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「で? 次は何をすればいいわけ?」
 寝室の攻防に勝利した快斗は、キッチンからアイスクリームを持ってきて、ご満悦である。
 ちなみに今日はハーゲンダッツのクッキー&クリームとドルセ・デ・レチェの盛り合わせという、新一が絶対マネしたくない組み合わせだ。
「え〜と、この本によると……『家全体のイメージがつかめてきたら、それを元にゾーニングを行います』だと。快斗、お前イメージつかめたか?」
 快斗が持ってきたアイスコーヒーに口をつけたまま、新一は目線を向けた。
「うんにゃ」
 快斗の方も銀のスプーンを口に入れたまま、横に首を振る。
「俺も……」
「ってゆーか、ゾーニングって何?」
 新一と違って、そういう情報はまったく仕入れてない快斗は用語からして意味不明だった。
「大雑把に間取りを決める……ってことみてぇだな。けどなぁ〜」
 新一にしてもどこからどう手を付ければいいのか、皆目検討が付かなかった。
「あのさぁ。参考までに聞くけど、そのあとは何するわけ?」
「え〜と……『出来上がったプランに応じて、業者を決めましょう』だと」
「業者ってゆーと、どこの住宅メーカーにするかってこと?」
 ぺロリと食べてしまったアイスクリームの皿を机に置いて、ガムシロップをドボドボ入れたアイスティーに口をつける。
 よくもそんな立て続けに甘くて冷たいものが口に入るものだと、呆れながら、新一は雑誌のページをめくる。
「住宅メーカーか、工務店か、建築家……のどれかってことだな」
「どう違うんだか、さっぱりわかんないんだけど……?」
「ちょっと待てって! 俺だって全部頭に入ってるわけじゃねーんだから!」
 そう言って、新一はしばし雑誌のページに没頭した。
「ん〜、それぞれ一長一短あるんだな。住宅メーカーは工料は安めで、工期が短い。けど、規格化されたモンの中から選ぶから、個性はナイ」
「ようは住宅のイージーオーダーってワケね」
 そういえば、どっかで見たことある家ってのあるなぁ〜、と快斗は頭の中に思い浮かべる。
「工務店は地元密着型で、知人の紹介ってのが多いらしい」
「んな知り合い、いたっけ……?」
 自分の知り合いを羅列しても、思い出せない。
 商店街に工務店の看板がかかってたなぁー、ぐらいのものである。
 新一も、蘭の父親……つまりは毛利小五郎の麻雀仲間に工務店のオヤジがいたな……ってぐらいのものである。
「ねーこともねーけど、気安く頼めるほど親しくはねーよなぁ……。とにかく、すぐ対応できるサービスを期待するなら工務店ってことみてーだ。最後に、建築家ってのはデザイン重視の個性派。凝ったモン作るんなら建築家が向いてるってことか」
「なるほどね〜。で、どこに頼めばいいわけ?」
 新一の説明で違いはわかったが、快斗にはどこに頼むのがいいのかはさっぱりわからなかった。
「そー言われても……」
 新一も、お手上げだとばかりに肩を竦めるのだった。





















 数日後、快斗がショーを終えて帰ってくると、新一が待ち構えていた。
「快斗、これ見ろ」
 差し出されたのは一枚のチラシ。
「なに? 鈴木近代美術館? 『ロマノフ王朝の秘宝展』? 新一、俺もうキッドじゃねーけど?」
 パンドラが見つかったのは、もう10年も前のこと。
 怪盗キッドの目的の一つは、そこで役目を終えたのだ。
 そのパンドラを見つけてきたのは、他ならぬ新一自身。
 いまさらビッグジュエルに用がないのは百も承知である。
「バーロ! 誰がビッグジュエルの話なんかしてんだよ! 俺が言いたいのはコレ!」
 と、新一が指差したのは、チラシの片隅に映るインペリアル・イースター・エッグ。現在は香坂家の所有となった、あのメモリアル・エッグだった。
「へぇ〜、懐かしいなぁ〜」
「なぁ、これ見てなんか思い出さねーか?」
「コナンちゃん、カッコよかったよ〜?」
 げしっ!と向こう脛に蹴りが入る。
「いってぇ〜! 暴力反対!」
「バーロ! オメェがくっだらねーこと言うのが悪い!」
「だって〜、新一が何を言いたいのかわかんねーもん」
「俺が言いてーのは、コレを作った人のことだ!」
「あ〜、香坂喜一!」
 19世紀の末、『世紀末の魔術師』と呼ばれたからくり師。
 彼の作ったイースター・エッグを巡る怪盗キッドの予告と殺人事件。
 舞台は大阪から、船上を経て、横須賀の香坂家の城へと移った。
(ん? 城……?)
 快斗にも、ようやく新一が言わんとすることが見えてきた。
「わかったか?」
「新一、いくらなんでも話端折り過ぎ!」
「けど、オメェわかったじゃねーか」
「そりゃ、愛がありますから!」
 と言ったところで、またしても蹴りが飛ぶ。
 けれど、今度はすんでのところで身を躱した。
「新一、落ち着いて! 続き続き!」
 空振りに終わった右足をおろして、新一はどっかりとソファに腰を下ろした。
 そして傍らのサイドテーブルの上に積み上げてあった本を、まるごとテーブルの上に移す。
 新刊本ではない。
 中にはかなり古いものもあるし、快斗が読んだことのある本もあった。
 島田荘司、綾辻行人、霧舎巧、高橋克彦、篠田真由美、歌野晶午……。
 いわゆる館モノと呼ばれるミステリばかりだ。
「また、随分とあるもんだね」
 快斗はタイトルを眺めながら呟いた。
 中には、単に殺人の舞台となった館の名前がタイトルについてるだけで、館モノとは言うるかどうか……というのもある。
 それを言えば……。
「別にいーんだよ。快斗とミステリ談義するつもりじゃねーから」
 そりゃそうだ。
 大体、談義しようにも持ってる知識の量が違う。
 談義にならないのは、最初からわかりきったことだ。
「で?」
 言いたいことはわかっているけど、新一の口からきちんと聞いておきたかった。
「やっぱり俺達の家は、俺達らしい家がいいと思う」
 それは快斗も同感だ。
 むしろ、その気持ちは新一より快斗の方が強いかもしれない。
 快斗が『芸術家』だから。
 芸術家にとって、個性は最も重要な要素だから。
「前にどんな家に住みたいか?って聞いたよな。あんときゃ全然思い付かなかったけど……。いまなら言えるぜ?」
「で、名探偵はどんな住まいをご所望で?」
 茶化すように、快斗は尋ねた。
 これだけヒントを並べられたら、誰でもわかる。
「俺はミステリに出てくるような謎のある家に住みたい」
 ……やっぱり。
 そうとしか言いようがない。余りにも、らしすぎて。
 新一は夢見るようにうっとりとしている。
「あの〜」
 快斗は控目に意義を唱えた。
「探偵な新一にはピッタリだと思うんですが、俺はどーなんの?」
「ピッタリだろ? 怪盗なんだから」
 キッドがいなくなって5年も経ち、いまじゃ立派なマジシャンだというのに、新一はこうして怪盗扱いすることがある。
 けれどもそれは厭味でも、侮蔑でもなく、むしろ甘えのようなものでもあるから、快斗も笑ってそれに甘んじていた。
「なんで? 怪盗は謎好きじゃないよ〜」
「ンなはずはねぇ」
 新一は切り札のように、山と積んだ本の上にさらに本を乗せた。
 それはモーリス・ルブランが書いた、アルセーヌ・ルパンの『奇岩城』。
「新一、これ持ってたんだ……?」
 快斗は意外そうに言った。
 それもそのはず。この話のラストで、ホームズが大きな失態を演じるのだから。
「ムカつくから、普段は隠しておいてある」
 どうりで、快斗が知らないはずだ。
 快斗は置かれた本を手に取った。
 いまさら読まなくても、内容は知っているけど。
「な? 怪盗だって謎好きだろ?」
 新一は、勝ち誇ったように言った。
 この本では謎を仕掛ける側だが、アルセーヌ・ルパンは『ジム・バーネット』という偽名で探偵だってやっている。
 新一の言うように、快斗だって謎は嫌いじゃない。
 でなきゃ、マジシャンをやってられるわけないだろう。
「……現場になるのだけは勘弁してよ?」
 快斗は諦めたようにそう言った。





















「で、具体的にどんな家にしたいわけ?」
 積み上げられた本をパラパラと捲りながら、快斗は尋ねた。
 新一に限って、『奇岩城』を作りたいとは言い出さないとは思うが。
「う〜ん、やっぱ見かけは洋館だよな〜? 横溝みたいな純日本家屋ってのも捨てがたいけど、俺たちに合わねーだろ?」
「その線だと、もじゃもじゃ頭で袴履いてる探偵を目指すわけ?」
 それはちょっと嫌だと思う快斗だった。
「だから、洋館にしようって言ってるだろーが。人の話をちゃんと聞けよ?」
 新一はソファにふんぞり返って快斗を睨む。
 まったく……、最初はあんなに投げやりだったのに、夢ができたら快斗よりも夢中になっている新一だった。
「それなら、ここみたいな感じ?」
 今度はちょっと快斗の方が投げやりにパラパラと本を弄びながら、尋ねる。
 確かに、工藤邸も古い洋館ではある。
 一時は歩美達に『おばけ屋敷』と言われたほど、ミステリの舞台としては格好の様相をしていた。
 快斗が住むようになってそのイメージは払拭されるほど、綺麗になったけれど。
 新一は『う〜ん』と唸ったあと、思いもかけないことを口にした。
「んなの、つまんねー。ってゆーか、ムカつく!」
 つまらない、というのはわかるけど、ムカつく……とは、どういうことだろう?
 快斗が首を傾げると、新一は拗ねた調子で言った。
「ここと似たような家じゃ、あのクソオヤジ鼻で笑うぜ? 父さんが地団駄踏んで悔しがるような家建ててやる!」
 新一の口調に握りこぶしを作るほど力が入る。
 その勢いに、快斗は自分も住むのだと言うことを忘れられているような気がしてならなかった。
「バーロ、そんな顔しなくても、オメェのことだって考えてるって!」
 そんなにわかりやすい顔をしていたのだろうか?と、快斗は目を瞬く。
「置いてかれた子犬みてーな顔してたぜ?」
 新一はクスクスと笑ってる。
「ふ〜ん、どう考えてくれてるわけ?」
 快斗はバレバレなのが照れくさいのも手伝って、ぶぅっと膨れながら新一に聞いた。
「だから、これなんだよ」
 新一が指差したのは、一番最初に見せられたインペリアル・エッグの写真。
「ん〜、からくり屋敷ってゆーのが一番近いかな? 抜け道とか、隠し部屋とか……そういう仕掛けのある家がいいんじゃないかと思うんだ。それなら、マジックの要素も入れられるだろ?」
 途端に快斗の顔が明るくなった。
「それならさぁ、話しかける肖像画とか、動く階段とか、そんなのもアリ?」
「……………ホントに、出来るならな」
 まるでどっかの魔法学校みたいだな……と思いながら、新一は言った。
「そっか……、そんな家作れるトコないか……」
 規格化されたハウスメーカーでは無理だろう。
 在来工法を得意とするような工務店も無理だと思う。
「頼みの綱は建築家ってことか……」
 新一も一転、腕を組んで唸る。
「建築家って言われてもなぁ〜、俺一人しか知らねー」
 名前だけなら知っている建築家はたくさんいるが、実際に会ったことのあるのはただ一人しかいない。
「まさか……新ちゃん。森谷帝二とか言わないよね?」
 快斗は頭の中の『新一事件ファイル』を捲って行き着いた答えに顔を青くした。
「その森谷帝二だけど?」
 新一はケロリとした表情で答える。
「ダメダメダメダメ〜! あの人に頼んだら、それこそ新一の命に関わる!」
 森谷帝二と言えば、シンメトリーをテーマに英国風建築を行う建築家だが、新一に逆恨みして、いくつもの爆破事件を起こした人物でもある。
 そんな人物に自邸の設計を頼むなんて冗談ではない!
「心配すんなって! あの人にからくり屋敷の設計は無理だって、俺も思ってるし。それに、あの人が塀の中から出てくることはない」
 森谷帝二は、無期懲役の判決をくらっている。
 本来なら、死刑の宣告を受けても不思議ではないぐらいだが、偶然にも死者が一人も出なかったところから、無期の判決となった。
 その影に、名探偵の尽力があったことを、森谷帝二は知らない。
「こんな無茶な注文聞いてくれる建築家がいるかは問題だよね?」
 快斗と新一の能力を持ってすれば、やってやれないことはないかもしれない。
 けれど、家を建てるには建築基準法や1級建築士などを始めとする、様々な法律や資格がある。
「あ〜、どっかに中村青司みてぇな建築家いねぇかなぁ〜」
 新一はソファに寄りかかってぼやく。
 ちなみに中村青司とは、綾辻行人の館シリーズに出てくる建築家で、『十角館』『迷路館』『黒猫館』『時計館』など風変わりな家を設計した人物だ。
 また、彼の設計した家には建て主すら知らない隠し通路が施されているのだ。
「う〜ん」
 二人が唸る声だけがリビングに響き、工藤邸の夜は更けていった。






ようやくここまできた……。なんか今回すごく難産だったわ。

あ、森谷帝二の判決に関しましては、小夜眞彩様に法律監修をお願いしました。
眞彩さん、ありがとうございました! 詳しいことは、そのうちに眞彩様のサイトで読めると思います。


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