光彩の瞬間 -1-
「ここから15分も歩くわけ……?」
バスを降りて、目の前に広がる森にちょっとうんざりする。
鬱蒼と生い茂った枝が日の光を遮って、昼間だというのに陰欝な感じがする。
散歩道…というよりは獣道のような砂利道をボストンバッグを一つ提げて、黒羽快斗は黙々と進んでいく。
やがて視界が開けたかと思うと、古い洋館が現れた。
「でけー洋館だなぁ〜。さすがは城之内嘉明……ってか」
城之内嘉明はリゾート開発で財を成したことで有名な男である。
と言っても単なる成金ではない。
勤勉で、頭も良ければ、性格も良い。
そして見目もなかなかいい、女性に言わせれば「素敵なオジサマ」と言うような男である。
この洋館は城之内の別荘で、快斗は当主・城之内嘉明の50回目の誕生日を祝うパーティーに招かれたのであった。
車寄せを上がって、重厚なドアの前に立つ。
金色の太い紐がどうやら呼び鈴らしい。
それを強く引っ張ると、厳かな鐘の音が響いた。
ギギギッという音とともに、大きなドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
執事…なのだろうか。
燕尾服に身を包んだ男が、畏まって迎えてくれる。
「黒羽様でございますね?」
「あ……、はい」
「私はこちらにお仕えしております森田と申します。あいにくとご主人様はご商談中でございまして……。まずは、こちらでお待ちくださいませ」
「はぁ……」
いささか時代がかった口上に面食らいながら、快斗は森田の後について行った。
通された応接間には品良くアンティークの家具が並べられている。
柔らかいクッションのソファに腰を降ろすと、メイド(と言えばいいのだろうか)が紅茶を運んで来た。
上等な茶葉を使っていれられた紅茶の香りに、ゆったりとした気持ちになっていく。
しばらくして、バタンとドアが開き、仕立のいいチャコール・グレーのスーツに身を包んだ男が入ってきた。
「済まないね、お待たせしてしまって」
快斗はスッと立ち上がって、頭を下げた。
「始めまして、黒羽快斗と申します。この度はお招きいただきましてありがとうございます」
「なになに、そんなに恐縮しないでくれたまえ。これはテストなんだから」
「そうおっしゃられると、かえって緊張します」
城之内嘉明と一面識もない快斗が彼の誕生日を祝うパーティーに招かれたのには、それなりの理由がある。プロ・マジシャンとしてスタートを切ったばかりの快斗は、スポンサーとステージを探して営業を重ねていた。
それがひょんなことから城之内グループの人間の耳に入り、近々オープン予定のシティホテルとの専属契約の話を持ち掛けられたのだ。
そのホテルの企画室を通して言われた条件の一つが、嘉明の誕生パーティーの余興としてマジックを披露し、その眼鏡に叶うことであった。「それにしても、一週間もこちらにお邪魔してよろしかったのでしょうか?」
パーティーは一週間後と、快斗は聞いていた。
それなのに、企画室を通して渡された切符は今日の日付が入っていた。
マジックを披露するだけなら、前日でも充分なのだから。
そのことを訝しく思っていた快斗は、ストレートに嘉明に疑問をぶつけた。
「ん? かえって迷惑だったかね? こんな何にもないところで過ごすのは」
「いえ、決してそんなことは……」
朗らかな笑みを浮かべる嘉明に、快斗は恐縮しながら答えた。
大切な金蔓である嘉明の機嫌を損ねるのは得策ではない。
だが、嘉明は快活な笑い声を立てた。
「ハハハ、からかって悪かったね。気にすることはない。君は知らないから無理もないが、いつものことなんだ。今日からここには私の親類やら友人やらが集まってくるのでね。君と歳の近いものもいるから、そう退屈はしないだろう。まぁ……、気が合わないようなら適当に放っておいてくれて構わないよ」
「はい……、わかりました」
わかったような、わからないような釈然としない気持ちのまま、快斗はそう言って頷いた。
「しかし、なんだね……」
「はい?」
嘉明が快斗の顔をしげしげと見つめてくる。
「世の中には同じ顔をした人間が3人はいるというが……」
嘉明だけが全てわかってるかのようにうんうんと頷いている。
「なんのことでしょう?」
「いやいや。気にしないでくれ。夕食は7時を予定してるから、それまでは好きにしてくれていいよ」
そう言って嘉明は人を呼ぶと、快斗を部屋に案内させた。
「お部屋はこちらをお使いくださいませ」
快斗に割り振られた部屋は東棟の中庭に面した、陽当たりのいい部屋だった。
部屋にはバスルームも、小さな冷蔵庫も、テレビもある。
「お食事は1階の食堂で、皆さまとご一緒にお願いいたします。お夕食は皆さまご一緒にとのことですが、ご朝食は皆さまの生活スタイルもありますので、7時から9時の間に食堂の方にいらしていただければご用意させていただきます。もし、お好みがございましたら、お伺いしておきたいのですが?」
澱みなく説明を済ませ、問い掛けるメイドに快斗はポリポリと頭を掻きながら言った。
「え〜と、魚料理は外してもらえるかなぁ。見るのもダメなんだ」
「わかりました。3階の図書室とオーディオ室、娯楽室などはご自由にお使いくださいませ。それではごゆっくりどうぞ」
メイドが一礼して部屋を去ると、快斗はベッドの上にゴロンと横たわった。(ったく……、金持ちのやることはわかんねーよなぁ〜)
この話を持ってきた企画室の橋本が言うように、当主の城之内嘉明は人柄もよく、嫌味なところはまったくない。
だが、すこぶる庶民である快斗にしてみれば、こんな辺鄙なところにこんなに大きな洋館を建てるというのも、そこに150人もの人を集めてパーティーをしようなどということも、まったく理解ができなかった。
まぁ、車で来れば都心から約2時間半の場所だから、さして辺鄙とは言えないのかもしれない。
快斗が駅からタクシーに乗れば、15分ぐらいだとも聞いている。
それでも、快斗が遠回りなバスに30分も揺られて、さらにそこから15分も歩いて、この洋館に来たのは、無駄にお金を使う気がしなかったからだ。快斗は母子家庭で育った。
父親は9歳の時に亡くなった。
それから女手一つで育ててくれた母を思えば、無駄遣いなどできようはずがない。
それに……。
快斗には人に言えない秘密がある。
父の死の真相を知るために、父が探していたモノを探し求めるために、快斗は世間を騒がす『怪盗キッド』となったのだ。
『怪盗キッド』は、お金のためにしているのではないから、盗んだものが探していたものでなければ、それは全て返却している。
だから、『怪盗キッド』を続けていくためには、資金はいくらあっても足りないぐらいなのだ。ふと、城之内嘉明の言った言葉が快斗の頭に浮かぶ。
『世の中には同じ顔をした人間が3人はいるというが……』
あれはどういう意味だったのだろうか。
快斗は、いまはいない名探偵の顔を思い出した。彼が新聞に載るたびに、幼馴染から似ていると言われた。
『顔は似てるけど、中身は大違いだよね〜。工藤君は快斗みたいに意地悪じゃないも〜ん!』
それが幼馴染の口癖だった。
(顔だって似てないよ……。俺はあんなに綺麗な顔じゃない。こんな写りの悪い写真で比べるなってーの。あんなに綺麗なヤツを俺は他に知らない……)
幼馴染と口喧嘩をするたびに、快斗は内心でそう思っていた。
小学生の姿にされて、それでも前を向いて闘った名探偵。
彼が闘っていた組織を摘発し、元の姿を取り戻して、再び表舞台へと現われた。
けれど1年前、その名探偵は再び世間から姿を消したのだ。嘉明が、工藤新一と面識があっても不思議はないだろうが、それとは違う何かが嘉明の目には浮かんでいたような気がする。
(ま、考えてもしょーがねーか。あとでわかるだろう。いまは城之内氏をスポンサーとしてゲットすることだけを考えよう……)快斗はそう自分に言い聞かせると、ボストンバッグの中から、愛用のカードを出してシャッフルした。
「黒羽様、お夕食のお時間ですので、食堂の方へお願いします」
メイドの呼び掛けに快斗はジャケットに袖を通した。
内輪の夕食会ということだから、正装である必要はないだろうが、快斗は身内ではないし、あんまりラフな恰好では失礼だろう。
ネクタイもした方がいいのだろうか?と考えたが、それは止めた。
一から着替え直すとなれば、かえってみんなを待たせてしまう。
ノーネクタイでも失礼でないことを祈りながら、快斗は食堂へ急いだ。
食堂の真ん中に、大きな長いテーブルが置かれている。
一番上座の席には、嘉明がすでに座っていた。
執事の案内で快斗も席につく。下座の三番目にあたる席だ。
正面には城之内リゾート開発企画室室長の槇、その隣には槇の部下である橋本が座っていた。
「いらしてたんですか?」
「つい今しがた着いたとこでね。君に挨拶できなくて悪かった」
「とんでもない!お二人もお見えになると知っていましたら、こちらからご挨拶に伺いました」
「実はね、今朝なんだよ、こちらに招かれることになったのは……。社長が私たちも黒羽君のマジックを見たいだろうからと気遣ってくれたんだ」
槇の言葉に隣で橋本がウンウンと頷いている。
二人ともビジネススーツを着用しているところが、なんとなく『らしく』てつい笑いが洩れそうになる。
嘉明がコホンと咳払いを一つすると、場がシーンと静まり返った。
「今日ここに集まってくださった方々はほとんど顔見知りではあるが、そうでない方もいるので夕食の前にざっと紹介しておこう」
そう言って、まずは左側に座る中年の女性を手で指し示した。
かなり濃いめの化粧と派手めの服だけが、やたら印象に残る。
「私の妹の雅子だ」
雅子はツーンとすました顔でチロリと一同を見渡すと、「よろしく」とだけ言った。
次に嘉明は反対側に座る男性を指す。
「こちらは雅子の夫の大野和夫君だ」
似合いの夫婦というか、こちらも指に幾つも指輪をつけている。
快斗からはちょうど死角になっていて、その時は気付かなかったが、首元に太いゴールドのチェーンをキンキラ輝かせているような男だった。
「そして、雅子たちの息子で、私の甥にあたる俊夫」
俊夫はつまらなそうに視線を向けただけだった。
嘉明の言葉によれば、聞いたこともないような名前の大学の4年生らしい。
(俺と歳が近い、ってコイツのことかぁ〜?ちょっとカンベンかも……)
「そして、その隣に座ってるのが……。俊夫、お前から紹介しなさい」
俊夫の隣に座っているのは若い女性なのだが、どうやら嘉明氏は彼女と面識がないらしい。
「俺のカノジョだよ」
俊夫がそれだけ言うと、隣の女性が立ち上がった。
「広瀬ミカで〜す。俊夫とおんなじ大学の2年生で〜す。よろしくゥ〜♪」
いかにも頭が悪そうな女だ。
「次はこちらだ。私の友人で、磯村さんと春川さん」
二人はそれぞれ立ち上がって、軽く会釈をしながら簡単に名乗った。
「彼らは私の趣味の釣り仲間なんだ」
そして、快斗が紹介される。
「黒羽君だ。彼は新進のマジシャンでね、一週間後のパーティーで腕前を披露してくれる」
「よろしくお願いします」
快斗がそういって頭を下げた時、雅子が「え?」と意外そうな声を上げた。
大野氏も驚いたように、呆然と快斗の方を見ている。
しかし、嘉明はそれを気にも止めていないようで、続けて槇達を紹介した。
「企画室室長の槇君と彼の部下の橋本君。黒羽君を私に紹介してくれたのが、彼らなんだ。今度オープンするシティホテルでの企画に黒羽君がいいのではないかと言ってね」
槇達は恐縮しきった様子で、ペコペコと何度も頭を下げている。
ここにいる全員を紹介し終えたが、用意された椅子は11脚。
まだ、一人足りない。
快斗の隣の席が空いているが、食器が並べてあるところをみると、空席というわけではないらしい。
「さて、あとは私の息子なんだが……」
嘉明の言葉に、快斗は首を傾げた。
快斗が調べた城之内嘉明のデータには息子の存在はなかった。
妻であった女性は数年前に他界しているし、後妻もいない。
すると、雅子が不愉快さを隠しもせずに口を挟んだ。
「息子だなんて……。私は認めておりませんことよ。どこの馬の骨ともわからない男を、息子だなんて絶対に認めません!」その時だった。
パタン、と食堂のドアが開く。
「遅くなりました」
涼やかな声が、食堂に響いた。
淡いブルーのデザイン・スーツを来た青年が食堂へと入ってくる。
快斗はその青年の顔を見て、驚いた。(え……?)
青年は執事が引いた椅子の前に立つ。
「ちょうど良かった。いま皆さんを紹介していたところなんだよ。皆さん、彼が私の息子のカイトです」(カイト……?)
「城之内……海渡です。よろしく」
自分と同じ名前を名乗った青年の面立ちは紛れもなく『工藤新一』、その人だった―――。
桜綺らら様よりの9100HITS!のリクエスト・ノベル『光彩の瞬間』です。 一応、10話までに完結が目標!(←予定じゃないところがコワイ) らら様、ほんっとに長らくお待たせしました。 書く、と言ってから一年経ってしまいました……。 頑張ってサクサク書くぞ〜!(←気合いだけは充分ある) INDEX 《2》