光彩の瞬間 -6-
「次は何にするか、テメェが決めろよ?」
最初のナイン・ボールと取って気が大きくなっているのか、俊夫は気前よく快斗に次のゲームの選択権を譲った。
快斗はポーカーフェイスを崩さずに、ナインボールでは使うことのなかった10番から15番の球も合わせてセットした。
「では、ローテーションで。特殊ルールとして、勝ち点を決めずに」
快斗は静かにそう告げた。
ナインボールは先に9番の球を落とした者が勝ちとなるゲームだが、ローテーションは落とした球のナンバーがそのまま得点となるゲームだ。
つまり、1番から10番までの10個の球を落としても55点にしかならないが、11番から15番までの5つの球を落とせば65点になる。
先攻は最後まで落としきる自信があれば有利だが、後半ミスをすると大きな痛手となる。
だからと言って後攻を選べば、一度もショットすることなしに先攻者に勝ちを譲ってしまうことにもなりかねない。
「おいおい、いいのかよ? 俺の実力はさっき見せたダロ? もっかいナインボールにしといた方がいーんじゃね?」
もはや勝ったも同然とばかりに、俊夫はケケケッと笑い声を上げる。
快斗は俊夫の態度を意にも止めず、俊夫にオープニング・ブレイクを促した。
「いいのか〜? 一度もショットせずに終わっちまうぜ〜?」
「えぇ、貴方がミスをすれば勝てるかもしれませんから」
そう返した快斗の言葉を、俊夫は一か八かの賭けに出たのだろうと解釈した。
「んじゃ、そうさせてもらうぜ?」
俊夫は早くも勝利を確信して高笑いをしながらキューを握った。
1番、2番と俊夫は確実に球を落としていく。
さっきのナインボールでわかってはいたが、自信満々なのも頷ける程度には、俊夫は上手かった。
7番のボールに狙いを定めた時、俊夫の手元が微妙に狂った。
的球は、ポケットに入るほどの勢いはない。
「ちっ!」
俊夫は忌々しげに舌打ちして、快斗と場を変わる。
だが、この時点では、俊夫は自分の勝利を疑ってなどいなかった。
13番から15番までを俊夫が落とせば、俊夫の勝利となるからである。
ギャラリーはシーンと静まりかえって、快斗の動きを見つめていた。
快斗はギュッとキューを握り締めると、7番に狙いを定める。
そして、スッと肩の力を抜いて、手球を突いた。
カンッといういい音が響き、7番は吸い込まれるようにポケットに入る。
続いて8番に狙いを定める。
そして、8番がポケットインした直後、リバウンドした手球が15番に当たって、そのままポケットへと入っていった。
「おおっ!」
ギャラリーにどよめきが起こる。
的球以外のボールが落ちても、なんら問題はない。
この時点で、快斗は一気に30ポイントをゲットした。
さらに9番でも、的球を弾いた手球が反対側にある12番に当たり、12番もそのままポケットに入っていった。
慌てたのは俊夫である。
いま、快斗のポイントは51ポイント。
1から15の数を足しても120にしかならないのだから、61ポイント取られたら負けなのだ。
つまり、次の10番を取られたら、その場で俊夫の負けが決まる。
俊夫は「外せ!」と心で念じながら、快斗のストロークを見守っていた。
白い手球がグリーンのラシャの上を滑るように転がっていく。
10番に手球が当たる。
そして、10番はクッションに当たり、左手前のポケット目掛けて転がっていく。
ギャラリーはゴクリと息を飲んだ。
ポケット手前で勢いを失っていく10番を見つめながら。
落ちるのか?
落ちないのか?
快斗が勝つのか?
俊夫にチャンスが巡ってくるのか?
快斗は心の中でパチンと指を鳴らした。
すると、10番ボールは音もなくポケットへと沈んでいった。
「ワァーッ!」
歓声が沸き起こる。
快斗の勝利へではなく、マジシャンの奇跡に対して。
「クソッ!」
俊夫は苛立たしげに、壁を蹴飛ばした。
「最後のゲームは14-1(フォーティーン・ワン)ラックにしようぜ?」
そう言い出したのは俊夫だった。
14-1ラックとは、かなり上級者向けのゲームである。
映画『ハスラー』(1961年の)でやっていたのはこのゲームである、と言われたらなんとなくわかる人もいるかもしれない。
が、この14-1ラックというゲーム、細かいルールがやたらと多いゲームなのだ。
どの球を狙ってもいいのだが、どの球をどのポケットに落としていくかコールしなければならない。
しかもブレイクショットですら、コールショットとなる。
もちろん、指定していないポケットに落とせば、ファウルとなる。
コール通りにポケットに入れば、他の球が落ちても得点になるが、逆にセフティ・コール(的球を落とさないコール)をした時に、球を落とせばファウルとなる。
とにかく、あれもファウル、これもファウル……というほど、ファウルが多い。
初心者にはまずお勧めできないゲームである。
自分にとってもかなり厳しいことになりそうなこのゲームを俊夫が選んだのも、快斗が自滅するだろうと踏んでのことだった。
にも関わらず、快斗は涼しい顔で的球をセットしていく。
「持ち点は?」
「20点でどうだ?」
先のローテーションとは違い、14-1ラックでは1球1点である。
ペナルティを犯せば、減点もあるから、15球全て落としたとしても、まだ勝負はつかない。
最後の1球が残ったところで、新しいラックを組み、残った1球を落としつつ、新しいラックをブレイクするというエンドレスに続けられるゲームなのだ。
「いいでしょう。では、オープニング・ブレイクを」
そう言って、快斗は俊夫に白い手球を渡した。
「5番を右コーナーに」
が、ポケットに球は入らない。
それでも、3つの球がクッションするというルールはクリアしたので、ファウルにはならず快斗へと選手交代となった。
「15番を左サイドへ」
快斗のショットはコール通りにポケットへ的球を導いた。
14-1ラックはアメリカでは『ストレート・プール』と呼ばれている。
快斗が亡父・盗一から教わったのは、このゲームだった。
まだ小学校に入学したばかりの子供が覚えるのには、複雑すぎるこのゲームを教えた意図はいまとなってはもうわからない。
けれども、IQ400の頭脳にはさほど大変なことではなかった。
ただ、小さい身体で長いキューを握るには難があり、結局、盗一から直接ビリヤードを伝授してもらうことはなかったのだ。
高校生になって、寺井の店『ブルーパロット』に通うようになっても、快斗はまじめにビリヤードをやる気がおきなかったのは、盗一に教えてもらいたかった、という気持ちがあったからなのかもしれない。
そんな快斗を変えたのが、『伝説のキュー』を巡って蓮羅通二郎との勝負がきっかけだった。
満足にストロークできない快斗は、あっという間に窮地に立たされた。
勝負にはまぐれで勝ったものの、まぐれに自分の店を賭けられた寺井は、さめざめと盗一の墓前にそれを報告したのだ。
それも毎日墓参りに行く度に。
さすがの快斗も、これには参って、寺井からきちんとビリヤードを教わる約束をしたのだった。
その気にさえなれば、盗一譲りの才能は開花し、寺井からも、
「快斗ぼっちゃまは、盗一様以上のハスラーにおなりです。もう寺井が教えてさしあげられることはございません」
とのお墨付きを貰うまでになったのだ。
(寺井ちゃん、感謝! おかげでいま、コイツの鼻を明かしてやれるゼ!)
快斗は心の中で不敵な笑みを浮かべていた。
ゲームは2ラック目の終盤に入り、得点は15対13と俊夫が僅かにリードしていた。
現在は俊夫がキューを握っている。
が、長く続いたゲームに俊夫の集中力も途切れがちだ。
コールした球に手球を当てたものの、ポケットには入れることは出来ず快斗へと場を空ける。
「チッ、もうちょっとだったのによッ!」
俊夫はドガッと乱暴に椅子に座って煙草に火をつけた。
「ゆっくりでいいぞ〜。ちょっと一服してーからなぁ〜」
快斗を舐めきっている俊夫はすぐにでも自分の番が回ってくると高笑いをしている。
ここまで、二人ともノーファウルで来たところをみれば、確かに俊夫の腕前もなかなかだと言えるだろう。
それに……。
現在、台の上には的球が2つ。
1つを入れれば、ブレイクになる。
最後の一つをポケットに落としつつ、ブレイクするのは至難のワザだ。
現に、俊夫は2ラック目のブレイクを失敗した。
ナインボールでのブレイクを見て、俊夫は快斗には無理だと判断したのだろう。
そうこうしている内にも、快斗は14点目をゲットし、3ラック目をセットすることになった。
「ゆっくり一服していてください。あなたの番はもう回ってきませんから」
快斗は皆に聞こえるようにそう言って、キューを取るとクルクルと回した。
快斗を包む雰囲気がガラリと変わる。
凛とした冷涼な空気。
いま、快斗は心の中であの白い衣装を纏ったのだ。
クッションに触れるか触れないかのところにある手球。
そのクッションレールに快斗は腰をかけると、キューを高く立てるように構えた。
「なっ……、マッセをやる気かッ!!!」
俊夫の目が驚愕に満ちる。
「1番を左サイドへ」
そう言って、快斗はキューを突き出した。
白い球がギュイーンと弧を描いて転がり、1番に当たる。
1番はコール通りにポケットに入る。
手玉はそのまま3ラック目をブレイクし、的球が散らばった。
「嘘だろっ!?」
信じられない、という俊夫の声が部屋に響く。
ギャラリー達も目を瞠いて球の行方を追っている。
散らばった球はクッションに当たり、跳ね返って、6つのポケットに吸い込まれていく。
たった1ショットで、快斗はなんと15球全てをポケットインさせたのだった。
娯楽室は刹那の静寂に包まれた。
目の前で起こったことが、誰も信じられないでいるのだ。
その時、快斗の後ろでパンパンパンと手を叩く音が響き、静寂を撃ち破った。
振り返った快斗の視線の先にいたのは、扉に凭れかかって手を叩く『海渡』の姿だった。
「すげぇな、快斗!」
その声にギャラリー達も歓声を上げる。
「黒羽君! おめでとう!」
「いやぁ、こんなミラクルショットが、こんな間近で見られるなんて感激だよ!」
その時だった。
「イカサマだっ! イカサマに決まってる!」
俊夫が大声で叫んだ。
「コイツはマジシャンなんだぜ? 俺達の目を盗んでイカサマするぐれぇ、朝飯前さ! それが商売なんだからなっ!」
快斗を取り囲んでいたギャラリーがすっと退いた。
「ほら、とっとと白状しろよ、このイカサマ師がっ!」
「……………」
快斗は何も言わずにいた。
イカサマなどする訳もないが、この頭に血の上った男に言葉で説明しても聞く耳など持ちはしないだろう。
「失礼……」
そう声がして『海渡』が前へと出てくる。
『海渡』は黙ってボールをラックにセットしていく。
そして、壁から新たにキューを取ると、いまセットしたばかりの球をブレイクした。
球は四方に散らばり、6つのポケットに吸い込まれていく。
たったいま、快斗が見せたのと同じように。
全ての球がポケットに入ったところで、『海渡』は俊夫を振り返った。
「これのどこがイカサマだってんだ?」
一同の―――両親や恋人までが揃っている―――前で恥をかかされた俊夫は顔を真っ赤にして、唸り声をあげる。
「チクショ〜ッ!」
「危ないッ!」
ドゴッという鈍い音が響く。
なにが起こったのか。
一同は目の前の光景を改めて見た。
キューを手にして、ハァハァと肩で息をしながら立ち尽くす俊夫。
折り重なるようにして倒れている快斗と『海渡』。
しかも、快斗は右手を左手で押さえている。
「快斗! 大丈夫か!?」
「あ、あぁ……」
痛みに歪んだ表情で快斗は答える。
「森田さん! 医者を呼んでください」
『海渡』の声に、我に返った執事の森田が部屋を飛び出した。
一同もようやく目の前で起きたことを理解した。
ぶち切れた俊夫が、キューで『海渡』に襲いかかり、快斗が身を投げ出して『海渡』を庇ったのだということに。
「俊夫」
嘉明が低く静かに俊夫の名を呼んだ。
「お前という奴は……。私のお客さまになんてことをしてくれたんだ。即刻、荷物をまとめてここを出ていきなさい」
それは、怒りでもなく、哀しみでもなく、諦めを滲ませた声音だった。
俊夫の母・雅子は、俊夫を明日のパーティーに出席させてもらえるよう、懸命に嘉明に食い下がった。
だが、嘉明が意を翻すことはなかった。
俊夫は夕食の席につかずに、そのまま恋人・ミカとこの洋館を後にしたのだった。
『まじっく快斗』を読んでて、快斗にカッコよくビリヤードさせたかったんです。 が、所詮りゅうは新一ファン。 結局、新一が最後に美味しいトコを持っていってしまったかも。 ちなみに、りゅうのビリヤードの腕前は……人前ではやりたくないです(泣)。 その程度なので、ルールとか間違ってるところもあるかもしれません。 間違いを見つけた方、こっそりと教えて下さいね! 《5》 INDEX 《7》