「おふくろ?俺……。これから、荷物送るから……」
生きて帰って来るから、とは言えなかった。
そんな生易しい相手じゃないことは、俺の次におふくろが一番良く知っている。
なんてったって、あの親父……、初代怪盗キッドを葬った奴らだ。
おふくろは何も言わなかった。
「じゃ……、元気でな……?」
電話を切ろうとした俺を、おふくろの声が止めた。「ねぇ、快斗?新一君はちゃんと知ってるんでしょうね?」
††† 聖夜 ††† Eve〜side Kaito
忘れ去られたような廃ビル。
ここが俺のいまの住処。
片隅にはおふくろの元へ送るトランクケースが1つ置いてある。この北の街に来たのはまだ夏の名残があるころだった。
組織の本拠地らしき場所を示す情報を手に入れて、俺なりに裏付けをとった。
その情報はかなりの確かなものだとわかり、俺はさらに情報を求めた。
けれどいかな大都市・東都と言えど、手に入れられる情報には限界があった。
まして、寺井ちゃんの手で出来ることには……。
俺は俺自身がヤツラの懐へと乗り込んでいく必要に迫られていた。
そこにどんな危険が待ち構えていようとも、死に対する恐怖はなかった。
それこそ、長年の願いでもあった親父の仇を討てることに、俺の血は熱くなっていた。
けど、どうしても俺は喜び勇んで東都を離れる気にはなれなかった。
工藤新一。
日本警察の救世主、なんてすごい呼び名があって。
それが大袈裟でもなんでもなくて。
あの紅子にすら、「悪魔のような狡猾さと人の心を見透かす慧眼の持ち主」なんて言わせてしまう、凄腕の名探偵。
そして、怪盗キッドである俺が唯一愛した人―――。
高いプライドを強引に捻じ曲げてでも、俺を受け入れてくれた愛しい人。
俺のもっとも大切な人───。俺を東都に繋ぎ留めているのは、彼の存在に他ならない。
だからこそ、俺は新一に何も話せなかった。
話してしまえば、彼は俺を行かせようとするに違いない。
そして、共に闘おうとするのだ。
俺を助けるために……。
かつて、『怪盗キッド』が工藤新一を…、『江戸川コナン』を助けたように……。新一のその気持ちは嬉しい。
俺がそうだったように、新一も俺になら背中を預けられると思ってくれているのは。
けど、俺はもう新一をそんな闘いに巻き込みたくないんだ。
新一は、もう充分に闘ったのだから。
それに……。―――おそらく俺は殺人者になる。
怪盗キッドは人を殺さないんじゃない。
罪のない人の命を奪うことがどんなことか知っているだけだ。あの組織相手に、血をみることなく決着がつけられるなんて、そんな甘いことは思っちゃいない。
新一が『黒の組織』を無血壊滅させた裏には、新一の父・工藤優作氏を始め、警視庁もICPOも手を貸していた。
新一の力が足りないとか、そーゆーことじゃなく、それが新一の信念だったから。
決して誰の命も奪わない。
そのためになら、必要なところに必要な力を借りる。
当たり前のことのように思えるけど、それは決して簡単にできることじゃないってことを俺は知ってる。けれど、『怪盗キッド』には誰もいない。
寺井ちゃんだって、情報収集には手を貸してもらったけど、ここから先は連れていかない。
服部だって……、まがりなりにも『西の服部』とまで言われたヤツだから、俺が何をしようとしてるかはおぼろげながらわかっているだろうけど。
だからって、俺がやろうとしていることに口を挟ませたりはしないし、これ以上巻き込むつもりだってない。
服部は本当に運悪く俺に出会っちまっただけなんだから。
服部が俺に付き合う義理もないしね。
そう、これは俺が抱えている『闇』だから。
だから……、だから新一だって連れてはいかない。裏切りだと罵られようと、これだけは譲れない。
どんなに罵られても、蔑まれても、俺はお前にだけは生きていて欲しいんだ。
だから、俺のために命を賭けるようなことはしないで?
愛してるんだ……。
薄暗い部屋にカシャンカシャンという金属の音が響く。
怪盗キッドを継いでから、ずっと俺を守ってくれたトランプ銃に最後の調整をしてやる。
ハンガーに掛けられた白い衣装とこのトランプ銃、そして幾つかの『仕込み』。
それだけを手に、俺は明日ここを出て、組織の本拠地へ乗り込む。「さて、腹も減ったし、荷物出すついでにコンビニで弁当でも買ってくるか」
トランクケースを手にして、俺は外に出た。
たいしたもんは入ってないから、重くもない。
もともとこの街に長く住むつもりはなかったから、ほとんどのものは処分してしまった。
大切なものなんて、もう何もないから。
トランクケースの中身は本当に身の回りのものだけ。
あとは、どうしても捨てられなかった新一の写真。
ここにいる間、毎日のように話し掛けてた。「ちゃんと食べてる?俺がいなくても、食べなきゃダメだよ?」
「泣いたりしないで……?俺の事は忘れて……?」
「愛してる……。いつまでも、新一だけを……」
そう、愛してるんだ。
いまだって。
声が聞きたい。
触れたい。
抱き締めたい。
キスしたい。
一晩中、啼かせてやりたい。
けど、もうそれはできない。
俺は新一を……、捨てたんだから。
なのに、写真の新一はいつでも笑ってるんだ。一週間前、偶然───だったのだろう───出会ってしまった。
駆け寄って、抱き締めて、キスしたかった。
けど、それじゃあ俺はなんのために血の涙を流すような思いで彼を置いてきたのか、わからなくなるから。
最後の一線だけは踏み止まって、彼の背中をずっとずっと見つめていた。
雑踏の中に消えていなくなるまで。
ゴメンネ、新一。
ここから先は、写真のお前も連れてってはやらない。
本当の闇に落ちる俺に、お前は眩しすぎる『光の魔人』だから。
そう思って、俺は新一の写真をトランクケースの中に入れたんだ。大丈夫───、本当に大切なものは心の中にあるから……。
コンビニで荷物を出して、弁当とペットボトルのコーラを買って、廃ビルまで戻ってきた。
が……。
(人の気配!?)
俺は咄嗟に身を隠したが……、暖めてもらった弁当の匂いまでは隠しようがなかった。
「安心しろよ、俺だ。入ってこいよ?」
聞こえてきた声に、俺は弁当の入った袋を落としてしまった。
「しん、い……ち……」
「あ〜ぁ、弁当落としちまって……。グチャグチャだぜ?ま、食えないことはねーか」足許の袋を拾い上げ、顔を上げて微笑む彼。
一番大切なもの───、その人の姿がそこにあった。
to be continue……
顔を合わせた二人。これからどうなる……?(←おいっ)
北の街にて〜side Ai Christmas side Shin-ichi