光彩の瞬間 -9-






 客たちが家路につき、洋館の中には静かな日常が戻ってきた。
 新一は、一人嘉明の部屋を訪れる。
 快斗も一緒に行くと言ったのだが、新一は頑として首を縦には振らなかった。
 コツコツと分厚い扉をノックする。
「誰だね?」
「僕です」
 短いやりとりがあって、嘉明は部屋に入るよう言ってくれた。
「お前が来ると思っていたよ。朝から様子がおかしかったからね」
 そう言って、嘉明は新一を椅子に座らせる。
「お父さん……。いえ、城之内さん……」
「そう言うということは、記憶がもどったんだね?」
 新一はコクリと頷いた。
「そして、お前は自分の場所に帰りたいんだろう?」
 新一は、もう一度頷いた。
 記憶を失った自分を、息子として家に置き、可愛がってくれたことを、新一は嘉明にとても感謝している。
 けれど、『工藤新一』の記憶を取り戻した以上は自分はここにはいるべきではないと思う。
 ただ、世話になるだけなっておいて、記憶が戻ったから帰りますとは、可愛がってくれた嘉明にだからこそ言いにくいことでもあった。
 
 嘉明は黙って立ち上がると、サイドボードからブランデーとグラスを取り出した。
「おめでとう。乾杯しよう。真実のお前に、そして優秀な息子を失った私に」
 嘉明の言葉には、茶目っ気があり、決して深刻なものではなかったけど。
 新一には、隠された哀しみがわかってしまって、いたたまれない気持ちがした。
「お父さん……」
「気にすることはない。息子の代わりに、新な友人を得たんだからね」
 そう言って差し出されたグラスを新一は受け取り、静かに重ねた。
「で、真実のお前は誰だったんだい?」
 嘉明は新一の話を聞きたがった。
 嘉明にはそれを聞く権利がある。
 新一は、その深い蒼の瞳で嘉明を見た。
「僕の……、俺の名前は工藤新一。探偵です」
「工藤…新一、あの藤峰有希子の息子のか!」
 ファンだったんだよ〜、と笑う姿はつい先刻まで哀しげな顔をしていたとは思えなかった。
「海渡……、いや新一君。今夜は語り明かそう! 君のことをいろいろ教えて欲しいな」
 嘉明は飲みかけのグラスを掲げて、もう一度乾杯を促した。






 嘉明も、そして新一もはっきりと口にはしなかったが、これがかりそめの父子の最後の宴となることを嬉しくも寂しくも思っていた。











 一方、快斗は『海渡』の部屋でただひたすら新一の戻りを待っていた。
 嘉明相手に新一の貞操を心配したりはしないが(第一、そんな心配をしてると知れたら間違いなく新一に蹴り殺される)、余りにも戻りが遅いので気になって仕方がないのだ。
 結局、新一は深夜2時を過ぎたころになって酔っ払って帰ってきた。
 それでもたった一言……、
「快斗、一緒に帰ろう?」
 という言葉を聞いて、快斗は嬉しそうに新一を介抱したのだった。





















 翌朝、快斗や新一が起き出す頃には、すでに森田を始めとする使用人達に嘉明から説明がなされていた。
「黒羽様、海渡ぼっちゃまを……いえ工藤様をよろしくお願いします」
 起きてきて、いきなり森田に涙ながらにそう挨拶された快斗は、訳がわからずぽか〜んとしていた。
「あ、あの……、どういう意味でしょう?」 新一が嘉明に何を語ったのか、まだ聞いていない快斗は森田にどう話がいっているのか、確認したかった。
「どういうって……。黒羽様は海……工藤様の好い人なんでしょう?」
 ストレートにそう言われて、快斗は驚いた。
 新一がそれを嘉明に言ったこともだが、それをすんなりと受け止めている森田に返って快斗の方が驚いたのだ。
『海渡』の正体が、行方不明と報じられていた『工藤新一』だというだけでも驚きだろうに。
「そう……なんですけど、その軽蔑とか嫌悪とか、そういうのないですか?」
「旦那様のご友人には、いろんな方がいらっしゃいますから」
 森田はそれだけ言って一礼すると、自分の仕事へと戻っていった。
「確かに……な」
 昨夜のパーティーに集まった顔ぶれを思い返して、快斗は独りごちた。
 それにしても、と快斗は思う。
 たった一年、それも誰とも素性の知れぬ新一に、城之内氏はなんて本当の息子以上の愛を注いでくれたのだろう。
 使用人たちまでもが、『海渡』に愛情を注ぐほどに。
 その彼を、自分が奪おうとしているのだ。
 しかも、その原因を作ったのは自分だというのに……。
 
「なんてツラしてんだよ」
 ぺちっ、と快斗の後頭部を軽く叩いたのは当の新一である。
「ま〜たロクでもないこと考えてグルグルしてたんだろ?」
 新一は、快斗の隣に座ると、頬杖をつきながらクスクスと笑いかけた。
「ったく、一人でグルグルしてっから、こんなことになったんだろ?」
 それを言われると、身も蓋もない快斗である。
 快斗が何も言えずにいると、雅子が二人の傍へと近付いて来た。
「記憶が戻ったそうね。おめでとう」
 愛想笑いの一つも浮かべずに、雅子は新一にそう言った。
 目障りだった『海渡』が出ていってくれることは小躍りしたいほど嬉しい。
 が、『海渡』の正体があの工藤新一となれば、彼を邪険に扱ってきたことが、果たしてよかったのか悪かったのか……。
 微妙なところである。
 それに、新一―――とその隣りに座る快斗―――によって、一昨日俊夫が出て行かされたことが憎くて堪らないのも本心である。
 なにか嫌味の一つでも言ってやらないと気が済まないのだ。
 そんな雅子の心情に気付いているのか、いないのか、新一は穏やかな笑みを浮かべて立ち上がった。
「おかげさまで。城之内氏とも相談して、今日ここを出ることにしました」
 余りにも、嫌味のない笑顔に、心ならずも雅子はドキリとした。
「そ、そう……。とにかく、よかったわ。じゃあ」
 狼狽えてるかのように雅子は口籠りながら、それだけ言うと踵を返して、部屋を出ていった。
 雅子が部屋を出ていくのを見送ると、快斗はニヤニヤした顔で新一を見た。
「……なんだよ」
 雅子に向けた笑顔とは正反対の仏頂面。
 それが作っていないホントの顔だと、快斗にはわかる。
「あ〜んな笑顔を向けられたら、言うつもりだった嫌味も引っ込むんだなぁ……って。以前の新一だったらもっと強烈な嫌味で応酬するのに?」
「せっかく、いい気分でいるんだから自分でぶち壊すことねーし。一回『死んで』、少しは人間が丸くなっただろ?」
 快斗には遠慮なく嫌味を言う新一に、快斗はお手上げだとばかりに溜息をついた。
「一生、言われるんだろうなぁ……」
 と呟いた声に、新一はクスクスと笑って、触れるだけのキスをした。





















 昼過ぎ、新一は快斗と共に洋館を出る。
 玄関前には、ここの使用人たちが全員揃っていて、快斗はいまさらながらに新一が皆にいかに愛されていたかを実感する。
 なにしろ、雅子が夫と共に横浜にある自宅へと引き上げるときには、森田しか(それも職務の一つであるので致し方なく)見送りがいなかったのだから。
「かい……工藤様、どうかお元気で……」
 涙ぐみながら森田が頭を下げる。
 駅まで送る、という運転手の言葉を丁重に断って、二人は嘉明にもう一度揃って頭を下げた。
「本当にお世話になりました」
「新一君、黒羽君と幸せにな。ハネムーンにはぜひうちのホテルを利用してくれ。精一杯サービスさせてもらうからね」
「!!!」
 新一は嘉明の言葉に驚き、これ以上はないぐらい顔を染めて、快斗を見た。
「快斗ッ!」
「へ、俺?」
「城之内さんに何言ったんだよッ!」
「え〜? 俺、何も言ってないって!」
 快斗はぶんぶんと音がする程に首を振った。
 新一にどうやら身に覚えがないのを見て悟った嘉明はハッハッハと笑いながら、新一を遮った。
「おいおい、新一君。昨夜、君が私に話してくれたんだよ? 覚えてないのかい?」
 新一はビックリして、まじまじと嘉明の顔を見て、俯いた。
 そんなことまで喋ってしまうぐらい、酔っていたとは……。
 しかも、使用人達みんながそれを知っていることを物語るように、二人を暖かく見つめている。
 穴がなければ掘ってでも入りたいほど、新一は恥ずかしかった。
 顔を上げられなくなってしまった新一を暖かく見守り、嘉明は快斗に話し掛けた。
「黒羽君。新一君を頼むよ。そして、また来年、二人でここへ来てくれたまえ」
「はい。必ず」
 そして、快斗は新一の腰に手を回して、新一を促して歩き始めた。
 ここへ来た時には一人で通った道を二人で歩く為に。











 鬱蒼と生い茂る森の中を二人は足取りも軽く歩いて行く。
 来る時は随分と歩いたような気がするのに、帰りは思ったよりも早くバスが通る道が見えてきて快斗はちょっとガッカリした。
 いつまでも、この緑の中で光彩のように輝く新一の姿を見ていたかったから。






The End







ようやく完結! 桜綺らら様、リクこれでどうでしょうか?
入れたかったけど、入れようがなかった快斗と嘉明の超SS(ただの会話?)が↓の方にあります。


《8》  INDEX





















《おまけ》


快斗は、嘉明の姿を見かけて、彼を呼び止めた。どうしても、聞いておきたいことがあったのだ。

「城之内さん、ちょっとお聞きしたいことが……」

「なんだい、黒羽君?」

「新一は……、工藤新一は全国紙に顔写真とか出たこともあるんですけど、誰も気付かなかったんでしょうか?」

「あぁ、確かに名前も知ってるし、顔写真も見たことあるんだけどね……。新一君は写真写りが悪いというか……。いや、むしろあの粒子の荒い報道写真じゃ、彼の美貌は収まりきらないってことなんだろうな」

嘉明の答えに、快斗は大きく頷いてしまった。



本編にいれたかったけど、入れる場所がなかったのでここに。
いっつも映画見ると思うけど、いい加減あの冒頭『俺の名前は〜』のシーン、
書き直して欲しい……。