-6-
「しんいち〜っ!」
帰ってきた快斗は、家に灯りがついているのを見て、駆け込んだ。
なんせ二人とも東都にいるというのに顔を合わせない擦れ違い生活が一週間も続いていたのだ。
これで、快斗がツアーに出てるとか、新一がどっか遠くへ呼び出されてたりとかなら、いっそすっぱり諦めがつくのだが、なまじっか同じ家に帰ってきているのだから、イライラも募るというものだ。
今夜こそは熱い抱擁でお出迎え〜♪と喜び勇んでドアを開けたものの、「おかえり〜」という声一つ聞こえてこない。
だが、快斗はこんなことでめげたりはしない。
伊達に10年一緒に暮らしてはいないのだ。
自慢の恋人は、自他共に認める本の虫。
一度読み始めたら、地震が来ようが、火事が起きようが、ミサイルが落ちて来ようが止まらないのだ。
唯一、新一から本を取り上げることができるのは、残念ながら恋人ではなく、事件だということも痛いほどわかっている。
案の定、愛しの人は……書斎のソファで本に頭を突っ込んで、グースカ眠っていた。
「ただいま、新一」
恋人の寝顔にキスだけを落とすと、ふと彼が見ていた本が目に入る。
珍しく、推理小説ではなく雑誌を見ていたらしいことは、わざわざ比べることもないほどの大判な判型で一目瞭然。
ちょっとだけその雑誌を持ち上げてみれば……。
「『週刊・住宅情報』……?」
なんと住宅情報誌である。
傍らには、『住まいの設計』とか『ハウジング』なんて住宅誌まで置いてある。
新一は新一なりに、いろいろと考えてくれていたのだとわかって、快斗は愛しさの余りクスリと笑みをこぼした。
「さ〜て、いまのうちに食事の仕度を済ませちゃいますか……」
快斗は心を弾ませながらも、新一を起こさないようにそーっと書斎を出た。
あっさりめの食事を終え食後のコーヒーの用意をすると、快斗の方から話を振った。
「あのさ〜、家のことなんだけど……」
「あぁ。俺もさ、いろいろ調べてみたんだよ。あ、ちょっと待ってろ?」
そう言って席を立った新一は、書斎から山ほど雑誌を抱えて戻ってきた。
雑誌だけではなく、実用書まである。
どうやらさきほど快斗が見た以外にもあったようだ。
あちこちに付箋が付けられているところを見ると、この山を全て読破してるのかだろうか……。
一体、いつ読んでるのだろう。
快斗としては、新一の睡眠時間が気になるところだ。
「……すごい量だね」
「だってよぉ〜、こういう情報ってどこから仕入れたらいいのか知らねぇし。とりあえず本屋(テリトリー)で目についたモン、片っ端から買ってみた」
どこへ行こうと、本屋があったら入らずにはいられない体質である。
本屋にもそれぞれ特色があって、売れ筋ばかりをガンガン積んでる店、とにかく品揃えだけはいい店、専門書が充実してる店、かなりマニアックなモノが置いてある店などなど、住み分けしている。
新一は、それぞれの特色を掴みながら、探している本はどの店に行ったらありそうか、あたりをつけて買いに行く。
それでも手に入らないものは、版元から直に買ったり、ネットで購入したりする。
ただし、今回はいつも探してるような本とはジャンルが異なるので、片っ端から回って目についたものを手当りしだいに買い込んでみたのだった。
「けどよ、土地探すって、どういう基準で選んだらいいんだろうなぁ〜」
高けりゃいいってもんでもないし……と、新一はブツブツ呟きながら、住宅情報誌のページを捲っている。
「新一はどんなとこに住みたい?」
「う〜ん……」
現状にさしたる不満がない新一としては、すぐに答えなど出るはずもない。
かなり長〜い時間、う〜んと唸り声を上げて考えた結果。
「のんびりできる家」
という一言だけだった。
じーっと、新一が考え込んでいる姿を見つめていた快斗は、新一の答えに一瞬キョトンとして、それからクスクスと笑い出した。
「なんだよ〜」
「いや、すっごく新一らしくて」
「どーゆー意味だよ……」
クスクスと笑う快斗に、新一は一気に拗ねる。
「いや、だって普通は広い家がいいとか、庭が欲しいとか、駅に近いところがいいとか、いろいろあるデショ?」
「んなこと言ったって、いまだって持て余すぐらい広いから、これ以上広い家なんていらねーし。庭だって、オメェがいなきゃ荒れ捲りだし。通勤してるわけじゃねーから、駅に近い必要もねーし。あ〜、そういう意味で言うなら大きめの本屋が近くにあるといいな」
新一はなんとか普通の意見を言おうとしているようだが、ますます墓穴を掘っていることに気付いていない。
「……だから新一らしいって言うんだけどね。でも、それなら大丈夫……かな?」
「あん?」
快斗の言葉に、新一は首を傾げる。
「なにが大丈夫なんだ?」
「土地はね、買わなくても済みそう……かもってこと」
快斗はに〜っこりと笑いながら、新一のコーヒーカップにおかわりを注いだ。
「実はさ、まだキッドの隠れ家で処分してない不動産があるんだ」
快斗はダバダバとコーヒーにミルクを注ぎながら言う。
その様子に、新一は相変わらず眉を顰めてしまう。
10年間、毎日のように同じ光景を目にしていても、上質な豆の香り高い琥珀色の液体が乳白色に染まっていくのを見るのはやるせない気持ちになる。
そんなにイヤなら違うものを飲めばいいのにとも思うのだが、快斗はこのカフェオレもどきが好きだというのだから、仕方がない。
それにマグカップを両手で挟み込んで、そのカフェオレもどきを一口啜った後の顔がなんとも幸せそうなので、新一も何も言えなくなってしまうのだ。
その顔が、新一にも幸せな気持ちを齎してくれるのだから。
「まだって……、あれから5年も経ってるのにか?」
「うん。一遍に処分して、不審がられても困るしさ。それに、そうそう買い手も見つからないしね」
「それもそうか……」
怪盗キッドに対する時効はまだ成立していない。
5年経ったいまでも、中森警部は怪盗キッドを追いかけている。
かつて8年のブランクの末に復活しているのだから、また現れるに違いないと思っているようだ。
不動産を処分したぐらいで、即逮捕に繋がるような証拠になどなるはずもないが、不用意に名前が捜査線上に上がるのも歓迎できることではないのだ。
まして、いまや快斗は世界中で注目されているマジシャンなのだから、逮捕されずとも名前が上がるだけで、スキャンダルとなるのは間違いないだろう。
「後始末のほとんどは寺井ちゃんに任せてたんだ。で、おととい聞いてみたんだけど、残ってるヤツの中で、よさげな土地があるんだよ」
「家は建ってないのか?」
いっそ、家があれば建てる必要もなく、そのまま引っ越しができるのに、と新一は本気で考えていた。
「あのねぇ、隠れ家ったって、普通の一般家屋なんてないよ。それこそ怪しまれちゃうじゃん! 別荘はあるけど、おふくろが使わせてくんないし……」
軽井沢にある別荘は父・盗一との思い出の場所だからと、快斗の母は快斗にすら使わせようとはしなかった。
まぁ、軽井沢には優作の別荘もあるので、無理を言う必要もなかったが。
「で、どんな場所なんだ?」
「うん。もとは親父の友人がやってた鉄工所だったとこなんだけどね、借金で首が回らなくなって買ってくれって泣きつかれたらしいんだ」
いまでも、建物は残っていて、そこで快斗は―――というか盗一の代から―――様々な仕掛けを作っていた、と話した。
「……そんなとこがあったのか」
10年間知らなかったことをショックに思うよりも、目の前の恋人の謎の多さに新一は目を輝かせる。
「ちょっと新一、なんかよからぬこと考えてたりしてない?」
「よからぬ……ってなんだよ?」
「だって、新一の目がキラキラしてるんだもん」
「……他にもあるんだろ? 隠れ家だったとこってのはよ」
「ほらほら〜。やっぱ、考えてるじゃん! ま、新一には教えてもいいけど、証拠なんて出ないよ?」
「言うな。俺が探し出してやる」
「好きにしていいけど、怪しまれないようにしてよね?」
「俺がそんなドジ踏むか?」
「う〜ん、ドジ踏んで小学生になっちゃった人の言葉に説得力はないよね……イテッ! 暴力反対!」
テーブルの下で、新一の右足が繰り出されたことは言うまでもない。
が、本気で怒っているわけでもなく、新一の顔はぷぅっと膨れているだけだ。
「もぉ〜、新ちゃんたらすぐ足が出るんだから〜」
もちろん、快斗も本気で引き止めようとしてるわけではない。
あんなことを言ったが、快斗は新一ならそんなことにはならないとわかっている。
「ねぇ、明日時間ある?」
「……多分な」
予定は未定なのが、探偵稼業のツラいところだ。
「じゃあ、一緒に見に行かない?」
「キッドの隠れ家をか?」
「新居予定地と言って♪」
「……呼び出しがかからなかったらな」
「うん。さて、そーと決まれば、さっさと後片付けして、寝ましょうか! 新一は先にお風呂入っちゃって?」
快斗は立ち上がって、テーブルの上を片付けていく。
「寝る……って、まだ11時だぞ?」
「いいから、いいから!」
特に逆らう理由を見つけられなかった新一は、そのままバスルームへと向かった。
その後、後片付けを済ませた快斗にバスルームで襲われて、新一はようやく快斗の意図を悟った。
「だって、一週間ぶりなんだも〜ん!」
もちろん、その後寝室に連れていかれ、とても寝るどころではなかった。
お待たせしました。 BACK INDEX NEXT