『アヤマチ』スペシャル
INTRODUCTION
2002年、東京。
この大都会の片隅に、1組の前代未聞・摩訶不思議、ラヴラヴボケボケなスーパー
カップルが密かに生息していた。
地球上、どれほど必死になって探そうとも、これ以上奇妙なカップルにはお目にか
かれないのではないかと思われる、この2人。
工藤新一と黒羽快斗(とりあえず50音順)。
名前からも分かるだろう、この2人は男同士であるという単純かつ明快な事情も抱
えていたが、そのうえ、工藤新一とは、今や日本で1番の人気と実力を誇る探偵であ
り、対して黒羽快斗は、これまた日本で最も有名な犯罪者、世紀の大怪盗キッドその
人であったのである。
そんな非凡すぎる2人が普通じゃない出会いをして恋に落ち、ラヴラヴな関係を築
き上げるに至るまでには、涙あり笑いありの、壮大かつ切ないラヴストーリー
が………………などというものは全くなかった、ということが、このカップルが奇妙
だと評される最大の要因であった。
出会いに関してはまぁ、それなりのドラマはあったわけだが、如何せん、そのとき
はただの怪盗と探偵にすぎなかった。
つまりは敵、良く言ってもライバルという程度の関係。
最初の対決が高校1年のときであり、以降、紆余曲折ありながらもライバルであり
続けた(はずの)2人の関係が変化したのは。――何を隠そう、なし崩し以外のなにものでもなかったのである。
なし崩しってどういうことかって?
その点に関してはできれば触れたくないのだが、この2人を語る上では避けて通れ
ないエピソードであるので、語り手としては甚だ不本意であるが説明することにしよ
う。その前にあえて一言お断りしておくが、甚だ不本意であるというのは語り手自身に
も僅かばかりの恥じらいがあるということを意味する。こんな下らない駄文を世の皆
様のお目に触れさせることが恥ずかしいというわけではない(もしそれを恥じている
のであれば即刻サイトを閉鎖しなければならないだろう)。それでは何かというと…
それはおいおい明らかになるだろうから、ここでは割愛させて頂くことにして、話を
進めよう。それは3月末のある日のことだった。
朝、ごく普通に目を覚ました黒羽快斗は、自分が見知らぬ部屋のベッドの中にいる
ことに気付いて愕然とし、さらに、腕の中にライバルかつ密かに片想いしている相手
である名探偵の姿(しかも全裸)を発見し、目の前が真っ暗になるという貴重な経験
をした。
名探偵こと工藤新一にしても、自分の部屋のベッドに知らない男がやはり裸でいる
のだから呆然とするしかない。
そう、何とも恐ろしいことに2人とも、昨夜バーで飲んでいたとき以後の記憶が微
塵も残っていなかったのだ!
その前のことは何となく記憶に残っている。居酒屋で会って二次会に繰り出したと
いうことまでは。
しかし目の前にウィスキーのグラスが置かれた状態から一気にベッドの上に移動し
ているという現状に、さすがに2人とも途方に暮れた。
何故かといえば要するに。
有体に言ってしまえばこの2人!
あろうことか泥酔して男同士でそういうコトに及んでしまった挙句に、すっぱり記
憶を飛ばしてしまっていたのである!!!
…とりあえず、お互いが探偵と怪盗であり、かつ、そういう関係を持ってしまった
という事実だけはどうにか受け入れて。
片想いしていた相手に告白もしないうちから手を出してしまった怪盗は、探偵がフ
リーだということを確認するやいなや、自称・恋人として工藤邸に家財道具を一式持
参して押し掛け、そのまま同居生活が始まったのだった………。という、文章にしてしまうと何ともいいかげんかつ無責任な始まり方であったが。
そういう始まりだったことを考えると、数ヶ月の同居の間にすっかりラヴラヴ〜な
カップルに成り果てているのが語り手としては不思議で仕方ない。そもそもこの2人、1人ずつでも充分過ぎるほど一筋縄ではいかない一癖も二癖も
あるような天才たちだった。まずは黒羽快斗という人物を見てみよう。
嘘か本当か知らないがIQ400もあるという大天才にして、手先の器用なマジシャ
ン志望の東都大の理系の大学生。
人懐っこく付き合いもノリも非常に良い彼は皆の人気者的な存在であるが、怪盗
キッドという他人には言えない裏の顔を持つ。
そんな彼は、実は外見とは裏腹に非常に気難しい人間だった。
自分が興味のあることしかやらないし、自分が興味を抱いたことについてはとこと
ん突き詰める凝り性。そしてその我侭ぶりを周りに非難されても一向に堪えないゴー
イングマイウェイさも持ち合わせている。一応賢いので、とりあえず他人には嫌われ
ないようにするだけの処世術は心得ているが、基本的に一匹狼タイプである。
そんな彼には可愛い幼なじみがいた。
誰よりも純粋で正義感が強くてちょっとボケた隣の家の一人娘は、たしかに護って
やりたいと思わせる存在であり、快斗としても真剣に慕われて悪い気はしなかった。
しかし、彼女はとにかくマジメである。
いろいろ煩く言ってくる彼女は自由奔放に生きる快斗にしてみればちょっと煩わし
いのも否定できず、さらに言えば、裏の仕事のこともあって距離を置かざるをえな
かったこともまた事実であった。
そしてまた、快斗は異様なほどモテた。
顔が良いのは言うまでもない。頭が良いのも言うまでもなく、女のあしらい方も心
得ている。快斗自身も女の子と遊ぶのは嫌いじゃなかったから、ますますモテた。
わりとあっさりした快斗の性格もあってか、大学に進学した頃から「来るものは拒
まず去るものは追わず」状態で数多くの女性たちと遊びまくり、当然のように幼なじ
みとのそういう雰囲気は消えてなくなったことは、後から考えれば、果たして良かっ
たのか悪かったのか。
そんな快斗が唯一、自分から興味を持ったのがライバル的存在の稀代の名探偵で、
他の女性と遊びながらも決して忘れることがなかったという執着ぶりでもあった。
…それを考えると、現在のあのラヴラヴっぷりは非常に良く理解できるというもの
であろう。
まぁどんな経緯であれ、何よりも欲しかった大本命の名探偵が無事に(?)手に入
り、もちろん遊びもやめて、現在は献身的な愛を名探偵に注ぎながら概ねマジメに
日々を過ごしているわけである(時々いろいろ失敗もするが、それも1年前に比べれ
ばかすり傷のようなものだろう)。そんな彼を評して、友人Y氏いわく。
「まぁ相手が工藤だし…迷惑なほど幸せボケしているけど、当人たちが幸せだってい
うなら俺は別に構わないよ。」
日頃、散々迷惑を被っている立場のわりには寛大なコメントである。
さすがY氏!(笑)
次に工藤新一という人物に移ることにしよう。
世界的推理小説家を父に、往年の美人女優を母にもつ、言わずと知れた「東の名探
偵」。その実力は世間をして「日本警察の救世主」と呼ばしめるほどのものである。
現在の身分は一応、東都大学の学生であるはずだが、事件と聞けば講義なんてそっち
のけであるのは高校時代と変わりない。
この名探偵がまた変わり者である。
とにかく好奇心が旺盛で、興味を持った謎は解けるまで離れない。その性格と優秀
な頭脳が迷宮なしと褒め称えられる推理に役立っていることは疑う余地もないが、事
件に夢中になると他のことは何も見えず、一歩先に危険があるかもしれないなどとい
う危機感を持ち合わせていないため、周囲はいつも心配されられっぱなしである。
しかしどれほど痛い目に遭っても懲りず、異様に立ち直りというか開き直りが早い
ところが、工藤新一という人物のすごいところだ。
高校2年のとき、怪しげな取引現場を目撃して夢中になっている間に毒薬を飲まさ
れ、10歳も若返ってしまったという事件は彼の波乱万丈な人生でも最大の事件だと
いえるだろう。彼は直後はショックを受けていたようであるが、24時間経過しない
うちに偽名を名乗り、小学生として幼なじみの家に居候するという前向きな行動を
取っていた。
もちろんそれを肯定的にも否定的にも評価できるだろうが、とにかく、小学生に
なってしまったという現実を受け入れて対処するだけの順応性を持つということは特
筆すべきであろう。
そんな新一はいろいろあって無事にもとの姿に戻ったわけだが、生来の性格はちっ
とも直らなかった。
つまり、目の前に謎がある限り、他のものは何も目に入らないのである。
世話にもなった可愛い幼なじみのことを彼も好きだったはずなのだが、どうしても
事件よりも優先することができない。幼なじみの方も新一の性格をよく理解してい
て、恋愛関係を発展させることなく、幼なじみとして付かず離れずの距離を保ち続け
て今に至る。
彼自身が好きだった相手でさえそうなのだから、いくら顔が良くて頭も良くて人気
があろうとも新一に恋人なんかできるはずがない。
我侭というわけでもないし、他人を寄せ付けないというわけでもないのだが、そも
そも恋愛に向くタイプではないのである。
こういうタイプを落とすには、とにかく攻めていくしかあるまい。
…かくして、一夜のアヤマチを経験してしまった新一は、「ま、いっか」の一言で
それを片付けようとしたわけであるが。
それを切欠に相手に押し切られて何となく恋人になり、何かいろいろ考えてみた方
がいいのではないかと思わせるような自身の状況も省みず、何だかんだ言っても幸せ
に日々を過ごしているのだから世の中とはうまくできているというべきなのかもしれ
ない。そんな彼を評して隣人A嬢いわく。
「要するに何も考えていないだけなんだけど、それで幸せを満喫しているんだから構
う必要はないんじゃない?」
小学生とは到底思えないコメントをありがとうございます。
というわけで。
他人から見れば決して問題がないわけではないはずなのに、当人たちにしてみれば
何の問題もなく、至って平和かつ心穏やかに暮らしているこのカップルは、ことある
ごとに我々に明るい笑いを与えてくれているのだった………。
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