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この話はパラレルな設定となっています。
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翌日の夜、久しぶりに帰宅した新一の姿を見て、蘭にはピンとくるものがあった。
「そのシャツとネクタイ、新一のじゃないわね」
上着をハンガーに掛けていた新一は一瞬動きを止めたが、何も言わずにそれをクローゼットへとしまった。
「黒羽君の所に泊まったの?」
「・・・あぁ」
新一は蘭を見ずに短く答える。
「黒羽君にはもう逢わないって約束してくれたのに」
「ゴメン・・・蘭。俺達にはお互いが必要なんだ。だから・・・ゴメン」
「・・・わかったわ。だから、お願い。帰って来て」
焦ってもどうにもならないこともあるのだ。
時間があるべきようにしてくれる。
いまはただ、新一と一緒に居られればそれでいい。
蘭はそう信じることにした。













「なんか待つの、疲れてきちゃった」
黒羽快斗の妻、青子は電話で友人の白馬探にそう語った。
快斗と青子、そして白馬は高校時代のクラスメートだった。
卒業して10年経ったいまでも友人関係(と言っても快斗はそうは思っていなかったが)は続いていた。
白馬は傍から見ていて何かと危なっかしい二人を常に見守っていた。
結婚してから一年ほどしたころから、急激に快斗の女遊びが激しくなった。
それまでも、来るもの拒まずで浮気はしょっちゅうしていたが、家に帰ってきていたし、遊びだとわかっていたから何も言わなかった。
だが、いまでは家に戻ることの方が珍しい。
確か、この前「昨日は快斗が帰ってきたの」と声を弾ませていたのは3ヶ月ほど前だったな、と白馬は青子のグチを聞きながら指を折った。
快斗が家を開ける期間はだんだん長くなっている。
それでも青子は健気にも快斗を待ち続けた。
「大丈夫ですよ。黒羽君は有名になって少し浮かれてるんです」
「でも、もう5年だよ。快斗、ほんとに帰ってくるかわかんないもん」
「青子さんが彼を信じなくてどうするんです?」
「う…ん…。もう少し、頑張ってみる…。白馬君、ごめんね。忙しいのに青子のグチばっか聞いてもらって」
「いいんですよ。それじゃあ、また電話しますね」
白馬は5年もの間、週に一度はこうして青子と連絡を取っていた。
帰ってこない快斗を待って、弱くなる青子の心をずっと支え続けていた。
ただ、白馬が何故そんなに二人の事に熱心になるのか。
だれもその胸の内は知らなかったが・・・。

青子は5年もの間、一日も欠かさず、2人分の食事を作っていた。
快斗がいつ帰ってきてもいいように。
今夜も、青子は2人分の食事を作っていた。
「今夜は快斗の好きなクリームシチュー。食べてもらえるといいね」
青子は涙が出そうになるのを堪えながら、鍋に野菜を入れた。
「ただいま」
玄関から聞こえた声が、青子には幻聴のように思えた。
(空耳よね。快斗が帰ってくるはずないもん…)
「ん、美味そうな匂い。クリームシチュー?」
突然、耳許で快斗の声がして、青子はビックリして包丁を持ったまま振り向いた。
「うわぁっ!あぶねぇじゃねぇか!」
「だって〜、快斗が驚かすからだよ〜」
27にもなるというのに、相変わらず幼さの抜けない青子に、快斗は苦笑した。
(ったく、オトナの色気ってのは、コイツと無縁な言葉だよなぁ)
心の中でそうぼやきながらも、快斗は青子の頬にキスした。
「もう、帰ってくるならくるで電話ぐらいしなさいよ」
青子は泣きながら、快斗の胸をバシバシ叩いた。
「なに?お前泣くほど俺が帰ってきたのが嬉しいわけ?」
そのとおりだったが、意地っ張りの青子はそれを否定した。
「違うもん!タマネギが目に染みただけだもん!」
青子は拗ねて、プイッと顔を逸らす。
(たまにはコイツも構ってやるか…)
快斗は青子の様子を見て、ポリポリ頭を掻きながらこっそりと溜息をついた。

そして、その夜。
快斗は、実に5年ぶりに青子を抱いた。
















服部はショップの奥に設けた作業場でミシンをかけていた。
蘭が自分の店で働くようになってから、毎日が楽しくて堪らなかった。
いままで、どんなに思いを伝えても、すげなくされてきた蘭が側にいるだけでも嬉しかった。
(ほんまにえぇ娘やなぁ〜、明るうて、気立てがよくて…。工藤にはもったいないわ!)
蘭があの工藤と結婚したということが気に入らない。
気に入らないというよりは、腹立たしい。
服部は腹違いの義兄を心の底から嫌っていた。




「平次、お前はほんまの儂の子やない」
そう平蔵に聞かされたのは、中学へ上がる年の春のことだった。
珍しく父に二人だけでの花見がてらの散歩に誘われた。
近所の公園までぶらぶらと歩きながら、淡々と、でも心に染み渡るような低い声で、服部の人生を左右するような大事は告げられた。
まだ若いころの母・静香がモデルをしていた頃、工藤優作と一晩の過ちを犯した。
妊娠を知らされた優作は、認知はできないと告げ、僅かばかりの手切れ金で静香を放り出した。
すぐにお腹が目立ち始め、モデルの仕事ができなくなり、静香は傷心のまま京都にある実家へと戻ってきた。
京都で旅館を営む静香の両親は、すぐにもお腹の子を堕ろすよう説得したが、静香は頑としてそれをはねつけた。
途方に暮れる両親に降って湧いたような話を切り出したのが、板場にいた平蔵だった。
お腹の子ごと、静香を貰いたい。
平蔵は柄にもなく、真っ赤な顔をして、しどろもどろになりながらそう申しいれた。
静香の両親は一も二もなく賛成したが、静香は簡単に首を縦には振らなかった。
平蔵は仕事の合間に静香と会い、誠意を込めて口説いた。
平蔵の熱意と誠意に傷ついた心を癒され、静香はついに平蔵の元へと嫁ぐ決意をした。
身内だけのささやかな祝言を挙げると、静香の両親は平蔵を独立させた。
やがて平次が生まれ、平蔵は実子として戸籍にいれたのだ。

話を聞いた服部はショックよりも感謝の気持ちで一杯だった。
「俺のおとんは親父だけや」
平蔵より一回り小さい身体でしがみつき、そう呟いた。
「………そうか」
平蔵は短くそれだけ言うと、来た道を引き返した。

だが服部は実の父親への興味がないわけではなかった。
工藤優作というのはどんな人物なのか。
メディアに登場している姿は何度か目にしたことがあったが、それだけでは彼がどんな人物なのかはわからなかった。
工藤優作に会ってみたい。
その思いを抱えたまま年月が流れ、中学3年生になった。
工藤優作が代表を勤める『KUDO』の創立10周年パーティーに静香が平次ともども招待された。
静香は「行かない」と言ったが、服部は「行きたい」と主張した。
その場で静香から平手打ちが飛んできたが、平次は自分の目で工藤優作という人物がどんな人物なのか見極めたいと必死で説得した。
そうして、出席したパーティーであったが、工藤優作と話をするような余裕はなかった。
ところが、先程、壇上で紹介した同い年の少年が自分達母子を一瞥するなり、「恥知らず」と吐き捨てたのだ。
自分だけのことだったら、歯を食いしばってでも殴りつけるようなことはしなかっただろう。
だが、ここまで自分を育ててきてくれた母親となさぬ仲と承知の上で実の子のように可愛がってくれた服部の父のことを服部は心から尊敬していた。
その2人を侮辱されることは、服部にとってどんなことよりも許しがたいものがあった。
騒ぎが大きくなると、悠然と工藤優作が近付いてきた。
何と言おうか、何と言われるか。
どきどきしながら、優作が自分のところに来るのを待っていた。
だが、優作は一言、
「騒ぎを起こしてもらっては困るな」
とだけ言うと、立ち去っていったのだった。

別に感動の対面を望んでいたわけではない。
親子の名乗りをあげたかったわけでもない。

この衆人監視の中、スキャンダルにもなりかねないようなことを言うわけがない、ということは服部は百も承知だった。
ただ、自分の実の父親として、恥じることのない人であって欲しかった。

この日から、服部は工藤優作を蔑んだ。
そして、壇上でスポットライトを浴び、同い年でありながら次期後継者としてもてはやされる工藤新一を憎んだ。

(いつか…、いつかあの親子を見返したる!)

激しい情念が心に逆巻き、服部はアパレルの道へ進むことを決意した。







一人、親元を離れ上京し、勉強と生活費を捻出するためのアルバイトで蘭と知り合った。
その気さくな笑顔と明るい性格は、歪んだ情熱を柔らかく包んでくれた。
蘭に恋して、思いを伝えて…、蘭が工藤新一の幼馴染みであることを知った。
そして、蘭がただ一人、工藤新一だけを思っていることも…。
またしても立ちはだかる工藤新一の影に服部は泣いた。
だが、その蘭がはっきりとは言わないまでも、工藤新一との結婚生活で悩みを抱えていることは確かだった。

服部はミシンをかけながら、心の中で叫んでいた。

(必ず、アイツの手から蘭ちゃんを奪ぉたる!!!)




深夜の作業場でミシンの音だけがカタカタと響いていた。






ようやく登場した青子ちゃんと白馬君。

サブタイトルは「ノーマルへの道」…なんてね(笑)。


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