分また戦争になる」
「……うん」
「そうしたら、貴様はどうするつもりだ?」
 キラの瞳が揺れる。
 けれど、次の瞬間、その瞳に凛とした光が宿る。
「また、守るだけだよ。……戦ってでもね」






「戦ってでも、って……けど、どうやって!? ストライクもフリーダムもないだろッ?」
「ザフトに入りたいなら、俺がなんとかしてやらんでもない」
「イザーク、僕はザフトにも地球連合にも属さないよ」
 そうだろう、と二人は思う。
 コーディネーターでありながら地球軍に属したゆえに、キラは苦しんだ。
 誰よりも大切な人と戦わなければならなかった。
 誰よりも戦争の無意味さを知るキラが、いまさらどちらかの陣営に付くとは思えなかった。
「ならば、オーブに行くのか?」
 その問いかけにも、キラは首を横に振った。
「キラ、お二人にも、もう教えてさしあげた方がよろしいのではなくて?」
 いつもなら、彼等の会話に加わろうとはしなかったラクスが、珍しく姿を現した。
 4人分の紅茶とシフォンケーキを乗せたワゴンを押しながら。
「時が来てしまった。私はそう思いますわ」
「……ラクス」
 キラは小さく彼女に頷いた。
「長くなるけど聞いてくれる?」
 二人は無言のまま頷いた。
「終戦の時、僕とアスランは思ったんだ。これで本当に平和になるのか?って……。確かに戦争は終わった。けど、ナチュラルとコーディネーターの間にある溝は、まだ埋まったわけじゃなかった」
 キラはシフォンケーキを一口食べて、ラクスに「美味しいよ」と微笑みかける。
 その穏やかな微笑みに癒されたくて、イザークもディアッカも忙しい合間を縫って、キラの元を訪れているのだ。
 だが、今のキラの微笑みは穏やかなだけではなかった。
 奥深いところに、嘆きと怒りがないまぜになったようなものが揺らめいている。
「僕はこう思う。せっかく平和になったのに、また戦争になるんじゃない。あの戦争が終わってなかっただけなんだよ。僕達はかりそめの平和の中で休息していただけなんだ」
「キラ……」
 普段ののほほんとしたキラとは違う、強い気を感じる。
 誰よりも平和を願う彼の言葉は、二人の心に強く響く。
「だから僕達は一計を案じた。来ないで欲しいと願う未来のために」
 キラはディアッカの顔に目を向ける。
「フリーダムはあるんだ。いまもまだ眠っている。アークエンジェルとともに……メンデルで」
 みんなが平和の訪れを祝う中で、キラがマリューに話したことを二人にも話す。
 それはアークエンジェルをメンデルに置いていくことだった。
 脱走兵に対する時効はない。
 だからアークエンジェルがオーブに入れば、いつか連合軍に追求されるかもしれない。
 それが、オーブに対する進攻のきっかけになってしまうことも考えられる。
 幸い、と言うのは語弊があるが、過酷すぎた戦闘で味方ですら、どの艦が残っているのかわからないぐらいだった。
 そのどさくさに紛れて、キラはアークエンジェルを封印し、フリーダムを回収、修理したのだった。
「修理って……補給もなしにどうやって?」
「最低限必要なものはアークエンジェルにあるし。足りないものもあの辺にはいっぱい散らばっていたから」
「おいおい」
 ゴミ漁りかよ、と呆れるディアッカにキラは「初めてじゃないから」と笑った。
 出航したてのアークエンジェルは識別コードを持っていなかったから、満足に補給を受けられなかった。
 深刻な水不足を解消するため、やむなくデブリへ向かい、そこに漂っていたユニウス7からの補給を行ったのだ。
「その時に私の救命ポッドをキラが拾ってくださったのでしたわね」
 ラクスが話し始めると話がどんどん逸れてしまうから、キラは優しく微笑むだけにして、話を元に戻した。
「戦争になっても、すぐに撃って出るつもりはないんだ。けど、いつか必要になる。そんな気がするんだ……」






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あとがき(反転してください)

AAとフリーダムはメンデルにある……ってのが書きたかったんです。
でも、このネタ考えたの、放送開始から2ヶ月経ってなかったころなんですよね。
あの頃はよかった……期待してたのに……