バカよ、二人とも。

 彼が貴方を捨てるはずなんかないのに……。
 貴方が彼を忘れられるはずなんかないのに……。

 お互いを想い過ぎて、自分の想いを押し付けてるだけだなんて。

 こんな簡単なことに気付かないなんて、ほんとバカ。



 けれど、本当のバカは私。
 二人が呆れるほど幸せであればいいと願っているのに、ただ見ていることしかできない。

 工藤君の瞳から光が消えていくのを───。
 工藤君の世界が色褪せていくのを───。



 私は見ていることしかできない。






††† 聖夜 †††

北の街にて〜side Ai






「ちょっと工藤君!いまどこにいるの?」

 戻ると電話があってから数時間経っても、工藤君は帰ってこなかった。
 心配していると、再び電話が鳴って、私は思いっきり彼を叱りつけた。
「貴方、自分の身体がいまどういう状況だかまるっきりわかってないようね!とにかく、すぐに帰ってらっしゃい!」
 けれど、返ってきた答えに、今度は思いっきりマヌケな声を出してしまった。
「は?」
 なんてことだろう。
 工藤君は一旦乗った新幹線を途中下車して、再び北の街へと戻ったのだという。
 なんでも依頼されて行った北の街で、偶然アノヒトに会ったのだとか。
 お互い言葉を交わすことも、視線を合わせることもないままに再びわかれてしまったのだとも。

「アイツ、行くつもりなんだ……。俺に何も言わないまま……」

 東都行きの新幹線で、いや乗車する前からずっと考えていたですって。
 そして、気が付いてみたら、逆戻りしてたって……。
 どうして、会った時に捕まえとかないのよ!
 って、そんなの無理よね……。
 全てに臆病になって、全てから逃げ出したくなる。
 そういう想いは私にも覚えがある。
 涙をこらえているのね……、彼の声が少し掠れている。

「俺はやっぱりこのままになんて出来ない。アイツの口から真実を聞きたいんだ。これを逃したら、多分二度と会えない……」

 彼の言葉はまだ弱々しくても、しっかりとした意思を持っていた。
 彼が顔を上げたのだ。
 アノヒトが消えて、ずっと下を向いて過ごしていた彼が。
 私は、決心した。
「わかったわ。じゃあ、私もこれからそこへ行くわ。まだ最終には間に合うはずよ。いいこと?駅前のできるだけいいホテルに部屋を取ってちょうだい。私と博士の分もね。それが条件よ」
 彼はそれを了承してくれた。
 ホテルが決まったらまた連絡する、そう言って電話を切った。
 私はツーツーと鳴る受話器を置くと、博士に車を呼んでもらい、とにかく旅支度を始めた。





















 先に工藤君がチェックインした部屋へ入ったのは、もう日付が変わる直前だった。
「何もこんな部屋でなくても……」
 ベル・マンに案内された部屋は最上階のスイートルームだった。
 天井に煌めくシャンデリア。
 柔らかなカーペット。
 大理石のバスルーム。
 確かにいいホテルに部屋を取れとは言ったけど、それは私が贅沢したいからではなく、単にビジネス・ホテルは融通が利かないから。
 いいホテルはサービスに絶対の自信を持っている。
 だから、食事をしようとしない工藤君に少しでも食べさせようと、メニューにないものでも作ってくれそうなホテルにしたかった。
 それだけのこと……。
「けど、これなら部屋一つですむだろ?」
 そう言って工藤君は笑う。
 不覚にも、私は驚いてしまった。
 私がいまの工藤君を一人部屋にしたくないと思っていることに彼は気付いていたのだ。
 だからといって私が工藤君と二人部屋というわけにはいかない。
 まぁ…、私は構わないんだけど。
 だから、ベッドルームが2つあるこのスイートなら3人で一部屋でことが足りると考えたのだろう。
「そうね、24時間貴方を監視できるし?」
 そう言ってあげたら、工藤君は苦笑いしてた。











 案の定、彼は食事もせずにパソコンに向かって情報収集に勤しんでいる。
 まぁ、同じ食事をしないと言っても、昨日までのように虚ろな目をして何も見ていない状態じゃないだけまだマシだけど……。
 でもやっぱり、このままでは先に工藤君の身体の方がまいってしまう。
「工藤君、食事はしなさい」
「ん、いまちょっと手が離せない……」
 工藤君は顔も上げずに、キーボードを物凄い勢いで叩き続ける。
 一刻も早くアノヒトを追いたい気持ちがわからないわけじゃない。
 ようやく捕まえかけたアノヒトが、またその手をすり抜けて行ってしまうのを怖れてる、彼の気持ちが……。
 私は心を鬼にして言った。
「貴方、彼と戦いたいんでしょう?」
 工藤君はようやく手を止めて、顔を上げた。
「あぁ……。止めてもムダだぜ?」
「バカね。止めたりしないわよ」
 そう、止めはしない。
 それが貴方だから……。
「貴方は彼の足手纏いにはなりたくないんでしょう?」
「………………」
 そう思われるのが一番嫌だと思ってることも、私は知ってる。
「ならば、食事はしなさい。腹が減っては戦は出来ぬ、っていうでしょう?戦ってる最中に目眩でも起こしたら、それこそ足手纏いよ?」
「わかった……」
 アノヒトのことが絡むと、工藤君はまるでコドモ。
 そんなに愛されてるアノヒトが妬ましい。
 ったく、こんなに愛されてるのに、逃げ出すなんて……。
 今度会ったらどうしてくれようかしら。
 覚悟しておくのね、黒羽君。

 ほとんど食べていなかった工藤君のために、レストランで特別に作ってもらった胃に優しいカボチャのミルク煮を部屋に運んでもらい、ダイニングルームで食べさせた。
 さすがに全部は食べ切れなかったけど、とにかく口をつけたことだけでも安心だわ。
 あとは少しずつでも量を増やさせるだけ。





















 ホテルに籠って一週間。
 すっかり普通の食事をするようにもなったし、睡眠も充分に取っている。
 何もかも自分だけでするのをやめて、私や博士に任せてもいいようなことはそうするように仕向けたから、少し時間に余裕が持てるようになったから。
 3日前からは、体力に不安があったのか、自分から「ジムに行く」と言い出して、走ったり、筋トレしたりしている。
 すっかり痩せて、筋肉もそげ落ちてしまっていたから、完全に元通りとは言えないけれど、下地ができていたから、カンを取り戻すのも早い。
 もちろん、行き過ぎたトレーニングで逆に怪我をしたりすることのないよう、しっかり見張っているのだけど……。
 アノヒトの足手纏いになる、というのが余程イヤなのね。
 こんなことなら、さっさと伝家の宝刀を抜いておけばよかった、と思ったりもしたりして。

「クッソ〜ッ!」
 工藤君ががむしゃらにキーボードを叩く。
「何をそんなに荒れているの?」
「あとちょっとなんだけどさぁ、まだピースが足んねぇーんだよ……」
 別にジグソーパズルをやっているわけではない。
 工藤君がやっているのは、『黒羽快斗』と言う名のパズル。
 アノヒトがしようとしていうること、その全てを繋ぎあわせる想いのパズル。
「あの西の探偵さんにはあたってみたの?貴方、二人が一緒にいるのを見たんでしょう?」
「あ、いけね!忘れてたぜ。サンキュ、灰原」
 ニッコリと笑いかけてくる彼に、私も微笑んだ。
 こんなに楽しそうにしてる彼を見るのはどれぐらいぶりかしら。
 でも、まだ足りないわね。
 隣にアノヒトがいないから……。
 アノヒトがいれば、彼の笑顔はホンモノになるのに……。






 彼が親友と呼ぶ西の探偵さんに電話をしている。

「あ、服部?」
―――く、工藤〜?
「そ、俺。お前、この前快斗と会ってたろ?」
―――な、な、なんで……知っとんのや?
「居たんだよ、あの店に。まったくの偶然だけどな。で、何の話をしてたんだ?」

 彼は意地が悪そうにクスクスと笑っている。
 西の探偵さんの声は私には聞こえないけど、強気の工藤君に押されてたじたじになっている姿が目に浮かぶわ。
 あの探偵さんは、まっすぐな人だから嘘は言えない。
 こんな時にスラスラ嘘が言える人なら、あの工藤君が親友とは言わなかったでしょうね。

「じゃあ、それすぐに送ってくれ」
───ほな、またな。
「あぁ。今度、会った時は覚悟しとけよ?」

 そう言って、彼はまたクスクス笑う。
 今頃西の探偵さんは、呆然と受話器を握りしめて、ダラダラと冷や汗を流してるでしょうね。
 それとも、クシャミでもしてるかしら?

「わかったぜ、灰原。多分……、これでチェックメイトだ」

 再びパソコンに向かって、彼はキーボードを叩く。
 しばらくして、パソコンの電源を落とすと、彼は満足げにゆっくりと蓋を閉じた。






to be continue……




ようやく顔を上げた新一さん。二人の想いの行方は……?


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