綺麗な人を愛した。相反する立場にいて、男同士で、それでも自分を受け入れてくれた彼を、俺は愛しんだ。
一つ屋根の下で、ともに暮らそうとまで言ってくれて。
俺は天にも昇るような幸せを味わった。けれど……。
俺は行かなくてはならない。
あの組織と最後の決着をつけるために。彼は引き止めるようなことはしないだろう。
それが、俺の背負った十字架だと知っているから。俺が心配なのは、彼が共に闘おうとすること。
彼にはそう言うだけの力がある。
この俺が、唯一背中を預けられるだけの……。
それが、彼だから。けど、俺は彼をこの闘いには巻き込みたくないんだ。
それは俺の我が儘。
それは俺の自己満足。わかってはいるけど、それでも彼を連れて行くわけにはいかない。
それだけ、彼を大切に思っているから。
「ありがとう、新一。俺……、幸せだったよ」
スヤスヤと寝息を立てる彼の唇に触れるようなキスを落とした。
気を失うまで貪って、疲労しているだろう彼は朝まで目覚めることはないだろう。
そして、俺は彼への想いを断ち切るようにして、黙って姿を消した。
††† 聖夜 ††† 北の街にて〜side Kaito
「よ!悪いな、こんな遠くまで」
「えぇよ、来る言うたんは俺のほうやし」
快斗は、恋人の―――いや、元・恋人というべきなのか―――親友・服部平次と会っていた。
本当ならば、彼にも自分の居場所を教えるつもりなどなかったのだが、偶然というものは恐ろしいもので、彼とは縁も所縁もなさそうな北の街でバッタリと出会ってしまったのだ。
快斗の正体も、その目的も知っていた服部に、快斗はささやかな、けれど難しい依頼をした。
警察にある資料がどうしても欲しかったのだ。
オンライン化されてるものなら、快斗がハッキングすれば済むが、アナログで保存されてる資料だけはどうにもならない。
彼…に頼めば、きっと手に入れてくれるだろうことはわかっているが、それだけはどうしてもしたくなかった。
全ての情報から彼を隔離して、彼の安全を守るために。
彼のために、快斗は服部を犠牲にしようとしている。
だが、服部はそれすらも承知の上で、協力を快諾してくれたのだ。
服部もまた、快斗とは違う感情でだが、彼を大事に思っていたから。「それにしても寒いなぁ〜、さすがは北国や」
それなりに防寒はしてきたんやけど……、とお決まりの皮ジャンを着た服部が言う。
「ま、どっかでお茶でも飲みながら話しよーぜ?」
「せやな」
二人は肩を並べながら、どこまでも続くケヤキ並木を抜けていった。
快斗が選んだ店は、店の名前が書いてある名刺ぐらいの大きさの紙がドアに貼り付けてあるだけの目立たない店だった。
地元の人でもほとんど知らないというその店は、閑散としている。
薄暗い店内も、耳障りではないほどの音楽も、余り人には聞かれたくない話をする二人には持ってこいの店だった。
「めっちゃ寒いやんか!こないに寒いなんて聞いてないで?」
「昨日までは晴れてたんだよ!お前が来るから雪が降ったんじゃん?」
「俺のせいかい!」温かい空気に満たされた店内に入って凍っていた舌がほどよく解凍されたのか、いままで外を黙って歩いてきた服部は不平を洩らした。
周囲に人気のない席を選び、ブレンドを注文する。
やがて運ばれてきたそれに快斗はたっぷりと砂糖とミルクを入れ、服部はブラックのまま口をつける。「せや、これ頼まれとったデータや。わかっとるやろが、貸し一つやで?」
「サンキュ…な、お前にも迷惑かけて」服部が背負ってきたデイバッグの中からCD-ROMを取り出して、快斗に渡す。
快斗はノートパソコンを立ち上げると、その内容をチェックし始めた。
神の手のようにキーボードを叩く快斗の手を見つめながら、服部は溜息をついた。「ええ加減にせぇや? 俺は本来こないな隠密行動はニガテやねん」
「ゴメン、わかってる。無理言って悪いな」
「こういうんは、工藤の方が得意なんやけど……。ま、頼めんやろなぁ〜」
「……あぁ。で、……新一はどうしてる?」ディスプレイから顔を上げずに快斗は聞いた。
作業を急いでいる、というよりは顔を上げられないのだ。
きっと、どうしようもなく切ない顔をしているだろうから。
新一の名前を口にするだけで、心が震える。
彼はどうしているだろうか?
突然消えた俺のことをどう思っているのだろうか?
怒っている?
泣いている?
探している?
俺のことなど忘れて欲しい。
そう願っていたはずなのに、もう忘れてしまったのだとは思いたくない自分に苦笑してしまう。「知らん。俺が、工藤を騙し通せるわけないやろ?」
嘘をつけない服部は、嘘をつきたくなくて、俺と出会ってしまった直後から工藤邸にはいっていないのだと言った。
「そっか……」
二人の間に沈黙が訪れる。
俺はノートパソコンを閉じると、伝票を掴んで立ち上がった。「服部、俺ちょっと用事があるから、ここででいいかな?」
「ん?かまへんで?駅までの道案内はこいつらがしてくれるんやろ?」
服部は光のプロムナードを顎で指し示しながら言った。
56万個の電飾で飾られたケヤキ並木は、駅まで続いている。「ほな、またな。なんぞあったら連絡しぃや?」
「ん」もう連絡することはないだろう。
ひょっとすると、これが今生の別れとなるかもしれない。
決戦の日はもう目の前まで来ている。
でも、それを服部に言うつもりはなかった。
「服部、新一を頼むな……」
もう人ごみにまぎれてしまって見えなくなった服部の背中に呟くと、そのままケヤキの木に凭れかかった。
それからしばらくして、同じ道を通るグレーのダッフルコートに身を包んだ彼の背中が目に入った。
急に降りだした雪に傘を持っていないのだろう。
フードをすっぽりと頭からかぶっている。
それでも俺はそれが彼だとわかった。
店を出ようとしたときに気付いた。
僅かな気配。
けれど、彼も身を隠すようにして座っていたから、気付かないふりをして外に出た。
ホント、偶然ってヤツはなんて恐ろしいんだろう。
小さな島国とはいえ、会わないヤツには一生会わないぐらいの広さはある。
それなのに、服部にも彼にもこの街で出会ってしまうなんて……。
雑踏を抜けていく背中がふいに止まる。
俺はいま気配を殺していないから、俺の視線に気付いたんだろう。
彼は振り向くだろうか?
彼が振り向いたら、俺はどうする?
走り寄って、抱きしめて、キスするのか?
そんなことできるわけがない。
それじゃあ何のために、身を切るような想いであの日姿を消したのかわからなくなる。
それなのに―――。 それがわかっているのに、俺は何の策も講じずに彼の背中を見つめてしまった。
お願い、振り向かないで。
振り向かれたら俺は、もう自分を抑えられないかもしれないから。
彼を抱きしめて、キスして、めちゃくちゃにしてしまいたくなるから。
雑踏の中に立ち尽くしていた彼の身体が揺れる。
誰かがぶつかったのだ。
通りすがりの人に手を差し伸べられて、彼は身体を起こす。
彼はその人に頭を下げると、そのまま駅へと向かって歩き出した。俺は彼の背中が見えなくなるまで、ずっと彼を見つめていた。
「さよなら、新一。ずっと……、愛している」俺は彼の姿が見えなくなっても、その場に立ち尽くしていた。
to be continue……
お互いそこに存在を感じているのに、離れていく二人。 このままでいいのか?←いいわけないって……
side Shin-ichi Christmas side Ai