これから僕はどこへ行けばいいのだろう……?






 そして、この世界はどこへ行くのだろう……?











 コズミック・イラ72。
 互いの存在を認められないナチュラルとコーディネーターの間に起こった戦争はようやく終焉を迎えた。
 長く続いた戦争が残した傷痕はとんでもなく大きかったけれど。
 ザフト、地球連合、オーブという三つの勢力はそれぞれ指導者を失い、新たなる道へ向けて新たな指導者を迎える。






 いま、L4にある廃棄されたコロニー・メンデルの宇宙港では、戦争の終結を祝い、戦死者の慰霊を願うパーティーがささやかながら行われていた。
「失ったものも大きいけれど、これでようやく平和になる」
 そう言ったカガリの声が、キラの耳に飛び込んできた。
 平和になる。ほんとうに……?
 キラは、エアハッチの向こうに広がる宇宙を見つめた。
「キラ、どうした?」
 何もない空間を見つめるキラに、アスランは声をかけた。
 幼なじみだったのに、再会したら敵同士で、本気で殺しあって。
 けれど、いまはこうして隣に立って、共に生きて行くことを誓った、誰よりも大切な人。
 それがいまのキラとアスランだった。
「アスラン……」
 振り返った哀しげなキラの瞳を見て、彼が何を考えていたかわかってしまう。
 アスランもさっき同じことを考えていたから。
「行こう、キラ」
 じっと目を見つめて、コクリと頷く。
 それだけで、キラにはわかるはずだから。
「そうだね」
 案の上、キラは小さく微笑んだ。
 二人は連れ立って、人気のないアークエンジェルへと入っていった。


 アークエンジェルのブリッジには、喧騒を避けて一人佇むマリュー・ラミアスの姿があった。
「マリューさん」
 振り返った彼女の瞳は涙に濡れていた。
 帰らぬ人となった人を偲んでいるのはわかっている。
 そんな彼女に鞭打つようだけれど、これから話すことは、いまこの時をおいて話す機会がないかもしれないから。
 キラは静かに切り出した。
「こんな時に悪いんですが、お話したいことがあります」
「キラ君……」
「マリューさんは、この後、どうされるつもりですか?」
「え……?」
「マリューさんはアークエンジェルは脱走艦だと言いました。時効がないとも聞いてます。それで地球に戻って無事でいられますか?」
 マリューは思わず息を飲んだ。
 まだ年端もいかぬこの子供達が自分よりも先の未来を見つめている。
「僕達の考えを聞いてもらえますか?」


 全てを話した時、マリューは真っ青な顔をして、座り慣れた艦長席に身体を沈めた。
「そんな……」
「僕達の杞憂であって欲しいと願っています。でも、絶対にならないという保証もいまはないんです」
 マリューは黙って立っていたアスランの顔を見る。
 すると、アスランも黙って頷くのだ。
「わかったわ……、キラ君の言う通りにしましょう。全ては私の責任において。後のことは頼むわね?」
「はい」
 ブリッジを出て行く二人の背中を見ながら、マリューは静かに見送った。







君とある未来

1







 そして月日は流れ……。

 広大な敷地に子供たちの声が響き渡る。
「テヤンデイ!」
 子供たちの後ろからピンク色のハロが跳ねながら追いかけていく。
 戦時、国家反逆罪で追われたシーゲル・クラインの屋敷は、パトリック・ザラ直属の部隊によって荒らされてしまったが、いまはもう元の緑豊かな光溢れる姿を取り戻している。
「さぁ、みんなお茶にしましょう?」
 ラクス・クラインが走り回る子供たちに声をかける。
 和平が成って、プラントへ戻ってきたラクスは、戦災孤児を集め、自分の屋敷に住まわせている。
『プラントの歌姫』としての活動も再開し、追悼慰霊コンサートや平和式典などで歌い、いまや慈善活動家として名が知られている。
 そんなラクスを慕う者は今も多く、支援者も後を絶たない。
「キラ、あなたも一息いれてはいかがですか?」
 日のあたるテラスでノートパソコンを広げていたキラの横に、ラクスは紅茶を入れたカップを置いた。
 キラ・ヤマトは、オーブへ戻らず、ラクスの元に身を寄せ、子供たちと時を過ごしたり、図書館に一日中入り浸ったりという、隠遁に近い生活を送っていた。
「ちょっと待って、これを書き上げちゃうから」
「またアスランにですの?」
「うん、いつものね」
「私にも貸してください」
「え?」
 ラクスは有無を言わせずにキーボードへと手を伸ばし、書きかけのメールに続きを打ち込んでいった。
『ラクスがお茶にしようと言ってきたから、この続きはまた後で。愛してるよ、アスラン』
 モニターを目で追っていたキラは慌てて手を伸ばすが、ラクスはそのまま送信ボタンを押してしまった。
「ちょっ、ちょっと! ラクスッ!」
 ラクスはクスクスと笑う。
「いまのメールを読んだ時のアスランの顔が見たいですわ」
「ラクス……」
 はぁ〜っ、と諦めたようにキラは溜息とついた。
 キラの恋人、アスラン・ザラはオーブにいる。
 パトリック・ザラの息子でありながら、任務を放棄し、オーブへ加担したアスランは、プラントへは戻らなかった。
 それは自分自身の命を守るためでもあり、キラとともに願った未来のためでもある。
 離れていても不安はない。
 もう何も出来なかった子供ではないし、自らの意思で選んだことだから。
 それに、同じ未来を見つめているという絆が二人にはある。
「オーブはどうですの?」
「ん、あまりいい状態とは言えないみたいだ。ウズミ様の支持者は、大半が亡くなられていて……」
 命がけでキラ達をオーブから脱出させてくれたが、いまここでそれが裏目になっている。
 首長こそカガリの名前になっているが、閣僚の中にはモルゲンレーテとの癒着で更迭されていたが返り咲いたという者もいる。
 カガリがそれらの者たちを抑えきれるかというと、キラですらカガリをよく知るだけに不安になる。
「アスランもお辛いでしょうね」
 たとえ傍にいても、未成年でザフトからの亡命者でパトリック・ザラの息子であるアスランに発言権を持てる訳もないから。
「オーブにいた頃には、政治なんて興味なかったのに……」
「私もですわ。大変、もうすぐ雨の時間ですわ。子供たちを中に入れなくては」
「僕が行くよ」
「では、お願いします」
 子供たちが中に入ると、空がにわかに曇り、雨が降りだした。
 庭の木々が濡れる光景を見ながら、キラはぼんやりと思うのだった。






 世界にまた黒い雲がかかり始めていると……。
















「キラ、お客様ですわ」
 クライン邸には訪問客が多い。
 そのほとんどがラクスを訪ねてくる支援者、かつてクライン派と呼ばれた人達だが、わずかにキラを訪ねてくる人もいる。
「よぉ、キラ」
「邪魔するぞ」
 勝手を知ったように入って来たのはディアッカとイザークの姿もあった。
 始めは相反する陣営にいた彼等は、数少ないプラントの友人だ。




 イザークに初めて会ったのは、終戦直後のアークエンジェルだったが、その時は挨拶程度の言葉しか交わさなかった。
 ディアッカに紹介されたものの、イザークには複雑な想いがあって、『デュエルのパイロットだ』としか言えなかったのだ。
 ちゃんと言葉を交わしたのは、プラントでの生活がようやく落ち着いてきた頃だった。
 ディアッカになかば無理矢理連れられてきたイザークは、開口一番こう言ったのだ。
『いまさら貴様を撃ちたいとは思わない。だが俺の気がおさまらない。だから勝負しろ』と。
 傲慢とも思える高飛車な口調に驚きはしたが、ディアッカに「コイツは誰にでもこうだから気にするな」と言われ、実際ディアッカにも同じように話しているのを聞いて納得するしかなかった。
 そしてイザークはキラをアカデミーへと連れだしたのだった。
 あれこれと連れ回された結果、イザークが勝てたのは生身での格闘戦と射撃だけ。
 さすがに格闘戦では、体格差もある上に、軍人としての訓練も経験もないキラにイザークはすんなりと勝てることができたが、射撃では、銃を撃つのは2回目というキラに後半どんどん追い上げられた。
「ザフトの紅を4人まとめて相手しただけはあるねぇ〜」
 傍観を決め込んでいたディアッカがヒュ〜ッと茶々を入れるのをギロリと睨み付けたイザークだったが、ほぼ互角の成績だったアスラン以上の能力を、キラの中に見た。
 次にイザークがキラの前に現れた時、その顔からあの傷が消えていた。
 その後、イザークは一人で現れては時々キラをアカデミーへと連れ出して、勝負をしかける。かつて、アスランに対してしていたように。




「こんにちは、ディアッカ。イザーク、また勝負するの?」
「いや、今日は違う」
「ホント懲りないヤツだよねぇ〜」
 笑いながら溜息をつくディアッカの足をイザークは無言で踏み付ける。
 小さな悲鳴を上げるディアッカにキラはクスクスと笑った。
 そんなキラを、イザークは軽く睨み付けるが、それでもキラは笑い続ける。
 諦めたように小さく溜息をつくと、真剣な顔つきになってイザークはキラに問いかけた。
「キラ、貴様はここで何がしたいんだ?」
「え?」
「一年間、貴様を見て来た。まるで年寄りのようだ。貴様は一体ここで何をしたいんだ?」
「心配してくれてありがとう、イザーク。でも、ちゃんとやりたいことをやってるから」
 キラは穏やかな目でイザークに笑いかける。
「そうは見えん。なりたいものとかないのか?」
「なりたいもの……」
 キラは呆然と呟いた。
 小さな時からできないことなどなかった。
 だから、何かに興味を持つことなんてできなくて。
 アスランにもよく言われた。
『キラはどうしてそうなんでもいい加減なんだ? ホントは俺より優秀なクセに』と。
 ヘリオポリスに移ってから、その傾向はますます顕著になった。友人はみんなナチュラルだったから。
 オーブは中立国とはいえ、元は地球の一国家だ。
 ナチュラルとコーディネーターを分け隔てることなく迎え入れてはくれるけど、人口の割合でいえばコーディネーターは1割にも満たない少数派だ。
 そんな中で、キラは誰かと競うようなこともなく、尊敬と畏怖の視線にさらされた。
 何かになりたいとか、そんなこと思う間もなく、ここまで来てしまったのだ。
「なりたいもの……ないや……」
 儚げに目を伏せて笑うキラに、イザークはただアイスブルーの瞳で見つめている。
「でもね、夢はあるんだよ? いまはそのためにここにいる」
 顔を上げたキラの瞳に確かに強い意志が宿っているのを見て、イザークはそれ以上何も言わなかった。







イザーク出ばってますが、アスキラです。