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提無津港を臨むオフィスビルの一角は、普段の様相を失い、物々しい雰囲気が漂っていた。
黄色と黒の立入禁止を示すテープが張り巡らされ、制服の警察官が目を光らせて立っている。
無数に出入りする強面の刑事達。
彼等の入る部屋は、テレビのコマーシャルで馴染みのある金融会社の社長室である。
床にはチョークで人型が描かれ、生々しく飛び散る血の痕が、そこが惨劇の現場であったことを物語っている。
その部屋から、強面の刑事達に囲まれて出てきた青年がいた。
遠巻きに見ていた野次馬達は、彼の顔を見て、思わず息を飲んだ。
血腥い場所に似つかわしくない、美しく整った顔立ち。
そこで何があったのかも忘れ、見惚れている。
「いやぁ〜助かったよ、工藤君。犯人はわかっていても、凶器がなんだかさっぱりでなぁ〜」
その場の責任者らしい人物が、若い青年の肩を叩いては、しきりに感心している。
「お役に立てて良かったですよ」
肩を叩かれた青年は静かに頭を下げると、野次馬の視線を掠いながらその場を後にした。その野次馬の一番後にいた男が青年の背中を追うように、歩きだした。
駅へと続く歩行者デッキは、夕闇に包まれ薄暗く、人通りもまばらであった。
新一はゆっくりとした歩調で、駅へと向かう。
後をつけてくる気配に気付いてはいたが、そのままゆっくりと歩き続けた。
その剥き出しの気配は同業者や危ない連中ではありえない。
殺気も感じられない。
おおかたマスコミかなんかだろうと見当をつけて、新一はふいに振り返った。
「俺になんか用が……って、あれ?」
振り返った先には、新一がよ〜く見知った顔が慌てた様子で物陰に身を隠す。
「……中村? 何やってんだ?」
中村健太。新一と快斗の大学時代の友人で、仕切り屋と呼ばれたお祭り男である。
「な、なんでわかった?」
色の濃いサングラスを外しながら中村が言う。
本人的には、どうやら変装していたつもりらしい。
「なんでって……思いっきりまんまじゃねーかよ」
「え〜? 結構、イけてると思ったんだけどなぁ〜」
どこをどう取れば、イけてると思えるのか、新一は首を傾げる。
大体、薄暗くなった街で濃いサングラスをかけているだけでも、充分怪しい。
が、あえてそれを口にはしなかった。
「中村の会社ってこの辺だったっけか?」
「じゃねーけど、ちょうどクライアントと打ち合わせであのビルに行ってたんだ」
そう言いながら、中村はいましがた新一が出てきたビルを指さした。
「なぁ、せっかくだから、飯でも食わねぇ?……っと、黒羽が家で待ってんなら遠慮すっけど……」
別に中村は新一と二人きりでいたいわけでもないから、いるならいるで呼び出せばいいことだ。
あの快斗のこと。新一が呼び出せば全てを放り出して飛んでくるだろう。
中村は新一と快斗の関係を知っている。
と言うか当時の友人で、知らない者はいない。
さすがに、中村から自分達の関係を知ってると告げられた時は、うろたえもした。
気付いたのはそれよりも随分前だと聞いてびっくりしたし、他の友人達――本当に親しくしている友人だが――も知っていると聞いて頭がクラクラしたりもした。
けれど、男同士の関係を知っても、彼らの態度は何も変わらないのが、何よりも嬉しかった。
「快斗は地方公演に行ってる」
「ひゃあ〜、売れっ子は大変だねぇ〜。でも、そんなら遅くなっても問題ないっしょ?」
「あぁ」
「よっしゃ、決まり! 明日は休みだし、今夜は飲むゾ〜♪ えーと、この近くだと……」
(メシじゃなかったのか?)
というツッコミは中村に対して通用しないのは、新一も充分承知しているし、アルコールが嫌いなわけでもないので、黙って中村の後をついていった。
連れて行かれたのは駅に近いところにある串焼きの店だった。
入ったことはないが、あちこちで同じ名前の店を見かけるから、かなり大きなチェーンなのだろう。
「さすがにこの辺は、俺も詳しくないからさぁ〜」
このチェーンの他の店には行ったことがあるから、とりあえず安心なのだと中村は笑う。
「この前は、せっかく誘ってくれたのに、行けなくて悪かったな」
「気にしない、気にしない。んなの、学生のころからじゃん♪」
「で、どうだ? みんな相変わらずか?」
中村とも、顔をつき合わせて会うのは、随分久しぶりだ。
「大田の結婚式以来だもんなぁ〜。半年振りってことかぁ」
しばらくはビールを飲みながら、友人達の近況で話が盛り上がる。
2杯目のジョッキがカラになった頃、中村が何気なく爆弾を落とした。
「俺もさぁ、そろそろ独立しようかと思うんだよねぇ〜」
「いーんじゃねぇ? だてに5年間宮仕えしてたわけじゃねーんだろ?」
「そりゃまぁ、いずれは一国一城の主ってつもりでやってきましたから」
ニヤリと笑う中村の顔には自身が溢れていた。
中村は、そのお祭好きな性格が講じて、イベントプロデュースの会社へと就職した。
東都大の卒業生は、大企業に就職をするケースが多いのだが、不思議と、新一達の周辺は自分の才覚だけで身を立てようとする者が多いように思う。
実のところ、それは新一や快斗の影響であるところが強い。
また、そういう者でなければ、新一や快斗の傍にいて、親しくすることなど出来なかったというのもある。
「しかし、このご時世で結構キビシーんじゃねぇの?」
「まぁね。でも、予算が少ないってだけで、イベント自体がなくなるわけじゃねーから」
バブル崩壊以来の長く続く不況の中にあっても、なんとかショーだの、フェアだの、見本市だのというイベントはなくならない。
企業側にとっては、次期の売上に直結する、商品の訴求と商談には欠かせない場である。
予算が減って派手なことは出来ないため、いかにして確実に顧客の関心を引くかに、どの企業も、またイベントプロデュース会社でも頭を悩ませている。
「ま、独立してもやって行けるだろ? 結構、いい評判聞いてるぜ?」
「なにッ? どんな評判? ってか、なんで工藤がそんなこと知ってるわけ???」
「オレの依頼主には、結構、企業もあるんだよ。事件のことばかりじゃ、気が滅入るだろ? どこに事件の鍵があるかわかんねーし、いろんな話すんだよ。そん時にちょっと、お前がやってるってイベントの話になってな」
その時、その依頼主がベタ褒めしていたのだ。
中村は珍しく照れくさそうにして、笑った。
「なら、独立してもやっていけるかな? 他にも2、3クライアント掴んでるし……。実はさぁ〜、もう事務所押さえちゃってるんだよね〜」
だから、早く始動しないと、無駄に家賃だけを支払うことになるのだ。
「おいおい、随分と手回しがよくねーか?」
「タイミング良かったんだよねぇ〜。来月にはオレも社長よ〜」
あとはいまの会社とうまく折り合いをつけるだけだ。
「なんだ、決定事項かよ」
相談……とまでは行かなくても、背中を押してほしい気分で話し始めたのだとばかり思っていたが、どうやら違ったらしい。
そういや、中村はそんな可愛げのある性格ではなかった。
「なんでまた、先に事務所だけ押さえてんだ?」
「それがさぁ〜、この前、桐原にあってさぁ〜。アイツもちょっとずつ大きな仕事任せてもらえるようになったって。そんで、ちょうどそん時手がけてたのが、オフィスビルで。デベロッパー紹介してもらって、安く契約したんだ」
「ちょっと待った! 桐原ってあのミス研の桐原か?」
「そーそー。工藤も結構仲良かったじゃん。何、連絡取り合ってねーの?」
「卒業してからは全然。アイツ、どこに就職したんだ?」
「オヤジさんの事務所。就職活動しなくていいなんて羨まし〜、って当時言ってたんだ」
工藤も黒羽も就職活動してねーから、俺らの気持ちわかんねーだろ? と中村が言っていることなど、新一の耳には届いていなかった。
(そっか……、そーいやアイツ……)
新一はおもむろに携帯を取り出すと、快斗の携帯にに電話をかけた。
だが、ちょうどショーの時間なのか、留守電に切り替わる。
メッセージが流れ、ピーという発信音がする。
「オレだ! 明日、始発で帰って来い!」
それだけ言って電話を切る。
見ると、あっけに取られた顔をして中村が見ていた。
「工藤って、以外にも亭主関白……ってか、かかぁ天下?」
「中村。東京湾に沈むのと、産廃処理場に埋められるのとどっちがいい?」
「名探偵が犯罪に手を染めちゃダメだって! ってゆーか、俺、訳がわかんないんですケド……」
「飲みながら話してやるって。地酒? 焼酎?」
「工藤の奢りってこと? なら、種類なんてなんでもいいから、一番高いヤツ♪」
「おまえなぁ〜」
新一は苦笑しつつも、ダメだとは言わずに店員を呼びとめメニューの中から一番高い酒を注文した。
い……1年3ヶ月ぶりの更新……。申し訳ないです。 次回は新オリキャラ登場。 BACK INDEX NEXT