
バーの扉を押した服部は自分の目を疑った。
自分の知ってる男、認めたくはないが血を分けた義兄・工藤新一がカウンターで男に腰を抱かれながら座っていた。
(な、なんなんや…。あの二人は…?)
服部が呆然と立ち尽くしていると、カウンターに座っていた新一の視線が服部の方へ流れた。
新一の顔から笑顔が消え、冷たい視線が向けられた。
「………服部」
服部は新一のところまで歩み寄る。
「工藤、話がある」
他に客のいない奥まったボックスに新一を誘った。
「悪い、すぐ戻る」
グラスと煙草を掴んで、新一は服部の後に続いた。
「工藤、アイツとどんな関係や?」
「お前には関係ない」
「アイツ、黒羽快斗やろ?せやけど、ビジネスって雰囲気やない。まるで…」
恋人のようや、とは服部は言えなかった。
なぜだか、その言葉をいうのが恐かった。
新一は何も答えない。
服部はイライラしながら、声を張り上げた。
「なんで、何も言わんのや!」
「最初に言ったろ?お前には関係ない」
「関係ないことないやろ!蘭ちゃんが気付く前になんとかせぇ!」
服部は新一の胸ぐらを掴み、責め寄った。
「蘭は知ってるよ。何もかもな」
「なんやて?ほな、蘭ちゃんがずっと悩んどったんは…」
「このこと…だろうな」
新一は自嘲気味の笑みを浮かべた。
「なんでや、そんならなんで離婚せぇへんのや!」
「蘭を大切に思ってるさ。だけど、快斗を手放すことはできない」
新一はそう言うと、話は終わったとばかりに立ち上がった。
そのまま、まっすぐカウンターへ向かっていく。
「待たせたな、お前のアトリエで飲みなおそうぜ」
新一が支払いを済ませると、快斗にエスコートされるように新一はバーから出ていった。
一人残された服部は、ワイルド・ターキーのボトルを入れる。
だが、ボトルが運ばれてくるのを待切れずに、新一が残していったグラスを飲み干した。
「けっ!すかした酒飲みおって!」
少し薄くなった上等なスコッチは、服部のイライラをかえって煽りたてた。
「許さへん…、蘭ちゃんがあないに苦しんどるのに…」
運ばれてきたボトルを手に取ると、氷も入れてないグラスになみなみと注ぎ、一気に飲み干した。
「蘭ちゃんは、俺が…俺が救うたる…」
アトリエに場所を移して、二人はビールをあけた。
「さっきの男、服部平次だろ?」
直接には知らないが、最近業界紙で注目株として紹介されるその名前には記憶があった。
「あぁ」
「新一とどういう関係?」
「腹違いの義弟。で、蘭に惚れてる」
「ふ〜ん」
快斗は何やら考えてから、新一の顎に手をかけて持ち上げた。
少し恐い顔をした快斗がそこにはいた。
「新一、俺達を道具にするつもりなら、手を引くよ。俺はともかく、哀を巻き込むなよ」
「心配するな。いまは、そんなつもりはねぇよ」
「いまは?」
「最初は少しそういう気持ちもあったな」
正直に新一は白状した。
「哀ちゃんに会ったらそんな気持ち吹き飛んだけどな」
ティーンズ・ファッションを手掛けようと思ったのは、確かに服部平次を潰してやろうという気持ちからだった。
だが、快斗の話を聞き、自分でもいろいろと調べるうちに、いままで通りのセオリーでは通用しないことが十分理解できた。
それが逆に新一を刺激した。
(ようは、なんでもあり、ってことだよな)
とにかく、ティーンにアピールできるならどんな方法を取っても構わない。
マイナスイメージに繋がるのはまずいから、法に触れない範囲で。
アイディアと根回し、それがモノを言うのだ。
そこへ哀の登場だ。
最初は不安もあったが、それを吹き飛ばすだけのものを彼女は持っていた。
「快斗には感謝してるぜ。こんなに仕事が楽しいと感じるのは久しぶりだよ」
新一の髪を弄くりまわしていた快斗の左手がピタッと止まった。
「新一、それどういう意味?俺の仕事は楽しくなかった?」
きょとんとした表情を快斗に向けた新一は、次の瞬間、不敵な笑みを浮かべた。
「さぁな、自分の胸に聞いてみろよ」
快斗は新一の身体を引き離すとすっと立ち上がった。
「悪いけど帰ってくれる?どうせ泊まるつもりないんだろ?」
確かに、蘭に「何をしてもいいから帰ってきてほしい」と言われてからそれだけは必ず守っていた。
蘭を大切に思えばこそ、この約束だけはなんとしてでも守りたかったのだ。
だが、新一はそんなことはおくびにも出さず、艶やかな笑みを浮かべて言った。
「クスッ、やんねぇの?」
人の悪い笑顔というのはこういう顔をいうのだろう。
快斗は唇を噛みながらそう思った。
新一はわかってるのだ。
なぜ、自分がそんなことを言い出したかを。
しかし、自分にもプライドがある。
踊らされてるとわかっていても、いまはそんなことはできなかった。
「あぁ、やらない」
欲情する身体を無理矢理抑えこんで、快斗は手で新一に帰るように促した。
「わかったよ」
新一も衣服を整え、コートを着た。
ふと、思いついてドアを開けて立っている快斗の首に腕を回し貪るように口づけた。
「…んっ」
苦し気な吐息が快斗の口から洩れる。
「しんいちっ!」
「ハハハ、がんばれよ快斗!」
楽し気に手を振りながら、新一はアトリエの外に出た。
新一は青山通りでタクシーをとめて、乗り込んだ。
(さ〜て、快斗がどんな企画を出してくるか楽しみだな)
哀より下に置かれて、黙っている快斗ではない。
絶対に新一が乗り出すような企画を打ち立ててくるだろう。
快斗との仕事が楽しくないわけはない。
新作の評判もいいし、売り上げも好調だ。
だが、『MOON』にはこれといった話題が近ごろないのも確かだった。
『SIN』を立ち上げるよりも前に、やはり『MOON』をてこ入れしておくべきだと、新一は思っていた。
ただ、真面目に話をしても本気で取り組もうとはしないだろうから、哀をダシにしてひと芝居打ったのだ。
それが芝居だと快斗は気付いているだろうが、それはたいした問題ではない。
快斗を本気にさせるのが狙いだから、気付いていようといまいと本気にさえなってくれればいいのだ。
あの様子では、早ければ明日、哀が再び訪ねてくるよりも前に持ってくるだろう。
新一は、快斗がやってくるのを楽しみにしていた。
今回も快新度、高め。次回は……低くなります。我慢しておつきあいください。 BACK RED-INDEX NEXT