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 快斗が携帯の留守電に気付いたのは、ショーが終わり、打ち上げも終わった深夜1時過ぎ。
 愛想もそっけもない新一のメッセージに、ショーの高揚感も打ち上げでのほろ酔い気分も見事に吹っ飛んだ。
(新一ぃ〜! ここ、どこだと思ってんだよ〜っ!)
 余りのことに涙が出そうになる。
 飲みすぎて終電に乗り遅れたのとは訳が違う。
 同じ日本とは言え、東都に戻るためには海をわたらなければならないのだ。
 ここから空港まで70分ちょい。少し余裕を見て90分。チェックインの時間も考えると、2時間はあった方がいい。
(え〜と始発便が……7時50分発!? ってことは、6時前には出ないとダメじゃん!)
 これはもう、新手の嫌がらせとしか思えなかった。
(俺……、なんかしたっけ?)
 ホテルのベッドで携帯をジーッと見つめながら、頭の中は目まぐるしく新一の逆鱗に触れるようなことがなかったか思い起こしていた。
 何も思い当たるふしがないまま、気付けば朝になっていて、スタッフの携帯にメールで東都に戻ることを伝えると、慌ててホテルをチェックアウトすると、始発列車に飛び乗り、空港へと向かったのだ。





















「た…だいま……」
「遅いッ! すぐ出掛けるぞ!」
 ヘロヘロになって東都に着くと、説明もないままに新一に引きずり出された。
「あの〜、どこに行くんでしょう?」
「いいから黙ってついて来い」
 車に乗せられ、移動すること1時間。
 車の中でも新一は説明しようとする気配もなく、快斗は寝不足も手伝って居眠りしていた。
 
 行き着いた先は、オフィスビルが立ち並ぶ街だった。
 その一つに車を入れ、エレベーターで上がっていく。
「8階ってことは……『KIRIHARA Architect Office』……って、あの桐原隆司の事務所!? な、何か依頼でもあったわけ? まさかとは思うけど、俺たちの家の設計頼むつもりじゃないよね?」
 桐原隆司。オペラハウスやコンサートホールの設計で世界的に有名な建築家である。
 彼が有名な理由は、建築全体の優美さもさながら、素晴らしい反響をさせるホールにある。
 気難しさで知られる音楽評論家が、『ホールも楽器の一つであるということを、私は30年オペラを見て初めて知った』とそのホールを絶賛したというぐらいだ。
 快斗が彼の設計したホールでショーをしたことはないが、それでも名前ぐらいはよく知っている。
 桐原隆司なら、何かしら時間に巻き込まれても、警察よりは名探偵である工藤新一を頼ることも充分に考えられた。
 だが……。
「事件じゃねーよ。その、まさかの方だ」
「え〜〜〜〜〜ッ!?」
 桐原隆司が一般家屋の設計をしたなんて聞いたことがない。まぁ、自宅ぐらいは自分で設計してるのだろうが。
「っても、依頼するのは桐原隆司じゃなくて、桐原零司の方だけどな」
「きりはら……れいじ……って、あ〜〜〜〜〜ッ!」
「思い出したか?」
 桐原零司。東都大の同期だった男だ。主に新一との交友が多く、快斗は何度か一緒に飲んだことがあるだけで、すぐには思い出せなかったのだ。
「そっか……。桐原って、建築学科だったもんな……。桐原隆司の息子だったんだ……」
 別に誰が誰の子供であっても関係ない。有名人の子供だろうと、当人とウマが合わなければ友達になどならない。
 だから、桐原零司が桐原隆司の子供であったなどとは、快斗は知らなかったのだ。
 桐原零司は、中村に紹介された友人である。
 大のミステリーマニアで、新一との交友関係もそこから始まっていた。
「そうそう。しかもな、アイツ、『館シリーズ』の大ファンなんだよ」
 そう言って新一はニヤリと笑うと、事務所の扉を押した。

 通された応接室は、重厚でありながらゆったりとした寛ぎを与えてくれるような部屋だった。
「こんにちは、工藤さん。相変わらずご活躍のようで」
 現れたのは、本人ではなく、父親の方。
 スタイリッシュなスーツ姿で、人の良さそうな笑みを浮かべて入ってくる。
「ご無沙汰しております」
 新一が立ち上がってペコリと頭を下げる。
(世界のKIRIHARAがこんな気さくなオジサンだなんて……)
 快斗は目を丸くして、二人のやりとりを見ていた。
「新一、桐原氏と面識があったんだ」
「あぁ。前に桐原にオヤジの蔵書を貸したことがあってさ。そん時にちょっとな」
 桐原氏もウンウンと頷いている。
「ご紹介します。俺の同居人の黒羽快斗です。同じ東都の同期生で、零司君とも面識はあります」
「黒羽快斗です」
「ご高名は存じておりますよ」
 父親と同世代の、それも世界のKIRIHARAを相手に、自惚れなどできるわけがなく、快斗はまだまだ修行中の身で、と謙遜してみせる。
「しかし、よろしいのですかな? うちの愚息はまだ修行中の身。その愚息に大切なご自宅の設計など……」
「はい。零司君が一番適任だと思ってますから」
「ちょっと聞いていただけますかな?」
「なんでしょう?」
「私がオペラハウスやコンサートホールの設計を始めたのも、自分が音響のいいホールで自分が好きな音楽を聴きたかったからにすぎません。だが、零司は音楽には興味が沸かないようでねぇ。そんなヤツがいいオペラハウスなど設計できるわけがない。まぁ、跡を継いで欲しいなどとは思ってませんがね。だが、零司は零司なりの世界を確立していけばいいと思うんですよ。だからね、今回のことは、アイツにとってもチャンスだと思ったんですよ」
 親バカだと思ってくれて構わないが……、と世界的な建築家が頭を掻く。
「今回の仕事を業界紙に取材させても、いいだろうか?」
 業界誌だからプライベートなところは出さないし、必要ならば施工主の名前は伏せさせるという。
 新一は、しばらく考えて了承した。
「親バカだとおっしゃいましたが、逆でしょう?」
 快斗も、新一と同じ結論を自ら導き出した。
「業界誌の取材ということは、同業者が見るってことですよね? 少しでもアラがあれば、貴方のご子息だと言ってもこの程度か、と言われることもあるわけです」
 黒羽盗一の息子として、同じような視線に晒されている快斗だからこそ、彼の思惑がわかる。
 桐原隆司は呆気に取られたような顔をして、苦笑した。
「いやぁ、さすがは名探偵ですな。それに黒羽さんも。見破られるとは思ってませんでしたよ」
「俺も零司君と同じですから」
「名前を売るなら、一般向けの住宅誌の方が適してますしね」
 そう言って笑いあったあと、応接室のドアがノックされる音が聞こえた。
「失礼します……って、あれ? 工藤? それに黒羽?」
「よぉ!」
「おひさし〜♪」
 同級生同士の気安い挨拶が交わされる。
「では、私はこれで」
 桐原隆司が退室していくのを、一礼で送ると、3人は改めて再会の言葉を交わした。





















「は? じたくのせっけい?」
 話が本題に入ると、桐原は目を丸くして叫んだ。
「そんなの俺に頼んでいいわけ? つーか、なんで俺? だいたい、俺、一般住宅の設計したことねーよ?」
『KIRIHARA Architect Office』では、基本的に一般住宅の設計は引き受けていない。
 それは、依頼がほとんど父親に来るものであり、数人いる設計士も父親に心酔して入ってきたものばかりだ。
 自分は、いわばコネ入社であって、設計士の中でも一番末席に位置している。
 それが、数多の先輩達をさしおいて、そんなことしていいのだろうか?
「お前にしかできねーと思ってるから、来たんだけど?」
「はい?」
「金持ちのオーディオマニアが注文に来たわけじゃねーし」
 基本的に一般住宅の設計は引き受けていないといったが、全くないわけでもない。
 新一が言ったように、かなり充実したオーディオルーム設けたい人や、音楽家の自宅などは、たっての希望で引き受けたりすることもある。
 そういう場合だと、桐原隆司が直接図面を引くことは少ないのだが、必ずチェックはしている。
 それでも、その仕事が零司に回ってくることは、いままでになかった。
「『KIRIHARA』としては異例なことだってぐらい、俺にだってわかってるさ。だから、ちゃんと親父さん……桐原隆司氏にも了解をもらってるんだ」
「親父の了解???」
 零司には、さっぱり、まったく、話が見えなかった。
「ちょっと待てッ! 自宅って、誰のだ?」
「俺たちが、誰の自宅を頼みに来るってんだよ?」
「そうそう。他人様のために俺たち二人で来るほど、俺たちヒマじゃないし〜。 今日だって、新一が戻って来いってゆーから、始発に乗って帰って来たんだよ?」
「ワァ〜ッ、ちょっと待てって!」
 桐原は、コーヒーをガブガブと飲んで、気を落ち着ける。
「はぁ〜。ちょっと頭ん中整理させてくれって!」
 桐原は二人の顔を見比べながら聞いた。
「え〜と、まずは……だ。お前ら、相変わらずラブラブなわけね?」
 まず、ここから聞かないと前へ進めない。
「……………」
「あったりまえじゃ〜ん♪」
 新一が顔を赤くして黙り込み、快斗がニコニコとしながら答えるのを見て、桐原はウンウンと頷いた。
「で、俺に依頼したい自宅ってーのは、お前らの愛の巣ってことか?」
「……………」
「そのとーり♪」
 またしても、新一は顔を赤くして黙り込んだままで、快斗がニコニコと答える。
「そりゃ、迂闊なとこには頼めないよなぁ〜。施主二人が揃いも揃って有名人で、男同士でベッドルームが一つってんじゃさ!」
「でしょでしょ〜」
 ケラケラ笑う桐原に、快斗が楽しそうに答えるのを聞いて、口をパクパクさせてた新一がついにキレた。
「そんな理由で桐原のトコに来たわけじゃねーッ!!! 快斗も! 勝手に話作ってんじゃねーよッ!」
「工藤、耳まで真っ赤だぜ?」
「しんいち、照れてるの? カッワイイ〜♪」
「うっせー!」
 快斗の腹に、容赦のない鉄拳を打ち込み、桐原をギロリと睨み付ける。
 もっとも、真っ赤な顔では迫力などみじんもなかった。 
 あれから10年近く経とうとしているのに、あのころと変わらない悪ふざけ。
 些細なことだが、いまなおそんな時間を持てることを嬉しく思っていた。






オリキャラ桐原君です。よろしくお願いします。

彼と新一・快斗との出会いは、いずれ『Campus Life』の番外編として書くつもり……。


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