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 黒羽快斗の朝は早い。
 ただし、工藤邸においては、である。
 ツアーで家を空けているときは、食事を作る必要もなく、洗濯も掃除もしないので、朝は惰眠を貪っている。
 が、ひとたび工藤邸に戻れば、家事一切が快斗を待っている。
 今朝も、まずは庭の木々に水をやり、洗濯機を回すと、その間に掃除を済ませる。
 洗濯物を干し、朝食の準備も済ませ、快斗は新一が起きてくるのをのんびりと待つ。
 新一は、何事も事件次第という生活だから、依頼があれば慌しく出かけていくけれども、何事もなければ気が済むまで寝てることが多い。
 ましてや、昨夜はちょっと余裕がなくて無理をさせたから、昼近くまで起きてこないだろう。
 事件がなければ……、というのがちょっと悲しいが。
「あ、新聞とってきてないや!」
 事件で思い出した、とばかりに快斗は新聞を取りに行った。

 取ってきた新聞をテーブルに広げる。
 事件は毎日どこかで起きている。
 新聞の一面には、老女殺害事件の犯人が逮捕されたという記事が大きく載っていた。
 新一がここんとこ関わってた事件だ。
 犯人が捕まったのなら、今日は出かけないかもしれないと、ちょっと期待してみる。
 新たな事件が起こらないことを願って。
 テレビ欄まで目を通した新聞を、きれいに折りたたんでサイドテーブルに置く。
 起きてきた新一が、目覚めのコーヒーとともに目を通せるように。
 そして、散らかった広告を捨てようとして、きれいな写真に目が留まる。
 豊かな緑に囲まれた瀟洒なマンション。
 いままでゴミ同然に扱ってきた広告だが、昨夜新居を探すと決めた途端に、こういうものが目に付くようになったことに、快斗はクスクスと笑ってしまう。
 その広告を手にとって、よくよく見れば『モデルルーム・オープン』という文字が目に入る。
「もし、予定がなければ、ちょっと見に行ってみよっかな」
 そう独り言ちて、快斗は他の不動産広告にも目を通し始めた。
 




















 工藤新一の朝は遅い。
 ただし、快斗が家にいるときは、である。
 快斗がいないから、といって食事をしないわけにいかないし、掃除や洗濯だって快斗ほど完璧にこなすことはできないけれど、やらないわけではないのだ。
 けれど、快斗がいるときはつい甘えてしまう。
 快斗の方もやりたくてやっているのだから、それで不平不満を口にされることもない。
 今日もまた、新一は昼近くになってようやく起きてきた。
 社会人とは言え、探偵業は一度依頼があれば、いつ寝られるかわからない。
 だから、寝れる時には寝ることにしている。
 まして昨夜は、快斗に散々啼かされて、とても起きれる状態ではなかったのだった。
「おはよ……」
 薄手のローブを纏って、まだ覚めきらない身体をソファに預けている姿は、なんとも色っぽい。
 三十路間近を迎えても、その容姿に衰えは見えず、むしろ年相応の色気が加わって、より一層艶を増している。
「おはよ。はい、コーヒー」
「サンキュ」
 差し出されたコーヒーを受け取って、新聞に目を通す。
 その間に、快斗はブランチの用意をし、新一がコーヒーを飲み終わるころには、食卓の上には数種類のデリカが乗せられたプレートとフルーツが並べられていた。





















「新一、今日、なんか予定ある?」
 ブランチを済ませて、新一が再び新聞に目を通し始めると、快斗がそう聞いてきた。
「いや、電話が鳴らない限りは大丈夫だけど?」
「じゃあ、ちょっと出かけない?」
「出かけるって、どこへ?」
 快斗は折込広告を広げると、『モデルルーム・オープン』という文字を指差して見せた。
「モデルルームっての、見に行ってみない?」
「そんなに急がなくてもいいんじゃねーの? 母さんたち戻るの年明けだぜ? まだ時間あんだろ。住めりゃどんなとこだって構わねーし」
「まーね。ただ広告片付けようと思ったら、なんとなく目がいっちゃったんだよ。それにさ、思い立ったが吉日、善は急げって言うじゃん?」
 外は陽射しがギラギラと照りつけている。
「暑いし、面倒だからやだ!」
 興味なさそうに、再び新聞に目を落とす新一の手から、快斗は新聞を奪った。
「なにすんだよッ!」
 新一は新聞を取り返そうと手を伸ばした。
 が、快斗はその手を後ろに回し、新一の手から遠ざけた。
「返せよ! まだ読んでる途中なんだぞ?」
「やだよ。新一が一緒に行くって言うまで、新聞はお預け」
「行かねーって言っただろーが!」
「ダメ。却下」
「って、最初から選択肢なんかねーじゃんかよ」
「そーだよ。一緒に行こう?」
「ヤダって言っただろ!」
 そこまで嫌がる理由もないのだが、快斗の態度に新一はつい意地になってしまう。
 が、次の瞬間、快斗の哀しげに歪んだ表情が目に入り、新一は顔を背けてしまった。
「なんでそんなに嫌がるの?」
「なにもこんな日に行かなくても……」
「じゃあ聞くけど、いつなら行けるって言うの? 忙しいのはお互い様なんだろ? 次に二人揃って休める日なんて、いつになるかわかんないじゃないか」
「だから快斗に任せるって言ってるだろ?」
「俺達二人の家を探すんだよ? 新一も真剣に考えてよッ!」
 快斗の言うことは正しい。
 そもそも、あの両親と同居なんて真っ平御免だ!と言い出したのは新一なのだ。
 新一は下唇を噛み締めて俯くと、小さく頷いて言った。
「……………わかったよ」
 快斗はニッコリと微笑んで、新聞広告を広げた。






今度は短かめ。でもキリがいいからここまで。


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