光彩の瞬間 -5-






「あ、森田さん。『海渡』君を見ませんでしたか?」
 昼近くになっても、『海渡』がいつものように現れなかったので、快斗は洋館の中を探し回っていた。
 そこへタイミング良く執事の森田が通り掛かったので、『彼』のことを聞いてみたのだ。
「はい、海渡おぼっちゃまでしたら、皆様が朝食をお召し上がりになっていらしゃる頃に外出されました。お夕食までにはお戻りになると伺ってます」
「……そう。出掛けてるのか……。ありがとう、森田さん」
 森田は恭しく一礼をして、自分の仕事に戻って行った。
 正直言って、いま自分が『彼』に会いたいのか、それとも避けたいのか、自分でもよくわからない。
 けれど、『彼』の姿が見えないことが、どうにも気になって仕方のない快斗であった。

 ぽっかりと空いてしまった時間を潰すため、快斗は娯楽室へと向かった。











 数日前のように、槇や磯村氏達がいれば……、と思ってその部屋の扉を押したが、その希望は最悪の形で叶わなかった。
(ゲッ!)
 快斗が期待していたメンバーは誰一人その場にはいなかった。
 その代わりにいたのは俊夫とその恋人のミカだった。
「あ、失礼……」
 快斗は極めて紳士的に、その場を後にしようとした。
 だが、それは極めて侮辱的に阻止されたのだ。
「待ちなよ、ヘッポコマジシャン」
 カチンときたが、馬鹿を相手にする方が、よっぽどばからしいので、聞こえなかったフリをして立ち去ろうとした。
 しかし、俊夫は快斗の肩にガシッと掴みかかってきた。
「待てって言ってんだよッ!」
 快斗は諦めて俊夫を振り返った。
「私に何か御用ですか?」
 快斗の慇懃無礼な口調が気に入らないらしく、俊夫はイライラしたように言った。
「お前に言っておくゼ。アイツに随分と取り入ってるみてーだけどよ。アイツは城之内とはな〜んの関係もねー馬の骨。城之内の後継者は俺しかいねーんだからさ。取り入るなら俺にしておいた方がいいぜ?」
 勝ち誇ったようにせせら笑う俊夫に、快斗も黙ってはいられなかった。
「では、城之内氏に契約書に条文を加えてもらうことにしましょう。あなたが後継者となったら、期間内であっても契約は終了する、という条文をね」
 快斗だとて、ただむやみにステージを探しているわけではない。
 マジシャンとしての……そして人としてのプライドがある。
 こんな男のステージに立つなんて、自分を貶ることにしかならない。
 大体、あの嘉明が俊夫を後継者に据えることなどないだろうが、そこまではっきりとは言わなかった。
 が、俊夫の方は怒り狂っていた。
 小さな世界の中で甘やかされ、持て囃されてしかいなかった男は、自分の意のままに動かすことのできない人間がいるとは思っていなかったのだ。
「テメェ! 俺に恥かかせやがって! 勝負だ! 俺と勝負しろ!」
 短絡的な思考の男は、何を思ったか、そんなことを言い出した。
 もちろん快斗に、そんな勝負を受ける義理などないが、この手のヤツは粘着質で、ほっておくと、さらに面倒なことになりかねない。
 快斗が仕方なく承諾すると、俊夫は下品な笑い声を上げた。
「クククッ、なら4時にここへ来い。勝負はそん時だ。いいか? 俺が勝ったらお前は土下座するんだ、わかったな!」
 そう言って俊夫は快斗を押し出すと、娯楽室の扉を閉めて、内側から鍵をかけた。





















 娯楽室を出た時にはもう、快斗には誰か変わりの相手を探すような気力は残っていなかった。
 結局、明日パーティーで行うマジックの練習でもしようと、快斗は部屋に戻った。
 が、手はカードをシャッフルし続けるだけで、いっこうに集中できないでいる。
 その原因は、昨日『海渡』がポツリと洩らしたあの言葉―――。

『俺が魘れてた時に呼んだ『カイト』って、お前のことかもな……』

 あの言葉が、どうにも快斗の心を掻き乱すのだ。
(あれは……、どういう意味なんだ……? ひょっとして『新一』の記憶が……?)
 それはないだろう、と快斗は独り頭に浮かんだ考えを振り払うように首を振った。
 記憶を取り戻しているのならば、あの『日本警察の救世主』である彼が自分を捕獲しようとしない方がおかしい。
 彼が厭う『殺人未遂』という罪を犯したこの自分を。
 殺人を最も許せないこととして、事件を追ってきた彼なのだから。
 けれど、記憶が戻っていないなら、なぜあんなことを言ったのだろうか?
『城之内海渡』に、『カイト』が快斗だったかもしれない、なんて考えに至る理由などないように思える。
 結局、グルグルと思考は空回りして、何も結論めいたことは浮かばなかった。 

『海渡』といる時間は楽しかった。
 自分を好きになって欲しかった。
 過去を消して、また一から始められると思っていた。
 けれど……。
 いま、『彼』の記憶が戻っていなくても、今後『新一』に戻ることがないとは言い切れないのだ、ということに気付いてしまった。

(もし、そうなったら、俺はどうなる……? 俺はどうする……?)

 指先でカードを弄びながら、快斗は答えの出ない命題をずっと呟いていた。





















 俊夫に指定された時間が近付き、快斗は娯楽室へと向かった。
「なんなんだ……これは?」
 娯楽室には大勢の人で溢れ返っていた。
「ギャラリーだよ。俺が集めたんだ。オメェのそのなっげー鼻がへし折られるところを見てもらおうと思ってな」
 ククク、と猫背気味の身体を丸め、ポケットに手を突っ込んで俊夫が下卑た笑いを浮かべながら近寄ってくる。
 快斗は、そんな俊夫の挑発には乗らずに、揃っている顔ぶれを見た。
 俊夫の恋人のミカは「ガンバッテ〜♪」と黄色い声で俊夫に声援を送っている。
 ミカとは違うところに座る、俊夫の両親はメイドにあれこれ言い付けながら、誇らしげな笑みを浮かべて座っている。
(フ〜ン、あの夫婦からすりゃ、『海渡』が親しくしてる俺は敵ってことか。それとも、コイツが邪険に扱われたとかなんとか言いふらしてるとか……かな?)
 槇と橋本は、この場で居畳まれない感じで小さくなって座っている。
 無理もないだろう。
 ことの流れによっては、明日を待たずにお払い箱という可能性もあるのだから。
 そう思うのは、嘉明までが磯村や春川らと談笑しながら、この余興を楽しみにしているようだからだ。
 そして、『海渡』だけがこの場にいない。

「じゃあ、早速始めようぜ? 勝負の方法はこれだ」
 俊夫は部屋の中央にあるビリヤード台に手をついた。
「……わかった。ルールは?」
「勝負は3回戦。最初はナイン・ボールだ。先手はお前からでいいぞ?」
 俊夫は相当腕に自信があるように、そう言い放った。
 快斗は、壁にかかっていたキューの一つを取って、ブレイクショットを放つ。
 コンッといい音が響いて、色とりどりのボールがグリーンのフィールドに散らばった。
 が、ボールは一つとしてポケットには入らない。
「残念だったなぁ〜」
 俊夫は1番のボールに軽く手玉を当て、1番と5番がポケットに入った。
 続けて、2番を狙い、そのままストレートにポケットに入れる。
 3番、4番……と、俊夫は着実にポケットに入れ続け、ついに9番のボールだけが台の上に残った。
「いただきだぜ!」
 俊夫は9番のボールを軽々とポケットインさせると、ザマアミロとでも言わんばかりに快斗を振り返った。
「お見事」
 快斗はただそれだけを言って、パチパチと手を叩いた。
 つられるように、皆も拍手で俊夫を讃えた。
 ミカは立ち上がって手を叩きながら叫ぶ。
「スッゴーイ! 俊夫、イけてるわよ〜!」
 俊夫は彼女に投げキスで答える。
 その様子を快斗はぽか〜んとしながら見つめていた。
(イけてるかぁ〜? まぁ、やり慣れてるカンジはするけど……)
 そういう仕草なら、絶対に負けるわけがない。
 なんてったって、快斗は全世界を魅了した『月下の奇術師』。
 いまこの場にいない、『彼』だけが知る快斗のもう一つの顔。
 怪盗キッドだったのだから。
(ま、そんな低次元で張り合う気はないけど。さ〜て、エンターテイナーとしては、お客さまに魅せないとね……)
 快斗は、ポーカーフェイスの下に不敵な笑みを浮かべた。







長らくお待たせして申し訳ありませんでした。
なんか、無意味に長くなってしまいました。
どうにも情けないシーンの多い快斗クンの見せ場は次回……ですね。


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