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「大丈夫、新一?」
「大丈夫じゃねぇよ……」
「うっ、ごめんよ〜」
「今日出掛けるってわかってて、あんなにするバカがいるかッ!」
 愛し合いたい気持ちは自分も同じだったが、だからと言ってあんなに何度も激しく貫かれては足腰立たなくなるのは当然のことだ。
 それなのに、快斗ときたら、一緒に出掛けようと言ったその口で、新一の身体を舐めまくり、甘くイヤラシイ言葉を囁いて、新一の熱を煽ったのだ。
「だって〜、一週間もしてなかったんだよ? 新ちゃんたら、めちゃくちゃイロっぽいし……」
「だからって腰立たなくなるまですんなッ!」
 求められるままに身体を開き、快斗の熱を受け入れてたことははるか上方の棚にあげて、新一は快斗を怒鳴り付けた。

 結局、午後から新一は痛む腰を摩りながらも、キッドの隠れ家……もとい、新居予定地を見に出掛けることにした。
 電車と徒歩だったら、快斗がなんと言おうとすっぽかしてやろうと思ったが、車を出すというから、仕方なく付き合う事にしたのだ。
 現在、工藤邸のガレージには二台の車が置いてある。
 一台は快斗のスタイリッシュなデザインのマルチワゴン。とにかく荷物がたくさん積めるから、小さな公演やテレビ出演の時には、これで出掛けることが多い。
 もう一台は、間違いなく有希子の遺伝子をもらって来たであろう新一のスポーツカー。が、東都の中ではその本領が発揮できなくてちょっと不満である。
 この日は、荷物はないが新一の身体を労って、サスの硬いスポーツカーではなく、マルチワゴンを使っていた。
 こんな話を臆面もなく出来るのは二人しかいない車内なればこそ。
 おかげで新一が遠慮も羞恥もなく文句を言うのは、快斗にとっていいのか、悪いのか……。
「ッ……!」
 舗装のあまりよろしくない道を通った瞬間、新一の呻き声がもれる。
「ごめん!」
 咄嗟に謝罪の言葉を口にするが、冷たい視線しか返らないのは自業自得というものである。





















 そうして15分ほど走ったところで、快斗は静かに車を止めた。
「着いたよ?」
「もう?」
「だって……、歩いたって30分ちょいのところだし……」
 むしろ、車で来る方が遠回りになるし、渋滞にはまりやすくて距離の割には時間がかかるのだと、快斗は説明する。
「……近過ぎねぇか?」
 工藤邸からも歩いてこれる距離、というのが新一には引っ掛かる。
 あのお騒がせ夫婦に居つかれては、わざわざ二人の家を構える意味がないのだから。
「う〜ん、俺もそれは考えたんだけどさ……。そんなこと言ってたら、多分東都には住めないと思う」
 ロスに住んでいてさえ、夫婦喧嘩のたびに日本に戻ってくるぐらい、行動力はある有希子のこと。
 気にしていたら東都どころか日本にだって住める所などないに等しい。
「むしろ、この中途半端な近さがいい方に向いてくれるんじゃないかなぁ」
 自信なさ気に快斗は呟く。
「どういうことだ?」
「ん? タクシーでも1000円ぐらいしかかからないから、どんなに遅くなっても帰れる距離だよね?」
「そうか……」
 いままではロスから来るのだから、泊まりが前提だった。
 けれど、いつでも帰れる場所なら、追い返すことも可能になる。
 逆に言えば、なまじっか離れているほうが居座られ易いと言えるだろう。
「けどよ。あの二人がこっちの思うように動いてくれると思うか?」
 自分の実の親ながら、あの破天荒ぶりには頭を抱えてしまう新一としては不安は尽きない。
「そんときは、それこそアレの出番でしょう!」
 そう言って快斗は笑う。
 アレとは、黒革の小さな手帳。そこには、世界中の出版社の編集者の連絡先が記されている。
 この名探偵を育てた推理小説家は、『かくれんぼ』がとにかく上手い。そんじょそこらの者ではまず見つけられない。
 締切を間近に控え、頭を抱えた編集者が考えたのが、息子であり名探偵である新一を頼ること。
 最初にその依頼を受けたのは、新一が高校生探偵として新聞に出るようになってまもなくのことだった。
 僅かな手がかりで、新一も知らなかった隠れ家を探し出した。
 担当編集者達の横の繋がりというのは恐ろしいもので、いまでは、工藤優作の担当になった者は、まず新一の所へ挨拶に来るというぐらいだ。
 10年の間には、快斗もすっかり編集者達と顔見知りとなり、新一が不在の間でも滞りなく彼らの依頼が遂行されるようになっていた。
「家が出来たらさ、編集さん達を呼んでパーティーしよっか……」
「……そうだな」
 二人は顔を見合わせて、プッと笑う。
 担当編集者達がよく出入りする家となれば、優作もそうそう近付けないだろうから……と。
「じゃあ、土地見てよ。ね?」
 快斗は車を降りて助手席側へとまわると、エスコートするように新一に手を差し伸べる。
 新一は、軽くムッとして睨み付けながらも、その手を取るのだった。





















「でかい敷地だなぁ」
 延々と続く塀を見て、新一が呟いた。
「けっこういい工場だったみたいだからね」
 傾きはじめるまでは、羽振りよくやっていたらしい、と快斗は寺井から聞いていたことを言う。
「新一、ここから入って?」
 張られた白いビニールのカーテンを捲り上げて、快斗は新一を中へと招き入れた。
 その広い敷地には小さなプレハブの建物が一つ建っているだけだった。
「これだけ……なのか?」
「うん。工場があった建物は取り壊しちゃったからね」
 これではもし中を覗いた人がいたとしても、一見マンションか何かを建てようとしたのに、バブルが弾けて頓挫したように見えるだろう。
 怪盗キッドの隠れ家だと思わせるようなものは、何もなかった。
 快斗は錆び付いた扉を開けて、新一を中へと誘う。
 入ってみれば、中には事務所用の机が一つ、ポツンと置き去りにされているだけだ。
 寒々しい光景に呆然としながらも、新一はその机に近付いて手を伸ばした。
「あの頃使ってたもんは、全部片付けてあるからさ。証拠になるもんなんか残ってないよ?」
 新一がそんなつもりで見ているわけではないのは、わかっている。
 けれど、そんな言葉ぐらいしか快斗の口からは出せなかった。
「快斗。ここで何をしてたんだ?」
「う〜ん。仕掛けとか作ったのがほとんどかな。逃走経路の中継地点としても使ったけど……」
 共に闘っているときでさえ、決して明かされなかった快斗の闇。
 その一端を垣間見て、新一は気分が昂揚するどころか、哀しい気持ちになっていた。
 こんな寂しいところで、ただ一人で、誰にも見咎められないように、黙々と作業をしていたであろう快斗の姿を思い浮かべて。
 立ち尽くす新一の傍へと近付いてきた快斗に、新一は手を伸ばしてその身体を抱き締めた。
「しんい……ち……?」
「建てよう、ここに……。建てよう、俺達の家を……」
 新一は繰り返し、そう囁いた。
 この場所の思い出が、寂しく辛いもので終わって欲しくなかった。
 数ある隠れ家の中の一つに過ぎないのだろうが、新一が知ってしまった以上は、この場所にいい思い出を残したかったのだ。
「ありがとう、新一……」
 快斗は新一の身体と共に新一の想いを優しく抱きとめた。





















「……新一」
「ん?」
 何回目かのキスの後、快斗は気まずそうに新一の名を呼んだ。
「したくなっちゃったんですけど……」
「は?」
「だから、新一のこともっと深く愛したくなってきたって言ってんの」
「ば……。却下だ、却下!」
 新一は慌てて、身体を離す。
「え〜!」
「ったりめぇだ! こんな埃っぽいところで冗談じゃねーぞ!」
 身を翻して、新一は足早に建物の外へと出た。
「んじゃ、早く家に帰ろ♪」
「帰ってもヤらねぇ」
 快斗はズンズンと歩いていく新一に追い縋るように言葉をかけるが、けんもほろろにあしらわれる。
「え〜! なんで〜?」
「バーロッ! 俺のことも考えろッ!」
 昨夜、さんざんヤりまくられて、どんな状態でここまで来たか。忘れてもらっては困るというものだ。

 新一がふと立ち止まると、快斗が慌てて駆け寄ってくる。
「新一、どうしたの?」
 新一は不敵な笑みを浮かべると、快斗の手に握っていた車のキーをひったくった。
「テメェに運転させると、どこ行くかわかんねーから、俺が運転する」
 そう言い切って、新一はさっさと運転席へと乗り込んだ。

 そうして辿り着いた工藤邸でどんな夜を迎えたか……。
 翌朝、快斗がご機嫌だった、と言えば充分だろう。






快斗……、自分でぶち壊しにしてどうする!
でも、やっぱり新一は快斗に甘いのね♪


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