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「あのさ……、思ったんだけど、俺達マンション暮らしってできないと思う」
快斗は運んできたコーヒーを新一に出しながらそう言った。
いつもならリビングで過ごす団欒の時間。
今夜に限って、快斗は「書斎でお茶にしよう」と言い出したのだった。
快斗に何かしらの意図があるのはわかっていたから、新一はただ一言「わかった」とだけ言って、読み掛けの本を手に先に書斎へと移動していた。
「なんでだ? 別に寝られればどこだっていいぞ、俺は……」
栞を挟んで本を閉じ、コーヒーカップを持ち上げながら、新一は首を傾げる。
「新一……、ちゃんと考えてって言ったじゃん……」
快斗が大きな溜息をこぼしながら、ぼやく。
「わかってるよ。けど、何考えりゃいいんだかが、わかんねーんだよ」
子供っぽく唇を尖らせる新一を、快斗は可愛いと思って笑みを浮かべる。
三十路間近の男を可愛いというのもどうかと思うが、快斗にしてみれば、いくつになろうが可愛いものは可愛いのだ。
そんな可愛い恋人の頬にチュッと軽いキスを落として、機嫌を取った。
「じゃあ、まず俺の話、聞いて?」
新一はうまく配われたことに、ちょっぴりムッとしながらもコクンと頷いた。
「まず、最初に見たマンション、どう思った?」
「狭い」
「うん。それだけ?」
「うるさい」
「ほら、ちゃんと思うことあるでしょ? もっとそういうこと言って?」
快斗はニッコリと笑って新一の顔を見つめていた。
新一はキョトンとした顔で快斗を見返している。
「こんなこと……、快斗だって思ってただろーが……」
確か、同じようなことを呟いていたのを覚えている。
「うん。けど、新一がどう思ったのか、ちゃんと知りたいんだ。だから、ちゃんと言葉にしてね?」
「……わかった」
新一がポソリと呟くと、快斗はもう一度頬に唇を寄せた。
「それじゃ、もう一つの方はどう思った?」
快斗の問い掛けに、新一は少し考えた。
「広さはあるんだけど……、なんか違う。妙に造りばっか豪華でさ……」
「うん、そうだね」
快斗がやけにあっさり、それもそっけなく返してくるのが、なにやら引っ掛かる新一だった。
「快斗。いーかげんお前の話っての聞かせろよ。ちゃんと俺も考えるし、思うことがあれば言うからよ」
「うん。ちょっと長くなるけど……」
「ちょっと待った!」
「なに?」
「長くなるなら、コーヒーおかわり」
「りょーかい♪」
快斗は突き出されたカップを受け取って、キッチンへと走っていった。
「モデルルーム見に行く前に考えなきゃいけないこと、たくさんあったんだって思ったんだ」
おかわりのコーヒーを新一に渡して、快斗は話し始めた。
「大切なのは、どんな家に住みたいかじゃなくて、どんな暮らし方をするか……なんだと思う」
「暮らし方……?」
新一は、快斗の言う意味がわからず、復唱しては首を傾げる。
「ん〜、例えばさ、寝に帰るだけなら4畳半ひと間のアパートだっていいかもしんない。けどさ〜、そういうとこって壁薄いじゃん。エッチの時、声抑えなきゃなんないの、新一イヤでしょ?」
「……真面目に聞いてりゃ、そーゆー話かよ」
ギロリと睨んだ視線は、一瞬で凍り付きそうなほど冷たい。
だが、快斗はこれっぽっちも気にすることなく、続けていく。
「真面目だよ。そーゆーことも暮らし方の一つってこと。よーするに、いままでこの家でしてきたことを、新しい家でできなくてもいいのかどうかってこと!」
「それならそうと、変な例え話なんかしねーで、最初っからそう言えって!」
「変な例えって……」
至って真面目な発言だったのだが、言い返せば話がどんどん脇道に逸れていく。
この件に関しては、後ほどベッドの中で思い知ってもらうことにして、話を先に進めた。
「例えばこの部屋……」
快斗はグルッと部屋を見回す。
「この部屋……?」
新一も同じように部屋を見回す。
「そう。新一は本を我慢できる?」
「……………」
「優作さんの本が多いんだろうけど、全部じゃないよね? 新一が買ったものもかなりあるし。けど、4畳半だったら、とても置けない。床がぬけちゃうよ。新しく買うのも控えてもらわないと寝る場所すらなくなっちゃうよ」
淡々と話す快斗の言葉を新一は黙って聞いていた。
快斗があえてこの場所で話したがったのは、これを言いたかったからなのだ。
「4畳半なんて極端なこと言わなくても、最初に見たマンションじゃ、やっぱり無理だよね」
新一は立ち上がって、自分の蔵書が置いてある書棚を見た。
大好きな作家のハードカバー。
古本屋でようやく見つけた絶版本。
まだ未完結のシリーズもの。
かなり無理をして手に入れた初版本。
何度も繰り返し読んだ『シャーロック・ホームズ』と、かなりマニアックな研究書。
推理小説ばかりではない。
様々なジャンルの本が並んでいる。
どの本も手放したくはない。
「わかった? 新一だけの希望なら、本が充分に置けるスペースが必要だよね?」
そう、快斗が言うように、これは新一の都合。
新一だけの都合があるように、快斗だけの都合もある。
「俺、家でマジックの仕込みや練習するだろ?」
快斗はプロのマジシャンだ。
日々の練習や新しいマジックの開発や実験は大事である。
ということは……。
「マンションで火薬はヤバイでしょ」
快斗は苦笑する。
「だよなぁ〜」
新一もつられて苦笑をこぼす。
いつもなら、ここで憎まれ口の一つでも口をつくのだが……。
「俺一人でマンションに住んでもいいけど」
とは、たとえ冗談であっても新一は言わない。
10年前、一緒に暮らそう、と言い出したのは新一なのだ。
自分の知らないところで、快斗がいなくなってしまうのが怖かったのは新一の方なのだから。
「そういや、俺、気になってたことあるんだよな〜」
初めて新一が話を振った。
「なになに?」
「これこれ、ここ見ろよ」
新一はテーブルの上にあった図面集を広げて快斗に見せる。
「このマンション、オートロックだろ? なのにさ、ほら、ここよじ登れば子供だって簡単に侵入できるぜ? これじゃあ、防犯にもなんねーよ」
「ホントだ……。間取図にばっか気ぃ取られてたから、ここまで見てなかった」
「こっちのヤツは億ションだけあって、もうちっとマシだけどさ。セキュリティ・システムは大差ないのが付いてる」
「俺なら朝飯前だね」
「お前は別格。基準にならねーって」
アリの子一匹は入れないような厳重警備を突破する元・神出鬼没の大怪盗の手に掛かったら、こんなセキュリティ・システムなど、南京錠と変わりない。
「けど、なおさらマンションは無理だね」
「だな」
マンションに限らず、賃貸だろうが分譲だろうが、集合型住宅に住めない理由がもう一つ。
それは、二人の過去にあった。
片や、黒の組織を壊滅させた名探偵・工藤新一。
その存在は、いまなお闇に潜む他の組織らの目の上のたんこぶである。
片や、謎の組織に狙われていた怪盗キッド。
闇に生きる者の中には、ごく稀にその正体を朧げながらも掴み、その力を手に入れようとする者もいる。
怪盗キッドが姿を消して5年を過ぎたが、この先二人が安全である保証はどこにもないのだ。
集合住宅では、何かが起きた時に無関係の人を巻き込んでしまうかも知れない。
二人は、それが心配だった。
ん? と思われた方もいるかもしれませんが、それでいいんです。 BACK INDEX NEXT