光彩の瞬間 -8-






 二人は『海渡』の部屋で夜を明かした。
 一年の渇きを潤すように貧りあった。

「で、探し物は見つかったのか?」
 耳許で囁かれた言葉は睦言にはほど遠い。
 けれど、快斗を驚かすには充分だった。
 いまさら隠すつもりなどないけど、あの頃にはそんなことまでは話していなかったのに。
 記憶を失っていた新一が怪盗キッドがすでにいないことなど、知らない筈なのに。
「バ〜ロ、何そんな驚いた顔してんだよ」
「だって……、なんでそれを……?」
「お前が何かを隠してるのはわかってたから。それが怪盗キッドだとは思ってもみなかったけどな。あとは、今日、記憶が戻ってから推理した」
 適わない、この光の魔人の慧眼には……。
 快斗は、フウッと溜息をついて呟いた。
「見つかったよ。あの後すぐに、ね」

 快斗はキッドのことを、全て話した。
 父のこと、組織のこと、パンドラのこと。
 新一を失ってまで、やり遂げたかったことの全てを。
 全てが終わった後で、快斗に残されたものは果てしない虚無だったことも。
 喜びも哀しみもない、無限の無。
 それでも自首する気にだけはなれなかった。
 捕まるならば、新一に。
 それは逃げでも、言い訳でもなく、叶うはずなどない願いだった。
「新一、まだ遅くはないよ?」
 新一は快斗の言葉の意味を違うことなく理解し、快斗の顔を見つめる。
「監獄だけが償いじゃない。俺の傍にいることの方が、お前はより重い十字架を背負うことになる。それでも、お前は俺の傍がいいんだろ?」
 冬の湖のように冷たく澄み渡る蒼い瞳に貫かれることが、快斗にとって甘くて苦しい贖罪となる。
 泣き笑いの表情をした快斗に、新一はそっと身体を預けた。






 新一の身体を抱き締め、優しく髪を梳きながら、快斗も聞きたかったことを尋いた。
「俺の方も聞きたい。どうして記憶が戻ったの?」
 記憶が戻って、こうして傍にいることを許されて。
 それはそれで嬉しいけど、あまりにもタイミングが良すぎる。
 自分に会ったことも関係してるだろうと思うけど、それだけではないと快斗は思った。
「きっかけは昨日……もう一昨日か、の朝だった」
 新一は快斗の部屋で写真を見たことを話した。
 いくら記憶がなくても、自分の顔を見間違えることはない。
 子供の頃の写真ならそういうこともあるだろうが、あの写真はたかだか一年ちょっと前に撮ったものだ。
 自分と親しげに肩を組んでいる男が、自分に会っても何も言わずにいる。
 となれば、例え探偵でなくても、快斗が自分の記憶に何かしら関わりがあると考えるのはたやすいだろう。
 快斗がなぜ自分を知っていることを黙っているのか。
 どうしてもその理由が知りたくなった新一は、強行手段に出たのだった。
「逆行催眠!?」
「そ」
 物凄く短い答えを返した恋人に、快斗はがっくりと肩を落とした。
「あのね、新一。それがどんなに危険なことかわかってる? もしものことがあったらどーすんだよッ!」
「いーじゃねーか、何もなかったんだから……」
 どうしてこんなトコだけは記憶がなくても変わらないのか。
 旺盛すぎる好奇心を制御できずに、小学生になったことはなんの教訓にもなっていない。
「お願いだから、これからはもうそんなムチャはしないで!」
 泣きそうな顔で縋り付いて哀願する快斗に、新一も気まずく頷いた。
「善処する。一応……」
 納得のいく返事ではないけれど、あまり責めるとやぶへびになりそうだから、それ以上は言わなかった。
「記憶が戻った時、どんな気持ちだった?」
「そうだなぁ……。やっぱり俺の推理は正しかった、って思ったかな」
「……なに、それ」
「だって、俺が譫言で呼んだのお前だろ?」
「そうだろうけど……」
 もっと甘いことは考えなかったのか、と快斗は自分勝手なことだとは思いつつもいじけてしまう。
 実のところ、新一は快斗がマジシャンとしての第一歩を踏み出していることが、何より嬉しかったのだが、そんなこと恥ずかしくて言えるかバーロッ!というのが本音である。
 そして、いまでも快斗が自分を必要としてくれるか、不安が募った。
 あの写真があったから、好きでいてくれてるのだろうとは思ったが、必要とされるのとは違う。
 一年前、快斗は自分よりキッドであることを選んだ。
 快斗の選択を恨むつもりも、責めるつもりもないが、いままた同じ選択をしないとは断言できない。
 実際、快斗の心の中にはそういう選択肢もあったのだから。
 新一なりに考えた結果が、昨夜のあれ。
 それでよかったのかはわからないが、結果オーライでいいだろう。
 決して口にしたりはしないが、新一は快斗のためなら命を差し出しても、記憶を奪われても……そして探偵を辞めてもいいほど惚れているのだ。

 そんなことを新一が思っているとは、露程にも思っていないであろう快斗は縋るように新一を抱きながら囁いた。
「もう一回、してもいい?」
 新一は、クスッと笑いながら、快斗の首に腕を回し、自分から口づけた。





















 いよいよ嘉明の誕生日パーティーが行われる日となった。
 厨房もメイド達も、執事の森田もてんてこ舞いの大騒ぎだ。
 快斗も大広間で、照明の位置やテーブルの配置などを確認しながらショーの構成を槇達と確認したりと忙しそうだ。
 新一は、その様子を部屋の隅で、嬉しそうに見つめていた。











 そして、日が傾き始めた頃、洋館の前庭は高級車で埋め尽くされた。
 大広間には、着飾った老若男女が溢れ、メイド達はその人の波を縫うようにして飲物を配り、カラになったグラスを集めている。
「すっげ〜! あれ、映画監督の大塩幸春じゃん! こっちは大物歌手の森たか江だしッ! お、あっちには作家の高橋顕もいるじゃん!」
 白いステージ衣装に身を包んだ快斗がミーハーな声を上げているのを、新一は隣で冷ややかに見つめる。
「バ〜ロ、来年にはお前もあの中に入るんだぜ?」
「へ?」
「専属契約、取るんだろ? お前に限って、自信がねーってことはないだろ、月下の魔術師サン?」
 まだ追い追われる関係だった頃の名を呼び、新一はニヤリと笑う。
 快斗はその笑みにニッコリと笑い返した。






「それでは、皆様。本日のスペシャル・ゲストにご登場いただきましょう。新進マジシャンの黒羽快斗君です」
 たんたんとした男性司会者の声が、快斗を紹介すると、照明が落ちる。
 静かな音楽と共に、ピンスポットが当たると、快斗の姿が浮かび上がる。
 滑らかな動きでカードを操る。
 無限に生まれてくるカードに、人々は一気に魅入られていった。
 快斗が高くカードを舞い上げる。
 宙に舞い散らばるカードは、次の瞬間―――一瞬にして消えた。
 息もつかせぬうちに、大きな青いチーフを取り出して、宙にはためかせる。
 そのチーフを自分の左手にかけ、怪しげに手を翳してから取り払うと、そこにカードが山となって現われた。
「ほぉーっ!」
 会場に感嘆のどよめきが沸く。






 続いて、快斗のお得意の鳩を使ったマジックが始まる。
 会場にいる殆どの人には解らないことだが、一週間この洋館にいた者全てが不思議に思うことがあった。
 それは快斗がこれだけの数の鳩をいったいどこに連れていたのか。
 快斗がこの洋館に来た時には小さなボストン・バッグ一つで、それ以外の荷物が送られてきたことすらなかったのを、森田が後に語っていた。
 それは新一も、それこそ一年以上前から疑問に思っていた。
 前にそのことを快斗に直接聞いてみたことがあるが、「企業秘密」という一言と不埒な手でごまかされてしまったのだった。
 先程のカードのマジックが美しい調べに乗せて静かに動くだけだったのに対し、いまはコミカルなお喋りを交え、客の笑いを誘っている。
「すっかり快斗のペースになってるな……」
 新一はひそかにそう呟くと、自分もまた快斗の織り成す夢の世界へと入っていった。






「それでは皆様。皆様にも少しご協力いただきたく思います。皆様は本日の主役・城之内嘉明氏とご親交がお有りと存じます。皆様の氏との思い出を思い浮かべていただけますでしょうか?」
 ショーも終盤となったころ、快斗は突然そう言い出した。
 人々はそれぞれ頭に嘉明との思い出を浮かべる。
 快斗はゆっくりと檀上から降りると、一番前にいた客に話し掛けた。
「衆議院議員の粕谷様ですね? 差し支えなければ、貴方の氏との思い出をお聞かせいただけますか?」
「彼とは大学の同期なんだよ。同じ水泳部の仲間でね……」
 粕谷議員は饒舌に思い出話を語り出した。 この手の人種にはありがちなことだが、話が段々とズレ始め、長くなってくる。
 だが、快斗もその辺はよくわかっていて、上手に話を切り上げる。
 そして……。
「おや? ちょっと失礼」
と声をかけて、粕谷の頭に手を翳す。
 そのまま手をクルリと回すと、小さな白い花が現れた。
「おぉっ!」
 周囲がどよめくと、今度はその近くにいた客に同じことをする。
 さすがに200人近い全員に聞くことは出来ないようだが、快斗の手の中には、小さな白い花の大きな花束が出来ている。

 最後に快斗は新一の前に立つと、同じように頭の上で手をひらめかせ、花を出した。
 そしてパチンと指を鳴らすと、今度はその手に水色のリボンが現われる。
 起用にそのリボンを花束に括りつけて、ブーケを作った。
 そのまま、新一のもとに跪いた。
「失礼ですが、お手伝い願えませんでしょうか?」
 恭しく跪ずいて見上げられては、新一にしても嫌とは言えない。
 それに、例え新一と快斗がどういう関係であっても、いまここにいる自分はまだ『城之内海渡』なのだから。
 快斗の誘導で新一はステージに立つ。
 鮮やかな蒼のタキシードに身を包んだ新一に、客たちの視線が集まる。
「それでは皆さまの思い出を集めたブーケを、貴方から城之内氏にお渡ししていただけますでしょうか?」
 そう言われて、新一はようやくこの花がエーデルワイスであることに気が付いた。
 花言葉は、『大切な思い出』。
 じっと花束を見つめている新一に、快斗は小声で囁いた。
「この花のプレゼンターには、新一が一番相応しいよ?」
 顔を上げて、新一は快斗を見る。
 ポーカーフェイスの魔術師にあるまじき微笑を、快斗は新一だけに向けていた。
 新一は、小さく頷いて嘉明のところへと歩み出た。
「……、お誕生日おめでとうございます」
 なんと呼びかけていいかわからず、新一はそれだけ言って花束を差し出した。
 嘉明が笑顔でそれを受け取ると、大広間は割れんばかりの拍手に包まれた。






 拍手がまばらになり、やがて静かになると、快斗が大きな身振りで挨拶の礼をする。
 もう一度、拍手が沸き起こり、賞賛の声が飛ぶ。
 嘉明も拍手をしながら壇上に上がり、快斗の手を取って礼を述べる。
 そして、司会者にマイクを寄越すように目配せをした。
 マイクを差し出された嘉明はそれを受け取り、客達を見据えた。
「皆様、本日は私のためにお集まりいただいてありがとうございます。少しお時間を頂いて、私の歳若い新たな友人・黒羽快斗君を紹介させていただきます。この素晴らしいマジシャンが今度私のホテルグループで、すてきなショーを見せてくれることになっています」
 客達は拍手喝采で、快斗を激励する。
 ここにいる何人もの人が、快斗のショーを見るために、また嘉明のホテルへと通うことになるだろう。
 そして、その素晴らしさを周りの人たちに伝えていくのだ。
 いま、快斗の華やかな未来が約束されたことを、新一は誰よりも―――それこそ快斗以上に―――喜んでいた。







快斗のマジック、華麗に決まってるように思えます?
それだけが、心配。
次でいよいよ最後です。ガンバルゾ〜!


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