携帯メールの謎(『アヤマチシリーズ』特別編)
それは今日から11月という朝のことだった。
…なんだか喉がカラカラだ。
喉が渇くせいか、飲み過ぎた翌朝ほど早く目が醒める。
どういうわけか一風変わった癖がある名探偵・工藤新一は、そういうわけでこの朝
もまだ外が暗いうちから、非常にさわやかに(?)覚醒した。
昨夜は飲み過ぎたのだが、頭痛もないし、とりたてて気持ちが悪いということもな
い。
普段は寝起きが悪いくせにこういうときだけぱっちりと目が覚めてしまうというの
と、ほんの少しだけ頭が重いような気がすることそしてやたらと喉が渇くというの
が、工藤新一の二日酔いのパターンのすべてである。
ベッドサイドに置かれた目覚まし時計を見てみると、6時過ぎ。
隣を見下ろせば、当然のことながら同居人・黒羽快斗はまだ熟睡していて、新一が
起き上がってもまったく目を覚ます気配はない。
自分がこれだけ二日酔い気味だとすると、どちらかというと自分より酒の残るタイ
プである同居人(兼恋人)は、午前中には起きられないだろうと今までの経験に鑑み
て新一は判断した。
いや、もしかすると今日の講義は絶望的かもしれない。
くしゅん、と小さくくしゃみをして、もう11月だし、この時期にもなるとそろそ
ろ裸で寝るというのは考えものだ、と思いながら。
名探偵はシャワーを浴びるためにそっとベッドを抜け出した。
*****
1人でシャワーを浴びてコーヒーを飲み、新一が自分の部屋に戻ったのはそれから
小1時間ほどしてからのことだった。
いい加減7時過ぎて、いくら秋の気配が濃厚だといっても、窓の外はかなり明るく
なっている。が、明るいとも言い切れないのは、どうやら今日は雨模様のようだから
である。
べつに天気のことはどうでもいいが、問題はベッドの上の同居人。
とんでもない一夜を過ごして、成り行きで一緒に暮らすようになってからすでに半
年以上が経っている。新一はあまりマメなタイプではないが、それでも同居人の生活
パターンはほぼ把握しているつもりだ。
同居人の寝顔を覗き込みながら、今日は金曜日だから、快斗の金曜日のスケジュー
ルは…と頭を機能させる。
確か1限から必修の講義が入っていたはずだ。何の講義なのかは知らないが、人数
が少ないせいか、理系の方が必修科目が多いらしい。
とにかく1限と2限が必修で、3限が空き時間、4限に一般教養科目が入ってい
て、その後はサークル(奇術同好会)というのが金曜日の平均的なスケジュールだと
思う。
近いうちに裏の方の仕事が入っているということもないから、少しは修正すべきと
ころもあるかもしれないが、ま、大体こんなところだろう。
ということは、9時に大学に着かなければならないわけであるが、この様子からす
ると、まぁ、やはり午前中に大学に行くのは不可能というべきだろう。
ちなみに新一自身は2限にフランス人の先生のフランス語があるので、それまでに
大学に行けば良い。今から起きていれば2限には余裕で間に合うが、もう一眠りする
時間はないというところである。
だから、自分はそれほど慌てることはないとして。
「快斗、そろそろ起きないと1限に間に合わないぞ!」
無駄だろうとは知りつつも、新一は一応、掛け布団の上から快斗を揺すってみた。
何もしないでサボりを容認するのは、なんとなく後ろめたい気がするから、形だけ
でも起こす努力はした方がよい。
「快斗!」
「………うーん………」
「快斗!!」
3回ほど呼びかけても固く閉じられた目蓋が開く気配は皆無で。
…まぁいいけど。
新一は軽く息を吐いて、快斗の寝顔を上から見下ろした。
飲みすぎた翌日の快斗は徹夜明けで爆睡しているときよりも性質が悪い。起こすこ
とは早々に諦めて(というより、初めから真面目に起こす気はなかったのではある
が)、新一はベッドの隣にある自分の机の椅子に腰を下ろした。
…そういえばメールに返事をしなければならないな。
なんとなく快斗の寝顔を眺めているうちに、昨夜、店で飲んでいる最中に友人の服
部平次からメールが来ていたことを唐突に思い出して、机の上に放置してあった携帯
電話を手に取る。
その平次からのメールというのは珍しく真面目な内容で、平次が大阪で手がけてい
る事件に関する相談だった。
そんなことを思い出しながら携帯電話を見てみると、電池が随分と消耗している。
平次にメールを送信したら充電しようと思いつつ、昨夜のメールの内容を思い浮か
べながらメールを打ち始めた新一だったが。『服部へ
返事が遅くなって悪かった。
昨日の件だけど、絞殺なら凶器があるはずだろ?
そこから指紋でも採れるんじゃないか?』このような文面で3行ほど打って、新一は違和感に眉を顰めた。
…何かおかしい。
というのも、漢字の変換が全部一発で出るのである。
『服部』とか一般的に使う単語が出るのは分かるが、『絞殺』などの専門用語にな
ると、普通はそんなにすぐには出てこない。
いくら新一が探偵で、他人から見れば物騒としか言いようがないメールをしょっ
ちゅう書いているとしても、『指紋』やら『絞殺』などという単語が出てくるような
メールはそんなに多くないはずだ。
パソコンならともかく、たかが携帯電話がそれほど賢いとも考えられないし。
と思ったところで、瞬間的な判断によって、新一は送信履歴を見てみることにし
た。
すると。
『To服部平次 10月31日23:50』
という送信履歴を見つけて、新一は携帯電話の画面を見下ろしたまま凍りついた。
そんなメールは書いた記憶がない。
時刻からするとその頃はすでに店を出た後で、適度以上に酔っていたものと思われ
る。
…一体どんなメールを送ったんだ?
自分の行動が怖くなって、慌ててそのメールを開いてみると。『服部へ
返事が遅くなって悪い。
さっきのメールだけど、絞殺なら凶器があるはずだ。
そこから指紋でも採れるんじゃないか?』今しがた自分が送ろうとしていたメールとほぼ同じ内容が出てきて、新一はしばら
く身動きひとつできなかった…。
*****
――一体どうしてこんなことになったのか。
気持ち良さそうに朝寝を貪っている快斗の寝顔を見守りながら、新一は昨夜の記憶
を遡ってみる。昨日は久しぶりに快斗と2人で外に飲みに行った。
というか、その前に買い物するのがメインの目的だったのであるが、まあ、快斗に
言わせればいずれにせよデートということになる。
新一としては今度の週末に結婚式に招かれているので、それに着ていく服を買いた
いだけだったのであるが、快斗は俺がコーディネートする!と言って引き下がらな
かった。
…べつに結婚式に一緒に行くわけでもないのに。
率直にいって新一は、他人の着る服を選んで何が嬉しいのか、と思ったが、デパー
トまで来てそんな下らないことでケンカをするのも躊躇われたし、まぁたまには良い
かとスーツを選ばせた。
ちなみに、その後で快斗のジーパンを買うときには、(無理やり)新一が選んで
やった。
負けず嫌いというか、よく言えば対等でありたいという意図によるものらしい。
要するに、学校帰りに買い物に行き、それを済ませて普通に飲みに行って、ただそ
れだけのことだったのに。
少しばかり飲み過ぎて、記憶が曖昧になっていた、というだけのことなのだが、
メールの送信履歴にまた記憶にないものを見つけて、新一は眉を顰めた。
『To黒羽快斗 10月31日23:58』
時間からすると、先ほどに平次へのメールのすぐ後ということになる。当然のこと
ながら快斗と一緒にいたはずなのに、何故メールなんか送る必要があるのか。
しかも、さらに不可解なことに、3通も続けて送った形跡がある。
誰でも抱くであろう疑問を抱いて、その中の最後のメールを開いて。
「………………」
新一は唖然としてメールの文面を繰り返し目で追った。
文面といってもただ1行だけ。
『愛してる』
…なんて、冗談でも言わないのに(冗談でも?)、後にまで残る可能性のあるメー
ルに書くなんて信じられない。
てか、マジ信じられない!
凍りついた新一は、心の中で自分の理性を罵るが、そうしてみたところで今さらど
うにもならないことは言うまでもない。
ま、それはともかくとして、どうしてそんなメールを、しかも本人がいる目の前で
送らなければならなかったのかという謎(本人がいなくとも謎だが)を解くために、
新一は受信メールを開いてみた。
すると、同じ頃に快斗から数通のメールが入っている。
『From 黒羽快斗 10月31日23:52』
こんなメールを受け取った記憶は微塵もないが、既読になっているから見たことは
見たのだろう。
そして、仕方がないので新一が原因を探るために最初のメールを開いてみると。
『服部ばっか構ってないで愛しのダーリンにもメールくれよ!』
「…バカ?」
あまりに子供っぽい文面に、本気で呆れ果てた目でベッドの上の恋人を見遣る。
熟睡している快斗はもちろん気付かないが、新一はもう一度、バカ、と小さく呟い
てため息を吐いた。
どんなに人間離れした知能指数を誇っていても、その使い道を誤っているのが黒羽
快斗という男である。
やはりとてつもなくバカだ、と新一は自分のことではないにしてもひどく情けない
ような気分に陥りながら、その次の着信メールも開けてみた。
『愛してるって言ってくれるまで帰らないよ〜』
すると今度はこんな文面が出てくる。
…なるほど、コレがアレの原因か。
しみじみと納得しながらも、その原因と結果のあまりのバカらしさに、二日酔いで
もないのに頭がクラクラするのを抑えられない。
いくら駄々をこねる快斗を宥めるためとはいえ、いや、そんな下らない理由であん
な恥ずかしいメールを送ったとは、余計に情けなくて涙が出そうだ。
今まで酔い潰れていろいろな目に遭って来たが、これは普通に酔い潰れるのとは別
の次元で大問題だと思われる。
酔い潰れていない普通のときだったらきっと、「だったら帰って来るな!」とでも
言って、駅に置き去りにして1人で帰ってきてしまうのだろうが、理性と常識とを半
ば飛ばした状態ではそうもいかなかったらしい。
…どちらが人間として正しい行いなのか、と言われると、一概に平常時の方が正し
いともいえないような気もしなくもない。
しかし、名探偵と名高い工藤新一の無駄に高いプライドは、たとえそれが自分で選
んだ(…といえるのかどうかも怪しいが)恋人であっても、男相手に「愛してる」な
どと言うことを許さないのだ。
一体この2人の関係にプライドを云々する余地がどこにあるのか、という疑問もな
くもないが、本人にとっては重要らしい。
ま、だが何といってもあれだけ酔っていたのでは仕方がないと割り切ることにし
て。
大体の事情は把握できたが、新一はついでに残りのメールも見てみることにした。
すると。
「しんいち〜」
『新一、愛してるよ〜v』
「あいしてるよ〜vvv」
ニヘラ〜っとしまりのない顔で快斗がモゴモゴと言っている寝言とまったく重なる
メールを読んで、新一は本気で目の前が真っ暗になって、快斗の寝ているベッドの上
に倒れこんだ。
他人のことは言えないかもしれないが、しかし。
…んな恥ずかしいメールを送ってくるな!!
耳まで真っ赤になって心の中で盛大に毒づくが、それを向けられる相手は現在夢の
中。
しかも、どんな夢を見ているのだか、寝言が寝言であるし、何かが果てしなく絶望
的なような気分に陥る新一である。
一体、自分はどこで人生の選択を誤ったのか。
ベッドに顔を伏せたままで今さらながらそんなことを考えていると、布団の中から
快斗の腕が伸びてきて、新一の首に巻きついた。
「ん〜もっと一緒に寝よ?」
「はぁ?」
起きたのか?と視線だけ動かして快斗の方を見たが、まったく目は開いていない
し、呼吸も寝息にしか聞こえない。
…とすると、これも寝言なのか。
ますます絶望的な気分になって新一は布団に突っ伏していたが。
「もっとこっちに来て!」
などと、やけに明瞭な寝言とともに快斗に引き寄せられ。
「おい、俺は学校が…!」
布団の中に引き込まれて抱き締められたところで黙ってもいられずに抵抗したが、
熟睡しているくせに抱き締めてくる快斗の力が強くて逃れられない。
結局そのまま新一もベッドに逆戻りすることになり、当然のごとくフランス語をサ
ボることになったのだった。
The END.
小夜眞彩様よりのコメント
りゅう様、非常に下らない駄文で恐縮ですが、懺悔品の『アヤマチ』です。『アヤ
マチ』はどうやっても下らない話にしかならないのでこれでお許し下さいませ。
もちろんと言いましょうか、これも6割ぐらい実話です(笑)。…もはや笑って済
ませてよいものかどうか、分からないのですが。私もこの新一さんと同じで二日酔い
にならないので、あまり懲りません(苦笑)。
何はともあれ、オマケとともに謹んで進呈いたします。どうぞ今後とも宜しくお願
い致します。
- 小夜眞彩様のサイトに通うきっかけにもなった『アヤマチ』をいただけて、光栄です。
- これからもよろしくお願いします。
なお、このお話は小夜眞彩様のサイトで連載中のシリーズの一部です。設定がよくわからない、という方はゼヒ『INTORODUCTION』や『ヨッシー日記』をお読み下さい。
『アヤマチ』にはやっぱりこの背景かなぁ〜、とちょっと遊んでみました(笑)。
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