光彩の瞬間 -2-






 食事中、快斗は何度かチラチラッと隣に座る青年を盗み見た。
 透けるような白い肌。
 ちょっと上向きな鼻筋。
 冷たい湖のような蒼い瞳。
 長い睫。
 艶やかな漆黒の髪。
 華奢な身体。
 折れそうなくらい細い腰。
 どれ一つ取って見ても、彼は快斗の知る工藤新一に瓜二つだった。

(やっぱり新一なのか……? でも、それならなんで、城之内氏は息子だなんて……。それに『カイト』って……、いったいどういうことなんだ?)

 快斗の頭の中はグチャグチャに混乱していた。
 目の前に出される豪華な料理も、機械的に口に運んではいるが、味はさっぱりわからなくなっていた。
(そういやアノヒト『どこの馬の骨ともわからない』とかなんとかって……)
 快斗は先程この青年が入ってきた時に、雅子が言っていたことを思い出した。
(ってことは、コイツは城之内氏の実子じゃない……ってことか……)
 快斗が調べたデータには、息子の存在はなかったのだから、それならそれで辻褄は合う。
 ただし、新たな問題が浮かび上がる。
(それならコイツは誰なんだ……? やっぱ新一、なのか……?) 
 ありえない……。
 そんな筈はない……。
 快斗は心の中で強く頭を振った。

(新一は……、あの希代の名探偵は……)











 快斗のこの手で命を奪ったのだから―――。


























 2年前、快斗はひょんなことから工藤新一と知り合った。
『怪盗キッド』としてではなく、黒羽快斗として。
 もちろん、それ以前に『キッド』としては出会っていたし、さらにその前には『江戸川コナン』にも出会っている。
 その頃から、快斗は新一のことが好きだった。
 その綺麗な顔立ちももちろんだが、何よりもその強い精神(こころ)に惚れたのだ。

『怪盗キッド』としては、想いを告げることすらできなかったけど、黒羽快斗ならば……と、快斗はそれをきっかけに『友人』としての関係を持った。
 やがて、友人から親友へ。
 さらに一歩踏み出して、本当の想いを告白した。
 その時の新一はちょっとビックリしてはいたけれど、快斗の真剣な想いを受け入れてくれた。
 快斗に流されるようにして始まった恋愛だったが、いつしか新一も快斗を心底大切に思うようになっていた。
 二人で過ごす幸せな時間。
 映画を見たり、たわいない話をしたり。
 キスをして。
 触れあって。
 激しく熱情を交わして。
 穏やかな時間を共有して。
 そんな、どこにでもいるような普通の恋人同士。
 
 けれど幸せな時間は長くは続かなかった。
 新一が快斗の秘密に気付いてしまったから―――。

 やっぱり無理だったんだ……。
 俺は怪盗で……。
 彼は探偵で……。
 対極の立場にいながら、恋をして。
 それで、幸せになりたいなんて……。

 衝撃を隠し切れない、あの時の新一の表情がいまでも目に浮かぶ。
 海に面して建つ美術館。
 新一は、俺を断崖の上に追い詰めた。
『快斗……。お前が……怪盗キッド……、だったんだな……』
 忘れられない苦し気な表情。
『やっぱり新一は名探偵だね。そうだよ……、俺が怪盗キッドだ』
『なぜ? なんで俺に近付いた? 愛してる、って言葉も嘘なのか?』
『嘘じゃない。いまでも、新一を愛してる。けど、俺はまだ捕まる訳にはいかないんだ……』
 新一は何も言わずに俺を睨み付ける。
『愛してるよ、新一』
 そう言って、新一を抱き寄せてキスをした。
 軽く触れるキスから、甘く蕩けるようなキスに変わって……。
 新一も、それに応えるように舌を絡ませてきた。
『新一も、俺のこと好きだよね?』
 新一は俺を見つめたまま、小さく頷いた。
『だからね……』
 俺は、少しだけ新一から身体を離した。
『俺のために、死んで欲しいんだ……』
 俺は、新一の華奢な身体をそのまま突き飛ばした。
 切り立った断崖の上。
 バランスを崩して、ゆっくりと落ちていく、新一の身体。
 そして、最期の瞬間に見た新一の表情。
 俺は、いまでもあの表情が忘れられない。 
 だって、笑ってたんだ……。
 新一は、いままでにだって見たこともないように優しく。
 笑っていた―――。


























 快斗が全く楽しめないまま夕食が終わり、客人達もそれぞれ食堂を出て行く。
 ハッと我に返った快斗が新一……いや、海渡の姿を探すと、『彼』は快斗にはなんの関心もないかのように廊下を歩いていた。
「しんい……、海渡君!」
 快斗は迷わず『彼』を呼び止めた。
「ん?」
 クルッと振り向いた『彼』の瞳に、快斗の中で重なる瞳がある。

 聞きたいことがある。
 確かめたいことがある。

 聞いてどうする?
 確かめてどうする?
『彼』が新一でなかったら、俺はホッとするのか?
 それとも悲しむのか?
『彼』が新一だったら、生きていたことを喜ぶのか?
 それとも……。

 どうしたいかなんて、わからなかった。
 ただ、どうしようもなく『彼』と話がしたかったのだ。

「なにもないなら、失礼するけど……?」
 快斗が何も言わないでいると、『彼』は淡々とした口調でそう告げた。
 快斗は慌てて、『彼』を引き留めた。
「あ……その……、何も予定がないなら、ちょっと話できないかな、って……」
『彼』は真っ直ぐに快斗を見つめてくる。
 快斗の心がザワザワと波立つ。
 落ち着かないのだ。
 新一と同じ蒼い瞳に見つめられて。
「あ……駄目なら、無理にとは……」
 何も言わない彼に快斗が戸惑っていると、クスッと小さな笑い声が聞こえた。
「いいぜ。俺に何が聞きてーのか知んねーけど、俊夫さんとは違う人種みてーだし」
 俊夫って誰だっけ?と一瞬思いかけて、あのバカそうな大学生のことかと思うと、快斗はムーッと膨れた。
「あんなバカと一緒にされたくない……」
 思わずそう呟くと、『彼』は爆笑した。
「ア〜ッハッハ! いい! お前、サイコー! いいぜ、ゆっくり話ができるとこへ案内してやるよ」
『彼』はそう言って歩きだした。
















『彼』が案内してくれたのは、小さな小屋裏部屋だった。
 大きな天窓があり、そこから無数の星と光り輝くまぁるい月が見える。
「ちょっと寒いな。何か暖かいもんでも頼もう。何がいい?」
「えっと……、ココアなんてできるかな?」
「さぁ? 聞いてみねーと」
「なかったらミルクティー。砂糖3つで」
「3つ!? ひょっとしなくても甘党?」
 以前交わしたのと同じ会話に苦笑していると、『彼』は内線電話を取り上げて飲物を運んでくれるように頼んだ。

 しばらくして運ばれてきた飲物を受け取って快斗へと渡すと、『彼』はポツリと言った。
「いい場所だろ、ここ? ここで月を眺めてると、なんとも言えない気持ちになるんだよなぁ」
 快斗はハッとして『彼』を見つめた。
『彼』が新一ならば、いまの言葉には何が意味があるから。
 しかし、それを確かめる術もなく、快斗はただ『彼』を見つめるだけだった。
「で? 俺に何が聞きたいって?」
「あ、えーと……」
 聞きたいことはいろいろあるのだが、どれからどう聞くべきか迷って、快斗は口ごもった。
「遠慮すんな。聞きにくいことってのはわかるから、ストレートに聞けよ?」
「えと……じゃあ、雅子さんが言ってた『どこの馬の骨かわからない』ってどういうこと?」
 多分これが一番当たり障りがなくて、一番核心に近いだろう。
「あぁ、それね。簡単だよ。俺は父さんに……城之内嘉明氏に拾われたんだ。一年前にな」

『彼』の話は、快斗の心を激しく揺さぶるものだった。

 一年前、城之内嘉明はここから車で30分の所にある港から、自分のクルーザーで釣り仲間と供に沖合へと釣に出かけた。
『彼』はその途中で、漂流しているのを偶然発見されたのだそうだ。
 引き上げられ、弱々しくはなっていたが、まだ脈があることを確認すると、嘉明はクルーザーを取って返し、『彼』を救急病院に運んだのだという。
 その甲斐もあって、『彼』は一命を取り留めた。

「一命は確かに取り留めたけど……、俺は自分のことを何一つ覚えてなかったんだ……」
 ポツリとそう呟く『彼』の横顔は、どこか儚げだった。
「海渡、って言う名前は父さんがつけた。父さんの奥さんは数年前に亡くなってる。最期まで、子供を産めなかったことを謝りながら、亡くなったそうだ。だから、父さんは俺を奥さんが授けてくれた贈り物だと……、そう思ったらしい。で、『海を渡って来た子供』って意味で『海渡』と名付けたんだそうだ」
「海を渡ってきた子供……」
(そういや確かニライカナイってのは海の向こうにある、って思われてたんだっけ……)
 などと快斗がツラツラと思うのも無理はない。
 城之内嘉明氏は沖縄の出身なのだ。
 ちなみにニライカナイとは、海の彼方に天国が在り人はこの世で生涯を終えた時に再びそこに帰って行くために旅立つという沖縄の信仰である。
「って言うのが一つ目の理由」
 一つ目というからには、他にも理由があるのだろう。
「もう一つの理由は、俺が意識不明だったころ、譫言で『カイト』と言っていたんだ。けど、意識が戻った時には、俺はそれが自分の名前なのか、それとも何か別の言葉なのかすら覚えてなかった。どうやら父さんは、それが俺の名前だと判断したみたいだな。ってのが二つ目の理由」

 快斗の身体に電流が走る。

(決まりだ……。間違いない……。間違いなく、コイツは……)











 工藤新一だ―――。







新一君の失われた記憶の裏には、こんな衝撃的な過去があったのです。
さて、『海渡』が新一だとわかった快斗は、どうする……?


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