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二人の家を建てると決めてから、快斗も新一もできるだけ長期に家を空けることはしないようにしていた。
快斗の場合、かなり以前からスケジュールは決まっているのだが、幸いにして海外のツアーは済んだばかり。いまは東都でのステージがメインで、地方での公演があっても2泊3日で戻ってくる。
もっとも、快斗の場合、少しでも新一の傍にいたいのは、いまに始まったことではないから、このスケジュールはいつもとなんら変わりはない。
ちょっとでも早く帰れるように、突然始発で帰ったりして、スタッフを慌てさせているぐらいだ。
一方の新一は、もともと東都内にいることの方が多い。
仕事の半分以上は警視庁から持ち込まれることが多いし、一般の依頼も東都在住の依頼人が多いのだ。
地方――時には海外――での仕事がないわけではないが、よほど困っているか、金銭的に余裕がある依頼人でないと、新一の旅費も必要経費の一部となるから、依頼できないというのが現状である。
と言っても新一がそう言っているわけではない。面白そうな事件であれば、金銭面などお構いなしに首を突っ込んでいくわけで、報酬などはお構いなしなのだ。
まぁ、依頼する側にしてみれば、『あの工藤新一』に依頼するのだから……と、勝手に二の足を踏んでしまうのだろう。
けれどいまは、東都での依頼も緊急性がない場合は、快斗の予定に合わせたりして、できるだけ擦れ違いがないようにしている。
というのも、少しは真剣に二人の家を建てる、ということを考えるようになったせいだった。
「建てる場所は決まったし。次は何をすればいいのかなぁ〜?」
「あ〜、ちょっと待てよ。どっかの本に出てたよな……」
新一は積みあがった本の山から、目当ての記事を探し出す。
こういう時でも、二人の性格から来る役割分担ができてしまうことに、快斗はついつい笑ってしまった。
新一は知識と経験に基づくデータ派で、何かを為そうとする時には、まずデータを集めるのが新一のやり方だ。
快斗の方は、直感とか本能に頼る部分が大きい。カンというものは知識と経験がなければ働かないが、具体的に人に説明できるような理論はないのだ。
怪盗キッドとして一人で戦っていたころは、闇雲に行動することは命に係わるから必要なデータは集めていたし、新一も黒の組織との戦いでは、データだけではどうにもならなくて、出たとこ勝負なときもあった。
けれど、二人になってからは、新一がデータを集めて策を捻り、突発的な事態には快斗が対処するという二人三脚な態勢が常となっていた。
今回も、あれこれ本を買い込んで熱心に読んでいるのは新一の方だ。
最初は「住めればどこでもいい」なんて言っていたのが嘘のように、暇さえあれば熱心に記事を読んでいる。
快斗も新一が買ってきた雑誌を見てはいるが、写真や広告ばかりで「この照明、オシャレだよな〜」とか思う程度である。
「あぁ、あったあった」
崩した山を元に戻して、新一は雑誌のページを快斗に広げて見せる。
「え〜と。『まずは、大まかなプランニングを立てましょう。あなたが住みたい家のイメージがはっきりしないと、業者はそれを形にすることはできません』……だって」
出された記事を、快斗は声に出して読んでみる。
「って言われてもなぁ。どうすればいいんだろ」
「えーと、それも記事に書いてあったはず。あぁ、ココ。『具体的な白紙の状態から考えるのは難しいけれど、いま住んでる家の不満は誰でも上げられるはずです』だとよ」
う〜ん、と二人は考え込んでしまった。
元々、この家に不満があったわけではない。
不満があるのは、あのすちゃらか夫婦に対してなのだ。
「ゾーン別に考えて見ろって書いてあるし、まずは玄関から考えてみっか」
「そうだね。えーと、あぁ、あるある。この家、本格的な洋館だからさ、広さはあるのに収納スペースが少ないんだよね」
靴のまま上がるような設計だから、そもそも下駄箱というものがない。後付で置かれたものがあるにはあるが、有希子が残していった靴が大半を占めているのだ。それでも50足は収納できるような代物なのだが。
「うーん、そうだな。結局、靴は脱ぐ生活してるんだもんなぁ」
「広さはいまぐらいあるといいよね。人が集まること多いし」
新一は紙とペンを用意して、話したことをメモしていく。
「他にあるか?」
「……とりあえず、思いつかない」「次、キッチン。どっちかってーと、これは快斗のテリトリーだな」
料理は二人ともするけれど、二人揃ってるときには、快斗がすることが多い。
家を建てる発端となったのが、有希子の「快ちゃんのご飯、美味しいし……」という台詞だったぐらい、快斗の料理は独創的でしかも美味しい。
一方の新一は、レシピさえあればどんなものでも作るが、レシピに書いてないことはしない。
結果、快斗の作る料理を食べたくて、新一はあっさりとキッチンを明け渡したのだった。
「キッチンは、リビングと一体感があるのがいいなぁ。キッチンにいても、新一の傍にいるって感じがするし。あと食器洗い乾燥機欲しいなぁ〜。新一とゆっくりできるからね♪」
学生だったころとは違い、多忙な生活を送っているいま、新一と過ごす時間は貴重だ。
快斗としては、文明の利器によってその時間が捻出できるなら、それは大いに頼りたい。
元来、ものぐさな新一も、それには賛成で、いそいそと紙に『食器洗い乾燥機』とメモしていった。「そっか。んじゃ次、リビング。これは、俺、不満あるぞ。夏は暑いし、冬は寒い!」
そう言って、新一は大きな文字で書き出した。
部屋が大きいのはいいが、天井も高いため冷暖房が効きにくいのだ。しかも古さも手伝って、冬は隙間風に悩まされている。
「それは俺も思う。もう新ちゃんが風邪引くんじゃないかと心配で心配で……」
「バーロ、そりゃ俺のセリフだ。身体が資本なのは、俺よかオメェだろーが」
快斗はまじまじと新一の顔を見て、思わずガバリと抱きついた。
「新一〜♪ 嬉しいよぉ〜♪」
新一がこんなコト言ってくれるなんて、滅多にないのだから。
「うわっ! バーロッ! 何しやがるッ!」
押し倒さんばかりの勢いで抱き着く快斗を、新一は慌てて押し返す。
「だって〜、新一の愛をかんじちゃったんだもん〜」
愛してくれているのも、心配してくれているのもわかっているけど、こうして言葉にしてくれることは珍しい。
滅多に聞けない言葉だからこそ、嬉しくて堪らないのだ。
抱き締める腕も、柔らかな唇に寄せる自分のそれも、新一が本気で拒むことはない。
が、その手が新一のシャツのボタンにかかると、おもいっきり抓られた。
「い、いたいってば〜ッ!」
返るのは冷たい視線だけ。
「ちゃんと話聞くから許して〜!」
どうにか、抓る指は放してもらい、快斗は手の甲を摩る。
「テメェが言ったんだろーが。真剣に考えろって」
確かに。最初、どうでもいいと言っていた新一に、そう言ったのは自分だ。
「……ゴメン」
快斗は殊勝な顔で頭を下げた。
バスルームもリビング同様、冬の寒さをなんとかしたい。
客室は、この工藤邸のようにバカみたいにはいらないけど、2室ぐらいはあったほうがいい。
快斗の衣装や小道具をしまっておく場所とかも必要。
書斎は、とにかく本がたくさん収納できればOK。
……などなど、メモに書き連ねていく。
「最後、寝室。ベッドは2つ……と」
「え〜〜〜っ!? なんでッ!?」
新一の聞き捨てならない言葉に、快斗は大きな声で叫んだ。
当然だろう。ここに住んで10年。
快斗が引っ越してきた時に新一が用意したクイーンサイズのベッドで、毎晩一緒に寝てきたのだ。
もちろん、快斗が地方や海外での公演で不在だったり、新一が事件で帰ってこなかったり……なんてこともあるが。
それでも二人揃っている時は、例え身体を繋げることがなくても、一緒だった。
それがなぜ? どうして?
快斗の頭の中で、いや〜な想像が駆け回る。
「しんいち……、俺を捨てるの……?」
「バーロッ! ンだったら、家建てるなんて話になるかッ!」
半分演技で半分本気の涙目で快斗が縋ると、すかさず手にしていたペンで頭を小突かれる。
「だって〜……」
「いまの状態だと、どっちかが風邪ひいたりしてても、一緒だろ? それってよくねェから、そういう時に使えるベッドがあった方がいいだろうが」
新一の言うことも一理ある。
現に、いままでにも、相手が寝込んだりすることはあった。
小さな子供ではないから、夜通し起きてる必要はないが、だからといって別の部屋に寝るのは心配だったりもする。
でも、他に布団を引く場所なんかなくて、同じベッドに寝るしかない。
その結果、翌朝になると立場が逆転してる……なんてことも、ままあることだった。
でも……。
「やだやだやだやだ〜、絶対やだ〜!」
もう三十路が見えてる男にあるまじき、子供のような駄々をこねる。
新一は呆れた様子で、そんな快斗を見ていた。
「あのなぁ……」
「新一の言いたいことはわかるけどッ! でも、それだけは絶対にイヤなのッ!」
快斗にとって、あのベッドは新一の気持ちだ。
内緒で用意されたあのベッドを見た時、どんなに嬉しかった、いまでも鮮明に思い出せる。
それなのに、いまさら「ベッドは2つ」なんてことを言われると、少し距離を置いて置かれたベッドのように新一の気持ちが少し遠くなった気がしてしまうのだ。
「……わかったよ」
快斗の切なく歪んだ表情に、新一は書いた文字をグシャグシャっとペンで消した。
「とりあえず、布団がおけるくらいの広さは欲しいってことでいいだろ?」
「うん♪」
パァーッと明るくなった快斗の表情に、溜息をつきながらも、新一は幸せな感情に浸っていた。
申し訳ないぐらいに久々のアップ。 早く、次に行けるようにガンバリマス……(こればっかだ、私……)。 BACK INDEX NEXT