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「マンションはダメとなると、戸建てか……」
「戸建てって一口に言ってもピンキリだよね〜」
 快斗は「ちょっと待ってて」と言って部屋を出ると、何かを手にすぐに戻ってきた。
 手にしてきたものをテーブルの上に広げていく。
「今朝の新聞の折込なんだけどさ、こういうチラシって間取りとかあんまし載ってなくて面白くないから、見てなかったんだよね〜」
 確かに新築マンションのそれとは違い、単色で刷られていたり、一枚の紙に20以上の物件が並んでいたりする。
 新一はそのうちの一枚を取り上げて見る。
「……………」
 絶句。
 さして広いようには思えない敷地に4件の家が建っている。
 どの家にも、かろうじて車1台分のガレージ・スペースと猫の額ほどというのはこれかというような庭が確保されている。
 間取りはどれもほぼ同じで、1階に和室とキッチン、ダイニング、浴室、トイレがあり、2階は洋室が2室。
 それでいて価格は最初に見たマンションの半分ほどでしかない。
「何そんなに驚いてんの?」
 言葉を失っている新一の手元を快斗が覗きこむ。
 子供の頃からこんな豪邸に住む新一には、詰め込まれた建て売り住宅は、ちょっと信じられない世界なのだろう。
「新一って、やっぱ感覚がおぼっちゃんだよね〜」
 快斗にからかわれて、新一は口を尖らせた。

 これでも多少自覚はしている。
 自分の金銭感覚が、一般的なレベルからずれていることを。
 だが、これでもかなり改善されているのだ。
 二言目には「ハワイの別荘で…」と言っていた高校生の頃に比べたら。
 コナンとして毛利家に暮らしたことは、多大に影響している。
 なにせ、毛利小五郎という男、真面目に働くこともなく、昼間っからテレビを見ながらビールを飲んでいるのだから、当然毛利家の家計は火の車である。
 そこへ居候しているのだから、贅沢や我が侭は言えない。
 必然的に、新一は慎ましやかな暮らしに慣らされていった。
 
 ただ、大きな問題が、新一にはあった。
 毛利家は、探偵事務所として使っている上の階にある2DKの部屋に住んでいる。
 決して広いとは言えないが、父娘二人で住むには充分だった。
 そこへコナンを預かることになった。
 が、そのために引っ越しするような余裕はないから、コナンが個室などもらえるわけがない。
 子供とはいえ、あの小五郎が大事な娘と同じ部屋にコナンを寝泊まりさせるわけがないから、小五郎と同じ部屋に寝泊りすることになった。
 まぁ、小五郎が認めたところで、新一は困るのだが。
 問題はそこではない。
 他人がプライベートな空間を共有する、ということだった。
 工藤邸に於いては個室があったし、15歳の時から自由気侭な一人暮らしを送っていた。
 そんな新一には、小五郎と同室になることは大きな問題だったのだ。
 まして、あの時は『工藤新一』ではなく『江戸川コナン』だった。
 本当の自分を隠して。
 子供のフリをして。
 寝ている時ですら、気が抜けない。
 そんな日々だった。
 無事、元に戻れた時には、一人暮らしのありがたさを心底実感したものだった。

 そんな新一が、恋人とはいえ「一緒に暮らそう」と自分から言い出したのだから、自分でもビックリだ。
 不安がなかったわけではない。
 いつの日か、快斗の存在を煩わしく思う日がくるのだろうかと。
 あれからもう10年。
 いまなお、こうして二人は一緒に暮らしている。
 煩わしいと思うことなど、一度もなかった。
 それどころか、年々忙しくなり擦れ違いの多くなる毎日に、寂しいと思うことすらある。
 それほどまでに、新一にとって快斗はなくてはならない存在になっていた。
 そして、快斗にとっても自分がそうでありたいと望むのだった。

「新一、機嫌直して?」
 クスクスと笑いながらも、快斗は新一をそっと抱きしめる。
 機嫌なんて、もうとっくに直っている。
 それでも、新一はそう簡単には素直になれない。
 そんなところは、10年経ったいまでも変わっていなかった。
「……テメェが悪い」
 まだ少しだけ唇を尖らせて、そう呟く。
 快斗は、またクスクスと笑った。
 拗ねる新一を可愛いと思いながら、そっと柔らかな髪に唇を落とす。
「はいはい。でも、快斗君は新一に不自由させるほど甲斐性ナシじゃありませ〜ん」
「……バーロ」
 ちょっとふざけた口調の快斗に、新一はますます唇を尖らせるだけだった。





















 多忙なマジシャンの年収は、同世代の年収の約10倍ぐらいにはなるだろう。
 詳しい数字は実際のところ、新一も聞いたことはないが。
 亡くなった父・盗一の遺産も合わせたら、快斗は相当の金持ちなのである。

「ねぇねぇ、こんなのはどう?」
 快斗が指さしたのは、高級住宅地で知られた場所に建つ一戸建て住宅である。
「ん? 7LDK+2LDK、カースペース4台分……。なぁ、なんでLDKが2つあるんだ?」
「離れとかになってんじゃない?」
「あ、そっか。離れってのもいいかもな」
 そこを探偵事務所として使うのもいい。
 快斗のマジックの練習用にするのも、いいかもしれない。
 離れなら、万万万が一ってことがあったとしても、母屋に影響は少なくて済むだろうから。
「そこが気に入ったの?」
 新一の表情が、なんだか楽しそうだったから、快斗はそう聞いてみた。
「いや。これだけじゃなんともなぁ〜」
 マンションだって、図面の印象と実際にモデルルームを見たのとでは大違いだった。
 ましていま見てるのは、手のひらよりも小さな外観写真と文字の情報だけだ。
 7LDKなんて言っても、実際に見てみないとなんとも言えないのだった。
「俺、この外観がいまいち……かな」
 新一が特別気に入ったわけではなさそうなので、快斗はちょっと安心して本音を洩らした。
 小さな写真一枚では、なんとも言えないが、わりと近代的なデザインになっている。
「マジシャンってさ、夢を与える職業なわけじゃん? この家さぁ、マジシャン・黒羽快斗が住んでる家としちゃ、夢がなさ過ぎだと思わない?」
 新一も、その言葉には納得できる。
 人の好みもあるが、この家には確かに夢はなさそうな感じがした。
「けど、夢のある家ってどんなだよ? ノイシュヴァンシュタイン城みたいなやつか?」
 新一は『ルートヴィヒ2世の夢の城』として知られるドイツの古城の名を上げた。
 トロピカルランドのシンボルにもなっている城のモデルにもなっている、有名な古城だ。
「いくらなんでも、そこまでは……」
 消失してしまった香坂家の横須賀の城を思い出しながら、快斗は言った。
 あれだけのものを維持するのは、さすがに大変そうだ。
 実際、香坂家も撮影などに貸し出しして、その維持費を賄っていたようだったし。
 いま、自分達が必要としているのは、二人だけの愛の城。
 本当の城でなくてもいいのだ。
「んじゃ、お前の夢のある家って、どんなんだよ?」
 そう聞かれて、快斗は考えていたことをそのまま口にしてしまった。
 それを聞いた新一が、顔を真っ赤にして渾身の蹴りを繰り出したことは、言うまでもないだろう。




















「なんかさぁ〜、いっそ土地買って建てた方がいいのかも……」
 新一に蹴られたところを、まだ摩りながら快斗が言った。
 あれから、いろんなチラシに目を通したが、快斗のお眼鏡に適う物件はなかった。
 広さや間取ももちろんだが、やはり外観がどうにも気に入らないのだ。
『夢のある家』について具体的な言葉で言え、と言われて、快斗は「ココ」と言った。
 このちょっとおどろおどろしい古びた洋館は、『マジシャン』の美意識を充分に満足させるものらしい。
「土地かぁ〜。どっかのチラシにあったような……」
 新一は、山と積まれたチラシの中から一枚を手にしてざっと目を通すと、またも絶句した。
「マジ……?」
「どうしたの?」
 新一は黙って、チラシの片隅を指さした。
「ななおく……? 土地だけで?」
 目をパチパチとさせながら、二人は何度もチラシを見直している。
 何度見ても、見間違いではない。
 7億2400万円。
「とうの昔にバブルは弾けたんじゃなかったのかよ……」
『バブル景気』などという言葉はもはや死語になっている。
 が、いくら景気が持ち直してきたからって、土地だけで7億とは快斗でもビックリだった。
「おい、土地だけで7億ってことはよ、さっきの離れがあるっていう家はいくらなんだよ?」
 この二人らしいと言えばらしいのだが、いまのいままで値段を見ないで話をしていたのだった。
 件のチラシを探し出して見てみれば、書いてある金額は4億4800万円。
 これはこれで、ビックリするようなお値段なのだが、先に7億という数字を見てしまっているから、やはりインパクトにかける。
「なんでだ……?」
 新一の言葉を受けて、快斗は二つの広告を見比べた。
「なるほどね……」
「ん?」
「ほら、ここ見て? こっちの土地だけの方は、土地面積が991.54m2でしょ? で、こっちの家が建ってるヤツは土地面積331.69m2と3分の1の広さしかないんだよ」
「なるほどな……。って、単純に3分の1で考えると、家付きのヤツは土地代が2億5000万ぐらいだとして、残りがあの家の値段ってことかよ?」
 単純に考えれば、建物が2億という計算になる。
「いや、それはないんじゃない? この家、結構地価の高いところにあるし……」
「そっか……」
 新一は、呆然とチラシを眺めていた。











「いまさらだけどよぉ、不動産って高いんだな……」
 本当にいまさらなことをぼそっと呟いて、新一は深い溜息をついた。
「あ〜、このまま親父達と同居するしかねーのかなぁ……」
 優作が勝ち誇ったように笑う顔を思い描いて、新一は頭を掻きむしる。
 快斗は、その手を取り、手櫛で新一の髪を梳きながら、ゆっくりと抱き締めた。
「結論を急ぐのはやめよう? もっといろんな情報集めてみるからさ?」
「……そうだな」
「それよりも……、ね?」
 快斗は抱き締める手に少し力を込める。
「……………バーロ」
 快斗の意図が見えて、新一は顔を赤らめて、目を閉じた。






数字だけでは実感わかないと思うんで、比較するものを……といろいろ調べてみました。
場所 広さ(単位=m2) 坪数
東京ビッグサイト 総敷地面積

243419

73763

総展示面積
(東ホール+西ホール)

80660

24442

東1ホール

8670

2627

インテックス大阪 総敷地面積

128986

39086

1号館

5087

1541

迎賓館(東京・赤坂) 敷地面積

117000

35500

首相官邸 敷地面積

46000

14000

なにかと話題の元女性外相の
お父上の御殿(東京・目白)
敷地面積

約8000

2424

某政党ナンバー2の祖父の御殿(東京・音羽) 敷地面積

7600

2326

海遊館(大阪・天保山) 建築面積

3900

1181

文具共和会館 3F・A〜C室

324

98

ケタ、違い過ぎ!(苦笑)
あまり参考になる数字じゃなくて申し訳ないです。


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