ある朝、目覚めたら隣りにあるべき温もりがなかった。なくなっていたのはぬくもりだけじゃなく―――。
着替えも、パソコンも、歯ブラシも、アイツのお気に入りのマグカップも。
全てがものの見事になくなっていた。
まるで、最初から何もなかったように。
学校帰りに江古田高校へ寄って、あいつの幼馴染の中森青子という少女を呼び出した。
そんな男は知らない、と言われたらどうしようかと少し不安になりながら……。
けれど、俺の不安は杞憂に終わった。
さすがの魔術師も人の記憶だけは消し去ることができなかったようで、彼女はアイツを覚えていた。「快斗、転校しちゃったんだ……。私にも、クラスのみんなにも挨拶もなしに……」
寂しそうに言う彼女からは、結局何も得られなくて。
アイツをキッドと決め付けて、つけ回していたという白馬という高校生探偵にも会ってみた。「黒羽君の居場所なら、いずれわかりますよ。怪盗キッドが予告状を出すのを待てばいいんですから。そして、その時はこの僕が逮捕してみせます」
白馬は、自信満々にそう言って、高笑いをした。
アホくさ……。
白馬という高校生探偵はな〜んにもわかっちゃいなかった。
結局、手がかりはゼロのままだ。そうして1週間がたち……。
2週間が過ぎ……。
それでも、アイツの行方なんかこれっぽっちもわからなくて。
アイツが消えて1ヶ月が経って、ようやく俺は「捨てられた」のだということを自覚した。
††† 聖夜 ††† 北の街にて〜side Shin-ichi
「犯人は貴女ですね?」
北の街で起きた密室殺人事件は、仕組まれたトリックではなく、偶然がもたらしたものだった。
なまじ、人の手が加わっていない分、それを暴くのに手間取って……。
わかって見れば、犯人は恋人の裏切りにあった元・彼女だった。
その場に泣き崩れる彼女を、俺は淡々と見つめていた。
(俺は貴女が羨ましい……。自分の感情を相手にぶつけることができたんだからな……)
行き場のない想いを抱えて。
それでも普段と変わりない生活を続けて。
俺はその場を所轄の刑事に任せると、そっと現場を後にした。
「寒いと思ったら、雪か……」
俺はコートのポケットに手を突っ込んで、北の街を当てもなくうろついていた。
街はすっかりクリスマスの赤と緑に彩られ、街全体が浮かれて見える。
そんな中で、俺だけが沈んでいる。
いつの間にか雪が降り始めて、黒いロングコートの肩を白く染めていた。
帰りたくないのだ。
東都の長年住んだ米花町の家も、アイツがいなくなってから何やらよそよそしい気がしていたから。
「さむっ……」
木枯らしに肩を竦める。
俺の頭の中で、罪を犯してしまった女性の言葉がリフレインする。『愛しているから許せなかったの!』
その気持ちは新一にも理解できた。それが殺人に繋がる心理は到底理解できなかったが。
愛しているから、裏切りを許せない。
許せないなら……?
殺したい、とは思わなかった。
だからといって、自分がどうしたいのかもわからない。
行き場のない想いだけが、自分のなかでグルグルと渦巻いているのだ。
知らない街は、俺に干渉することなく、いつもと同じ時間を刻んでいる。
いま、自分がどこを歩いているかもよくわからない。
どこだっていい……。
何も考えずにいられるなら。勢いを増す雪に凍え、背中を丸めて街を歩く。
ショーウインドウに映る俺は、すごく悲惨な姿をしていた。
(ふっ……、これが俺の真実の姿か……)
自嘲気味の溜息が洩れる。
「とりあえず、熱いコーヒーが飲みたい……かな」
俺は目の前にあった店の扉を押した。そこは『珈琲・穴蔵』と書いてあるだけの名刺大ぐらいの紙が画鋲で貼り付けてあるだけの店だった。
地元の人でもほとんど知らないのか、店の中は閑散としていた。
奥まった席に座り、ブレンドを注文する。
落とし気味の照明も、いまどき珍しいアナログレコードのジャズも、感じがいい。
けど、どれもいまの俺を癒してくれはしなかった。俺は全てに無気力だった。
何もしたくはないけれど、死に急いでる訳じゃない。
腹が減れば食うし、寒ければ温まりたい。
コーヒーだって飲む。
ただ、何をしても楽しいなんて思えなくて……。
アイツがいたら出来なかった読書さえもする気がしない。
それでも、外に出るときは必ず本を持ち歩いていた。一向に進まない小説に目を落としながら、頼んだブレンドに口をつける。
温かい空気に包まれて、相変わらず気持ちだけは凍てついたままだけど、身体のほうは暖まった。だが、扉が開いて新たな客が入ってきた瞬間、俺は全身が凍りついた。
「めっちゃ寒いやんか!こないに寒いなんて聞いてないで?」
「昨日までは晴れてたんだよ!お前が来るから雪が降ったんじゃん?」
「俺のせいかい!」北の街でも変わらない大阪弁は良く知った人物のもの。
そして、それに答える人物も……。
逢いたくて、逢いたくなかったアイツの声。なんで、服部がアイツと一緒にいるんだ?
服部は知ってたのか? アイツがここにいることを……。
俺がアイツを探していたのを知ってるくせに、なんで教えてくれなかったんだ?
なんでアイツはここにいる?
アイツは………?
いくつもの「?」が生まれては零れ落ちる。
二人が俺のいるテーブルの前を横切る。
俺は息を詰め、気配を殺した。
「……頼まれとった……や。……………貸し一つや……」
「………な、……も」バカでかい服部の声は離れていてもかなり聞こえる。
反対にアイツの声は、ほとんど聞き取れない。「ええ加減……。…………はニガテやねん……」
「…………る。……………新一……………は?」自分の名前がアイツの口から出たことにビクンとする。
「知らん。………………騙せ………ないやろ?」
「……か」どのぐらいの時間がたったのだろうか。
ものすごく長く感じた。
けれど、随分早いようにも思う。
二人は席を立って、店を出て行った。俺はホッとして、フゥーッと深く息をついた。
アイツに、俺がここにいることを気付かれなくてよかった。
まだ、逢いたくない。
俺の心は、そんなに強くはないんだ。
アイツが元気そうにしてるのを見れただけで充分だ。
二人が出て行ってから、かなりの時間が経っただろう。
俺はゆっくりと立ち上がり、店を出た。
すっかり陽が落ちて、店の前のケヤキ並木は56万個の電飾で飾られた光のプロムナードになっていた。
「遅くなっちまったな……」
目に見えてやつれている俺の体調を心配する小さな主治医に連絡を入れて、俺はその光のプロムナードの下を駅に向かって歩いていった。突然、突き刺すような視線が背中に刺さる。
殺気じゃない。
この視線はよく知っているもの。
振り返ればアイツがそこにいる。振り返りたい。
けれど、振り返るのが怖い。
俺は、振り返ることも、視線を振り切って前に進むこともできずに、その場に立ち尽くした。
to be continue……
クリスマス小説だというのに、なぜかこんなくらい話……。 いいのさ! 最後に甘くなれば……(←なるのか?)。
Christmas side Kaito