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この話はパラレルな設定となっています。
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「ティーンエイジャー向けのブランドを作りたいんだ」
アトリエに入ってくるなり、新一は瞳を輝かせながらそう言った。
快斗は思わず苦笑をこぼした。
二人でいると言うのに、ムードもなにもあったもんじゃない。
でも、こういう時の新一は最高に綺麗だった。
だからといって放っておくと、新一は次から次へと熱くコンセプトや戦略を語りだす。
「ちょ、ちょっと待ってよ、新一!」
「ダメなのか?」
新一の目は、自分のアイディアに問題があるのか?と尋ねていた。
「そうじゃない。アイディアはいいと思うし、『KUDO』にはティーンをターゲットにしたブランドは必要だと思う。だけど俺にはデザインできない」
「なぜ?」
「俺だって、やってやれないことはないよ。プロなんだから。でも、デザインにはデザイナーの世界観が現れる。そこに商品価値が生まれるんだからね」
それはわかる、とばかりに新一は頷いた。
「だからデザイナーが世界観を曲げてデザインすれば、当然作品にもそれが出る。客はそれを見抜く。当然、そんな曖昧な作品は買わない。で、俺のデザインに10代はいらない。それが俺の世界だ」
「あ…!」
新一は基本的な部分を忘れていたことに、今更ながら気付いた。
新ブランドが売れなければ、デザイナーの名前にだって傷がつく。
デザイナーの名前に傷がつけば、ブランドにだって傷がつく。
新ブランドだけではない。
既存のブランドすら共倒れになる危険があるのだ。
「悪い…、忘れてくれ、いまの話」
初歩的なミスを犯したことが新一のプライドを傷つけていた。
快斗にはそれがわかるから、新一の肩を優しく抱いて耳たぶに口づけた。
「新一、まだ話は終わってないよ」
耳をくすぐる甘い吐息に、新一は眉を顰めた。
「もう、いいよ」
「いいから聞けって」
新一を黙らせる意味もあって、今度は唇にキスした。
柔らかい髪の感触を楽しむように、快斗は新一の髪を何度も梳いた。
「ティーンエイジャー向けのブランドは難しいんだよ。『MOON』の時とは違うんだ。押し付けられたものは絶対に拒絶される。さりげなくアピールして、彼女達の独創性をくすぐるんだ。それでもやるかい?」
「もちろんだよ」
射抜くような蒼い瞳がまっすぐに快斗を捕らえる。
変わらない、初めて会った時と同じ瞳の輝き。
「クスッ、新一のそういうとこ好きだよ」
「いいから、続きを話せよ」
「はいはい。俺はデザインできない。だったら代わりのデザイナーを持ってくるしかないだろう?」
「あぁ…」
「俺が推薦してもいいか?」
願ってもない話だ。
そもそも快斗とやろうとしたのだって、ゆくゆくは『MOON』の顧客となるような芽を10代の購買層に植え付けようとしたからだ。
快斗が推薦するデザイナーなら、間違いはないだろう。
新一は二つ返事で返した。
「もちろんだ!すぐにでも会いたい。至急セッティングしてくれ。時間はどうとでも都合をつける」
快斗は苦笑を堪えることができなかった。
「あのぉ〜、クドウサン?」
「なんだよ?」
「俺、さっきからお預けくらったままなんですけど…」
新一の手を掴み、自分の中心へと導く。
服の上からでもわかるほど、そこは熱くなっていた。
「バ〜カ、この性欲魔人が…」
口では罵りながらも、新一は快斗の首に腕をまわした。













一週間後、新一は執務室で快斗が推薦したデザイナーと会っていた。
秘書に案内されて執務室に入ってきた彼女を見た時、新一は驚いた。
灰原哀と名乗った彼女は多少大人びてはいたが、どこからどうみても高校生だったからだ。
「高校生ではダメなのかしら?」
一瞬、新一の方が気圧される迫力を持った少女は、新一の答えを待たずにスケッチブックを差し出した。
新一はそれを受け取り、黙ってそれを見た。
女性らしい柔らかな線で描かれたデザイン画は大人の女性への憧憬と、ティーンの持つ奔放さが気持ちよく混在していた。
「どう?俺の推薦した新人デザイナーは?」
「快斗!お前、ノックぐらいしろよ」
「いいじゃん、ちゃんと秘書には確認してるんだし。で?」
快斗はどっかりと哀の隣に腰掛けた。
「お前、打ち合わせが長引いてるとか言ってたが、わざと遅れてきただろ?」
「あたり」
「やっぱりか。ったく、悔しいけどお前の狙い通りだよ」
してやられた。
それも見事に。
快斗の秘蔵っ子だと聞いていたから、デザイン学校の後輩か何かだろうと思っていた。
それが、高校生で、しかも新一のイメージ通りのデザインを仕上げてきた。
快斗がいれば、ここまで衝撃は受けなかっただろう。
快斗が然るべき紹介をし、デザインに関しても論評なり、推薦理由なりを説明してもらったに違いない。
新一は快斗の仕掛けた策に見事に嵌まったのだ。
「灰原さん、でしたね?これからよろしく」
「哀でいいわ。こちらこそよろしく」
17歳とは思えない貫禄を見せながら、哀は新一の差し出した手を握った。
「んじゃ、お祝しよ!」
「快斗!………ま、いいか。イタリアンは好き?」
「えぇ」
「近くに旨い店がある。そこへ行こう」
新一は秘書に外出して戻らないと伝えると、快斗と哀を伴って出ていった。










「会社であった時から思ってたんだけど、哀ちゃんの顔、どっかで見たような気がする」
新一と哀は短時間の間にすっかり打ち解けていた。
「何かの雑誌じゃないかしら?」
「哀ちゃんはね、ティーン向けのファッション誌総ナメなんだよ」
「へぇ、じゃあ哀ちゃんは『おしゃれマニア』?」
おしゃれマニアとは、原宿でも特に目を引くファッションリーダー的な存在で、素人ながら雑誌の取材を何度も受ける少女たちのことである。
これがもう少し上の世代では『セレブ』と呼ばれている。
「そういう言い方は好きじゃないけど、他に言い様もないわね」
哀はノン・アルコールのカクテルの入ったグラスを傾けながら答えた。
新一と快斗はキャンティ・クラシコを頼んでいたが、大人っぽいとはいえ未青年の哀にワインを勧めるわけにもいかず、注文したものだ。
「ところで、新一」
「なんだ?」
「哀のデビューはいつごろになりそうなんだ?」
「そうだなぁ、来年の秋冬ものでいきたいんだけどなぁ」
「秋冬?そんな無茶な!」
快斗は思わずバンッとテーブルを叩いた。
ファッション界の季節は逆転している。
秋冬もので売り出すなら、今年ショーをこなし、生地と工場を押さえなければならない。
夏が盛りとなるころには店頭に並んでいなければならないのだ。
だが、新一は悠然と構えている。
「あのなぁ、『MOON』とは訳が違うって言ったのはテメェだろうが。俺だって、一週間ムダに過ごしてた訳じゃねぇんだぞ」
言葉通り新一はこの一週間、ティーンズ・ファッションの現状について多くを学んでいた。
ありとあらゆるファッション誌を一年分用意させ、傾向を分析した。
原宿へも足を運び、いろんなショップを見て回った。
それでも足りないところは、ファッション誌の編集者と会ったり、直接購買層の高校生達と話をしたりして、補った。
「ショーなんて一段上から見下ろすようなもんは高校生には受け入れられねぇからな。やるからには徹底的に演出してやる」
新一は快斗に対して、不敵な笑みを浮かべてみせた。
そして、哀の方へと向き直る。
「学校のこととかもあるから、近々ご両親に挨拶したいんだけど」
哀の顔が一瞬にして凍り付いた。
「新一」
快斗が目配せを送っている。
その話はまたにしろ、と言ってるようだった。
すかさず、快斗が話題を変えた。
「とにかく今後のスケジュールだよね」
「わかった。明後日もう一度来てもらえるかな?」
「えぇ」
哀の顔はまだ強ばりが解けずにいた。
















気まずさを多少残したまま、哀をタクシーに乗せると、二人はいつものバーで飲みなおすことにした。
「新一に何も言わずにいたことが、かえって裏目に出たね。俺のミスだよ」
快斗はバーボンのグラスをカラカラと音をさせながら、唇を噛んだ。
「お前のミスなんてどうでもいい。早く俺にもわかるように話せ」
新一は快斗を睨み付けながら先を促した。
「哀に身寄りはいないんだ。両親はまだ小学生だったころに亡くなったんだって。ずっと歳の離れたお姉さんと一緒に暮らしてたけど、半年程前に亡くなったらしい」
「そうか………」
快斗にもそれ以上詳しいことはわからなかった。
半年程前から快斗の店によく現れるようになった少女。
店のスタッフと時折話をするようになり、一度臨時のアルバイトに入ってもらったことがあった。
ファッションの知識もセンスも抜群だった哀は、快斗の目に止まり、事務所の仕事も手伝うようになった。
休憩中にスケッチブックに描いているデザイン画を覗き見して驚いた。
独学で学んでるらしいことは、デザイン画を見ればわかったが、その感性の高さはとても高校生とは思えなかった。
基礎の足りないところを教えてやると、哀のデザインはみるみるうちに完成されていった。
「哀ははっきり言わないんだけど、どうやらお姉さんって人がデザイナー志望だったみたいだね」
「そっか…」
これから長い付き合いになっていくのだから、急ぐことはない。
哀が本当の意味で心を開いてくれる日を待つしかないだろう。
新一は、バーテンにお代わりを頼むと、煙草に火をつけた。

「哀のことよりさぁ…」
快斗は、新一の腰に手をまわしながら、話し掛けた。
二人はカウンターに座っていたため、その時ドアを開けて店に入ってきた客がいたのに気付かなかった。




もちろん、その客が誰なのかも………。






哀ちゃん、初登場!


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